5話「怪文書を撒いて報復ですわ」
ごきげんよう。ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアよ。
キャロルが聖女に立候補してから数日。見事に敵の妨害工策が始まりましてよ!
「やはりキャロルの経歴を曝し上げる輩が出ましたわね」
そう。キャロルは何と言っても、元々は奴隷だった美少女ですわ。今でこそ奴隷身分から解放されているとはいえ、過去に奴隷だったという事実は間違いなく悪印象ですわね。
「ごめんなさい、私がもう少しうまくやれていれば……」
「遅かれ早かれバレることですもの。仕方ありませんわ」
キャロルはサキ様が奴隷の首輪を嵌めた子ではありませんから、他所の町にキャロルが奴隷になった記録が残ってしまっていますのよ。
それを揉み消すことはほぼ不可能ですし、揉み消すのに労力をかけるよりは、もっと別の方に力と時間を費やした方がまだ戦えましてよ。
「どうしましょう。私が奴隷だったと知った人達は私に投票してくれないのではないでしょうか」
「甘いですわ、キャロル。既にこの開拓地の開拓者達は全員あなたに首ったけですもの。ここの票はまず動きませんわ。……けれど、確かに新規の票を獲得する時には障害になりますわね」
「じゃあ、私、この投票に勝てないんじゃ……」
キャロルの過去の身分のことについて、他の聖女候補の筋から情報が暴露されたのも、キャロルの印象悪化を狙ってのものですわ。
……けれどこれって、1つのチャンスでもありましてよ。
「よろしくて?キャロル。あなたは1つ勘違いしていますわ」
私は胸を張って、答えますの。
「好意の逆にあるのは敵意ではありませんわ。……『無関心』でしてよ」
見えないものは無いのと同じ。発されない言葉は存在しないのと同じ。誰にも知られていない聖女候補だって、存在していないのと同じことですわ!
キャロルが一番避けなければならないのは敵意ではありませんの。嫌われたってかまいませんのよ。
『嫌う人も多いけれど、好く人も多い。そして知らない人は少ない。』それが妥当な線ですわね。ええ。端から全員に愛されて全員からの票を得るつもりなんてありませんもの。
「あなたの噂が立ったということは、あなたの知名度が上がったということでもありますわ。これを逆手にとって、あなたの票数を稼ぐことはそう難しくありませんわよ」
私がそう言えば、キャロルは不安そうに、それでも頷いてみせますわ。
「……ですからここで必要なのは、取捨選択ですわ。あなたがとれる票がどこかを見極めることですの」
「例えば、奴隷出身の聖女に投票するのは奴隷ですわね」
「でも奴隷に投票権はありません」
「ええ。でも、奴隷から平民身分に戻った者はそれなりに居るのではないかしら?」
キャロルだけではありませんわ。奴隷が平民の身分に戻ってくることはそんなに珍しい事ではありませんもの。
特にこの辺りだと、エルゼマリンの貴族街が一気に全滅した時、奴隷身分から解放された奴隷が一気に溢れましたわねえ……。
「ですから、あなたがすべきことは方向性をブレさせないことでしてよ。あなたが目指すべき像は……『奴隷身分になった過去を持ちながらもひたむきに生きる美少女』ですわ!」
キャロルの悪評が立ってから1週間もすれば、キャロルには同情票が入るようになり始めましたわ。
一方で、奴隷身分の者を毛嫌いする貴族達には評判が悪いですけれど仕方ありませんわね。貴族票は切り捨てますわ。元々貴族達は自分達の利権の絡んだ聖女候補に投票したい連中ばかりでしょうから、ここを切るのは元々想定内ですのよ。
……そしてこれで、キャロルの悪評を立てたのが誰かも大体分かってきましたわね。
要は、『キャロルは過去に奴隷だった』という事実を聞いて嫌悪を強く覚える者、ですわ。要は貴族の誰かですわね。
そいつはきっと、キャロルが上手く立ち回って『奴隷身分から脱出して頑張っているかわいそうでかわいいシスター』として民衆の支持を得るなんて思っていなかったのでしょうね。貴族と平民の視点は大きく違いましてよ。貴族連中が名案だと思ってやったことが平民達には通用しないなんて、よくあることですわ!おほほほほ!
……けれど不安は残りますわね。
今回の悪評騒ぎでキャロルが被った被害ってほとんどありませんけれど、敵がこれで引っ込んでくれるとも思えませんわ。
キャロルの知名度と人気が却って上がってしまった、となったら、今度は何をしてくるか分かったもんじゃあありませんわね。
……でも当然ですけれど、キャロルがそいつらに対して何かすることは絶対に許されませんわ。聖女となる心優しき乙女は敵が何をしてこようが笑って許すべきなのですわ。
ですから、そいつらをとっちめるのは私の仕事でしてよ。
私は早速、ジョヴァンに相談ですわ。
何だかんだ彼、エルゼマリンの裏通りで相変わらず買い取りをやっていますもの。情報だって商品ですわ。仕入れるのも売り捌くのもやっている以上、それなりに情報が入っていてよ。
「では、オーゴット家が今回の主犯でしたのね」
「十中八九は間違いないだろうね」
そして案外さっさと今回の黒幕が割れましてよ。
オーゴット家というのは、クラリノ家の傍系ですわね。まあ、武勲を立てまくっている騎士の家であるクラリノ家とは違って、あまりパッとしない家ですけれど。
「王家がねじ込んだ聖女候補達の中にオーゴット家の令嬢は居なかったはずですから、これは煽られて矢面に立たされただけ、ということかしら」
「万一、オーゴット家が悪評を垂れ流していたってバレても王家に傷がつかないようにしたいだろうしね」
……ここで、今回キャロルの悪評を垂れ流した奴らをとっちめても、第二第三の刺客が現れることでしょうね。どうせオーゴット家はドラゴンの尻尾切りになるに決まっていますわ。
「まあ、オーゴット家から王家まで一直線に攻撃できるとは思えない。ついでにオーゴット家をどうこうしても、シスターキャロルへの妨害工策はどこかからかはまた出てくる、ってところかしらね。どうする?お嬢さん」
ここでオーゴット家をとっちめても完全解決はできませんわ。どうせキリがありませんのよ。
何と言ってもあっちは組んでいる手の数がとんでもないですもの。あっちこっちで繋がって、協力しながらやってるところにこっちはキャロル1人で対抗していますのよ?妨害工作で上手に出ることはまず間違いなくできませんわ。
……でも。
効果が薄くても、キリが無くても、それでも。
「そんなの決まってますわ。オーゴット家を見せしめに潰しますわよ!」
キャロルの悪評を立てたらどうなるのか、連中に分からせてやらなければなりませんわね!
ということで、王都にチェスタを派遣しましたわ。
チェスタには大量の骨(人骨を含みますわ!)と、赤いインクで『オーゴット家の娘は契約料を支払え』と書いた大量の紙が入った空間鞄を持たせましたわ。
チェスタはドラゴンに乗って夜空を飛んでいきましたわ。
……そして王都のオーゴット家の上空から、大量の骨と怪文書が降り注ぐ、というわけですわね。
どう考えても不吉ですわ。聖女投票に影響しないわけがありませんわね!
案の定、翌々日にもなればエルゼマリンのギルドにもオーゴット家の悲報が届いていましたわ。
深夜、一瞬にしてオーゴット家周辺の貴族の屋敷に降り注いだ、大量の骨と怪文書。それはそれは、大きな噂になりましたわ。
貴族の屋敷の屋根にも庭にも骨が散乱し、ついでに『オーゴット家の娘は契約料を支払え』と書かれた紙まで降り注いだ、という怪奇現象。当然、町は沸いているようですわ。
つい最近フォーン・タート・ホーンボーンが悪魔召喚したことは王都の人々の記憶に新しいですから、そこから『オーゴット家も悪魔召喚を行ったのではないか』なんて噂が立ち始めたようですわね。
まさか、ドラゴンに乗って上空から骨だの怪文書だの撒き散らす奴が居るなんて思われませんから、実にうまくいったようですわ。
悪魔召喚を行った証拠が1つも出なくたって、怪文書と骨が撒き散らされた時点でもう奴らの悪評は止まりませんわ!
まあ、屋敷に火を放たなかっただけありがたいと思っていただきたいものですわね!おほほほほほ!
さて。相手には『報復された』ということが分かっているでしょうけれど、キャロルの悪評を立てたのが自分達だと明言したくない以上、こちらへ大っぴらに何かしてくることは無いはずでしてよ。
……ただ、大っぴらでなく何かをしてくることは十分に考えられますから、警戒を続ける必要がありますわね。
ここら辺になったら、もうドランもキーブもお兄様も、それからエルゼマリンギルドの有志の冒険者達も、ガッツリと開拓地の警備に回しますわ。
私達はド田舎から人を連れてくることで票数を稼ぐ作戦ですから、その開拓地そのものを狙おうとする輩が居るのは想像に難くなくてよ。
うっかり放火でもされたら大変ですから、聖女投票までの1か月弱、徹底的に警備していきますわ!
……ということで私達、存分に警戒しましたの。
けれど、そんな私達の努力を嘲笑うかのように、連中はとんでもないことをしてきやがりますのよ。
聖女投票まで残り20日、というところで、平和な開拓地に不穏な足音が近づいてきましたの。
それは……王城から派遣されてきた兵士達、ですわ。
「この開拓地の代表者は居るか」
兵士達の物々しい様子に開拓者達は慄きながらも、キャロルを連れてきて兵士達に引き合わせました。
……すると。
「この開拓地には大罪人を匿っている嫌疑が掛かっている。王家の命令によってこれよりこの開拓地を取り壊させてもらう」
兵士はそんなことを抜かしやがりましたのよ!




