2話「村人を集めて開拓地送りですわ」
ごきげんようッ!ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアよ!
私は今!やる気に満ち溢れておりますの!
何と言ってもあのピンハネ嬢!没落してからの私を最初に陥れてくれやがったあのアマが次期聖女として立候補しているなんて聞いてしまいましたのよ!?居てもたっても居られませんわ!
ギルドから去ったと聞いてそれ以降の消息はまるで掴めていませんでしたし、いっそ死んだんだろうとも思っていましたけれど!
生きていたなら話は簡単!
ギルドに損害を被らせてでも私を兵士に売り渡したあのピンハネ嬢!
徹底的に叩きのめしてやりますわよーッ!
「そういうわけなのよ、キャロル。あなたには何が何でも次期聖女になって頂きますわよ」
「ええ、先生!任せてください!私、きっとやり遂げてみせますわ!」
ということで私、早速教え子の乙女達の下へ出向いて、そこで例のシスター役だった子……キャロルに思いのたけを伝えましたわ。
キャロルは長い銀髪をふわふわさせながら、奮起する様子を見せてくれましたわ。でも可愛い顔でキリッとしても可愛いだけでしてよ。
「では早速行動開始よ!参りましょう!」
……ということで私達、早速この思いのままに動き出しますわ。
「ド田舎へと!」
ええ。
ド田舎へ行きますわ。ド田舎へ。
聖女投票の必勝法として、『大都市を中心に活動する』ということが挙げられますの。何故かって言ったら『ド田舎回りは費用対効果、時間対効果があまりにも低いから』ですわ。
この国、町と町の距離はそれなりにありますわ。王都からエルゼマリンまでは半日と少し掛かりますし、もう少し離れた都市ならそれ以上かかりますわね。
しかもド田舎なんて、住んでいる者の数も少ないですわ。大都市の100分の1、下手をすればそれ以下、なんて集落もたくさんありますのよ。
ですから、そんなみみっちい活動なんてしていられませんの。人が集まっているところで一気に活動して一気に票を集める。それがこの聖女投票を勝ち抜くための常識とされていますのよ。
要は、ド田舎回りをして得られる票数とかかる時間があまりにも釣り合わない、ということですわね。旅費も掛かりますし、ド田舎の田舎者は聖女が誰になろうが自分達の生活には関係ないと思って投票には消極的ですし……絶対に碌な結果は得られなくってよ。
……でも、そこでド田舎ですわ。
私達、エルゼマリンのギルドという後ろ盾はありますけれど、大っぴらにそれをやるわけには参りませんわね。エルゼマリンのギルドは王都の犬のふりをして尻尾を振っておかなければなりませんもの。実際、王家の方からエルゼマリンギルドの美少女冒険者を何人か聖女候補者用に見繕うように依頼が来ていましたわ。王家としては、『自分の忠実な犬であるエルゼマリンギルドに忠実な者を聖女にすることで大聖堂を王家のものにする』という魂胆なのでしょうけれど。
……ですから、実質私達には後ろ盾もありませんの。王家なんかと比べたら財力もまだまだですわ。
そこで、ド田舎ですのよ。
今まで悪手中の悪手と言われていたド田舎回りを、私達の力で可能にするのですわ。
ド田舎の中小都市全部の人口を足せば、エルゼマリンや王都をも超える人の数になりますわ。ですからある意味ではこれはチャンスですのよ。
これだけの人数が『散らばっている』ことと『消極的』であることから放置されている。勿体ないったらありゃしませんわね。
ですから逆ですわ。逆に考えるのですわ。
『聖女が民衆の元へ移動するのではない』のですわ。
そう!『民衆が聖女のところまで移動してくればいい』のですわ……!
聖女投票当日まで、あと2か月と少し。それまでの間にド田舎の人間を集めまくることにしましたわ。
私達には空間鞄という素晴らしい力がありますもの。違法改造万歳ですわ!
……更に。
「んじゃあ適当に人攫いしてくりゃいいんだな?」
「そうですわね。あなたにうまい説得ができるとは思えませんから、適当に人攫いしてくださいな。そこをキャロル達がとっちめて、あなたの悪の手から田舎者達を救い出すという算段でいきますわ」
「ははは。ひでえなあ。ま、いいけどさ」
チェスタが。チェスタが、ここで働きますのよ……!
「……それにしても、よく懐きましたしよく大きくなりましたわね、この子達……」
「だろ?やっぱ魔物って成長が早いよなあ」
チェスタの首筋にじゃれついているのは、ドラゴン。まだ子供ドラゴンではありますけれど、それでも人間1人くらいならなんとか乗せて飛べるくらいに大きくなってしまったドラゴンですわ!
ドラゴンに乗ったチェスタが青空へ舞い上がっていきましたわ。
……人間用の空間鞄とは別に、ドラゴン用の空間鞄も1つ持って、そこに交代要員のドラゴン達を入れているらしいんですの。ええ。チェスタったら、すっかりドラゴン達と仲良くなって、背中に乗せて飛んでもらえるようになっていたらしいんですのよ……。
確かにちょくちょくドラゴンとじゃれてるとは思ってましたけれど、まさかここまでしっかり懐くとは思いませんでしたわね。薬中の癖にドラゴン使いになるなんて生意気ですわ!
……ということで、今回の作戦ではドラゴンに乗ったチェスタが人攫いをしてくることによって、効率よく人間および票数を稼ぐ、ということになっておりますのよ。一度集めてしまえばキャロルの魅力を分かってもらうことなんて簡単ですわ!
競争率の高い王都でチマチマ活動するなんて馬鹿げてますわ!ド田舎の何も知らない田舎者共を一気に攫ってきて集めてそこで活動した方がずっと効率的でしてよ!おほほほほほほ!
「やっぱ速いね、ドラゴンは」
「馬の数倍の速度が出ますものねえ……」
子供とはいえドラゴンですもの。とにかく速いですわ。それこそ、ド田舎の限界集落を幾つか襲撃して人攫いして帰ってくる、なんてことがほんの数日でできるくらいには。
「チェスタは根がいい奴だからな。ドラゴンにもそれが伝わったんだろう」
「薬中だってとこは伝わらなかったみたいだけどね」
「俺はドラゴンにはあまり懐かれないからな……」
ドランとジョヴァンは複雑そうな顔でチェスタを見送りましたわ。
……ちなみにドランはびっくりするほどドラゴンに懐かれませんわ。人狼だからでしょうね。ドラン自身はドラゴンを可愛がっているのですけれど、ドラゴンにはビビられててちょっぴりかわいそうですわ。
「……で、俺達は近隣の小さい村とか回って『開拓地の従業員』を集めりゃいいってことね」
「ええ。お給金と美少女につられてくれることを祈りつつ、平和に参りますわよ」
一方私達は平和にいきますわ。
なんでって、一応、王都に比較的近い地点で人攫いが相次いだら流石にちょっとまずいからですわ!
ですので、こちらは『エルゼマリン近郊の土地を拓いて新たな町を作ろうとしている』という名目での人集めになりますわね。
素晴らしいことに、今年はスライムの謎の大量発生によってあちこちで不作が相次いでいますもの。経済的に不安定な農業従事者は労働条件の安定した開拓地行きも考えざるを得ないはずですわ。
さて、こちらも良い成果が出せるよう、頑張っていかなくてはなりませんわね。
「ごめんください」
訪れた村で、家畜の世話をしていた村人に声をかけたのは……うちの可愛いキーブですわ!
「ん?誰だ?」
「僕はエルゼマリンギルド認可財団であるアイル財団のキーブ・オルドと申します。こちらの村がスライム大量発生の被害に遭われたと聞いてやって参りました」
村人はキーブの言葉にも、キーブの後ろに控えるフルフェイス甲冑姿の私にも怪訝そうな顔を向けましたけれど、ひとまず美少年の話ですから聞く気にはなったようですわね。
「それで、そのなんたら財団ってのは俺達に何かしてくれるってのか?」
「もしあなた方がお望みなら、なのですが……」
少々居丈高な物言いをしてきた村人に怯んだ様子を見せつつ、キーブはおずおずと、提案しましたわ。
「エルゼマリン近郊の平野を拓いて、町を作ろうとしています。そちらの開拓者を募っておりまして……」
「開拓だぁ?」
けれどこの村人はあんまり乗り気じゃないようですわねえ。安く買い叩かれたら困る、という威嚇と同時に、自分の土地を手放してまで開拓に行く度胸が無い、といったところかしら。
「おいおい、舐めたことを言ってくれるじゃあねえか。開拓開拓ってよ、農作業もしたこと無いようなガキには分からねえだろうが、そう簡単なことじゃねえんだぞ」
「そこはもちろん分かっております。ですので、開拓地が町として機能するようになるまで、開拓者の方々の食事や住居はこちらで支援させて頂くという契約で……」
「俺達は農民だ!お前らのお情けで餌与えられりゃ動くと思ってんのか!?その土地がまともな場所かもわからねえのにそんな話、御免だね!」
やたらと頑固な村人ですわねこいつ。空腹で気が立っているのかしら。いえ、それにしてもハズレを引いた気がしますわぁ……。
「大丈夫です!土地は豊かです!いい土地ですよ」
そこへキーブはしっかりと主張しますわ。『威圧されながらも自分の職務を全うしようと頑張る健気な美少年』ってところですけれど、多分これ、内心では『はーかったるいなこのクソ農民さっさと了承しろよ』ぐらいのことは思ってると思いますわ!
「どうしてそんなことが分かる。あんたらに土地の良し悪しが分かるってのか?」
まあ平野ですから、ぼちぼちいい土地でしてよ。人間の手と肥料を入れてやればさらに良くなりますわね。
それに最悪の場合、他の土地に私の血をばらまけば相対的に滅茶苦茶いい土地になりますわ。何も問題ありませんわ。
……というようなことを私の方から伝えようかと思ったところ。
「も、元は小さな村があったんです。小さいけれど、沢山の麦や野菜が採れる、いい村が」
キーブは打ち合わせに無かったことを言い出しましたわ。
「村だぁ?そりゃ……」
「僕の故郷でした」
……ここで美少年が少し無理して笑顔を浮かべながら発する『でした』は重い、ですわね……!
「魔物に襲われたんです。そこで僕の父さんも母さんも殺されてしまって、村も無くなってしまったけれど……僕は生き残れたから……もう一度、村があそこにできたら、いいな、って……思ってます……」
俯きがちにそう言葉を紡いで唇を噛んだキーブは、はっとしたように顔を上げて、慌てて言葉を重ねますわ。
「あ、あの、ですから、大丈夫です!あの土地で麦畑が揺れていたのをよく覚えています!ですから、土地が豊かな保証はできます!魔物についても、もう襲われないように1人、シスターをお招きしていて……あの、彼女もその近隣の村だったところの出身なんですが……ですから、やる気は十分にあって……」
キーブの美少年ぶりが輝きますわね。
それにしても次々に設定が生えていきますわ……!恐ろしい子……!
「そ、そりゃあ……なんとも……」
村人もこれにはたじたじですわ!美少年に無駄に居丈高な態度をとってしまったことを反省している顔ですわ!
「あの、ですから……あとは、開拓者が揃えば、あそこに村が……いいえ、その内きっと、立派な町が!できると思うんです!」
美少年が涙に潤む目をじっと向ける。これ以上の攻撃って、ありまして?
「ですから、お願いです!どうか、開拓のお手伝いを、しては頂けませんでしょうか!?」
……いけましたわ。落ちましたわ。やりましたわ。
まあ、元々、この村に限らずスライムの大量発生によって困窮している状況ですから、そこに支援バッチリな救いの手が差し伸べられたらその手を掴むのは当然のことですわね。不作のこの冬を確実に越えられるのですから、本当にあり得ないくらい好条件ですのよ?
「お手柄ですわね、キーブ」
「まあね。あーあ、めんどくせえ奴だった」
私は早速、キーブの活躍を褒めましたわ。けれど頭を撫でようとしたら手を払われましたわ。あんまりですわ。
それからその村の村人全員が『このままこの村に居ても全員で冬を越えることはできないだろうから』と開拓地行きを承諾してくれましたので、彼らはもう1台用意してきておいた馬車に乗せて、彼らの荷物は空間鞄を貸して収納させて、彼らは乙女の1人が運転する馬車に乗って開拓地へと運ばれて行きましたわ。
私とキーブは道中で村人達と親睦を深める必要もありませんから、さっさと次の村へ行ってそこの村人を勧誘するか攫うかしてきますわ。
そうして私とキーブが乗った馬車は、次の村へと進んでいくのですけれど。
「……ちなみに勧誘の時のあれ。どこまでが嘘でしたの?」
私がそう、キーブに聞いてみると。
「……さあ。どこまでだろうね。まあいいじゃん。あそこ、町になるならさ」
彼はそう言って、ちょっぴり幸せそうに笑顔を浮かべたのですわ。




