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没落令嬢の悪党賛歌  作者: もちもち物質
第四章:ドラゴン・ラグ
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4話「とっても聖女っぽいですわ!」

 ごきげんよう。ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアよ。

 私はこれから開拓地に魔物をけしかけますわ。

 そしてそこをキャロルに守らせて、開拓者たちの尊敬と信仰をキャロルに集めていきますわよ!




 今回の作戦は至極単純ですわ。

 適当にけしかけた魔物に適当な傷をつけて、そこにキャロルが祈りの言葉とともに聖水をぶち込みますわ。

 聖水は私の血液1000倍希釈ですから、そんなに大きくない魔物ならば傷口から入った分だけで確殺でしてよ。

 そうしてキャロルの強さと聖なる力を見せつけて、この開拓地の票をキャロルに集めますの。

 ……それからもう1つ。

 ここの開拓者達には、『キャロルを聖女に立候補させる』という重要な任務がありますのよ。


 キャロルは自ら聖女に立候補するのではなく、周囲からの後押しによって聖女に立候補する、という筋書きですの。

 自薦ではなく他薦から聖女候補になるのには大きな意味がありましてよ。

 まず、キャロルがお人よしで控えめで、それでいて『自分で立候補しなくてもその能力を見出されて聖女候補へ押し上げられる程の優れた人物である』という印象作りの効果がありますわね。

 それからキャロルを聖女に立候補させようと働きかけた人物には強力な好感を植え付けることになりますのよ。だって『自分が見出して育てた聖女』という感覚はやはり強いものじゃなくって?

 ……こういった小細工によって、キャロルを支援し、キャロルへの票を集めようと自ら働く者達を増やしていくのが目的ですわ。

 ですから今回の魔物の襲撃騒ぎも手抜きなんてしなくってよ!




 まずは魔物を用意しましたわ。

 見栄え重視でドラゴンといきたかったのですけれど、流石に失敗した時のリスクがとんでもないことになりますから、動きのトロいサイクロプスを捕まえて参りましたのよ。

 サイクロプスは図体がそれなりにデカいですから、ドラゴン程じゃあありませんけれど見栄えがしますわね。

 ついでに、拳の一振り、こん棒の一振りで民家くらい簡単に潰せるような魔物ですから、サイクロプスの強さを演出することも容易ですわ。やっぱり家屋が吹っ飛んだり炎上したりするのって見栄えしますのよねえ……。


 魔物が準備できたら、今度は『キャロルが開拓地を守らなければならない理由作り』をし始めますわ。

 ……仕方のない事なのですけれど、ある程度は旅路の途中(つまり開拓者達を連れてくる道中、ということですわね)で魔物に出くわしたりしますから、私達の戦闘力はある程度、バレてますのよ。

 ドランが人狼だということは伏せてありますけれど、馬鹿力の筋肉野郎だということはバレバレですわ。

 キーブが雷使いだということは伏せてありますけれど、練習中ながらぼちぼち強い水の魔法を使うことはバレてますわ。

 お兄様が魔法を使うこともとっくにバレバレでしてよ。

 ちなみにジョヴァンが戦えないことはしっかりアピールしてありますわ。これは真実そのままですから問題ありませんわね。……実際のところ、彼、銃はそれなりに適性がありそうなのですけれど。まあそれは伏せっぱなしでいきますわ。

 あ、チェスタに関してはそもそも敵役ですから、開拓地に元々居なくてよ。問題ありませんわ。

 ……ということで、ここらへんの戦闘員が開拓地に居るなら『お前らが戦えよ』となって終わってしまいますので、彼らには適当にそれぞれの任務に出向いてもらいますわ。新たな開拓者を探しに行くだとか、それの護衛だとか。口実は幾らでもありますわね。


 そうして、開拓地に残る戦闘員は私と弓使いの子くらいなものですわね。

 ……私は今日この日の為に、開拓者集めを始めてから今日まで、『敵をあまり一撃で仕留めないように』気を付けていましたのよ。ええ。要は、私の血を使うことは禁じていましたし、余裕があればわざと急所を外して魔物を仕留めたりもしていましたわ。

 さて。

 こうして準備も整った事ですし……早速、始めていきますわ!

 開拓地が魔物に襲われるという盛大な茶番劇を!




 そして、夜を迎える頃。

 開拓者達はその日の労働をお互いに労いながら、外に出しっぱなしにしてある簡素な机を囲んで、食事を摂ったり、酒を飲んだりしていますわね。

 ええ。この開拓地、安酒の類ですけれど、お酒もたっぷり用意してありますのよ。天国ですわね?

 そうして浮かれて楽しそうに声を上げる幸福な開拓者達を横目に、私は開拓地から一度離れて……適当にサイクロプスを空間鞄から取り出しましたわ。

 宵闇に紛れて、開拓地からはサイクロプスが見えないでしょう。けれど、楽しそうな開拓者達の笑い声や誰かが歌ったり楽器を演奏したりする音は聞こえていますし、何より、出来立てほやほやの民家からは灯りが漏れていますし、焚火だってありますから十分に明るいですわ。

 サイクロプスは人間の気配のするそちらへと、ずしずし歩き始めましたのよ。




 サイクロプスが開拓地に近づいてくるにつれて、流石に何人か、開拓者が気づき始めますわね。

「あ、あれ……」

「見ろ!魔物だ!」

「でかいぞ!あいつは……サイクロプスだ!」

 ド田舎って魔物も少ないのかしら。それともこれが普通の反応なのかしら。ちょっとどうかと思うくらい、開拓者達はサイクロプスの姿を見て慌てふためき始めましたわね。

 そこへサイクロプスよりは動きの速い私がちゃっかり開拓地へ帰還していましたので、開拓者達は早速、私に縋り始めましたわ。

「頼む!あんたは戦えるだろう!?あいつをなんとかしてくれ!」

「そ、それは……」

 私は一応、『それほど強くない』というような顔をして今まで来ていますから、少し困惑する素振りも見せましたけれど……それ以上に、この開拓地を守るという強い意思を見せることにしましたわ。

「分かりました。では皆さんは、住民の避難をお願いします。それから、シスターキャロルを呼んできてくださいまし。聖水をお持ちでしたら、あの魔物の動きを止めることくらいはできるかもしれませんわ」

「わ、分かった!シスターキャロルを呼んでくるぜ!」

 さて。そうして避難と逃走とキャロルを呼びに行くのとで消えていった開拓者達を見送って……私は、弓に矢をつがえますわ。

 私の血を鏃に乗せて、サイクロプスの無駄に大きい目ン玉をぶち抜いてやれば一撃死間違いなしなのですけれど、当然、今回はそんなこと、しませんわよ。


 私はサイクロプスの動きを見計らって、まずは足元に矢を射掛けますわ。

 片足を封じておければ、キャロルがこれから聖水をぶっ掛ける時のリスクは限りなく少なくなりますもの。狙わない理由がありませんわね。

 容赦なくサイクロプスの左膝の関節の間に潜り込むように矢を一本、撃ち込みましたわ。それによってサイクロプスはとってもいい悲鳴を「ぼえええええ!」というような具合に上げてくれましたの。これによって開拓地はより一層恐怖に晒される訳ですわね。いい演出ですわ!

「負けませんわよ!」

 端から負けるつもりも予定も一切ございませんけれど、一応そんなことを言いつつ、次は腕を狙いますわ。

 左の肩と左手の甲、人差し指の骨と中指の骨の間のあたりを狙って矢を打ち込めば、サイクロプスの動きは大体制限されましたわね。

 左手をやられた以上、攻撃に使ってくるのは右手。左ひざをやられた以上、踏み込みは絶対に右足。キャロルには私が狙う予定の場所を予め伝えてありますから、予定通り、サイクロプスの攻撃が当たりにくい位置から突進して聖水をぶっ掛けに行ってくれるはずでしてよ。

 さて。

 では私は遠巻きに開拓者達が眺めているのを感じながら、数発矢を外し、更にサイクロプスがその拳を私に向かって振り下ろしたのを避け、なんとか撃った矢が右足の辺りを傷つけていき……というように、苦戦を演じましたわ。

 演じながらもしっかりと、サイクロプスの足に矢を掠らせて傷をバンバン作っていきますわよ。

 これで後は、キャロルがやってくれればいいのですけれど……!


 サイクロプスが私目掛けて腕を振るって、その腕が屈んだ私の頭上を通り過ぎて家屋の1つを破壊していきましたわ。

 それに伴って、開拓者達の悲鳴が上がり、いよいよ恐怖と緊張感が最高潮に達しようとした、その時。

「悪しき魔物よ!すぐにここから立ち去りなさい!」

 自らの恐怖を捻じ伏せるように、あくまでも凛としてそう言い放ちながら、キャロルは震えながらもサイクロプスの前に立ったのですわ。

 その手にしっかり、聖水の瓶を握りながら。




 サイクロプスに比べて明らかに小さくか細いキャロル。

 それでも彼女が立ち向かう姿を見て、開拓者達は不安と期待、そして祈りを胸に抱くことでしょう。

「ここを荒らさせるわけにはいきません!……神よ!悪しきものからこの町を……生まれたばかりのこの町を、どうぞ、お守りください!」

 サイクロプスが腕を振り上げてキャロルを叩き潰そうとし、開拓者達から悲鳴が上がったその時。

 私はサイクロプスの腕に矢を打ちこんで軌道をずらし、そして、キャロルは聖水の瓶の中身を、無事、サイクロプスの脚の傷に向かってぶちまけたのですわ。




 サイクロプスに聖水が掛かった瞬間。

 ふわり、とサイクロプスを温かな光が包みます。

 ……これは、開拓地に今は居ないことになっているお兄様がそっと潜んでいて、そこから放ってくださっている光の魔法ですわ。器用貧乏なお兄様の魔法ですから魔物が光る程度の魔法ですけれど、演出にはそれで十分ですわ。

「……うが」

 サイクロプスは最初、不思議そうに自分の脚回りを見ていましたわね。

 けれどそれも数秒のこと。すぐ、サイクロプスは自分の体が猛毒に侵され始めたことを悟ったようですわ。

「うぼええええええええ!」

 サイクロプスの悲鳴が上がる中、キャロルは冷静に聖水をもう1瓶ぶっ掛けると、距離を取って祈りの言葉を紡ぎ始めましたの。

 そしてお兄様の最大出力で光の魔法が煌めく中……サイクロプスは遂に、息絶えたのですわ……。




 開拓者達は、開拓地が守られたことを喜び、キャロルの祈りの力を喜び……今までの緊張と恐怖から解放されたことによってすっかり興奮状態となって、そのままキャロルを囲んで宴会を始めましたわ。

 キャロルは早速上手くやっていますわね。緊張の糸が切れて脱力する中、それでも自分のことより、自分の成果より何より、開拓者達の安否を気にして、そして全員が無事だと知って安堵の微笑みを美しく浮かべますのよ。

 彼女、聖女ですわ。これ以上聖女っぽい行動ってありまして?無いですわ!

「あなたも中々いい演技でしたわ」

 私はサイクロプスの死体にそっと囁きましたわ。こいつが中々いい声でボエボエ叫んでくれたおかげでいい迫力が出ましたもの。魔物の選択は大正解でしたわね!




 ……かくして開拓地はシスターキャロルの奇跡の力によって救われ、キャロルの評価は一気に急上昇。

 キャロルの力が強大な魔物を退けたとなれば、開拓者達からキャロルへ向けられる感情は、親しみでありながら信仰となり……キャロルはすっかり人気者になりましたの。

 そうなったところで、エルゼマリンと往復して荷物の運搬をする係の開拓者の1人が、言いだすようになりますのよ。

『シスターキャロルこそ聖女様に相応しいんじゃないか』とね。


 今回のコレ、実は仕込みじゃありませんのよ。本当に開拓者達だけで自発的にこの結論に至ってくれましたわ。本来ならちょいとエルゼマリンギルドの冒険者を借りて仕込む予定でしたから、びっくりですわ。

 ……どうやらその開拓者、エルゼマリンに遊説しに来ていた聖女候補を見たらしいんですのよね。それを見て、『シスターキャロルの方が清楚で清らかで明らかに強大な力を持っていて親しみやすくて可愛い』と思ったそうなんですの。ええ。大正解ですわ。

 そこでエルゼマリンから戻った開拓者は、キャロルに聖女への立候補を勧めるのですわ。




「なあ、シスターキャロル!あんたこそ聖女様だよ!立候補してくれよ」

「そんな、私なんかが聖女様だなんて、恐れ多いですよ」

「そんなことがあるか!聖女候補だっていう娘さんを2、3人見たけれど、あんたほど清らかで美しい娘さんは居なかった!」

「それにそいつら聖女候補だなんて言ったって、貴族の娘なんだろ?だったら俺は、あんたの方がいいね!」

「ねえ、考えとくれよ、キャロルちゃん!あんたが聖女様になってくれたらこの町にももっと人が来るかもしれないしさ!」

「新しく生まれた町から聖女様が選ばれたってなったら、私達も鼻が高いよ!」

 ……元々娯楽の少ない生活ですから、こういうお祭り騒ぎになると、開拓者達は張り切りますわね。

 あれよあれよという間にキャロルは聖女に立候補するよう勧められ……そして。


「他薦もアリだってエルゼマリンのギルドで聞いたからな。応募してきちまったぜ」

 先走ってくれた開拓者の1人の手によって、キャロルは無事、聖女投票の候補者となったのですわ。




 キャロルは始めこそ、乗り気ではない素振りを強く見せていましたわ。『私なんかが聖女様なんて恐れ多い』『聖女の任を勤められる自信が無い』と。

 けれど、『キャロルが聖女になれば開拓地にも人がもっと集まるようになる』という意見に心を動かされ、キャロルはこの町の開拓者達の為、この町の未来のために頑張る事を決意しますのよ。


 キャロルの立候補は、王都や主要都市でも少々話題になりましたわ。

 何せ、聖女投票まで残り1か月ちょいになってから、遅れてやって来た聖女候補ですもの。話題性はバッチリですわね。

 更に、開拓地の噂もぼちぼち広まって参りましたので、キャロルの活躍についても話題になりましたわ。

 ここでキャロルは『遅れてやって来た聖女候補』『お飾りではない、真の力を持つ破邪の聖女』という話題性抜群の肩書を引っ提げて参戦した、というわけですわね!

 権力目当ての有象無象共とは一味違うキャロルへ集まる視線は数多いですわ。そして、能力アピールを入れていけば『聖女?くだらないね』とか言って斜に構えてるような知識人気取り共にも響きますのよ!


 ……要は、『王道ではない聖女』『今までとは違う聖女』を、国民は待ち望んでいたのですわ。

 これは想定外でしたけれど……国民にそう思わせる程度には、現在の国の状況は悪い、ということなのでしょうね。




 そうして、聖女投票まで残り1か月を切った頃。

 キャロルは開拓者達数名と乙女達と共に、エルゼマリンでの遊説を始めましたわ。

 中身の無い薄っぺらい所信表明とは違って、彼女には『魔物に襲われて消えた故郷を再建する』『自分の故郷と同じように魔物の被害に苦しむ多くの人々を救いたい』という力強い言葉がありますもの。強いですわよ。

 そこらの有象無象のように自分や自分の家の為に聖女になる訳ではなく、キャロルはあくまでも、自分を応援してくれる開拓地の人々への恩返しの為に聖女になろうとしていますもの。貴族受けはボチボチとして、とにかく民衆からの評判がいいですわね。

 話題性抜群のキャロルの登場は、聖女候補達の間に確かな衝撃を与えていきましたのよ。




 ……そして、そうなるといよいよ、始まる訳ですわ。

 キャロルへの、攻撃が。


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素晴らしいエンターテイメントマッチポンプ!
演技(死亡) 演技とは⋯⋯
[一言] なあに攻撃には聖水(聖なるとは言ってない)撒けばイチコロよ
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