18話「調教しますわ」
ごきげんよう!ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアよ!
私は今、エルゼマリンに戻ってきたところですの。
そしてこれから奴隷市場に行って、適当な奴隷を見繕ってきますわ!
そう!ホーンボーン家を襲う令嬢奴隷達を!
「サキ様、おはようございます。奴隷を探しているのですけれど」
「ああ。新しいのが何人か入ってるよ。好きに見てって」
エルゼマリンの奴隷申請所はそのまま奴隷販売所に繋がっていますわ。そしてサキ様は販売所の方も管理してくださっていますの。
「なんかこう、貴族っぽい令嬢っぽい奴隷、居ませんかしら……?」
「貴族っぽい?貴族じゃなく?」
「それでもいいのですけれど、できればしがらみのない女性がよくってよ」
……ええ。モノホンの貴族を使ってしまうと、その家とホーンボーン家とでなんやかんやあって結局面倒なことになりますもの。でしたら、貴族が全く知らない『平民の美しい女性』との醜聞の方が余程いいですわ。
今、大切なのはとにかく、ホーンボーン家の連中に対策させないことですもの。でしたら、対策のとっかかりが少ない非貴族の方が扱いやすくってよ。
「……つまりお嬢が探してるのは、見目の良い女奴隷?」
「別に男でもよくってよ。その時はホーンボーンの連中が男も女も両方いけることになるだけですわ」
或いは、キーブのようにかわいい男の子が女の子になるだけですわ。
「ま、それならいいのが居るよ。そっちの奥の檻。覗いておいで」
早速、サキ様がニヤッと笑って店の奥を示してくださいましたので、私、嬉々としてそちらへ向かいますわ!
……すると。
「確かにこれは上物ですわねえ……」
檻の中には見事、美少女が揃っていましたわ!
色々な美少女が居ますわ!
長い銀髪に空色の瞳の妖精みたいな美少女だったり。くすんだ茶髪のショートカットと緑の目が聡明そうな美少女だったり。赤毛を可愛らしく結った気の強そうな美少女だったり。
……あ、時々美少年が混ざってますわねこれ……。
「これはどうなさったの?」
「破産寸前らしい貴族が売りに来たのが大半だね」
破産寸前の貴族、ですの……?ちょいと書類を失礼。
……あ、これ、フルーティエ家と取引してた貴族ですわね。へー。成程。私達が倉庫とか燃やしたせいであちこちが大きくとばっちり食ってましたのねえ。なんだか感慨深くってよ。
「ということはもう躾済みかしら?」
「いや。特に最近買われた奴なんて全く手つかずだったみたいだからね。反抗的な奴も居るし、学がある訳でもないし、何の用途かは分からないけれど多分、使い勝手は良くないね」
「成程……」
うーん……ちょっぴり悩みどころですわね。
これだけの美少女美少年をこれだけの数集めるとなると、他所では厳しいですわ。というか滅茶苦茶足元見られるでしょうし……。
……ええ。決めましたわ。
「私、この奴隷達を立派な令嬢にしてみせますわ!」
「……それで奴隷を買ってきたのか」
ええ。結局買いましたわ。友情価格ということで大分お安くして頂きましたし、大変お買い得な買い物だったと思いますの。
「お姫様が奴隷になったのですもの。奴隷が令嬢になるくらいは訳無い事ですわね」
「それとは事情が違うでしょうが。どーすんのよ、これ」
「薬使うか?いきなりミスティックルビーはキツいだろうし、最初は葉っぱとかか?なら分けてやってもいいぜ」
「使いませんわよ!」
私達が今集まっているのは、エルゼマリンの貴族街の内の一軒ですわ。買い取りましたの。ギルドの所長さんからお安く買いたたかせて頂きましたわ。おほほほほ。
「……ということで、この屋敷は今から1週間、奴隷の調教屋敷ということにしますわ」
「え、お嬢さんが直々にそれやるの」
「他に誰ができますの?私以外に令嬢の何たるかをこいつらに教えられる人材が居まして?」
強いて言うならお兄様やジョヴァンならできるかもしれませんけれど……まあ、私にしか教えられないものは多いと思いますわ。やはり適材適所、でしてよ。
「この屋敷を使うことは構わないが……1週間でカタがつくものなのか」
「カタは『つく』のではありませんわ。『つける』んですのよ」
そして何ヶ月も時間をかけるなんて無駄な事は一切致しませんわ!どこぞの貴族の娘とすり替えるなんていうならまだしも、どうせちょいと醜聞の種になってくれればそれでいいんですもの!ひとまず『平民にしては立ち居振る舞いが優雅』ぐらいのところまで引き上げればいいのですわ!
……それくらいなら、1週間もあれば十分!
私の令嬢力!見せてさしあげますわよ!
「ということでお聞きなさい、あなた達」
私は早速、仕入れてきた美少女美少年の奴隷達総勢10名に向き直りましたわ。
「あなた達にはここで1週間、訓練に耐えて頂きますわ。そして私が『使える』と思ったならば、あなた達を任務に投入します」
奴隷達は反抗的にこちらを睨んでいたり、はたまた興味なさげにそっぽ向いていたりと色々ですけれど、構わなくってよ。
「そして、無事に任務をこなした暁には、あなた達を奴隷身分から解放することを約束しますわ」
流石にこう言われれば、奴隷達は皆、唖然としたり訝しんだり、反応を示しますわねえ。
……普通はあり得ないことですもの。一度奴隷身分になった者が奴隷でなくなることなんて、滅多にありませんのよ?
もしそんなことがあるとすれば、それは持ち主が遺産相続の手続きも何もする前に急死した時か、或いはよっぽど気の良いご主人様に巡り合えた時だけですの。
そして今、奴隷達の目の前に居る私はその『とっても気の良いご主人様』という訳ですわね。
「ですからあなた達。全力で訓練にお励みなさい」
まだこちらを訝しむ様子の奴隷も居ますけれど、何人かは訓練に励む心づもりのようですわね。良い傾向でしてよ。
「では時間がありませんからさっさとおっぱじめますわよ!精々歯ァ食いしばって令嬢におなりなさい!」
……ということで、私の奴隷調教が始まりましたのよ。
まず私が最初に行ったのは、奴隷達の分析ですわ。
奴隷達の能力、性格、経歴、素質……。そういったものを知らずに育てるなんて、空中に城を建てるようなものでしてよ。
ということで、まずはしっかりと栄養のあるものを食べさせて、その食事中に1人ずつ呼び出しては面談し、全員のことを把握しましたの。
「10人中7人も読み書きができる、というのは幸運でしたわねえ……」
割と教養がある奴が多かったですわ。びっくりですわ。農村出身だと、読み書き計算ができないくらいは当たり前ですもの。
まあよくってよ。10人も奴隷が居るのですもの。読み書きができない役回りが3人居ることには何の問題もありませんわ。
……これら10人を全員同じように育てるなんてもったいないですわ。折角10人も居るのですから、予め役どころを考えて、長所を伸ばす育成を施さなければなりませんわね。
ということで。
「ではこちらの3人には、農村から出稼ぎにやって来た村娘役をやってもらいますのでそのつもりで居なさい」
はい。読み書きができない女2人男1人は村娘にしますわ。
「……村娘?ど、どういうことですか?俺は男です」
「だまらっしゃい!男も女も関係ありませんわ。全員女の子になって頂きますわ!それができないならあなた、一生奴隷のままですわよ!」
男1人からは反発の声が上がりましたけれど黙らせましたわ。ええ。何が何でも全員女の子にしますわよ。
「……ですからあなた達には、言葉遣いの矯正から始めて貰います。都会の浮浪児ではなく、あくまでも農村の美少女でありなさいね」
ということでこちらは乱暴ではすっぱな喋り方を矯正するところから始めますわ。……まあ、あとは上手く飾ればいい線行くと思いますわ。
「ということでドラン!キーブ!ジョヴァン!」
「……俺を使うのか?」
「僕を何だと思ってんの?」
「ここで俺かー……」
「あなた達ですわ!さっさと来る!……この3人が言葉遣い矯正の講師になります!この3人と適当にお喋りしながら言葉遣いを直しなさいな!」
奴隷達には講師を1人ずつつけるという大盤振る舞いですわ!
まあ、丸一日お喋りしていたら結構身につくものですわね!期待していますわ!
「こちらの6人にはまず、歩き方を矯正して頂きますわ。そこで成績の良かった3名は貴族令嬢か少々裕福な商家の娘役に回します。残り3名は平民の平々凡々な家庭の娘ということにしましょう」
そして読み書きができる7人の内の6人には、早速優雅な立ち居振る舞いを学んでもらいますわ。
「まずは歩き方から。ただ歩いているだけで美しく見えて人目を惹くことも可能ですのよ?さあ、あなた達。頑張っておやりなさいね」
「ちょ、ちょっと待ってください!僕、男の子です!む、娘役って……」
「だまらっしゃい!男の子だろうが女の子だろうが全員女の子ですわ!文句があるなら一生奴隷で居なさいな!」
ここでも文句が出ましたけれど黙らせましたわ。ええ。黙って女の子になればよろしいのですわ!
「では私の後に続いて歩きなさい。いきますわよ!」
ということで、こちらも訓練開始ですわ。ここで早速2組に振り分けられると知った奴隷達は、なんとか自分が伸し上がろうと一生懸命ですの。互いに足を引っ張る事は禁じていますから、あとはもう、己の技術を磨くだけですわ。
……さて、夕方までにどれくらい令嬢になるかしら?
……そして、私は歩行訓練をする合間で、もう1人の奴隷の様子も見ますわ。
「そうだな。そこは『神はあなたの行いを見ています』などと言うよりは、『天をお仰ぎなさい。そして自らを省みなさい。あなたに神は見えますか?』というように問いかけた方がいいだろう」
「は、はい」
「聖職者というものは、仕える者であり導く者だ。神の教えを知らない憐れな人間達に問いかけを通じて信仰を呼び起こさせる。そう心がけて台詞を選びたまえ」
こちらの1人は、特別にお兄様と1対1の訓練ですの。
……この奴隷は流れるような銀髪と澄み渡った湖のような青い瞳が美しい、ちょっぴり神秘的な美少女ですわ。そしてこの奴隷、昔は教会で保護されていたらしく、聖句を諳んじられるという素敵な特技を持っていたのですわ。
ということでこの奴隷の役どころは決まりですわ。シスターですわ。
ホーンボーンの連中が神のものであるシスターにまで手を出した、となれば特大の醜聞になりますもの。これを使わない手は無くってよ!
夕方になったら一度訓練を切り上げてお着換えの時間ですわ。
それぞれに似合う色やデザインの衣装を着せましたわ。これからの訓練はこれらの服を着て行わせますの。
……これ、意外と重要ですのよ?
服って着慣れないと、動作がぎこちなくなりますの。それって『偽物です』と言っているようなものでしょう?
貴族の令嬢御用達のドレスなんて、正にその真骨頂ですわ。たっぷりとしてひらひらした袖は慣れない内はあちこち引っ掛けますし、長い裾を踏んで転ぶなんてことがあったら大変ですものね。
「うう、すーすーするよお……」
「……どうして俺がこんな格好を……」
特に男ですわ。いくら美少年でもスカートを履いたことが無いようですもの。しっかり慣れさせておかなくてはね!
ということで、全員が村娘や令嬢、はたまたシスターなどの恰好になったところで夕食ですわ。
……本当だったらここで食事の作法も叩きこむところですけれど、今回はナシですわ。
だって、ホーンボーンの連中に醜聞を叩きこむにあたって、食事を共にさせる予定はありませんもの。精々、小洒落たカフェでお茶とお菓子を楽しむ程度でしょうし。
でしたら、わざわざ締め付けなくていいところまで締め付ける必要はありませんわ。
勿論、所作はできるだけ丁寧に優雅にしろ、とは言ってありますし、言葉遣いは徹底して矯正していきますけれど。
でも、それ以外のところはむしろ楽しくやった方が覚えが早いと思いますの。ええ。徹底的に厳しく正しく甘やかして褒めまくって伸ばしていきますわ。
鞭も大切ですけれど、飴も重要ですわ。更に、信頼関係はもっと重要ですわ。
……それに人を動かすものって、最終的には他者からの鞭ではなく、自らの内に見出した飴なのではないかしら?
2日目以降も所作や言葉遣いの訓練は続きましたわ。
読み書きができる6名は特に出来の良かった3名を裕福な家の子女ということにして、残り3名は平民、ということにしましたわ。予定通り。
……ただ、その内の1人が、弓を使って狩りをするのが得意、ということでしたの。
ですから彼女については、ホーンボーンの連中が狩りを楽しむ時にでも鉢合わせしてもらう役回りにしますわ。要は狩人役、ですわね。
彼女も含めてそれぞれの組にはそれぞれの一般教養を詰め込みましたわ。
村娘の教養はあんまり必要ありませんので所作訓練と体力づくり。町娘にはこの世の一般常識ですわね。奴隷ってお金を使ったりすることもありませんから、町で買い物1つするにも知識が無くて大変だったりしますのよ……。
そして令嬢役にはさっさと貴族界の話を詰め込み始めますわ。少なくともホーンボーン家の話はしっかり詰め込んでおいてもらわなくてはね。
3日目には役どころもきっちり決めきりますわ。
シスターに狩人はもう決まったものとして、村娘役の3人は麦農家、どこぞの貴族のワイナリーで働く一家の娘、宿場町の看板娘、という振り分けにしましたわ。
町娘2人は、地方の文官の娘、町のパン屋の娘というように決めましたの。
そして令嬢役3人は、地方の貴族の娘、宝石商の娘、呉服屋の娘、としましたわ。
今日からはひたすら、それぞれの個性に合わせた役作りですわ。
狩人なら弓の練習や獣を捌く練習。パン屋の娘はパンを焼く練習。宝石商の娘や呉服屋の娘は自分の家の商品の知識くらい無ければいけませんからその辺り。
……といったように、それぞれに分かれてお勉強ですわ。
ちなみに、麦農家だのワイナリーの従業員だのパン屋だのについては、元々雇っている奴隷達の中に適任が居ましたから、彼らに教育を頼んでいますわ。
……おかげで昼食も夕食もやたらと美味しいパンが出ましたわ……。
4日目にもなると服装に慣れてきましたわね。
特に男2人の成長が目覚ましいですわ。
最初はスカートにもおろおろする様子でしたのに、今や華麗に裾を捌いて軽やかに歩きますもの。
特に宝石商の娘役にした男の子の奴隷は、それはそれは可愛らしい令嬢に化けましたわね。できるだけ全員たっぷりと褒めるようにしていますけれど、彼は特に、褒められるとはにかんで笑うのが何とも可愛らしいですわね。
……嬉しい限りですわ!
5日目も教養を詰め込み続けますわ。
ここまできたら後は会話しながらお互いの背景を違和感なく語れるようにする訓練、となりますわね。
話し相手は奴隷同士でも私達を使うのでもどちらでもいけるようにしますわよ。
6日目には作戦をそれぞれ立てて話しますわ。
どこでホーンボーン家の奴らに会うか。どうやって近づくか。そしてどこで醜聞として取り沙汰されるのか。
そういった作戦を奴隷と1対1で相談しながら決めていって、より綿密な作戦を練っていきますの。
……ここまで来たら、もう奴隷達は全員協力的になっていましたわね。ええ。
そして7日目。
テストですわ。
私は奴隷達を1人1人見て、その所作、話し方、話す内容、作戦をきちんと把握しているか等々……それらを評価していきますわ。
そして。
「全員合格ですわ」
私はそう言って……彼らの首輪を、外しますのよ。
だって、ホーンボーン家の連中と醜聞を生み出すのは、『村娘』や『町娘』や『令嬢』なんかであって……『奴隷』ではいけませんもの。
ですから奴隷の首輪関係無しに動けるように……訓練が必要だったのですわ!
そう。命令が無くとも、強制力がなくとも、それらしく振る舞えるように。
そして……首輪が無くとも、私に従うように。
『私』という飴を自らの内に見出すように、仕向ける為の7日間でしたのよ?




