1話「全力で邪魔してやりますわ」
ごきげんよう!ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアよ!
私は今、麻薬の取引で手に入ったお金を確認してにっこりしていたところですの。
「投資しておいて正解でしたわねえ」
「鞄村の世話は奴隷に任せればよくなったしな。これ、結構よくできてる仕組みなんじゃねえの?」
私達が作った鞄村と鞄村の中の葉っぱ畑。鞄の中ですから気候も穏やかで、常に葉っぱの育成に最適な環境となっていますの。
ですから、そこでは葉っぱが一年中収穫できますわ。最近もまた収穫があって、ガッポリ儲かったところですのよ。おほほほほ!
「ミスティックルビーはもうすっかり市場の人気者だしね。まあ、俺としてはその中身がお嬢さんの血っていうところにちょいとばっかし複雑な気持ちなんだけれど」
「劇物だもんね」
ミスティックルビーも安泰の売れ行きですわ。やっぱり地方の貴族を中心に販路を拡大しているところがよかったのでしょうね。
見た目には香水か高級酒のような美しい瓶に入った魔法薬の麻薬ですから、普通の葉っぱやキノコなんかと違って高級感と『ちゃんとしている』感があって、貴族にも抵抗なく受け入れやすかったらしいんですの。実態としては葉っぱより強力なのですけれど。
そういうわけで、今までにも麻薬を常習していた者だけでなく、ミスティックルビーの見た目の美しさと高級感に騙されてミスティックルビーだけを使うようになった貴族、というのもボチボチいるようですのよ。
それってつまり、今まで麻薬が売れていなかった相手に麻薬が売れているってことですから、狭い市場で客の奪い合いをするよりずっとよくってよ。とっても効率的ですわ。
……そういうわけで私達の撒いた麻薬ビジネスの種は立派に芽吹いて、この国を覆い尽くさんとしているところですのよ。おほほほほ。
ところでどうして麻薬関係の見直しなんて始めたかといったら、実は、鞄村の人数を正確に把握したかったからなんですのよ。
鞄村は相変わらず鞄の中でのどかに回っておりましたわ。村民の不満も特にありませんのよ。だって天候に常に恵まれていて豊かな土壌と豊かな水がある農地で割と育ちやすい葉っぱを育てているだけで並みの農家よりちょいと多いくらいのお給料と週に2度の休日が手に入るんですのよ?文句は全くありませんわね!
しかもオーナーたる私が時々、高級ワインや美味しいお菓子、素敵な服や素朴なアクセサリーなんかを手土産に村の様子を確認しに行くものですから、私への信頼もバッチリですわ。ええ。鞄村は良い村ですわ。私、胸を張ってそう言えます。
……そしてその鞄村なのですけれど。
人数によっては票数稼ぎになりますから、人数を確認しておきたかったんですの。
私達が目下の目標にしているのは、エルゼマリンの大聖堂の制圧ですわ。
それも、内部からじんわりふんわり柔らかく行う制圧ですわね。
……そう。私達は次期聖女も高位の神官達も聖騎士達も、皆私の手の者にすることで大聖堂を我が物にしようとしていますの。
大聖堂の価値は大きいですわ。大聖堂を我が物にできれば、この国の政治にちょっかい出すことだって簡単ですもの!
ということで、とりあえず最初に行われるであろう聖女選びを勝ち抜きたいところですわね。
聖女は投票で選ばれますわ。
……ええ。投票ですの。国民全員に投票権があって、既定の日に投票所で自分の血1滴を垂らした投票券を提出して、どの娘を次期聖女にすべきか選ぶ、ということになりますわね。
王都なんかでは毎回毎回、お祭り騒ぎですのよ。これ。
私が最後に見た聖女投票は5年前でしたけれど、その時はそれはもう、大騒ぎでしたわね。
『聖女を選ぶ』なんて言っても、実際のところは『見目の良い娘を選ぶ』ようなもんですわ。投票する奴は一々人柄なんざ見てやしませんわ。
一部の者は聖女1人1人が出している宣誓(要はどういう風に大聖堂の象徴として頑張っていくかの所信表明みたいなもんですわ)を聞いたり読んだりして選ぶみたいですけれど、おバカな国民が全員そんなことしてるわけありませんわ。
やっぱり一番大事なのは美しさ!そしてかわいらしさ!そういうことなのですわ!これは『誰が一番美しくてかわいいか』を選ぶだけの投票なのですわ!
……そして当然ですけれどこの投票、1人1票持ってるんですから、人を囲い込みまくったら勝てるわけですわね。
なので私、とりあえず鞄村の人達の数を数えておりますの。
「全部の鞄村を合わせても140人、ですのねえ……」
「もうじき生まれてくる赤ん坊を入れたら141だぜ」
「流石に赤ちゃんの血を貰うのはかわいそうですわ……大体赤ちゃんって投票権、あるのかしら……?」
血を1滴投票券に垂らすのって、要は『同じ人物が何度も何度も投票しないように』ってことなのですけれど、それと同時に『血を提供できない奴は投票できない』ってことでもあるんですのよね。ええ。例えば病弱な人ですとか、傷つけるのが可哀そうな赤ん坊とか、血がほとんど呪われてるような私とか。私とか。私とか!
……それに、投票自体は可能だったとしても、投票所に入れるかはまた別の問題ですわ。
投票所の入り口には兵士が立っていて、不正を見逃さない体制づくりがされていますわ。ええと、具体的には奴隷をはじくためですわね。奴隷に投票させられるなら、奴隷を買い占めればいい、というだけになってしまいますからね。本人の意思と関係なく行動させられる可能性がある奴隷は、投票所に入ることが許されていませんのよ。
なので、奴隷じゃないのに奴隷同様の働きをしてくれる鞄村の村人に期待をかけていたのですけれど、まあ、140人だったらちょっとあんまりにも足りませんわね。
……さて。ここからどうやって票を稼いでいくか。これが目下の悩みですわ!
「……ということで聖女様。次期聖女を選ぶための投票の準備は着々と整っておりますのよ」
「ああ、ありがとう……これで私もゆっくり休めるようになるのね……」
私が意図的にちょいとばかりオーバーワーク気味にして差し上げた聖女様は、すっかり疲れ果てたご様子でベッドの上で安堵のため息を吐き出しましたわ。
「私はもう引退宣言を出しましたし、あとは次の聖女が決まれば私はゆっくりできるのですね……」
「ええ。もう少しの辛抱ですわ。そしてそれまでは私達、ギルドの者がお助けしますから」
「助かります。本当にありがとう……」
一応、まだ今代聖女様は聖女の座に着いていますわ。勿論、心労と過労でお倒れになってから、実質引退状態ではありますけれど。
とりあえず次の聖女様が決まるまではこの聖女様が聖女様ですわ。
「ちなみに聖女様。もし引退なさったら、誰か次期聖女に推薦する予定の方はいらっしゃいますの?」
「え?……そう、ですね。何人か、お話を頂いていますね。一応、家の者にも聞いてみなければなりませんけれど……」
……今代聖女様は貴族の家のお方ですわ。どこぞの弱小貴族の娘さんではありますけれど、その美貌とおっとり穏やかな雰囲気、そして当時の他の聖女候補よりはマシなおつむをしっかりアピールしたその功績によって、見事聖女に選ばれましたの。
家から聖女が出たともなればその貴族の地位も上がりますものね。この聖女様は見事、お家に貢献できたというわけですわ。ですから引退する直前まで、しっかりお家が有利になるように働くようですわ。健気ですわね。
「あの、もしかしてアイル・カノーネ様のお知り合いがどなたか、次期聖女に立候補されるのですか?」
「ええ。私の教え子が。……でも、聖女様は聖女様のお家の方を優先してくださいまし。あの子は自力で頑張れますもの」
先代聖女からの推薦、というのは当然ですけれど大きな箔になりますわね。特に民衆に対しては。何も考えず『とりあえず先代が推薦してるらしいしこの子でいいや』ぐらいのノリで投票する民衆には本当に有効ですのよ。
でも逆に、先代聖女の家と対立関係にある貴族や、そもそも大聖堂にちょっかい出したい権力者なんかには当然、『今までの流れを変える聖女』が求められますから、逆に不評になると思いますわ。まあ、そういう貴族達の票自体は少ないのですけれど……その貴族達の影響下にある民衆がどう動くかはまた別の問題ですもの。
それに、元聖女の推薦なんて、目立って目立ってしょうがないですわね。あんまり目立つと敵を作りやすいですから、そこも考えものですわ。
「そう……何かお力になれることがあったら、言ってくださいね」
「ええ、ありがとうございます、聖女様」
でも私、聖女様からの心証は良いようですのよ。不思議ですわね。聖女様の過労って私のせいなのですけれど……。
……でもその一番大変な時に一緒に居て一緒に忙しくしていて、それでいながら聖女様を守ろうとしていた私は、聖女様から見ると恩人に見えるらしいですわ。なんというか、この聖女様ちょっと危機感が薄いと思いますわ……。
何なら、この危機感の薄い聖女様も、何とか利用できればいいのですけれど……。
あ。そうですわ!
「……ところで、聖女様。もし差し支えなければ、でよろしいのですけれど、誰が立候補する予定か、ご存知の方がいらっしゃったら教えて頂けませんこと?私の教え子の友人が出るかもしれませんの。その場合は私の教え子は立候補を諦めると言っていましたので」
聖女だって情報源ですわ!向こうはその情報の価値なんて分かっていないようですけれど、この情報は大きくってよ!
何と言っても、『聖女に推薦してほしがっている立候補者』の名前が分かるのですから!
「ええ、構いませんよ。アイル・カノーネ様なら悪いようにはなさらないでしょうし……これが頂いているお手紙ですが、この中にお友達のお名前はありますか?」
……そしてアッサリと手紙の束を見せてもらって、私はそれを確認していきますわ。
大聖堂を我が物にする機会ともなれば、王家が動くと思いましたの。王家と大聖堂は仲が悪いですし、王家は今、猫の手も借りたい状態ですもの。『大聖堂に自分の腹心の部下をぶち込めれば最高!』とか思ってるんですわ、どうせ。
手紙の束を見て見ると、案の定、王家の遠縁が何人か居ますわね。まあ、ここらへんはむしろ、咬ませ犬のつもりで出しているんでしょうけれど。
王家の本命は恐らくこっちでしょうね、と思われるような、貴族の娘達や王家と懇意にしている神官の娘が何人か居ますわね。まあよくってよ。後はギルドの方にも確認して、より広く情報を集めれば……。
……。
「あら?この名前は……?」
私、ちょっと気になる名前を見つけてしまいましたわ。
「あ、もしかしてお友達のお名前が……?」
「い、いえ……知り合い、ではあるのですけれど……」
どこかで見た名前。どこかで見た名前なんですわ。
貴族界ではなく、けれど良い印象は無く……ええと……。
あ。
「これ、ギルドのピンハネ嬢の名前ですわーッ!?」
なんでこいつが次期聖女に立候補してるんですのーッ!?信じられませんわーッ!
「あ、アイル・カノーネ様……?」
「失礼、取り乱しましたわ」
私は聖女様を前に、きりり、とした表情を即座に取り繕って、こう言いましたわ。
「聖女様。絶対に次期聖女にはできない者の名前を見つけてしまいましたの。私、絶対にこのお方を次期聖女にするわけにはいきませんわ」
「ええっ!?そ、それは一体!?」
私は溢れる決意を、そっと、聖女様にお伝えしますわ。
「ですから私、絶対にその方を次期聖女にしないために、私の教え子を応援することにしますわ」
あのピンハネ嬢が何を考えてるのかまるで分かりませんけれど!むしろ今も生きてることにビックリですけれど!
でも!あいつが何を考えていようが私の行動は決まっていますわ!
あのピンハネ嬢がやろうとしていることなんて!全て!全力で!阻止!ですわーッ!
私の全身全霊をかけて!あのピンハネ嬢の邪魔をしてやりますわよーッ!




