26話「お帰りなさいまし!」
ごきげんよう。ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアよ。
私は聖女様の秘書を3日ほどやっていましたわ。けれど聖女様は4日目の今日、遂に心労がたたって倒れてしまわれましたの。これでは聖女としての役目を果たすことなどできませんわね。
……ということで私、大聖堂を守るための善意の第三者として、聖女探しに協力することにしましたのよ。おほほほほ。
「キーブ!出番ですわ!」
「やだ」
さっそくにべもなく断られましたわ。まあ分かっていましたわ。
キーブを次期聖女様にできたらとっても楽しそうだと思いましたけれど、まあ仕方ありませんわね。次の聖女様には適当な人材を見つけて押し込むことにしますわ。
「でも、絶対に似合うと思いますのにぃ……」
聖女様のクローゼットから数着頂いてきた替えの聖衣は、白くてふわふわして、とっても可愛らしいですわ。清純さと可愛らしさを兼ね備えていて、絶対にキーブに似合うと思いますのよ。ええ。
「せめてヴェールだけでも!ね、キーブ!着てみませんこと!?」
「だったらヴァイオリアが着ればいいだろ!お前の方が似合うよ!」
……。
「似合いますこと?」
「あ、ほんとに着た……」
し、失礼ですわね!一回くらい着てみたいと思っちゃったんですからしょうがないですわ!
聖女様の聖衣は、しっかりした布地でできた、すとん、とした形のドレスの下にたっぷりの白絹を重ねたドレスをもう1着着るような、贅沢なつくりですわ。金糸銀糸の刺繍の華やかさも相まって、なんというか、ええ。とっても素敵な服ですのよ。ええ。
「着てみて分かりましたけれど、やっぱり聖女様ってお飾りなんですのねえ。この聖衣、動きにくいったらありゃしませんわよ」
丈の長いふわふわのスカートは動き回るのには不向きですし、細かなレース細工に縁どられたヴェールもすぐどこかに引っ掛けそうですし。大体、白って汚れが目立ちますのよね……。
「やっぱり元々仕事をする必要が無いからこそ、聖女の聖衣はこういう作りなんでしょうね。着てみてわかりましたわ」
肌に触れる部分は全てフワフワとして柔らかで、着心地は悪くありませんけれど、でも動き心地は悪くってよ。私には着こなせないタイプの服ですわね!
「駄目ですわ。着ておいて何ですけれどこの服、私には似合いませんわね」
私には純白よりも濃い色の方が似合いますもの。こういう服って憧れはしますけれど、似合いはしないですわねえ……。
「……似合わなくは、ないけど」
「あら」
けれどキーブにはぼちぼち好評だったようですわ。
「そういうの、時々は着たら?最近、甲冑ばっかりじゃん」
「フルフェイスの聖衣があるなら考えますけれど」
……あ、ある意味ではヴェールもフルフェイス兜みたいなものかしら?甲冑では物々しすぎる場ではこういう格好も確かに、アリ、といえばアリですわねえ……。
「っていうかさ。ヴァイオリアは元々お嬢様なんだろ?そういう服、着たいんじゃないの?」
「まあ嫌いではありませんわよ?綺麗なドレス、華やかな恰好に憧れる気持ちは当然、ありますわ。でも私、パンツスタイルで乗馬しながらドラゴンを矢で撃ち抜くのも好きなんですのよ」
「……ふーん。あっそ」
キーブはちょっと複雑そうな顔をした後、何か口の中でもにょもにょ言っていましたけれど。
「ではまた着替えてきますわね」
「え、もう?」
「この格好で外にでるわけにはいきませんもの」
この格好で外に出たら、聖女として名乗り出るようなものですものね。流石に、それをする気は無くってよ。私が次期聖女になったら聖女として即位した途端に断頭台ですわ。そして次の聖女がまた呼ばれてきますわ。私の死に損ですわ。
「……ちょっと勿体ない気、するけど」
キーブはフワフワしたヴェールの裾のレース細工を摘まみながら、そういう可愛い事を言いますのよこの子は!ああ可愛い!可愛いですわ!やっぱり可愛いですわ!
「あ。じゃあこれあなたも着てみますこと?この色でしたらあなたの方がむしろ似合う気がしますわ!」
「やだ」
でもやっぱりそこは嫌なんですのね!?
……でも、いつか。
いつかきっと、キーブにもこれ、着せてみますわ!サラサラの黒髪に純白の衣装!絶対に似合うと思いますのよ!
「ということで聖女様を据えますわ」
「やっぱりそれやるのね」
やりますわ。大聖堂とはホーンボーンの野郎を火刑に処すまでのお付き合いじゃなくってよ。
……やっぱり大聖堂の強みは、政治へ口出しできる機関だということですわ。『民意』という大義名分を振りかざして王政に文句を付けられる機関なんて、大聖堂の他に無くってよ!
「ですから是非とも、大聖堂は我が手に収めたいところですのよ」
「流石は我が妹!大聖堂に目を付けるとは中々のものだな!まさか実現できるとは思わなかったが」
大聖堂をうっかり燃やしていたらこんな事もできませんでしたわね。ええ。
大聖堂の形はそのままに、内部だけそっくり入れ替えてやれば、大聖堂としての機能をそのまま保たせつつ、実質私達が意のままに振る舞えるようになりますもの。やっぱり大聖堂、燃やさなくて正解でしたわ!
「問題は、誰を聖女にするか、ということか」
「そうですわねえ。冒険者の中から選んでもいいのですけれど、それもなんだか」
「そして俺達にはそもそも、女性の知り合いが少ないのよね。悲しいことに」
悲しいかはさておき、不便ではありますわねえ……。まあ、大体の事はキーブが女装すれば何とかなりますけれど。
「ほら、1人居たじゃん。サキさんだっけ?奴隷の首輪嵌める係の。あの人はどうだよ」
「サキ様は素敵な方ですけれど、流石に咥え煙草の聖女様はなんか違いますわ」
しかも今回は単に女性の知り合い、というだけでは駄目なんですのよ。『聖女様』のイメージ通りの人材でなくては!
「キーブは本当にイメージ通りなのですけれど……」
「聖『女』だっつってるだろ!いいかげんにしろ!」
まあ諦めてますけれど……。ああ、本当にキーブが女の子なら良かったですのにぃ!
「なら、奴隷を使うのはどうだ。むしろ、それ以外に道は無いように思うが」
結局、ドランが至極真っ当な意見を出してくれましたわ。
「まあ、シスターを1人育て上げることはできたわけですから、なんとかなりはするでしょうけれど……」
「あー、居たなぁ、シスター役の子。あの奴隷、放さなきゃよかったな。勿体なかったんじゃねえの?」
「でも、ホーンボーン家に醜聞を立たせる時に奴隷が相手だと工作であることがバレバレで面白半分の醜聞にすらなりませんでしたものねえ……」
あの子達、解放してしまいましたから、新たな人材を探さなければなりませんのよねえ……。
丁度いい美少女、奴隷市場にあればいいのですけれど。
「美少女?この間大量に買っていったばかりじゃないか」
「あの子達全員解放してしまいましたのよ……」
サキ様のところを訪ねてみましたけれど、そういえば私、つい先週、この手でありったけの美少女と美少年を買っていったばかりでしたわ!
「ガタイの良い男なら結構入ってるけど」
「ガタイのいい聖女様なんて要りませんわー!」
なんという間の悪さなのかしら!ああ、私にもう少し先見の明があれば、美少女1人分とっておきましたのにぃ……。
「……ま、そういうわけだ。急ぎで必要なら他所を当たった方がいいね」
「分かりましたわ……」
サキ様にもそう言われてしまいましたし、少なくともエルゼマリン内で美少女奴隷をすぐに購入する、ということは諦めますわ。
となると、王都に出るか、本当に冒険者から探すか……。
「何なら冒険者ギルドに美少女募集の依頼でも出したらどうだい」
……。
「それですわーッ!」
ということで私、冒険者ギルドを初めて、依頼者側として利用することになりましたの。
「成程。ランクは問わず。条件は容姿端麗な女性もしくは美少年であること。そしてある程度聖句に詳しいこと。現役のシスターであることが望ましいが、現職は問わない。何なら過去に奴隷だったとしても構わない。自薦他薦大いに歓迎。こういう条件ですな?」
「ええ。そういう条件でお願いしますわ!」
私はギルド所長さんにそんな条件で依頼書を出して貰いましたわ!
これで幅広く、シスターっぽい美少女が集まってくれると思いますの!
……私の狙うあの子が、もし、来てくれたなら……最高ですけれど。
ギルドに依頼を出してから3日。
私は適当にサキ様のところで買ってきたガタイの良い男共を大聖堂の聖騎士にすべく調教しながら知らせを待っていたのですけれど……。
「お嬢さん!ギルドの方に連絡、来たみたいよ!」
「えっ本当ですの!?」
私は鞭を振るっていた手を止めて、すぐにジョヴァンから手紙を受け取りましたわ。
……それは履歴書、というか、自薦文、でしたわね。
容姿は長い銀髪に青い瞳。過去に教会で保護されていたため、聖句は諳んじられる。過去に奴隷であったが現在は市民階級を得ている。
……採用ですわッ!
「先生!お久しぶりです!」
採用通知を送った3日後。私はエルゼマリンの街門で馬車から降りてきた美少女に、熱烈な抱擁を受けていましたわ。
「先生!私も来ちゃいました!」
「ああ、先生!お会いできて嬉しいですわ!」
「俺は男に戻りましたけど、もし何か仕事があったら何でもやりますよ」
「私はまだ女の子です!何でもやりますわ!」
……そして次々に馬車から降りてくる美少女と美少年達総勢10名!そう!私が解放した奴隷達、結局全員戻ってきちゃいましたのよ!
どうやら彼女らは王都で解散した後、報酬として与えたお金を持って、王都で冒険者ギルドに登録して活動しようとしていたらしいんですの。
確かに、弓使いの子も居ましたものね。簡単な魔物狩りくらいなら彼女らにでもできるでしょうし、そして今回私が出したような依頼があれば、それも受けられますし。ええ。本当にいい選択をしてくれましたわね……!
「ではあなた達には早速ですけれど、お願いがありますのよ」
さあ、10人も素敵な美少女達が居るのですから(1人は男の子に戻っちゃいましたけれど)、やることは1つですわ!
「あなた達には大聖堂の上の方を埋め尽くしてもらいますわ」
そして大聖堂を美少女達の巣窟としつつ、私がこの国の王政にちょっかい出すための機関を作り上げて頂きますわーッ!




