11話「私ですわーッ!」
ごきげんよう!ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアよ!
私は今、朝日を浴びながら淫魔共の死体処理をようやく終えて、そして強い意思に胸を震わせているところですの!
やられたのだからやり返す。とても重要な事ですわ。
私、キャロルに淫魔を嗾けてきた他の聖女候補共を全員、公衆の面前で盛らせてやることを決意しましてよ。
「おはようお嬢さん」
朝日の中粛々と決意を胸にしていたところ、朝日が似合わない人間コンテストで優勝できそうなジョヴァンがやってきましたわ。
「あら、おはようございます。もう大丈夫ですの?」
「うん。ドラン以外は」
……まあ、人狼の鼻の良さってこういう時にちょっとアレですわね。ええ。特定の薬が人間よりも効きやすい、というのは分かりましたわ。
「で。こういう襲撃があった訳だけれど、どうする?少なくとも投票まではあと2日ある。エルゼマリンのチェスタも連れてきて警備にあてた方がいい?」
「いえ。このままで良くってよ。連中だってそう何度も何度も淫魔を呼び出す体力があるとは思えませんわ。ドランでも対処できるでしょう」
今後の処理は多分、そう難しくありませんわ。向こうだって刺客を小出しにしてくる余裕なんて無いはずですし、全力であの数の淫魔を召喚したのでしょうから、これ以上淫魔が来るとは思えませんわね。
「それに、今晩にはもう、キャロルはエルゼマリン入りしていますわ。なら、チェスタにはそっちで待機してもらっておいて、エルゼマリンの治安維持に努めてもらった方がよくってよ」
「あいつにできるかね、そんなこと」
「揉め事があったら事前に知らせてくれるくらいはするでしょう。多分」
私達、如何せん薬中への信用は薄いのですけれど、まあそれでもチェスタはそれなりによくやってくれますし。リューゲル様のところを訪れてからは少し、行動が大人しくなっていますし。多分大丈夫だと思いますわ。多分ね。
「それよりジョヴァン。私、良い事を思いつきましたのよ」
「うん。どんなヤバいことを思いついたって?」
「キャロル以外の聖女候補を全員投票日当日に公衆の面前で発情させてやろうと思いますの」
ということで早速、作業開始ですわ。
最初にキャロル用の『お守り』を作りますわ。
お守り、なんて言ったって簡単ですわ。要は対淫魔用解毒剤ですわね。
淫魔の骨を加工すれば素人でも簡単に作れますから、私が作ることになりますわね。
それから次に、淫魔爆弾を作りますわ。要は無差別発情テロの時に使う為の毒ですわね。
作るのは空気に溶かして使う、超強力なタイプですわ。……まあ違法薬物ですわね。ええ。
これは淫魔の心臓からごく少量作れるものですけれど、淫魔の死体がこれだけあるのですから作り放題ですわ。敵は案外いい贈り物をしてくれましたわねえ。
……ちなみに当然ですけれど、淫魔共の死体の加工は私が全部やりますわ。私じゃなきゃ淫の気に中てられて自爆しましてよ。
ということで、その日の昼間には粗方準備が終わっていましたの。
ただ、最後の一手が、どうにも決められなくってよ。
「やっぱり投票会場で炸裂させるのが良いと思いますのよ。ほら、王都の投票所には聖女候補達が並ぶでしょう?それも、彼女達を硝子張りの部屋に閉じ込める形で」
「いやぁ、俺、王都で投票したこと無いから知らないのよ。そうなの?」
そうですの。
投票所は主要都市に設置されるものですからまあ、各地に在るのですけれど、やっぱり王都の投票所は別格ですのよ。
何と言っても、聖女候補達が最後の最後に悪足掻きしようと、必死になりますから。
……王都の投票所の硝子張りの部屋は、そんな必死すぎる聖女候補達を隔離する為の部屋でもあり、聖女候補達が危険な目に遭わないように防護するための部屋でもありますの。
まあ、王都の投票所で投票する者達は、そこで最後に聖女候補達を見てから投票先を選べる、ということですわね。
……さて。
要は、その時、聖女候補達はショーウィンドウに並べられる訳ですわ。外部からも内部からも互いに手出しできない状況で、聖女候補だけ集められている。実に理想的な状況なのですけれど……。
「ねえ。誰か、当日の投票所の硝子張りの部屋について詳しい人は居ませんこと?私、最後にあれを見た時はまだ小さくて、どんな防護の魔法が掛かっていたかも、どういう造りだったかも詳しく覚えていませんのよ」
問題は、私がそのガラス張りの部屋の造りを詳しく覚えていない事ですわッ!
「お兄様は私がエルゼマリンの学院に入学してから1度、聖女投票を見てらっしゃいますわよね?」
「すまない、ヴァイオリア。実は私も、王都では投票しなかったのだ。そもそも王都の投票所に聖女候補達が集められるという事も今知ったくらいでな。不甲斐ない兄を許してくれ」
頼みの綱だったお兄様はなんと、王都で投票したことが無いらしいですわ!
……まあ、お兄様は当時からあちこち飛び回っておいででしたから、無理もないことですわね。
「なら、ドラン。あなたは何か覚えているんじゃなくって?」
「……拳で破れない気配を感じたくらいだ。俺も魔法に詳しい訳じゃない」
あら。それは多少、有益な情報ですわね。
ドランは魔法には疎いですけれど、その分、本能というのかしら。直感的に物事の本質を見抜くことは得意らしいですわね。
ドランが『拳で破れない』と思ったのなら、恐らく硝子の壁には強い守護の魔法が掛かっているのでしょうね。まあ、聖女候補達を入れておく箱ですから、めちゃめちゃ頑丈にするのは当たり前ですわね。
「キーブは?」
「投票したことないけど?奴隷に投票権が無いことくらい知ってるだろ?」
あ、そうでしたわ。そういえばこの子、この間まで奴隷でしたのよねえ。すっかり忘れてましたわ。
「ジョヴァンは……王都で投票したことが無いのでしたわね」
「うん。ごめんね」
彼もホーンボーン家を追放されてからエルゼマリンに居たようですし、無理のないことですわね。
……さて。
「全く期待していませんけれど、チェスタ。あなた、何か知っていること、あります?」
最後に、駄目元でチェスタにそう聞いてみたところ。
「うん。知ってるぜ。っていうか最初に俺に聞けよな」
……なんか、予想外の答えが返ってきましたわ。
「知っている、というのは」
「俺が小さい頃厄介になってた工場でその箱作ってたからな。覚えてること、結構あるぜ」
えええ……ど、どういうことですの?これ、どういうことですの?
「言った事無かったっけ?俺、小さい頃は王都の職人街に住んでたんだぜ。勿論、ストリートチルドレンとしてだけど」
……初耳でしてよ。
「で、面倒見良さそうなお人よしそうな職人を探し当ててそこに転がり込んで、上手く飯にありついてたんだ。賢いだろ」
賢いかと言われると何とも言えないですわね……。ま、まあ、生きるための知恵、ですものね。賢い……賢い、のかしら……?
「ええと、じゃああなた、聖女候補達を入れておく硝子張りの部屋について、何を知っていますの?」
「仕様はなんとなく覚えてるぜ。注文通りに造れたのかは知らねえけど」
し、仕様……。製造元は強いですわね!
「具体的に、それは」
私が思わず身を乗り出しながら尋ねると、チェスタは少し困った顔で、答えましたわ。
「あー……まあ、お前には残念なお知らせだろうけどな。扉を閉めてから9時間、完璧な守りの魔法が掛かるように、っていう。俺、詳しくないけど時間制限を短くするとか、作用する場所を限定するとかすれば守護の魔法って滅茶苦茶強くできるんだろ?それだって言ってた気がするな」
……えっ。
「えーと、投票時刻が8時から16時だろ?だから朝の7時ぐらいに聖女候補達を入れて、そこから16時まで一切、糸1本出入りできないようになってるんだよ」
……ええっ……。
そ、それじゃあ聖女候補達の集まっている中に媚薬ぶち込んで全員アヘらせる完璧な作戦が実行できないじゃありませんの!折角道具を準備したのに、それを使えないなんて、あんまりですわーッ!
「となるとやっぱり、予め部屋の中に毒を仕込んでおく、というのがいいかしら……」
「それ、部屋に入った瞬間に聖女候補が駄目になるだけだろ。投票時間前にそこで毒の存在が発覚して聖女候補が全員消えるのがオチじゃない?」
……そうですわねえ。
私の目的は、キャロル以外の聖女候補達の見苦しい姿を存分に見せつけることによって、彼女達へ投票させなくすることですもの。つまり、投票する人達が見ていないところでことが始まってことが終わっても、何の意味も無いのですわ!
「なら、キャロルに毒を持ち込ませたらどうだ。頃合いを見て毒を使えばいいだろう」
「全面硝子張りの部屋の中で、キャロルが犯人だと思われないようにあの子に使わせるのは難しい気がしますわね……」
部屋の中に居る者が毒を使うとなると、要は衆人環視の中で犯行に及ぶことになる訳ですから、それはちょっと良策とは言えませんわね。
「キャロルが犯人だと思われてはいけない、でも毒は事前に入れておくことも、後から部屋に入れることもできない……」
「難しいね。こればっかりは何とも」
うーん、適当に聖女候補を1人買収して使おうかしら?いえ、それもあまりにも杜撰ですわね。そんなに口の堅い聖女候補が居るとは思えませんし、利害が一致するような聖女候補も居ませんし。
となると、今から、新たに聖女候補を立候補させて作り上げるしかありませんわね。
「誰がいいかしら。やっぱりキーブ?」
「何の話?」
「いえ、聖女候補に今から立候補する人ですけれど」
私がそう申し出たら、キーブもそれ以外も全員、ぽかんとしましたわ。
「……それ、できるの?」
「一応、投票前日まで立候補は可能ですわよ。ですから、今から王都へ飛べば十分間に合いますわね」
「盲点だったな……当選する必要のない人員を1人入れておく、というのは。予め仕込んでおくべきだったか」
まあ仕方ないですわ。こっちには人員の余裕があまりありませんでしたし。何せこっちは開拓地作ってましたのよ開拓地。余裕なんて欠片もありませんでしたわ!
「ですから、急いで毒を使うための聖女候補を立てましょう。そうすればキャロルへの疑いを強めることなく他の聖女候補達をはしたない姿にできましてよ!」
でも今からでも十分間に合いますわね!なんなら、『テロが目的だった』というような言い訳をすることを前提にするならば、前日にいきなり立候補、というのは中々悪くなくってよ!
……でも。
この人員選定、とっても、難しいですわ。
「やっぱり生徒達の誰かを使おうかしら……ああ、でもそれは駄目だわ。毒を使ったことが露見するのですから、時間が来て部屋が開いた瞬間にムショ行き確定ですもの……」
何故って、衆人環視の硝子の部屋の中で明らかな犯罪行為を行ってくれる人員なんて、そうそう居ないから、ですわ!
「あの子達ならいう事聞く気もするけど」
「あの子達をムショにお勤めさせるわけにはいかなくってよ!」
可愛い教え子達なら確かに、私の為に死ぬ覚悟があるような子も居るでしょう。でも、だからこそ、こんなところで使い捨てるべきではありませんわ。
あの子達の強みは、あの美貌による人心懐柔力と、真っ当な生活をしているという建前ですの。犯罪者にするのはもったいなくってよ!
「……彼女達は駄目だ。元が奴隷だったという事は調べればすぐに分かる。キャロルとのつながりを予想されかねないな」
それに、ドランが言うように、やっぱり足が付きやすいんですのよ、あの子達。
キャロルと同時期にエルゼマリンの奴隷市場に来たことは分かっていますし、奴隷から解放されてしばらくキャロルと一緒に行動していたこともすぐ分かるでしょうし。ですから、あの子達を使う訳にはいかなくってよ。
「となると、冒険者ギルドの冒険者か……」
「あいつらに犯罪者になってムショにぶち込まれてくれって頼むの?難しいんじゃねえかなそれ」
「だよね。僕だったらどんなに金積まれても断る」
あああ、そうですのよねえ……。信頼のおける相手じゃないと頼めないことですし、かといって信頼のおける相手は犯罪者にするのは勿体ない、という……ああ、どうしましょう!犯罪者にしても問題ない、信頼のおける人って居ないかしら!
……その時、ふと、私、向かいの壁に掛けてある鏡に目が行きましたわ。エルゼマリンの貴族街から火事場泥棒した時に頂いた鏡。お気に入りの壁掛け鏡ですけれど……それを見て、私、閃きましたの。
……居ましたわ。『今更』犯罪者にしても特に惜しくない、それでいて完璧に信頼のおける、女性。
「私ですわッ!私が聖女に立候補してやりますわーッ!」




