19話「乙女達、出陣でしてよ!」
ごきげんよう。ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアよ。
私の目の前では今、10人の奴隷『だった』美少女達が唖然としていますの。
そうですわね。彼女らは『任務に成功したら奴隷身分から解放する』という話でこの訓練に臨んでいましたものね。唖然とするのも自然なことですわ。
「あなた達はたった今、もう奴隷ではなくなりましたわ。どこへ行こうが何をしようが、もう私にはあなた達を止める権利も何もありませんのよ」
10人分の首輪を外したサキ様が、10人それぞれに身分証を配りましたわ。
……それは、首輪が奴隷の証であるのと同じように、平民の証となるものですの。身分証も受け取った彼女らは、もう間違いなく、奴隷ではありませんわね。
「ど、どういうことですか?任務は?試験の結果次第で任務に投入するかどうかが決まるのではなかったのですか?そして、その任務に成功したならば奴隷身分から解放されるのでは……?」
「わ……わた、くし……こんなお話、聞いていなくってよ!」
「ヴァイオリア様!なんとか仰ってくださいな!」
7日間、苦楽を共に……というか、割と褒めて甘やかして共に過ごしてきた奴隷達は、解放されて喜ぶより先に困惑しますのね。大成功ですわ!
「先程も申し上げましたけれど、あなた達はもう自由ですの。奴隷じゃあなくってよ」
私がもう一度そう言えば、10人は皆、只々困惑して、中には泣きそうになっている子も居る程で……。
「その上で私、『お願い』しますわ。……『任務を達成して頂戴』と」
……私がそう言った途端、はっとして、それぞれに表情を変えましたわ。
「命令する権利も何も無い私からの『お願い』です。断って頂いても結構よ」
……まあ、賭け、ですわね。これも。
奴隷身分から解放してしまった彼らが私の言う通りに働くとは限りませんわ。
だからこそ私はここがエルゼマリンであることを隠し(移動は全部空間鞄に入れっぱなしで行いましたもの。屋敷から出さなければここが何処かも分かりっこなくてよ)、うっかり逃げられてもこちらの居場所が分からないようにしているのですわ。
けれど……。
「……そうでしたわ。私、もう奴隷じゃあなくってよ」
令嬢に育て上げた彼……いいえ、彼女は、言いましたわ。
「私!ヴァイオリア様に育てて頂いて!宝石商の娘になりましたものっ!」
ああ……立派に、美しくなりましたわね。元が男の子だったなんて、思えないくらいに……!
10人がそれぞれ『お願い』に対して好意的かつ意欲的に「是非やらせてほしい」と言ってきたことで私の大成功は保証されましたわ。
彼らにはこれから予定通り、それぞれの任務場所についてもらって、そこでホーンボーンの誰かしらかと熱烈な愛を育んで頂きますわ!
……話し方の訓練によって、ただの村娘町娘とは違う風変わりな教養や知性を確かに感じさせ!
歩行訓練によって、ただ歩いているだけでどこか目を惹かれる容姿を実現し!
そして!詰め込んだ教養によって!きっとホーンボーンの連中のお眼鏡に適うであろう、素敵なレディへと変貌を遂げた10人の奴隷達……いいえ!奴隷でなくなった乙女達!
きっと彼女らは上手くやってくれることと思いますわ!
「では乙女達!出陣ですわよ!」
私は全員を一列に並べて、後ろから空間鞄でばーっと収納していきましたわ!
そしてこのまま王都まで!張り切って参りますわよ!
ということで参りましたわ王都ですわ。
エルゼマリンから1日掛からない距離ですもの。やっぱり便利ですわねえ。
王都の外れの方で空間鞄から乙女達を1人取り出しては作戦の確認を行って王都へ放つ、という行為を10回繰り返した後、私は彼女らにそれぞれ伝えた『全て終わったらそこを探しなさい』と伝えた場所へ、赤金貨を埋めに行きますわ。
彼女らがこれから生活していくために必要な資金、といったところかしら。とりあえず平民なら赤金貨1枚あれば2、3年は何もしなくても生きていけますものね。
……ということで私はもう、ひたすら隠れていますわ。いつ何時、私を狙う誰かがやってくるかも分かりませんもの。私は王都の中をうろつくべきではありませんもの。適当に借りたボロい倉庫で待機、ですわ!
王都で表立って動くのは私以外の面子、という事になりますわね。
まず、借金取りことジョヴァン。
彼はホーンボーン家の周りをうろついてもおかしくないですからうろつかせますわ。
……そうなんですのよ!ホーンボーン家の野郎共!素晴らしいことに、金を返しに来ませんでしたのよ!
メアリランスにはちゃーんと奴隷を待機させておいて、金を返せるようにしておきましたのに、その奴隷からは『なんか来ないんですけど!借金踏み倒されてるんですけど!』という悲しい鳥文を受け取っていますわ……。
ですのでジョヴァンが闇の世界の借金取りとなってホーンボーン家の周りをうろつき、王都をうろついて、そうして悉く乙女達との熱烈な愛と醜聞を見つけてはそれを世に広めていくことになりますわね。
次。小細工係ことキーブ。
彼、今回は男の子のままですわ……。ええ、キーブはあんまり目立たせたくないんですの。ここぞ!というところだけで使いますわよ。
ということでキーブの役目は小細工係ですわ。要は、乙女達が何か困ったら助けたり、ホーンボーンの連中が困るように仕向けてそこを乙女達に助けさせることで近づいたり。
はたまた、赤子を抱いて『これはあなたの子ですよ!』とホーンボーンの誰にも身に覚えのない事をやる係の乙女達が狼藉を働かれないように陰から守ったり。そういった仕事ですわね。
元々暗殺者ですから、隠れて仕事をするのにはもってこいですわ。あとは、これで女の子になってくれたら最高ですけれど……まあ、わがままは言わないでおきますわ。
……という事で私、ひたすらボロ倉庫で待機ですの。
念のためというか、ドランとチェスタとお兄様も一緒ですわ。ただ待っているのもヒマですから、そこら辺に転がっていた木箱に布を掛けて即席のテーブルにしつつ、お茶を淹れて持ってきたお菓子と一緒に頂きますわ。
……こういう時にお湯を沸かせますから、火の魔法が使えるって便利でしてよ。
適当なところでジョヴァンが食料持って帰ってきましたわ。それはもう大量に。
私やキーブは1人前で足りるのですけれど、お兄様は2人前食べますしチェスタは3人前食べますわ。そしてドランは4人前くらい平気で食べますわ。一方ジョヴァンは霞でも食って生きているのか、食事は数食抜いても平気らしいですわ。訳が分かりませんわね。全員もう少し平均的におなりなさいな。
何はともあれ、私達は運ばれてきた食事を食べつつ、ひたすら待ちの一手でしてよ。
夕食は流石に空間鞄から出しましたわ。トロリと濃厚なポタージュスープに美味しいバゲット、低温でじっくりローストしたお肉に野菜たっぷりのオムレツ。ボロ倉庫でのディナーとしてはあり得ない豪華さになりましてよ。
生物を入れられない鞄に入れておけば食料も悪くなりませんし、便利なものですわねえ。
……というところで、ジョヴァンとキーブが帰ってきましてよ!
「面白かったよ。あの宝石商の娘役の奴。赤ん坊抱いて『フォーン様お顔をお見せください!あなたの子ですのよ!』って門の前で叫んでるの。俺も思わず借金の取り立てなんて放り出しそうになったね」
ああ、彼……いえ、彼女、上手くやりましたのね。感慨深いですわぁ……。
「それ大丈夫だったのかよ?衛兵につまみ出されそうじゃん」
「つまみ出されながら『フォーン様!あなたが囁いて下さった愛は嘘でしたの!?あの女は誰ですの!?私を伴侶にして下さるというお話は嘘でしたのーっ!?』て叫んで思いっきり注目されてた。あの子中々役者だわ」
王都の貴族街の中心でそれをやったならさぞかし他の貴族達から注目されたでしょうねえ……。容易に想像できましてよ。
「こっちは狩人が上手くやってた。当主の方が借金取りから逃げる為に狩りに出てたからね。そこで行き会って、誑し込まれてたところを地方貴族の娘が発見してた。そこで修羅場」
ああ、あの子達上手くやっているようですわね。
今回の作戦はそれぞれ、『当事者』であり『目撃者』でもあるように仕向けましたの。
ですからあの子達自身が証言者となり噂の種ともなり……ホーンボーン家に身に覚えがあったりなかったりする醜聞を擦り付けていくのですわ!
「あとシスター。あれ良かったね。宝石商の娘役の男の子がつまみ出されて泣き崩れてるところに駆け寄って慰めて、でも事情を聞いて自分もフォーンの愛人だったから激怒して、そこからシスターによるホーンボーン家への大抗議。バッチリ決まってたよ」
「そこの2人はセットにして運用したら良さそうだと思いましたのよ」
しっかり注目を集めた上で、聖職者までもがホーンボーンの毒牙に掛かった事実を暴露。
泣き崩れる美少女2人と困り果てる衛兵。そしてそれらをしかと目撃する野次馬達……。ああ、私もその現場を見て見たかったですわ……!
夜の間も乙女達による工作活動は続き(むしろこういうのって夜が本番ですわよね……)、そして翌朝にはホーンボーン当主もフォーンも、フォーンの弟までもが逃げ出して、逃げた先で村娘達との温かな出会いを経て、また醜聞を増やし……借金取りジョヴァンに追いかけられて、遂に金の一部だけでも払うことになり、また王都にとんぼ返りしたホーンボーン家の野郎共を待ち受けていたのは、身に覚えのないロマンスと醜聞の数々……。
……完璧ですわ!
「今日、ホーンボーン家の当主と長男が王城に呼ばれていったみたいよ」
「あら。ではそろそろホーンボーン家も没落かしらね?」
王城でどういう話がされているのかは分かりませんわ。そこらへんは適当にフォーンでも攫ってきて確認すればよくってよ。
「ちなみに王女様ってどうなったのかね」
「さあ。フォーンが普通に生活できているようですし、恐らく奴隷の首輪はもう外れているでしょうね。身柄が王家に在るのか、ホーンボーン家で隠蔽されているのかは分かりませんけれど」
或いはもう『紛らわしい偽物は必要無い』とかなんとかで処刑されていたりするかもしれませんけれどね。おほほほほ。
さて。
ホーンボーン家の醜聞は今や、王都で大流行。
乙女達が生やした醜聞10個の他にもあちこちから色々と出てきたみたいですわね。それが本当の話なのか、根も葉もない噂なのかはこの際どうでもよくってよ。
「じゃあジョヴァン。適当に借金取り稼業のついでに状況も聞き出してきて頂戴ね」
「はいはい。任せて」
その日の夕食後、ジョヴァンはすっかり慣れた様子でボロ倉庫を出て……。
「ちょ、ちょっと!ヤバいぜ!全員来てくれ!」
そう、叫びましたのよ。
……外に出て、私、唖然としましたわ。
ボロ倉庫は王都郊外にありますけれど、貴族街って少し高いところにありますから、そこの様子は離れていてもよく見えますのよ。
ですから……見えてしまったのですわ。
ホーンボーンの屋敷が、なんか、もう……既に……私達が何かするより先に……。
「屋敷が燃えてますわ……」
燃えてますわね……?
えっこれどういうことですの……?




