9話「その棒はこの開拓地に要りませんわ」
ごきげんよう。ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアよ。私は今、ルネット人形店のゴーレム工房を見学させて頂いておりますの。
精巧な人型ゴーレムのパーツが散らばる様子はさながら猟奇殺人の事件現場ですわね。
……ただ、それらの人型ゴーレムのパーツは全て、魔法で動かすものでしたわ。
チェスタはこの店で義手を作ってもらったようですけれど……彼、魔法は使えないはずですわね?どうして義手を動かせているのかしら。気になりますわねえ……。
ゴーレムの説明を聞いたり、物珍しいものを見せて頂いたりしている内に、ついてきていたチェスタがそわそわし始めましたわ。
……なんでそわそわしてるのかは、大体分かりますわよ。
つまり、薬切れですわ。
ええ。薬中の考えそうなことは分かりますわよ。今日はここに私を案内するためにしっかり薬は抜かせていますし、代替品の酒も断たせていますし。そろそろ薬が恋しくなってきたということでしょうね。ええ。
「チェスタ。先に戻っていても良くってよ。私なら大丈夫ですわ」
「え、いいのか」
「勿論、あなたがリューゲル様に何かご用事があるようでしたら、私が先に退出しても良いですけれど。あなた、さっきからそわそわしていてよ」
指摘すると、チェスタは少し気まずそうにしましたけれど、でもすぐににやりと笑いましたわ。
「バレてんならいいや。俺は先に戻るぜ。じゃ、リューゲル。よろしくな」
チェスタはそう言うと、さっさと工房を出ていきましたわ。
「近い内にまた来てね、チェスタ君!」
リューゲル様が後からそう声をかけたら、ドアの向こうに消える寸前の手がひらひら、と振られてから消えましたわ。
……チェスタが去っていったのを見て、リューゲル様は小さくため息を吐いて……それから私の方を向きましたわ。
「……ヴァイオリアさんは、どうしてチェスタ君がそわそわしてたか、分かるのかい」
「ええ。大方、薬切れだと思いましたけれど」
リューゲル様はチェスタと親しいようですから、チェスタが薬中だってこともご存じでしょうし、特に隠さず申し上げましたわ。
「……ああ、知ってるんだね」
「私が初めて会った時、彼、ラリラリでしたのよ」
今も覚えていますわ。曇った夜、空も見えない洞窟の中で『星が綺麗』だとか何とか言ってゲタゲタ笑ってた奴のことは!
「そうかあ」
リューゲル様は複雑そうな顔をして、それからふと、仰いましたの。
「……ああいうの、どう思う?」
「どう、とは?」
「ああいう……いけないお薬を使ってるわけでしょう、チェスタ君は。それは、ヴァイオリアさんから見て、どうかな」
どう、と言われましてもねえ……。
「まあ、私は手を出す気にはなりませんわね。けれど、彼が薬中なのは私とは関係無い事ですわ。働かせたい時は薬を抜かせていますし、今のところ問題はありませんわね。勿論、愉快か不快かで言えば不快寄りですけれど」
勿論、薬を完全に絶っているなら、チェスタはもっと高性能なのかしらと思うと惜しい気はしますけれど。
でも、自分をどうするか決めるのは自分でしてよ。私がチェスタについてどうこう言うのはお門違いというものですわね。
「……そうか」
リューゲル様は複雑そうな顔をして、それから少し迷った後にこう、切り出してきましたわ。
「チェスタ君がいけないお薬に手を出したのはね、僕のせいなんだよ」
「もう、10年くらいになるのかな。左腕が無くなった子がいる、って、ドラン君が連れてきてね」
「ドランが?」
少し意外な気もしましたけれど……いえ、ドランなら、やりそうですわね。
彼、『拾う価値がある』と思ったら何でも拾うのでしょうし。私もきっとそれで拾われたクチですわぁ……。
「……王都の兵士と一般市民との喧嘩に巻き込まれて片腕をなくしたチェスタ君は、それは酷い状態だったよ」
リューゲル様はそう話しながら、手を止めずに作業を続けていますわ。まるで、頭と手先を切り離そうとしているみたいに。
「本当だったらすぐに医者に連れていくべきだったんだろうけれど、その時、エルゼマリンの裏通りには医者が居なくてね。チェスタ君は王都の兵士とやり合った直後だったから、表の医者に連れていくわけにもいかなかった」
……大体の想像はつきますわ。
そういった『悲しい事故』は時々ありますもの。
王家の兵士の暴走は今に始まったことではありませんし、その暴走に巻き込まれて、何人も命を落とす市民が居ることもまた、事実ですわ。
尤も、それらは『事故』ですのよ。たまたま雷に撃たれたようなもの。たまたま魔物とでくわしたようなもの。要は、『しょうがない』ことなのですわ。
「その当時は僕もまあ……うん、あんまり物事がよく見えていなかった。ただ、どうにかしてこの子を助けてやりたいって、そう思っちゃって、その思いばっかり先走った」
そこでふと、リューゲル様は手を止めて、棚から一本の腕を持ってきましたわ。
「これが普通の義手。チェスタ君のとは違うのが分かるかな」
それを見せて頂くと……ゴーレムのパーツではなく、きちんと義手として作られたものだ、とすぐに分かりましたわ。
人間の腕が吹っ飛んだ時、その人の腕の代わりに使うものですわね。そう。確かに、チェスタの左腕のように。
……でも、チェスタが使っている、明らかに義手だと分かるような義手とは違って、これはずっと人間の腕に近いですわ。魔法の組み込み方もずっと綺麗で目立たないですし……。
……そこで私、大きな疑問を思い出しましたのよ。
「この義手は、魔法使いのための義手ですわね。ある程度魔力がある者が、自分の魔力でこの義手を動かすようにできているように見えましてよ。……でも、チェスタは魔法を使えないんじゃなくって?」
そう。チェスタは、魔法が使えないはずですわ。ジョヴァンのように出自や血筋を隠しているようでもないですし、恐らくは本当に、魔法のマの字も使えないはずですわね。
「そうだね。人間の手足にゴーレムの義手を繋ぐ時、魔力を持っている人ならいくらでもやりようがあるんだよ。その人の魔力で腕を動かせばいいから。でもチェスタ君は魔法が使える子じゃなかったから……」
リューゲル様は苦い顔で、仰いましたの。
「腕の神経に直接義手を繋いだんだよ」
神経に。直接。繋ぐ。……ぞっとしましてよ。
「……まあ、うん。そういう顔、するよね。絶対に痛いの、分かるもんね」
それ『痛い』で済みませんわよね……?引き千切れた腕の切断面から神経ほじくり出して魔法銀か何かの線に繋いで、ついでに腕の断面は焼くか何かして血を止めて、更にそこに色々ぶっ刺したり何だりして機械に繋ぐ、って……どう考えても拷問ですわ。
「それ……チェスタは大丈夫でしたの?」
大丈夫じゃなかったら今彼は生きていないと分かっていつつも聞いてしまう、これは一体何なのかしら。
「当然だけど、そんなの正気じゃやってられないよね。でも眠り薬の類も無いし、緊急時だったし……」
……ああ、聞く前に私、この先が分かってしまいましてよ。
「しょうがないからチェスタ君には麻薬を与えることにした」
そういうことだったんですのね。ようやく分かりましたわ。
……チェスタは、自分の命と腕と引き換えに、真っ当な人生を失ったんですのね。
「結果としてあの子は腕を取り戻したし、命も取り留めた。けれど、麻薬を使わせてまでそうするべきだったのかは、今もちょっと分からなくてね」
……チェスタは恵まれていたと思いますわ。
恐らく、彼の状況だったら普通は、そこで死んでいたはずでしてよ。
ここがゴーレム工房で、リューゲル様に『生身の人間の体を無理矢理機械の腕に繋ぐ』なんて技術があって。更に、そこに連れていってくれるドランが居た。
……奇跡、ですわね。腕を落とされた一般市民、それも恐らくは裏通りのストリートチルドレンか何かだっただろうチェスタが、命を救われた。ええ。これが奇跡じゃなかったとしたら、人間は奇跡を起こせないことになりますわね。
でも……確かに、考えてしまうかもしれませんわね。
死んでいたはずの命は、そこで死んでいた方がよかったんじゃないか、って。
「彼は今、幸せなんだろうか」
そう、考えてしまうのも、仕方ないことだと思いますわ。
「……まあ、私、彼との付き合いはまだ1年も経ってませんし、よく分からないですけれど。でもとりあえず、ラリってる間はとっても幸せそうですわね」
「ま、まあそうだろうね……」
その為の薬ですものね。ええ。だからこそ麻薬はよく売れるのですわ。
「……でも、ラリってない時も割と、楽しそうですわよ」
ただ、麻薬の話だけだとあんまりにも空しいですから、少しは違う話もしましょうか。
「彼、最近はドラゴンの子供を育ててますの。ドラゴン達もチェスタによく懐いていて。楽しそうですわ」
「へえ、子供のドラゴンを……」
「ええ。卵から孵ったばかりの生まれたてのドラゴンを7匹も、ですわ。案外面倒見がいいんですのね」
ドラゴンについては本当に意外でしたわ。
薬中が生き物の世話なんかできるのか、とも思いましたし、そもそもラリってるときのチェスタを見る限り、生き物の世話をしたがるようには見えませんでしたし。
……でも、もしかしたら、ドラゴンと戯れて、ドラゴンに懐かれて、背中に乗せて飛んでもらえるくらいに仲良くなれる、というのが、本来の彼なのかもしれませんわね。
「そうか……昔のチェスタ君からは考えられないなあ」
「あら、そうですの?」
「運ばれてきた時は生きるだけで精いっぱいだったわけだし、その後は……お薬のせいで滅茶苦茶になってしまっていたしね。ドラン君が居たから、彼、今も生きてるけれど」
……片腕を失った、というだけで、きっととんでもない衝撃ですわよね。
ただ、偶々『悲しい事故』に遭ってしまったというだけで、がらりと運命が捻じ曲がった。チェスタが命を放り捨てていてもおかしいとは思いませんわ。
だからこそ、今、彼がラリりながらも案外普通に生きている事は……まあ、奇跡、なのですわ。きっと。
「ドラゴンの話、聞けてよかったよ。……何がその人の幸せか、なんて、本人にしか決められないことであるはずなんだけれど、それでもどうしてか、麻薬に溺れる彼を見ているのは辛かった」
「まあそうでしょうね。私だって、薬キメてる彼を見ているのは別に面白くも無いですもの」
幸せに『正しさ』を求めるなんて、烏滸がましいはずなのですけれど。ましてや、麻薬を売ったり人を襲ったりしている私がそう言うなんて、正に烏滸がましい以外の何物でもありませんけれど。……それでも私達はどうしてか、幸せに善性や正義を求めてしまいますのね。
……全く、厭になりますわ。
それから1週間、私は暇を見つけてはルネット人形店を訪ねて進捗を見させて頂きましたわ。
リューゲル様の人柄からして、サボることは考えにくかったですけれど、一応、監視も兼ねて。
その他の時間は専ら、ゴーレムの組み換えと操作の練習をしていましたわ。
練習しているのは、私とキーブとお兄様。それから、やっぱり多少は魔法の素質があったジョヴァンの4人ですわ。
……ええ。お兄様の人型ゴーレム作りは見事に失敗続きだったようですの。あの日、私がルネット人形店から帰ったら、もにょもにょした謎の物体がダンスを踊っているところでしたのよ……。どうやらお兄様、人間と見紛うようなゴーレムは作れないらしいですわ。
でも、多才なお兄様ですもの。早速、ゴーレムの組み換えも操作も上手になって、人間と変わりの無い程のゴーレムの動きを見ることができるようになりましたのよ。
「ああ、流石お兄様ですわ。もうゴーレムにタップダンスを踊らせることができるようになるなんて」
「ふはははは!このくらい、私にかかればどうということもない!次は楽器の演奏に挑戦するつもりだ」
……流石、お兄様ですわ。この器用さ、本当に羨ましいですわぁ……。
「タップダンスはいいからちょっと退けてよ。僕の練習の邪魔しないでくれる?」
「ああ、すまないな、キーブ。今退けよう。……よし。3体同時に前転だ」
お兄様が操作すると、シタタンシタタンとステップを踏んでいたゴーレム達が、揃って前転しながらキーブの傍を離れていきましたわ。……本当に器用ですこと。
「……俺はひとまず、普通に歩かせて投票させるまでを練習するだけにしとくわ……」
「僕も。精々、3体くらい同時に操作しながら組み換えもできれば最高だよね。踊らせる練習はしない」
ジョヴァンはゴーレムの操作だけで手一杯なようですし、キーブは複数体操作しながら自分は別行動をする、という練習を始めていますわ。
ゴーレムの数はあれど、私達の体は1つしかありませんもの。効率よく回していく練習はしておかなければなりませんわね。ええ。
……そうしてゴーレムの操作の練習に明け暮れつつ、リューゲル様が次々にゴーレムの素体とパーツを作り上げていくのを見に行きつつ、私達は聖女投票まで残すところあと3日、というところまでやって参りましたの。
その夜は、綺麗な満月でしたわ。警戒するにはいい夜ですわね。
……もう王家の兵士達が大っぴらに襲いに来ることは無いとは思うのですけれど、念のため、警戒はしていますわ。
勿論、警戒していることがバレて襲われないよりは、襲われたことを徹底的に主張して抗戦していく方が面白いですから、警戒はあくまでもひっそりと。淑女としての淑やかさを存分に発揮しながら闇夜に紛れてキャロルの眠る教会の鐘の下、開拓地の周辺を警戒しますわよ。
……そうしてすっかり月も高く昇った頃。
突然、不浄な気配が現れましたの。
私、それを感じ取った瞬間、弓に矢をつがえて、気配のする方へ構えましたわ。
……唐突に、開拓地の中に現れた者達。
それは……サキュバスとインキュバスの群れ、でしたわ。
とりあえず先頭を歩いていたリーダー格らしいインキュバスの股間目掛けて矢を射ってから戦闘開始といきましょうか。
久々の戦いですわ。胸が躍りますわね!




