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没落令嬢の悪党賛歌  作者: もちもち物質
第一章:裏世界より
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8話「闇市で優雅にショッピングですわ」

 ごきげんよう。ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアよ。

 私は今、エルゼマリンの闇市に来ていますわ。


 エルゼマリンといえば、風光明媚なことで知られますわ。青い海の美しさもさることながら、そこにやってくる船の帆の白や大聖堂の漆喰壁の白、そして私も通っていた魔法学院の煉瓦壁の赤が良く映えて、とても美しいんですの。

 ……けれど、そんな美しさばかりがエルゼマリンではありませんわ。

 エルゼマリンの魅力は、町の裏側にこそ、ありますの。




「そこのお姉ちゃん、買ってかないかい?安くしとくぜ」

「生憎、ヤクも呪いも必要ありませんの」

 日も暮れた頃に裏通りを歩いていれば、自然と声をかけてくる輩が居ますわ。それらは大抵、麻薬や毒物や呪いの売人ですわね。まあ必要ありませんけど。

「そこのお姉ちゃん。今晩、俺とどうだい」

「鏡を見てから仰いなさいな、このブ男」

 まあこういう通りですから、何か勘違いしている連中も居ますわね。まあ適当にあしらっても追い縋ってきたら槍で首筋か心臓を小突いてやればよろしくてよ。

「神は死んだ!髪も死んだ!俺も死んだ!世界の終わりだ!この世はもう終わりだ!全員死ね!ハゲろ!死ね!」

「近寄らないに限りますわね」

 それから当たり前のように狂人が居ますわね。こいつらは特に声が大きいので目立ちますが、まあ無視していれば向こうも特に何もしてこないわね。

 ……と、まあ、こんな具合の裏通りですわ。薄暗くて薄汚くて、そしてみすぼらしい。そんな裏通りよ。……けれど、少し進めばもう少し真っ当な眺めになりますわ。


『もう少し真っ当な眺め』というと、要は、きちんとした店舗がある、ということ。

 勿論、そこで行われている取引やそこで扱われている商品が『きちんとしている』なんて思わないことね。『真っ当』に『真っ白』なのが闇市にあると思ったら大間違いでしてよ。

 ……けれど、少なくとも、店舗を構えて後ろ暗い商売ができるなら、それは危うさもそれほどなく、キッチリ方々に筋を通している、ということ。少なくとも、狂人や悪ぶった只のチンピラによる商売ではない、ということ。

 つまり……。


「ごめんくださいまし」

「……いらっしゃい。買取?」

「ええ。アクセサリー数点とドラゴンの血と肉以外の素材一式よ。表のギルドに売ってもどうせシケた額にしかならないからこちらに持ってきましたわ」

 自分もまた、『真っ当』でも『真っ白』でもないのなら。この闇市は、最高の場所ですわ。




 私が入った店は、諸々の素材を買い取ったり売ったりしている店ですわね。

 この店の特徴は、店側と客側の間に仕切りのあるカウンターを使って取引するということ。つまり、お互いの顔が見えないのですわ。

 つまり、誰が何を持ち込んできても不問。何を買っていっても不問。そういうことですの。


「まずはこれ。全部でおいくらになります?」

 最初にカウンターの上に出すのは、山賊稼業で手に入れた貴族カモ達のアクセサリー。指輪や首飾り、耳飾りなどなど。流石に貴族が身に着けていただけあって、それなりの品ですわね。

「おやおや。随分と沢山出てきたもんだ。出所は聞かないぜ」

 ……まあ、盗品ですからね。それほどの値段は期待していませんことよ。

「これら全部で金貨40枚。どう?」

「まあ構いませんわよ」

 けれど思っていたよりは高めに買い取ってもらえたみたいですわね。

 ……貴族の紋章が入った指輪、というものはまあ、普通に売り買いするには厄介ですけれど、用途が無いわけではありませんわ。そのあたりの需要があったのかもしれないわね。


「じゃあ、次。ドラゴンの素材よ」

 次にカウンターの上に並べたのは、ドラゴンの皮や鱗や牙や爪。骨も数点、持ってきましたわ。あー重かったですわ。

「へえ……いいじゃない。綺麗に皮をとったもんだね、お客さん。こうも傷が無いってこた、いい腕してるのね」

 微かに煙草で煙る店内、お世辞にも明るいとは言えない中でも、カウンターの向こうの相手はそこそこ目を利かせられるようですわね。

「褒めても銅貨1枚もまけませんわよ」

「褒めるっくらいいいじゃない。素直に受け取ってくれたって。俺、そんなにケチに見える?」

「生憎見えませんわね。あなたがケチかどうかどころか、顔も」

 カウンターの目隠し板の向こうから枯れて掠れた声でくつくつ笑うのが聞こえてきて非常に不気味ですけど、まあ、これがここの当たり前、ですわ。

「黄金貨3枚。どう?」

「悪くありませんわね」

 まあ、中々いいお値段ね。交渉成立ですわ。

 ……ちなみに、金貨10枚で白金貨。白金貨10枚で黄金貨ですので、黄金貨3枚は金貨300枚分、ですわ。

 更にちなみに、黄金貨の上が青金貨。青の上が赤金貨。その上に黒金貨、ってのもありますけれど、そこまで使うことはまずありませんわね。


 カウンターの向こうから黄金貨が3枚、袋にも入れられずに出てきました。贋金ではないことを確認して受け取ると、カウンターの向こうから骸骨めいて骨ばった不気味な手が伸びてきて、私がカウンターの上に乗せたドラゴンの皮や牙や骨や鱗を丁寧に持っていきました。

「それから1つ、お聞きしたいのだけれど」

「おっと。ここだと『聞くだけならタダ』って訳にはいかないですよ、お客さん。ま、それでよければ話せることもあるかもしれないけど」

「それで構いませんわよ」

 私はカウンターの上に金貨を適当に掴んで置きました。ざっと見たところ、15枚くらいかしら。カウンターの向こうから、ヒュウ、と口笛が聞こえます。

「お客さん、気前がいいのね。で、何聞きたいのよ」

「ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアについて」


「ああ、指名手配されてるお嬢さんね」

 あ、やっぱり指名手配されてるんですのね。

「……罪状は王子暗殺未遂と兵士への暴行。それから脱獄。さらに、脱獄する際には凶悪犯罪者が多数脱獄しており、これもヴァイオリア・ニコ・フォルテシアの仕業じゃあないの、って言われてる……ね。随分お派手なご趣味のお嬢様だ」

「そこらへんは飛ばして。現状を知りたいの。今の居場所やなにか、分かりません?」

 カウンターの向こうでくつくつ笑う不気味な声が聞こえてきますけど、笑ってる場合じゃないんですのよこちとら。

「居場所、ねえ。悪いけどここにもそういう情報は来てないね。脱獄して王都を出てからの足取りが掴めないらしい」

 あ、よかったですわ。ちょっと安心しましたわ。とりあえずこれなら、問題なく潜伏できそうですわね。

 少なくとも、ここには私の情報が出回っていない。これが分かっただけでもありがたいですわね。

「元使用人達も『お嬢様はドラゴン狩りに行かれたきり音沙汰無しです』としか言わないらしいしねえ。ドラゴン狩り、ってのが何の隠語なのかは、ま、我々のご想像にお任……」

 ……そこでカウンターの向こうが沈黙しました。

 ええ。多分、たった今私が売ったドラゴン素材と『お嬢様はドラゴン狩りに行かれたきり音沙汰無し』の情報とが頭の中で結びついてますわね!

「……『まさかね』ってことにしといてあげる」

「あら、何のことかしら」

 けれど、こんな闇市で商売やってるだけはありますわ。自分の出方は弁えてるし、肝は据わってるみたいですわね。

「と、ま。うちで情報出せるのはこんなとこよ。悪いけどね。……金貨15枚にはちょいとお安すぎましたかね?」

「いいえ。結構よ」

 とりあえず、兵士達がまだ私を見つけていない、というだけでも情報の価値はありましてよ。お金は使い惜しみするものではありませんわ。またドラゴンでもオーガでも探して殺すだけでお金は手に入りますもの。ほんと冒険者ギルドってそこんとこ最高ですわね。


「お話しできて楽しかったわ。取っておきなさい」

 ということで、私、黄金貨を1枚、カウンターの上に乗せました。

「……おいおい、マジかよ」

「マジですわよ」

 黄金貨1枚ですと、そこらへんの兵士の給料4か月分ぐらいはありますけれど。でも私にとってはドラゴン素材を売っぱらって手に入れた泡銭の3分の1ですもの。大して惜しくもありませんわね。

「こりゃあ……ここでのお話は、俺とお嬢さん2人だけのヒミツ、ってことにしとかなきゃ駄目みたいね?」

「ええ。是非そうして頂戴な」

 カウンターの目隠し板の下から、骨めいた長い指が伸びて、少し迷うようにした後、黄金貨をカウンターの向こう側へ引き込みました。

「……ま、お嬢さんのこと、他の誰かにバラす気は元々無かったけどね。……これは貰っとくぜ。毎度あり」

「ではごきげんよう」

 金を受け取ったなら、こいつらはきっちり約束を果たしますわ。金蔓には甘いし、有能な者にはきちんと弁えた対応をしますし。

 つまり、金払いの良い優秀な竜殺し(ドラゴンスレイヤー)である私には、相当甘々対応、というわけですわ!ま、ドラゴンと同じ目に遭いたくなければ当然、味方に付いておいた方が得策、というわけですものね!おほほほほ!




 さて。懐も温まったところで、必要なものをざっと買い揃えましてよ。

 適当な店にふらっと入って、着替えを数点。それから、きっちり顔を隠せるフードがついたマントも。これで多少は動きやすくなるかしら。

 それからまた適当な店で矢を買い足して、細身のナイフを数本。雑貨屋で小瓶を幾つか。それから、携帯食を念のため。

 しばらくはこのエルゼマリン付近に留まるつもりですけれど、いつ急に出発しなければならなくなるか、分かりませんもの。食料は常に持ち歩いていた方が良さそうね。

 それから!

「やっぱりコレですわ」

 最高級の、空間鞄!コレですわ!やっぱりコレがなくてはね!


『空間鞄』は、古代の空間魔法が掛けてある鞄ですわ。そのお値段、正規の値段ならなんと、黄金貨5枚程度。つまり、兵士の給料20か月分ですわ!

 ……まあ今回買ったのはワケアリ闇市価格で黄金貨2枚でしたけれど。その価値はあってよ。

 だって、ほとんど手ぶらと変わらない格好で、家1軒分以上の荷物を運べるんですもの!やっぱり冒険者稼業にはコレですわね!これでドラゴンを狩っても1体分丸ごと持ち帰れてよ!空間鞄を買ったおかげでスッカラカンですけど!すぐに元は取れますわ!




 こうして買い物を終えた私は、ギルド内の食堂(ギルドの受付の奥には食堂があるのですわ)で持ち帰りの食事を買って、ギルド内の宿(ギルドの建屋の2階と3階は宿になっているのですわ)に入ってゆっくり休みましたわ。

 ギルドのピンハネ嬢に目にもの見せてやって、買い物して、宿に泊まってのんびり。今日もいい日でしたわね!

 そして明日からは本腰入れて、冒険者稼業に精を出し始めますわ!

 稼いで稼いで稼いだら……復讐予定の家の兵士かメイドかを買収して、情報を仕入れて……そして色々やって殺しますわ!古式ゆかしく安全に毒殺でもいいですし、綿密な計画の上でお派手に討ち入りというのも華やかでいいわね!

 没落させられた恨み!いよいよ晴らしますわよ!


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― 新着の感想 ―
お嬢様の声が、某動画の「フィッシングですわぁー」て言うお嬢様の声に勝手に変換されていく…。
[良い点] 面白いです。 [気になる点] ドラゴン倒したときの受付嬢、もともと払うはずの金貨100枚を払わせるのは当たり前のことなんだから全く成敗してなくね?
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