7話「人間を作ればよくってよ」
ヤバいですわ。ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアよ。
今、この国は『キャロルに投票したい人は増えているのにキャロルに投票できない』という奇妙な状態になってしまいましたのよ!
開拓地を荒らそうとした王家の行いによって、『王家はキャロルに投票させたくないのでは?』という疑いは明らかなものとなりましたわ。ですから今、今回の聖女投票が王家の仕組んだものだと民衆にもバレバレの状態ですの。
ですから民衆票を得たい聖女候補達がこぞって「私は王家とは何の関係もありません!」とアピールするという不思議な様相を呈していますわ。
……それでも民衆の一番人気が間違いなくキャロルなのは、明らかな事実でしてよ。
何と言っても奴隷階級から聖女候補へと大躍進を遂げている彼女は民衆にとっての希望の星。今回は王家に虐げられるその様子に民衆は大いに共感し、結果、キャロルへの支持は間違いなく高まっていますわ。
なのに!王家が下手に悪役になってしまったせいで!その悪に虐げられる民衆達は!王家の制裁を恐れてキャロルに投票できないという膠着状態!
まさか王家がここまで捨て身の攻撃を仕掛けてくるなんて思いませんでしたわ。案外連中も頭が回りますのね……!
めっちゃ腹立ちますわーッ!
「これはどうしようもないな」
「ドラン!そういう事を言うもんじゃありませんわ!まだ何か方法があるはずですのよ!」
「とは言ってもねえ。ここまで王家が圧力強めてきちゃったら、流石にもう打つ手がないでしょうに」
そうですけれど!そうですけれど!それでも納得がいきませんわーッ!
このまま泣き寝入りなんて御免ですわ!王家の圧力のせいでキャロルに票が入らないなんて!そんなの絶対に覆してやるべきですのよーッ!
「王家の圧力を感じさせなければいいのですわ!いっそ、私達が王家の武力から民衆を守るという名目で軍事組織を……」
「あと2週間切ってる中でそれができるとは思えないけど?僕らってコントラウス入れても6人じゃん。あとは冒険者ギルドの冒険者だけでしょ?王家の兵士全部に対抗できる勢力にはならないし、万一なっちゃったら却って王家の行動を正当化することになると思うけど」
正論ですわ!ド正論ですわ!
今このパワーバランスだからこそ、王家が罪もない民衆を虐めている、という王家への反感が保てていますの。少しでもこちらが『王家に反逆する意思』を見せたなら……ましてや、それに伴って犯罪行為なんか見せようものなら……『悪者』はこちら側、という事にされてしまいましてよ!
『こちら側が被害者』という事実と『王家への反感』は、私達に残された最後の希望ですの。
そこすらも失ったら、本当にキャロルの大聖堂入りが果たせなくなりますわ……!
「王家の制裁を恐れない命知らずと、そもそも王家が制裁などできるはずがないと理解できる知識人層の票は変わらずに入るだろうが、それだけでは票数が足りないだろう」
「そうなんですのよ。要は、票が入れば勝ちですけれど、その票を入れる連中がこぞってビビりやがってるのが原因ですのよ……ビビってない連中は大体貴族ですし、貴族は全員敵ですのよ……」
私達はキャロルの支持層を平民に絞って活動してきましたわ。
最初から貴族達の支持は諦めていましたから、それがここに来て裏目に出ている形になるかしら。いえ、でもどうしようもなかったことですわね……。
開拓地の開拓者達にはなんとか、指示が通るでしょうけれど、それだけじゃあ票が足りなくってよ。
……何とかして票数を稼ぐ方法を考えなくてはなりませんわね。
「そうだ。だったら、王家の制裁の話なんて何も知らないような奴らを捕まえてくればいいんじゃないの?」
「キーブ。それは駄目ですわ。そういう連中は既にほとんど開拓地入りしていますのよ」
「あ、そっか……めんどくせえな」
ド田舎者なら諸々の事情も知らないでしょうからキャロルへの投票を躊躇わないでしょうけれど、そもそもド田舎者達を集めて開拓地を作っていますもの。ここから更にド田舎者達を集めてくるって、流石に無理がありますわね。少なくとも、失った票数の補填ができるようになるとは思えませんわ。
「だが、今は既存の人間から票を得るのは難しい状況だ。キーブの言う通り、どこかから新しく人員を連れてくる案は悪くないと思うが」
「それならいっそ、ウィンドリィ王国から人、連れてくればいいんじゃねえの?2000人とか」
「そんなに運べませんし、ウィンドリィの人間達にはオーケスタ王国の聖女投票に参加する意味がありませんから。難しいと思いますわ」
「葉っぱとかで釣っても駄目か?ほら、キャロルに投票したら葉っぱ1枚、みたいな」
「キャロルの印象が悪くなりますわ!大体、ウィンドリィの人間をそんなにぞろぞろ連れてきたら、そこでもオーケスタ王国の民衆からの受けは悪いと思いますわよ」
「あー、そっか……キーブじゃねえけど、めんどくさいな、これ」
うーん……ドランの言う通り、今更王都や大都市の平民達の票をキャロルへもう一度向かせる、というのは難しいですわ。ですから、新たに人員を調達する必要があるのも分かりますの。
でも、もうどこにも人員なんて……。
「俺、思ったんだけどさあ」
「何ですの?」
そこでまた、チェスタが口を開きましたわ。
「投票って人間じゃねえと駄目なの?」
……えぇ?
「に、人間じゃないって……どういう意味ですの?」
「ドランは投票できたんだろ?だったら人間じゃなくても投票できるってことじゃん」
チェスタはそう言って、ドランを見ましたわ。そういえば確かに、ドランは以前、投票したと言っていましたわね……。
「……そうだな。人狼である俺は投票することが可能だった。人間であるなしは関係無い、ということだろうな」
「だろ?だったらうちのドラゴン達に投票させれば?」
けれどここがチェスタの駄目なところですのよ……。
ドラゴンに投票ですって?不可能ですわ!
「いやー、そりゃ駄目でしょうよ。だって投票所には兵士が居る。そいつらが目視して、怪しいと思った奴はそもそも投票所に入れないようにしてる。奴隷が投票できないのはそこで兵士が止めてるからだし、ドラゴンなんて当然、入れっこないっての」
私が何か言うより先にジョヴァンが否定してくれましたわ。助かりますわ。
「強行突破しちまえばいいんじゃねえの?」
「それをやっちゃうとこっちが加害者だからね。どう?お嬢さん。そこで汚名を着る?」
「……少し考えさせてくださいな」
私もヤキが回ってきたのかしら。チェスタの案に惹かれてしまうものがありましてよ。
でも、強行突破なんてしようものなら、キャロルの悪評に繋がりますわ。そうなっては、大聖堂を我が物にした後も何かと動きづらくなりますもの。キャロルには正しさに完璧に防御された大聖堂を運営してもらわなければなりませんから、強行突破は無しですわ。投票所の強行突破なんてしてキャロルが当選したら、キャロルの手の者が不正に投票したことが明らかですものね。
それから、賄賂などで投票所の兵士達を買収する、というのも危険ですわね。
金を払って相手にこちらの重大な秘密を教える、というのはあまりにも危険でしてよ。
……でも、考える余地は、ありますわ。
『強行突破』のところではなく、『人間でなくても投票できる』という点について。
確かに、そうですわ。チェスタの言う通り、『人間でなくても投票はできる』。
つまり……ドラゴンと言わず、適当な魔物を大量に攫ってきて、そいつらの血を投票用紙に垂らして投票すれば、実質無限に票数を稼げますわ。
要は、赤い血が通っている魔物を大量に集めれば、後は投票所にどうやって入るか、という問題が残るだけなのですわ。
同じ人間が何度も何度も投票所に入ると流石に兵士にバレますから、どうにかして顔を変えるか、或いは何か仮面のようなものを……。
……。
そこで私の目に入ったのは……チェスタの、左腕。
義手、ですわ。
「閃きましたわ」
「おっ。何を閃いたのよお嬢さん。聞かせてくれる?」
私、自分の恐るべき閃きに自分で震える思いですわ。
満を持して、私、この閃きを発表しますわ。
「人間が足りないなら人間を作ればよくってよ」




