23話「大聖堂は燃やしませんわ」
ごきげんよう!ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアよ!
私、屋敷を焼き損ないましたから人間を焼くことに決めましたわ!
牢の中でひっそり獄中死なんてつまらないですわ!そして断頭台というのも今一つパッとしなくってよ!
そう!今こそ火刑!火刑に処すのですわ!
思えばフルーティエの野郎も馬車の中で燃やしましたもの!ホーンボーンの野郎も燃やしてナンボですわね!
「大聖堂の管轄なら、横からフォーンの処遇に口出しするのは難しいんじゃないか?」
「そうですわねえ。そこが問題ですわ」
さて。やろうと思ったものの、難しい。これが現実ですわ。実現できたらとっても楽しいと思いますけれど、実現のためにはまず、大聖堂を何とかしなければならないのですわ。
エルゼマリンの大聖堂はエルゼマリンにありながら、独立した機関、といった位置づけですわね。
運営を行っているのはこの国の宗教団体。トップに君臨するのは象徴となっている聖女様と、実質運営を行っている高位の神官数名。
ちなみに宗教団体の財源は大半が寄付、ということになっていますわね。実体がどうだかはまた別ですけれど。
そして悪魔がらみや禁呪がらみの犯罪者が出た場合、王族の手に余ると判断されれば、その犯罪者は大聖堂預かりになるのですわ。大聖堂は流石にこの国の宗教関係のトップが集まる場所ですもの。悪魔祓いも禁呪封印もお手の物、というわけですわね。その手の『聖なる魔法』については、そこらの魔法研究機関なんかよりも大聖堂の方がずっと進んでましてよ。
そして、大聖堂は国に対して、幾つかの進言を行うこともありますわ。
貧民の救済ですとか、税の軽減ですとか……まあ、弱者の為の方向に向かって政治を動かす勢力、といったところかしら。表向きはね。裏がどうだかはまた別ですわ。ええ。
……と、いったところですわね。
要は、エルゼマリンの大聖堂はある種、王権から独立した権利を持つ、1つの権力なのですわ!
寄付やその他で手に入れた財力!独自の魔法による武力!政治に口出しできる権力!
これらが合わさった大聖堂!難攻不落といえばその通りでしてよ!
「大聖堂?俺、アレ嫌いなんだよなあ」
ちなみにチェスタは大聖堂に対していい印象を持っていないようですわね。
「俺のことすぐ取り締まろうとするしさ」
「ああ、その義手、禁呪ですのね」
そういやチェスタの義手って普通に動いてますけれど、これ、よくよく考えてみたら禁呪の代物ですわねえ。
ゴーレム関係の魔法を使っているのかしら?だとすると魔物を生み出す魔法に抵触する、といったところかしら?あとで分解させてもらおうかしら……?
「あと酒にも薬にも厳しいじゃんあいつら」
「チェスタは正に大聖堂の取り締まり対象ですわねえ……」
まあ、大聖堂ですもの。お酒は戒められていますし、薬は言わずもがなでしてよ。
「そーそー。おかげで随分追いかけ回されたし、良い印象ねえわ」
……過去に何があったのかは聞かないでおきましょう。ええ。
「ヴァイオリアよ。つまりお前は、大聖堂をも手中に収める、というつもりなのか?」
「まあそうなりますわね。いずれは。でもそれじゃあ遅くってよ。私は今すぐにでもフォーンの丸焼きを作りたいのですわ!」
エルゼマリンをそうしたように、大聖堂も傀儡化したいのは山々ですし、いずれはそうしてやろうと思っていますけれど!でも、それじゃあ遅くってよ!
下手すればフォーンは獄中で自死しかねませんわ!そんなことさせませんわよ!しっかり燃やしたいですわ!
ですから、すぐにでも、大聖堂を動かして……なんとか、悪魔召喚の大罪人は火刑に処す、というように持っていきたい所なのですけれど……。
順を追って考えていきますわ。
「大聖堂に横槍を入れるためにはまず内部を腐敗させることだと思いますのよ」
というか実際、既に内部はある程度腐ってると思いますわよ。さもなきゃあんなに立派な大聖堂が寄付金だけで立つと思いまして?絶対違いますわね!
「内部を腐敗させて、金や弱みで大聖堂の上層部を動かしますわ。それがきっと手っ取り早くってよ」
「ふむ。そうだな。大聖堂自体を爆破してしまうということも考えたのだが」
「それも素敵ですけれど、そうするとエルゼマリンの景観が崩れますのよねえ……」
エルゼマリンの美しさは、青い海とその青の中に一際映える白い大聖堂ですもの!そこを爆破するのは少し勿体なくってよ。
折角私の町にしたエルゼマリンですもの。美しさは保ちたいところですわね。ですから爆破はナシですわ!
「となると、金か」
「そうですわね。手っ取り早いのは寄付という名の賄賂だと思いますの。それでフォーンを火刑に処す。それが最短だと思いますわ。或いは、民意を誘導する、というのもやりようによってはアリかしら?」
大聖堂は弱者救済を掲げた施設でもありますから、その弱者達……つまり民衆が『ホーンボーンの一族を火炙りにしろ』と騒ぎ立てればそれに動かされる可能性は十分にありますわね。正直めんどくさいですけれど。
「大聖堂も権力が絡む機関だからね。俺は正直、そのてっぺんだけなんとかしちゃうのがイイと思うけど」
「そのてっぺんに手が届きませんのよねえ……」
大聖堂のてっぺん、というと、やはり数名の高位神官と聖女様、ということになるのでしょうね。その内、神官の方はまあ、何とかできる気がしますわ。世襲制ですし寄付募りまくってますし、絶対腐敗してますもの。
ただ……聖女様って、確か、世代交代ごとに選出、という面白いシステムで誕生してますのよね。
例えば、先代の聖女様は農村の出の普通の女の子だったはずですわ。それが学力試験や投票、そして神のお告げというか神官の好みというかで選ばれて、大聖堂のシンボルのようになっていますの。
ですから聖女に賄賂を贈っても基本的には駄目ですわね。ええ。1世代ごと、それも『聖女であるのは若く美しい間だけ』という素晴らしい仕組みのお陰で入れ替わりが激しいですから、そんなの腐敗のしようがありませんわ。
「聖女サマっていうのはさ、お嬢さん。今代はもうそれなりの齢じゃなかったっけ?」
「ええと……お兄様の3つ上、だったかしら?」
「……あ、じゃあまだ引退には早いか」
ええと……ジョヴァンが気にしているのってもしかして……。
「それって次期聖女をこちらからごり押しでぶち込んでいって、その聖女に大聖堂を操らせればフォーンを丸焼きにできる、ということかしら?」
「うん。ちょっとそう思ったんだけど、ま、それも時間がかかるわな……うん」
……フォーンの火刑だけなら、賄賂で神官を動かすだけでなんとかした方がいいでしょうね。ええ。
ですけれど……私、いいことを思いついてしまいましてよ!
「では聖女を暗殺しますわ!そしてキーブを次代の聖女様にしますわ!」
「やだ」
言った瞬間にキーブが却下しましてよ。
「我儘言うんじゃありませんわ」
でも私、諦めませんわよ。
「どっちが我儘だよ!」
諦めませんわよ!
「女装することについては文句言わせませんわよ!そういう約束でしたわ!」
「そういう約束した覚えはないけどね!確かになんでもお前に1ついう事聞かせられるっていうのについては『女装させるな』は除く、っていう取り決めだったけどさ!別に、女装はいくらでもするなんて誰も言ってねえから!」
あら、そうでしたかしら?……でもまあ、関係無くってよ!それでも聖女様にしますわ!
キーブが聖女様!きっと可愛いですわ!それに、キーブの立ち位置も定まって素晴らしいと思いませんこと?
キーブにはこれからも表で動いてほしいですもの。ですから、表の立ち位置を獲得してくれるととてもありがたいのですけれど……。
「……ああ、そうだ。だったら僕、ここで『何でも言うことを1つ聞く』って奴をやってもらうことにする」
「あら、なんですの?」
「聖職者のふりは一切しない」
……確かにそれだと、『女装』とは関係無く拒否されてしまいますわね……!?
ショックですわ。あんまりでしてよ。私はキーブが聖女様の白いふわふわしたローブを着て大聖堂のテラスから微笑みながら民衆に手を振っている姿を見たかっただけですのに。あんまりですわ!
「……キーブを聖女にする、というのはあんまりだが、方針としては悪くないと思う」
あら。でもドランからそんな肯定意見が出ましたわね?
「大聖堂を爆破する、というのは避けたいんだったな?」
「ええ。あの建物、綺麗ですもの」
ドランは私の言葉に頷くと……言いましたわ。
「大聖堂の人間の生死は問わないなら、俺達が強行突破でフォーンを連れ出し、特に意味も無く火刑に処すことは可能だと思うが」
……そうですわね。
別に権力に擦り寄る必要も、大聖堂を動かす必要もありませんでしたわ。
私がとっておきたいのは大聖堂の白亜の美しい建物だけ。中身は別にどうでもいいですわ!
つまり!中身を全部取っ払って!
フォーンは大聖堂の意思とは無関係に!私がこの手で焼けばいいのですわ!




