25話「聖女様を心労で倒しましたわ」
ごきげんよう。ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアよ。
私はうっかりフォーンを発狂させたところですわ。やっちまいましたわね。
でもまあ、これから火刑に処すのですからこれくらいはしょうがないですわね……。ええ。落ち込んでは居られませんわ。前向きに生きていきましょう!
聖女様は只々混乱と困惑と衝撃で固まっていましたわ。まあ、そうでしょうね。
聖女というものは象徴でしかありませんもの。実際に大聖堂の運営を行っているのは今ここで死んでいる高位の神官達だったはずですわ。
ですから聖女様がご自身で何かを考えて実行するなんてことは無くて当然ですのよ。今、彼女が固まってしまっているのも、本来彼女がするはずではない『決断』を迫られたから、なのでしょうね。
「わ、私は……そんな……」
「……申し訳ありません、聖女様。聖女様も混乱しておいででしたわね」
私は聖女様の肩を優しく叩いて、彼女をそっと、部屋の出口へと導きますわ。
「今はお休みになってくださいまし。後のことは私達やエルゼマリンのギルドの皆さんがお手伝いしますから」
発狂しているフォーンはドランに任せて、私は聖女様を介抱することにしましたわ!これで印象を良くして頂いて、フォーンの火刑を是非、聖女様の判断として決行したいところですわね!折角ですもの!なんかいけそうなら挑戦してみるのが私でしてよ!
……ということで、そのまま聖女様には『この状況の大聖堂に居るべきではない』という事でエルゼマリンのギルドへ連行されて頂きましたわ。もう少ししたらどうせ決断続き、激務続きになりますから今だけはしっかり体だけでも休めておいていただきませんとね。
さて。
聖女様の捕獲ができたところで、私達はエルゼマリンのギルドの冒険者(当然のように私達と協力関係にある方々ですわね)と一緒に、死んだ聖職者達を片付けたり、生きている聖職者達を介抱したり、真面目に働きましてよ。……あ、でも時々生きている聖職者も殺しましたわ。
それから大聖堂での惨劇については瞬く間に噂が広まっていきましたわ。
王都からの使者が来ることになって、いよいよ、聖女様の戦いの始まり、ということになりますわね。
「火刑?」
「ええ。悪魔召喚を2度も行った者をずっと牢に入れておくなんて危険ですわ。今後の民の安全を考えれば、処刑した方がよくってよ」
ギルドの一室で、私は聖女様を説得していますわ。誑かしているとも言いますわ。
「で、でも……そんなこと、私は決められません」
「何を仰るのです、聖女様!もう高位の神官の皆様もお亡くなりになっておいでですの。現状、あなた『だけ』が大聖堂に関わる決定を下せるのですわ!」
今までのんびり祈るだけだった聖女が突然、火刑の決定なんて迫られて、そりゃあ当然困惑しますわね。でも逃がしませんわよ。
「ということで、聖女様。やはりここは、火刑だと思いますわ。銀の刃による斬首も一考の余地がありますけれど、腕のいい処刑人が必要ですから……やはり火刑ですわ」
「か、火刑……ですか……?」
「ええ。火刑ですわ」
火刑ですわ!火刑ですわ!火刑ですわ!
……聖女様にはしっかりご決断頂かねばなりませんわね。そのためには勿論、決断の為の敷居を低くすることも必要ですわ。
「大丈夫ですわ、聖女様。あなたは決定だけしてくださいな。実行は我々、エルゼマリンのギルドの者達もお手伝いできますから」
「そうですよ、聖女様!俺達冒険者だって大聖堂の役に立てますよ!」
「あなたのことはしっかりお守りしますからね!」
あ、ちなみに聖女様は冒険者ギルドでお守りしたかったので、大聖堂の兵士はうっかり死なせてしまいましたわ。うっかりですわ。うっかりうっかり。
「皆が助けてくれますわ。ですから、聖女様。ご決断を」
聖女様はおろおろしていましたが……やがて、首を縦に振る事となったのですわ!
ということで火刑ですわ。
火刑は大聖堂の前で行われますわ。
「そ、それではこれより、二度に渡って悪魔召喚を行った大罪人、フォーン・タート・ホーンボーンの浄化を行います」
本来なら高位の神官の誰かが行うべき宣誓を聖女様がたどたどしく行い、遂に火刑が始まりましたわ。
フォーンは染色していない麻の簡素な服だけを着た状態で荒縄を掛けられて連れてこられると、十字に組んだ木に括りつけられていきますわ。
ちなみにこの作業を行っているのは神官の服を着た冒険者の協力者ですわね。
「大罪人フォーン・タート・ホーンボーンは一度目の悪魔召喚によって王都の秩序を乱し、多くの者の家財を、平穏を、そして命をも奪いました。そして二度目の悪魔召喚によって大聖堂の秩序を乱し……神官を含む、多くの者を……」
罪状を読み上げながら聖女様は少し気分が悪くなったようですわね。数度呼吸を整えて、それからまた読み始めましたわ。
「多くの者の命を奪いました。以上の罪を浄化するため、罪人を火刑に処します。神の慈悲深き御腕によって、彼の魂が救われますよう」
聖女様の言うべき言葉が終わると、聖女様は一礼して大聖堂前の演説台を降りましたわ。
……聖女様の出番はとりあえずここまでですのよ。
続いて壇上に上がるのは、大聖堂の聖騎士の恰好をした私ですわ。ちなみに聖騎士の兜はフルフェイスですわ。最高ですわね。
「それでは刑を執行しますわ。構え!」
私の指示によって、刑を執行する係の者達がたいまつを掲げましたわ。
十字に組んだ木に括りつけられたフォーンの足元には薪が用意されていて、そこに油が注がれていきますわ。
私は景気よく火薬でもいいかと思いましたけれど、やっぱりここは大聖堂のしきたりに則って、神の慈悲を請う祈りを込めた油を注ぐ、という事ですわね。ええ。
……フォーンは残念ながら今、正気じゃあないんですのよね……。ええ、私がうっかりアオスライムの鞄にフォーンを入れてしまったせいで……。
アオスライムって人体に害は有りませんから、身体的苦痛があったとは思えないのですけれど……やっぱり無数のスライムと一緒に真っ暗闇の中、閉じ込められ続けている、というのは精神にきたらしいですわ。ええ。
私はスライム風呂を嗜むくらいですけれど、確かに常人には少し慣れない感覚でしょうし……まあやっちまったものはしょうがないですわ。
私は気を取り直すと、掲げられたフォーンの最後の姿をしかと目に焼き付けて……手を、掲げましたわ。
「着火!」
青い空、青い海、白亜の大聖堂。
そして燃え盛る真っ赤な炎。
完璧ですわ。理想的な火刑でしてよ。
ああ、ここまで完璧だといっそ快感ですわねえ……。
……こうしてフォーンは無事に燃えましたわ。後に残った灰は浄化の壺に納められてから、ひっそりとホーンボーンの遠縁の者の手に渡ったそうですけれどそれは知ったこっちゃないですわね。
私は清々しい気持ちで大聖堂を後にしましたわ。
これでようやく、フルーティエに続いて2つ目の家を没落させることに成功しましたもの。残るはクラリノ家と王家!さあ、明日に向けて早速、張り切って参りますわ!
フォーンが燃えて気分上々の私が最初にやった事は、聖女様のお世話ですわ。
「お疲れ様でした、聖女様。ご立派でしたわ」
「え、ええ。ありがとう、騎士アイル……」
あ、私、聖女様には『アイル・カノーネ』の名で名乗っていますわ。調べればアイル・カノーネが私だと分かりますけれど、今の聖女様には諸々を調べる為の手先も居ませんから問題ありませんわ。というかもう、大聖堂のトップが悉く死んで、そして後に残った聖女様もギルドの保護に入っていますからもう問題無くってよ。
「……聖女様。今後のご予定ですが」
「ええ」
「次はホーンボーン家の当主について、王城に処刑の勧告を行う文書にサインをお願いします」
「しょ、処刑の、ですか……?」
聖女様はさっきの火刑の時もそうでしたけれど、人の生き死にに関わることは苦手なようですわね。仮にも聖女なのですから、葬儀に立ち会ったりするくらいはあったと思うのですけれど……まあ、よくってよ。
聖女様がこういったことに不慣れなのも、今は好都合ですわ。
「どうしても、処刑を勧告しなければいけない、のですか……?」
「ええ。彼もまた、1回目の悪魔召喚に関わっていたとされる人物ですわ。フォーン・タート・ホーンボーンを火刑に処した以上、それに近しい人物も処分するよう働きかけておかねば、大聖堂が舐めて掛かられることに繋がります。そうなれば長年続いた大聖堂の権威は失墜し、弱者救済のために行政に働きかけることも難しくなりますから」
「うう……」
聖女様は震える手で書状を取って読むと、私をちら、と見た後、私の「頑張って!」という小さな声と周りの者達の視線とに励まされながら、なんとかサインを終えましたわ。
「お、終わりました!」
サインが終わった書状を確認して、私は早速それをギルドの者に渡しますわ。王城の方も聖女のサイン入りの勧告が出たなら流石に動くでしょう。
「ありがとうございます、聖女様。では続いてこちらの書状にサインを……」
「こ、今度は何ですか?」
「こちらは軽度の禁呪に関わる罪人の処理を王城へ委託する文書です。罪人は古代の魔法の品を違法に改造しまして、それが法に抵触しています。しかし、この程度なら大聖堂が関わる必要もありませんので王城に委託を」
「分かりました。そういうことなら……」
聖女様はまたサインしましたわ。
「ありがとうございます。では次にこちらを。こちらは少々重い禁呪を使用した貴族の令嬢の処理を王城ではなく大聖堂で行うよう申し出る為の書状ですわ。貴族だからといって人の心を操る禁呪を用いた事が許されるべきではありません。弱者を守るという観点からも、このような所業を許すべきではなく、この罪人については大聖堂で厳罰を与えるべきであると……」
「げ、厳罰と言うと」
「死刑ですわね」
「ひい……」
聖女様は青くなりながら、それでも私の「頑張って!」という励ましと周囲の視線に後押しされてサインしましたわ。
「ありがとうございます。では次は……」
……私、こうして聖女様の秘書をほんの3日ほど、やりましたわ。
そしてそれ以上やる必要は無くなりましたわ。
なぜですって?簡単な事ですわ。
……聖女様には刺激の強いお仕事だったようで、聖女様は心労がたたって倒れてしまわれましたのよ。おほほほほほ。
これは新しい聖女様が必要ですわねえ?




