16話「燃やしましょう!」
ごきげんよう。ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアよ。
私は今、王家宛てのホーンボーン家告発文をしたため終えたところですの。
告発文はさっさと王家へお届けしたいので、予め船に積んでおいた鳥を使って陸へ手紙を送りますわ。後は陸で待機しているキーブとドランが何とかしてくれるはずでしてよ。
さて。この船はまだまだ陸には到着しませんの。何故って?夜にしか着岸したくないからですわ!勿論、ホーンボーン家の借金を大きくしたいからという理由でもありますけれど!
なのでその間、私はできるだけ船室に閉じこもって過ごすことになりますわね。これ以上、不用意に私の姿を晒すのは得策じゃなくってよ。
……ということで私、部屋でヒマしてたんですの。そこでドアがノックされましたから、私、少し嬉しく思いつつドアを開けましたわ。
「お嬢さん、お疲れ様。折角だし一杯どお?一応軽いのにしといたけど。あ、勿論お嬢さんじゃなくて俺の為にね?」
そこに立っていたのはジョヴァンですわ。手にしているのは上等なワインの瓶と、軽食やおつまみが入っているらしいバスケットですわ。よく分かってますわねえ!
「ええ、あなたもお疲れ様。さ、どうぞ。丁度お手紙も出し終わって暇してたんですのよ」
ということで早速、私達は少々早い勝利の美酒ということでワインを嗜むことにしましてよ!
船室の窓から見える朝焼けと海、極上のワインと美味しいおつまみ。そしてほとんど約束された勝利!最高ですわね!
「あら、これ美味しいですわね」
「結構気の利いたモン作る奴が居たもんだね」
ここでの食事は新たに仕入れた奴隷に作らせていますの。確か、どこかの貴族の厨房で働いていた、という奴隷も乗せていたはずですわね。ですからおつまみも中々美味しくってよ。
滑らかな白身魚のパテを薄切りのバゲットに塗ったものですとか、塩とハーブを合わせた軽いホイップバターを生ハムの薄切りで包んだものですとか。キノコのマリネもドライフルーツのチョコレートがけも……うっかりするとワインより食が進みますわね。でもまあ、夕食を抜いていますから少し食べ過ぎなくらいで丁度いいかもしれませんわね?
「あーあ、しかし、これでホーンボーン家もおしまい?」
まあ、酒の肴にはこの手のお話も丁度いいですわね。私、こういうの大好きでしてよ。
「すぐに、というわけにはいかないかと思いますけれど。でも、王家としては婚約破棄待ったなしだと思いますわ」
……王家がホーンボーンを諦める、ということはまあ、十分あり得ますわね。
だって、フォーンは奴隷の身分。そしてフォーンと婚約していたスコーラ王女も奴隷。
となれば、ホーンボーン家と王家の婚姻の話も一旦は白紙にせざるを得ないでしょう。
勿論、王家とホーンボーン家が『秘密裏に』フォーンとスコーラ王女を回収して、誰とも接触させないまま奴隷の身分から解放して、そしてひっそりと婚姻関係にする、ということは可能ですわ。勿論、お互いに利がありませんけれど、その場合、王家とホーンボーン家は同じ秘密を隠す『共犯者』になるかしら?
……まあ、それも全ては『王家がホーンボーン家と協力することを決めた場合』の話ですけれど。
ホーンボーン家に借金があることが発覚したり、ホーンボーン家が王女によく似た奴隷を購入しているなどと知れたり、色々と悪評がついて回れば、王家はホーンボーンと『共犯者』になる、なんていうリスキーなことはしないと思いますの。
それよりは、他の貴族を囲い込みながらホーンボーン家を糾弾した方が安全ですわね。さもないとホーンボーン共々、王家まで安く見られますものね。見栄っ張りの王家がホーンボーン家を守るとは思えませんわ。
ということで、私はこれから、ホーンボーン家を貴族界から追放させるべく悪評を垂れ流してやる所存でしてよ。
スコーラ王女によく似た奴隷を買っているだの、借金があるだの、愛人があるだの何だのかんだの、全て『本当のこと』だけをあげつらうだけで大分面白いことができそうですものね!
ホーンボーン家の没落を思いながらますますワインが進んでいたところ。
「……俺ね」
唐突に、ジョヴァンが言い出しましたわ。
「一応、フォーンの兄、なんだわ」
……えっ?
「えっ?あに?あにって何ですの?」
「お兄ちゃんってこと。そのまんま」
えええー……?い、いえ、ちょっと意味が分かりませんわ……?ちょっと突然に過ぎるんじゃなくって……?
「あ、勿論、腹違いの、ね?正妻の子なわけないでしょ」
「そりゃそうですわねえ……」
大体、似てませんもの。ジョヴァンとフォーン・タート・ホーンボーン。全く、似てませんもの。
ホーンボーン家の連中ってもっと色素濃いですし、こんな骸骨じゃないですし……ええと、あ、でも、顔立ちはもしかしたら……ジョヴァンが平均ちょいぐらいの体重になれば、似ているように見えるかもしれませんわ。今の鶏ガラからは想像できませんけど。
「今の当主が婚約中にやらかした結果の子が俺よ。俺の母さんは当時のホーンボーン家の使用人だったらしいね」
「……衝撃的なお話ですわね」
「そりゃあね。悪党の半生だし、これくらいの刺激はあってもいいでしょ」
刺激的に過ぎるくらいですわね……。ホーンボーンの連中が女好きで浮気性だとは知っていましたけれど……血って引き継がれるものなんですのねえ……。
「けれどあなた、なんで裏通りの悪党なんざやってるんですの……?一応、貴族の子だったわけでしょう?不義の子とはいえ……」
「うん。それがね。俺が7歳になる頃までは俺も割と普通に貴族の坊ちゃんとして育てられてたんだわ。一応、先代当主の養子ってことで。……ただその後、俺の母さんがちょいと欲出し過ぎちゃってね。正妻との子が生まれたってのに俺が次期当主だなんて使用人が騒ぎ出したら、そりゃ、追い出されるわな」
あらぁ……よくある話と言えばそれまでですけれど。当人から聞くとどうにも……辛いものがありますわね。
「しかも追い出された後で先代当主が死んで、そこの遺産相続の時にまた母さんがねえ……うん、そこで俺の家、燃えて母さんは死んで俺はエルゼマリンの浮浪児になったんだけど」
要はちょいと強欲だったためにジョヴァンのお母様はなんかこう、色々アレだったということですわね!?最終的には口封じも兼ねて殺された、と!そういうことですわね!?
よくある話、どころじゃなくなってきましたわねこれ!
そこでジョヴァンはワインのグラスを空にすると、瓶から少々行儀悪く中身をダバダバ注いで、またもう一口飲み進めましたわ。
「今日の金貸しの役、俺が立候補したのはちょっと邪な動機だったのよ。……もしかしたら気づくかもな、って思ってね」
「それは……」
「まあ、向こう、全く気付いてなかったみたいだけど!……気づいたら嫌味の1つでも言ってやるつもりだったのにね。あ、ごめんねお嬢さん。騙すようなことして」
……何とも、言えませんわね。
でも、作戦上、気づかれても特に問題はありませんでしたわ。ジョヴァンがシラを切ればそれまででしたし、大体、向こうが気づこうがどうだろうが、向こうは絶対にあそこで金を借りなければならなかったのですから、結末は変わらなかったはずですもの。ですから何も問題はありませんのよ。
でも……ジョヴァンの心境を思うと、只々複雑ですわ。
「感慨深いね。俺の生家が潰れるってのは」
そう言いながら笑みを浮かべられてしまうと、本当に何とも、言い難いですわ。
「……あー、ごめんね?なんかちょっと、うん、酔い過ぎたね。みっともない」
「構いませんわよ。あなたのみっともないところを肴にワインが進みますもの」
苦笑いされつつ、私はワインを飲み進めますわ。まあ私は飲んでも飲んでも全く酔えませんけれど!
「……あなたのそこら辺の事情って、他は誰か、知ってますの?」
「ドランはバッチリ知ってるぜ。なんてったって浮浪児になってた俺と組んでエルゼマリンのクソガキ2人組になった奴だから」
ドランとジョヴァンの出会いってそこでしたのね……。どうりで悪党根性が染みついてる2人なわけですわ。
「あと、チェスタはちょっと知ってるかもね。あいつもドランに拾われてきた訳だけど……まあ、ラリって無い時は割と敏感な奴だから。俺が貴族嫌いなのも知ってるし」
そういやジョヴァンの貴族嫌いってここが根源だったんですのね。今更ですけど納得ですわ。
「……まあ、よくってよ。私にも話してくれたということは、それなりに信頼してくださっているという事なのでしょうし」
「俺はもっと前からお嬢さんのこと、信用してたぜ?ただ、カッコつけだからね。俺。言いたかなかったんだけど、なんか今日が偶々話す気分だったってだけで」
「あらそう」
やっぱり彼、飲みすぎなんじゃなくって?まあ知ったこっちゃありませんけど。
「……酔っ払いの戯言だと思って聞いてくれればいいんだけどさ」
酔っ払いがなんか言い出しましたわ。
「お嬢さんさ。ホーンボーンの屋敷、燃やす気、無い?」
「燃やす……?」
「俺の家と母さんが燃やされたから……って、ああ、うん、やっぱなんでもない」
……気持ちは分かりますわ。ジョヴァンの言っている事、分かりますわ。
私だって、フォルテシアの屋敷を燃やされて……ええ。分かりますのよ!
くだらない事ですけれど!形に囚われすぎだとも思いますけれど!
それでも!没落させられたなら没落させる!燃やされたら燃やす!そして!殺されたら殺す!それが道理ってモンですわーッ!
ということで!私!決めましたわ!
「あなたの気持ち、よく分かりましたわ!是非燃やしましょう!」
燃やしますわ!




