10話「やられたらやり返しますわ」
ごきげんよう。ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアよ。
来ましたのよ。
頼んでもいないのに、魔物が。
それも、割ととんでもない奴……インキュバスとサキュバスの群れが!
教会の近くにふっと現れた淫魔の群れは、教会の窓へと近づいていましたわ。その窓の向こうにはキャロルが眠っていますのよ!つまり狙いはキャロルですわね!
確かに、『シスター』で『聖女候補』のキャロルを襲わせるなら、淫魔は最適!
あん畜生共、随分と憎たらしい真似をしてくれやがりますわね!ぶち殺して差し上げたくなって参りましてよッ!
ですので私!
その殺意を全て!
眼下のインキュバスにぶつけましたわッ!
私の弓の腕を舐めるんじゃありませんわ!インキュバスのちんたまぶち抜いてやることくらい余裕でしてよ!
初撃でちんたまぶち抜かれたインキュバスはその場で泡吹いて倒れましたわ。淫魔は人を誘惑するという点で、悪魔と似たようなもんですわね。ですから人の言葉を解することもある知能の高い魔物なはずなのですけれど、ちんたまぶち抜かれて泡吹いて気絶して今正に死に行こうとしている姿からはまるで知能が感じられませんわね。
というか、ちんたまブチ抜かれた時点でもうこいつは淫魔としては生きていけませんわね。良い気味でしてよ!
勿論、淫魔の群れは木偶の棒じゃありませんから、リーダーがやられたと見るや否や、すぐに私に気付いて身構えましてよ。
でも遅いですわ。
人間を誘惑することに特化してしまった淫魔は、悪魔なんかよりずっと矮小な存在ですの。
ですから……淫魔の発する媚毒が効かない私なら!
こんな魔物!
1人でも楽勝!でしてよーッ!
私が屋根から降りた頃には、インキュバスはちんたま全損、サキュバスはあちこちに矢が刺さって戦闘不能。何体かはもう虫の息、若しくはあの世行きでしてよ。
ああ、でも久しぶりに楽しめましたわ。やっぱり動く的に矢を射るのは楽しいですわ。狩りは貴族の嗜みですもの。やはり時々は狩りをしなくてはなりませんわね。時々無性に狩りをしたくなるのはやはり、私が貴族だからですわね。おほほほほ。
「こ、こんなはずじゃ……そこのシスターを、おいしく頂く予定、だったのに……」
「ふざけんじゃないですわよこの淫魔。あなた達如きがキャロルに手ェ出せるとお思いになってぇー?」
どうせ私の魔力の少なさを見て侮ったのでしょうけれど、私、矢だけで十分戦えましてよ!キャロルを守り抜くくらい、造作の無い事ですわ!
「さて。ではあなた方にお伺いしますわ」
そして私、まだ比較的ちゃんと生きているサキュバスとインキュバス達に、矢をつがえた弓を向けながら聞きますの。
「あなた達をここへ嗾けたのはどこのどいつかしら?情報を話した方から逃がして差し上げましてよ。ただし、最後に残った1体はここで殺させて頂きますわ。……さあ、どなたから喋って下さるのかしら?」
ものすごい勢いで喋りはじめた淫魔共を皆殺しにして、ようやく私はキャロルの安否を確認することができましたわ。
……とはいっても、淫魔共がちんたまブチ抜かれて聞くに堪えない悲鳴を上げ始めた辺りで起きたらしく、窓からちらちら見ていましたので無事だという事は分かっていたのですけれど。おほほほほ。
「キャロル。大丈夫かしら?」
「え、ええ。大丈夫です。けれど、これは……?」
教会の窓から見える光景は、まあ、無残なものですわね。淫魔の死体が大量にありましてよ。これ、全部売ったら幾らになるかしら……。淫魔の死体って高く売れるんですのよ。ええ。
「どうやら貴族が裏から手を回して淫魔を嗾けてきたようですわね。大丈夫よ。その貴族もさっさと見つけてさらし首にしますから」
「そ、そうですか……」
キャロルはそう言いつつ、なんとなくそわそわしているように見えますわね。まあ、自分が狙われていたのですから当然かしら。
「ところで先生。どうして普通の魔物や悪魔ではなく、淫魔がここに来たんでしょうか?」
「それは、あなたを葬りたい連中がこう考えたからでしょうね。『美しいままキャロルを死なせたら超えられない伝説になる』と」
「超えられない伝説……?」
「ええ。人は死ぬと『良い人』になりますわ」
「は?」
唐突に過ぎたかしら。キャロルはきょとんとしていますわね。ではもう少し分かりやすく説明しましょう。
「死んだ人のことを悪く言う人はあまり居ませんわね。死んだ後は『いい思い出』ばかりが思い出されますわ。何なら、生きていた時よりもずっと素晴らしい人だったかのように思い出されることもあるでしょう」
「そ、そうですね。それならわかります」
小汚い事をしていた奴も、死んでしまえば聖人ですわ。どうしてか、人間ってそういうものですわね。
「ですから、あなたを死なせる訳にはいかなかった。あなたが死んだら、あなたは『史上最高の聖女』として後世に語り継がれ、それと同時にあなたを害そうとしていた王家は疑いの目を向けられ、後世で永遠に立場を悪くし続けることになる。それは敵としても避けたかったところでしょうね」
「成程。だから私を殺すわけにはいかなくて……」
「ええ。それで、淫魔、ですのよ」
「聖女が淫魔に襲われた、なんて、いい醜聞ですわね。誰かが淫魔を召喚して嗾けた、という真っ当な論より、聖女が淫乱だったから淫魔を呼び寄せたのだ、なんて謂れの無い批判の方が多くなるのは目に見えていましてよ」
死んでしまえば永遠に聖人ですけれど、生きている間に汚してしまえばそれきりですの。
だから、聖女投票の政敵に淫魔を送りつける、というのは最高の手段ですわね。こちらからすれば最悪ですけれど。
……それにしても、既に致命的なまでに票数を稼げなくなったキャロルに対する警戒が高いですわね。『キャロルに投票したら王家に制裁される』という噂が立っていることは知っているでしょうに……。
まあ、キャロルが更にもう一段階上を行く、という予想ができている、ということかしら。敵もただ呆けているだけではない、ということですわね。勿論、私がここで弓を構えた時点でその足掻きも無駄になったわけですけれど。おほほほほ。
「……あ、あの、先生」
ところでさっきからキャロルがなんだかそわそわしますわね。どうしたのかしら。おトイレかしら。行ってもよくってよ。
「さっきから……その、変、なんです」
……あら?
「なんだか、うずうずして……」
うずうず。
うずうず、というと……。
……私、ちらっと後方を見ましたわ。
後方にあるのは淫魔共の死体ですわね。
ええ、宝の山でしてよ。何といっても淫魔の死体は高く売れますの。
淫魔は淫の気を多く含みますから、その血液や角といった特に魔力が多く含まれる部位は惚れ薬や媚薬なんかに使われますのよ。
……あっ。
「キャロル!今すぐ窓を閉めて教会の中に閉じこもりなさい!他の部屋の空気を吸って!朝になるまで外の空気は吸わないように!いいですわねっ!」
これキャロルが淫魔の死体に中てられてますわーッ!
「ヴァイオリア!何があった!」
「ドラン!しっぽ出てますわよ!しっぽ!」
少ししたらドランがものすごい形相で駆けつけてくれましたわ。人狼って人間よりも鼻が利きますものね。遠くからでも淫魔の淫の気を嗅ぎつけてしまいますわよね。
「……くそ、これは……」
「あー……あ、駄目だ。これ駄目な奴ね。うん。淫魔だ」
「……僕、これはパス」
後からやって来たジョヴァンとキーブも、絶句、ですわ。ええ。
「あなた達はどっか行ってて頂戴な。ここの処理は私がやっておきます」
「しかし」
「ドラン。あなた、しっぽ出てますし牙出てますし色々出てますわよ。中てられているなら私を襲う前に消えて下さいまし」
キーブは多少耐性があるみたいですし、ジョヴァンは自分の身の程を弁えてさっさと離れましたけれど、ドランはなんかこう……目が爛々としてますし、尻尾出てますし、明らかにこれ中てられてますわ。ヤバいですわ。
「……お前は大丈夫なのか」
「ええ。これも毒の内ですもの。耐性がありましてよ」
口と鼻を腕で覆いながら、ドランは淫魔の死体と私を何とも言えない顔で眺めて……それから、諦めたように後退しましたわ。
「……ならここの処理はお前に任せる。俺は開拓者達の避難を」
「ええ。是非そうして頂戴な。私1人でもなんとかなりますわ、多分」
ということで、野郎共が去っていったのを見届けてから、私は淫魔共の死体を眺めて……深々とため息を吐きましたわ。
この数を1人で処理するの、面倒ですわねえ……。
面倒だったので適当に空間鞄にぶち込みましたわ。あとは時間と体力と気力がある時に処理しましょう。
さて、淫魔の血が染み込んでしまった土に関しては、仕方がないですから太陽の光を当てながら淫魔用解毒剤を撒いて、更に火を焚いて浄化することにしますわ。全く、とんだ手間を掛けさせてくれますわねえ!私、徹夜する羽目になりましてよ!睡眠不足は美容の大敵だといいますのに!全く!とんだ迷惑ですわね!
はぁー!淫魔の死体を後で処分するのも面倒ですわ!全く!本当に手間ばかりかかりますわね!敵は本当に私が嫌がる事を分かってやって下さりますわ!
……ということで私、朝日が昇るのを待ちながら、考えましたの。
鞄に押し込んだ淫魔の死体。これ、どうしようかしら、と。
淫魔の死体って、普通はそうそう手に入りませんのよ。何故ですって?淫魔に勝てる奴がそうそう居ないからですわ!
淫魔の最大の武器は私には効きませんから、私は淫魔を普通に皆殺しにできましたけれど、普通は本当に厄介な相手ですのよ?こいつら。
……ですから、血や角の欠片ならともかく、死体がこんなにごっちゃりどっさり手に入ってしまうと……本当に困りますわね、これ。
一気に売ったら値崩れ待ったなしですし、これは当分、空間鞄は1つ潰れますわね。まあいいですけれど……本当にあいつら、面倒な事をしてくれやがりますわ。どうやり返してやりましょうかしら。
……やり返す。
そうですわね。やり返してやればいいんですわ。
そう……私、今まで避けていた道が1つ、ありますの。
それは、キャロル以外の聖女候補の皆殺し。
全員他が死んでしまえば、キャロルが聖女になるしかありませんものね。
でもそれって駄目ですのよ。だって、キャロル以外が全員殺されたら、キャロルの手の者が殺したとバレバレですもの。それってキャロルの威信が崩れることになりますし、要らない恨みまで方々から買いますし、何なら王家の威信爆上げまであり得ますわ。それって絶対に避けるべきことでしてよ。
……でも、それって、皆殺し、の話ですわね。
そう。キャロルには淫魔の群れが嗾けられましたわ。
殺すわけにはいかないから、淫魔に襲われてしまえ、という卑怯な手ですわね。
……でしたら、こっちもそれをやってやればいいのですわ。
やられたらやり返す。当然のことでしてよ!




