24話「うっかりですわ」
ごきげんよう!ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアよ!
私は今、大聖堂の人間を半殺しにするにはどうすればいいか考えておりますの!
「強行突破とは言っても、相手は一応特定の魔法に関しては右に出る者が居ないような集団ですものねえ。ただ突っ込んでいくとこっちが火傷しましてよ」
一番の問題は、やっぱりそこなのですわ。
相手が魔法を使う、ということが確定である以上、こちらも万全の態勢で挑みたいですわね。少なくともお兄様を含めても6人のこの面子で突っ込んでいくと大やけど間違いなしですわ。
「聖女サマはともかく、他は世襲制だからね。魔力が血筋によるものっていう考えでいくと、ま、相手さんは魔法にお強い、ってことね」
あ、ちなみに聖女が世襲制じゃない理由って多分、3割ぐらいはそこですわ。外部からいいかんじの娘を拾ってきて大聖堂の中に取り入れることで、血が濃くなりすぎることを避けているんだと思いますの。
「建物ぶっ壊すんじゃ駄目なんだよなあ……あー、それがなけりゃもっと簡単なんじゃねえの?」
「だって勿体ないですわぁ……」
「……まあ、気持ちは分かるよ。うん」
建物をボーン、とやってしまえばそりゃあ楽でしょうけれど!でもそれじゃあ駄目なんですのよー!やっぱりそこはこだわって参りますわ!
「やっぱりキーブを聖女様に!」
「やだ」
あああああ!もう!どうして嫌がるんですのーッ!?絶対可愛らしい姿になりますのにーッ!ああもうーッ!
「……大聖堂は海の上にあるな」
唐突にドランがそう言いだしましたわ。
「食料は近隣の海から魚が獲れるが、それ以外は全て、エルゼマリンから運んでいる、ということになる」
……そうですわね。そう言われてみればそうですわ。
「なら、その積み荷に紛れ込んで潜入することができるんじゃないか?」
「……一考の余地あり、ですわね」
大聖堂への道は限られていますわ。ですから、ちょいと荷馬車を襲って乗り込むこともそう難しくはない、ですわね。
問題は潜入した後、でしょうけれど。どうやってフォーンを燃やすかは考えどころでしてよ。
最悪、攫ってくるのは空間鞄で何とでもなりますけれど、牢までの行きと帰りがどのみちある程度は強行突破になってしまいますのよね。
その上で建物に被害を及ぼさないように、となると……。
「予め大聖堂の中に大量のスライムを放っておくというのは」
「お嬢さん。それ、俺達も入れなくならない?」
ああ、駄目ですわよねえ。分かってますわ!でもちょっぴりいい案だとも思いましたのよ。スライムで埋め尽くしてしまえば大聖堂という限られた空間に居る人間は全員スライムに埋もれて死ぬんじゃないかしらと思いましたのよ……。
「だったらスライムじゃなくてもいいじゃん。ドラゴンとか放しとけば?丁度懐いて育ってるのが居るし」
「こいつらはやらねえぞ!」
「……ドラゴンこそ駄目だな。大聖堂が燃える。それにチェスタが許しそうにない」
いつの間にやら、チェスタはすっかり子供ドラゴン達を気に入っていますのよねえ……。これは手放しそうにないですわ。私としても、不用意にドラゴンを放って大聖堂が燃えるのはちょっと嫌ですわ!
「なら毒でも撒けばいいのではないか?」
でも、そこでお兄様ですわ!
「大聖堂は限られた空間だ。周囲を海に囲まれている。つまり、食料は魚くらいしかとれまい?ならばエルゼマリンから運んでいるはずだな?そこに毒を混ぜればいい」
……それですわ!
「……なんかちょっと前に同じようなことやろうとしてなかったっけ」
「あの時は未遂でしたわね。流石に貴族の屋敷数十軒分の上水全てを毒にするほどの血を流したら私が死んでいましたわ」
エルゼマリンの貴族街を全滅させた時にもこの手法を使おうとしましたけれど、結局規模が規模でしたからやめましたのよ。
でも大聖堂なら話は別ですわ!あそこに運ばれる物資は限られていますもの!それら全てを毒にするくらいなら十分現実的でしてよ!
ということで実行しましたわ。
まず、大聖堂に物資を納入している商人を調べましたわ。そしてその商人の所に流れる物資を確認。納入の前日の夜にその商人の倉庫にちょいとお邪魔して、そこにあった食料の類に私の血やその他諸々を混入させていただきましたわ。
……というか、大聖堂への食糧のはずなのに贅を尽くしすぎですのよ!高級ワインにいいお肉に、たっぷりの果物に。清貧って何なんですの!?
でもよくってよ。連中が食えば食う程死にやすくなるのですわ。特にワインを大量に飲んでお肉をたんまり食べてふわふわのパンとたっぷりの果物、クリーム菓子なんかでぶくぶく太っていく高位の神官共は間違いなく全員死にますわね……。
清貧を心がけ、慎ましやかな量で食事を済ませた者だけが助かる計算ですわ。ということでこれも神の試練ということにさせて頂きましょう。
さて、誰が何人死ぬか見ものですわね!
……そして翌日の夕方。
大聖堂の方が騒がしくなったと思ったら、大聖堂から何人もの見習い神官や大聖堂の下働きの者達が大慌てでやってきて、エルゼマリンの町で騒ぎ始めましたわ。
「お医者様は!お医者様はいらっしゃいませんか!」
「神官様方が倒れてしまわれました!」
……どうやら上手くいったようですわね?
それからバタバタとエルゼマリンが騒がしくなって、大聖堂への道は行き交う人々でいっぱいになりましたわ。
医者や祈祷師や、はたまた薬を運ぶ商人や。そういった人々の流れに流されていけば、私達も大聖堂へ入り込むことは容易でしたわ。
「……これは予想以上でしたわね」
そこにあった光景を見て、私、結構上手くいったということが分かりましたわ。
入ってすぐの大礼拝堂には既に倒れた人が何人も。下級の神官でしょうね。ワインのおこぼれに与って毒にあたっている連中だと思いますわ。
一方、見習い神官や下働きの小間使い達は、黒パンと雨水と蓄えてあるチーズ、小さな畑で栽培している野菜、といった食事で済ませていたようですから、毒にあたったとしてもごく少量。生き残っている者が多いですわね。
……ということで、毒にやられた者よりもやられていない者の方が少ないこの状況。
牢屋からフォーンを連れてきて燃やすには丁度いい状況でしてよ!
混乱を極める大聖堂の中をしれっと通り抜けて地下牢へ向かいましたわ。そして地下牢の奥へと向かうと……そこにはすっかり衰弱した様子のフォーンが居ましたわね。
食事は運ばれているようですけれど、手を付けた様子がありませんわ。まあ、そういう気分になれないのかもしれませんわね。ついこの間まで栄華を極めていたホーンボーン家の長男がコレですから、大した没落ぶりですわ。
「ごきげんよう、フォーン・タート・ホーンボーン様」
そこへ声をかけてみると、フォーンは随分と驚いた顔をしますわね。名前を呼ばれたことについての驚きと……目の前に立つ『ヴァイオリア・ニコ・フォルテシア』を見た驚きとの2つの驚きなのでしょうけれど。
「なっ……ヴァイオリア・ニコ・フォルテシア!?生きていたのか!?」
「ええ。この通りですわ。それとも幽霊であった方が都合がよかったかしら?」
もし私が幽霊だったとしても、こいつを地獄に叩き込むという目的は変わらなかったと思いますけれど。ええ。
「ホーンボーン家を陥れたのは君か!」
「そうとも言えるかもしれませんけれど、大半はあなた達の自業自得だと思いますわよ?」
自業自得。身から出た錆。ホーンボーン家には本当にこの言葉が相応しいですわね。多分、もう少し貞淑に生きていればこういう没落の仕方はしなかったと思いますわ。多分ね。
「……どうしてこんなことを」
この期に及んでこういうことを言えるから驚きですわね。
そんなんフォルテシアを没落させてくれやがったからですわ!……と言いたいところですけれど。
「まあ、あなたは運が悪かっただけですわ」
こういう説明の仕方をしてやることにしましたわ。
「貴族の家に生まれて、貴族として当然の暮らしをしていただけですものね。特に悪意もなく、何とは無しにフォルテシアに濡れ衣を着せて没落させたのでしょう?上級貴族、代々続く名家として当然のように」
フォーンはそれに少しだけ、反感めいたものをちらりと見せましたけれど、概ね反論できないはずでしてよ。
だって、『フォルテシアに手を出す』ということがまさか自分達の没落につながるなんて、思っても居なかったはずですもの。ホーンボーン家にしろ他の名家にしろ王家にしろ、全員『何とは無しに』フォルテシアを没落させたのですわ。
「勿論、誰かを蹴落としてのし上がるのも、誰かの屍の上に立つことも、悪い事じゃなくってよ。ただしそれは、自分が何をしているのか、自覚できている場合に限ってのことですわね」
フォルテシアだって大きな口は叩けませんわ。それなりに汚いことはしていますし、何なら今ここでフォーンを燃やそうとしているのも清廉潔白な行いとは言えませんわね。
……でも、私は自分が何をしているのか、自分がしたことによって何が起こるのか、ある程度は分かった上でやってますのよ。そして、分かってない部分については覚悟ができていますの。
「善悪なんかは関係なくってよ。あなたは蹴落とした分蹴落とされる、というだけのお話なんじゃなくって?そしてそこに原因があるとするならば、あなたが『蹴落とした』事ではなくて、『他者を蹴落とした後、自分を蹴落とす隙を他者に与えてしまった』ということですわ」
フォーンは只々、ぽかんとしてますわね。
……この程度のことも、考えたことがなかったのかしら。
ええ。考えたことが無かったかもしれませんわね。だって名家の生まれともなれば、ただのんびり生きているだけで周りの者を圧し潰し、そんなことを何とも思わずに進んでいけますもの。
そういう生まれだった、とするならば……非常に愚かで哀れですわね。
「蹴落とす……?蹴落とすにしろ、どうしてわざわざこんなことをしたんだ!僕はともかく、スコーラ姫まで酷い目に遭わせて……その上、今、こうして必要もないだろうに僕にわざわざ会いに来ているのはどうしてだ!?どう考えてもやりすぎだろう!」
フォーンの言葉はまさに負け犬の遠吠え、といったところかしら。
そうね。『やりすぎ』ね……。
「これが『やりすぎ』だということなら、やっぱりあなたは単に運が悪かっただけ、なのですわ」
「私、冬の寒い朝、水溜りが凍っているのを踏んで割るのが好きなのですけれど」
少し唐突だったかしら。フォーンが困惑した顔のまま黙るのを見下ろしながら、私は冬の街並みを思い浮かべますわ。
雪になりきれなかった雨が降った次の日。水溜りができて、それが薄く凍って……その薄氷を踏み割るのは、ちょっとした快感ですわね。
誰でも子供の頃に一度くらいはやったことがあると思いますわ。
「歩いている道の途中、私のほんの一歩分横に凍った水溜りがあったなら、ほんの一歩分足を横に出して、氷を割って歩きますわ。『どうしてまっすぐ歩かなかったんだ』なんて言われましても困りますわね。たった一歩分、ほんのり横に動くだけでちょっぴり楽しい思いができるなら、私は足を横に出しますの。それだけのことですわ」
……フォーンについても同じですわ。
ちょっと手を伸ばせば燃やせそうだったから燃やす。
何故なら、ほんの少しの労力で、ちょっぴり楽しいことができるから。
……ついでに、相手を殺してしまえば復讐されるリスクを減らせますもの。ある種、合理的でもありますわね。まあ、私の中では合理性よりも楽しみの方が大きいですけれど。
「……楽しい?これが?」
「ええ。楽しくってよ。そしてあなたはまんまと私の楽しみの材料にされた、ということですわね」
フォーンの口が小さく動いて、『悪魔め』と言いましたけれど、悪魔召喚した野郎に言われてもちゃんちゃらおかしくってよ。
「もっとうまく立ち回って敵に回していい相手とそうでない相手を見定めることができれば、私の楽しみの材料にならずに済んだかもしれませんけれど。あなたにもやりようは幾らでもありましたわよ。でもあなた方はそれを怠った。ならばその後を全て運によって決められてしまっても仕方ありませんわ」
「復讐のつもりか?自分は大して苦しみもしていないくせに……」
「あら。あなた貴族の癖に、なってませんわね。よろしくて?蹴落とすなら、蹴落とし続けることですわ。誰かに蹴落とされないようにね。……そうする能力が無いのなら、やっぱりあなたはこうなるべきでしたのよ」
これ以上のお喋りは無駄ですわね。
私は鉄格子の間から手と空間鞄を差し入れて、さっ、とフォーンを中に入れてしまいましたわ。
さて。これで燃やすものも拾いましたし、さっさと地上に出ますわ!
地下牢から階段を上がって、もう一度大聖堂の大礼拝堂に戻って参りましたわ。
「上手くいったか」
「ええ。バッチリでしてよ」
ドラン達は見事に救援部隊のふりをしていましたわ。いえ、実際、やっていることは救援部隊でしたわ……。解毒剤の類を配ったり、倒れている者を介抱したりしていたんですもの。文句なしに救援部隊ですわね。
「ならもう出るか」
ドランもここに居続ける理由はありませんわね。さっさと脱出してしまった方がよくってよ。
……でも私、ちょっぴり気が向いたので上階に行ってみることにしましたわ。もしかしたら高位の神官が死んでいるところを見られるかもしれませんもの。
誰が何人くらい死んだのかを知っておくと何かと便利でしてよ!
ということで少しばかり、大聖堂の中を探索、ですわ。
こういう時も案外、堂々としつつ少し早足に、如何にも目的があるように歩いていれば怪しまれないものなのですわ。
金目の物を物色しながら家探ししたら、聖女様の部屋らしきところに辿り着きましたわ。
クローゼットの中には当然のように、替えの聖衣が入っていましたから、これも回収していきますわ!
……あとでキーブに着せて遊びますわ!
そうして私は大聖堂の上の方までやってきたのですけれど。
「ああ、皆さん!どうか、しっかり……!」
ある部屋の中から悲痛な女性の声が聞こえてきたので中の様子を窺ってみたら……あら。
「神よ、どうか彼らをお救いください……!彼らは神官です、あなたに仕える者達です……どうか、ご慈悲を……」
明らかにもう死んでいる高位の神官達と、彼らの中で祈りを捧げる1人の女性。
……白くてふわふわした聖衣を身に着けた、若く美しい聖女様、ですわ!
「聖女様、ごきげんよう」
私はフルフェイス甲冑に着替えてから颯爽と部屋の中へ入り込むと、聖女様の前に姿を現しましたわ。
「あ、あなたは……?」
「名乗る程の者じゃなくってよ」
とりあえず私は丁度いいところに居た聖女様に、ご進言申し上げることにしましたの。
「今回の騒動の犯人が分かりましてよ」
「えっ……?」
「地下牢に居ながらにして悪魔召喚にまた手を染めた、フォーン・タート・ホーンボーンこそが今回の犯人ですの」
「聖女様、ご決断の時ですわ」
私は聖女様に詰め寄りますわ。
「悪魔に手を出した者を、これ以上生かしておいてはなりませんわ。犠牲者が増えてしまいましてよ。ですから彼は……」
そこで私、ちょっと廊下に出て空間鞄からフォーンを出して、如何にも廊下にドランと一緒に待たせておいた、みたいなフリをしつつフォーンを引きずって聖女様の前に持っていきましてよ!
「火刑に処すべきでしてよ!」
「……悪魔に2度も手を出した者、ですか……そう、そう、なのですね……これが、悪魔召喚に手を染めた者の末路……」
聖女様の心底ビビったお顔を見て……私も、フォーンを見ましたわ。
……あっ。
私、うっかりしていましたわ……。
フォーン・タート・ホーンボーンを捕まえた空間鞄。
スライム入りの鞄でしたわ……。
フォーンはスライムまみれになって気が狂ってましたわ!やっちまいましたわ!




