14話「大枚叩いて買い戻しなさいな」
ごきげんよう!ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアよ!
私は現在、いよいよ奴隷市開催に向けて動いていますわ!
その日はギルドに諸々の申請の結果を受け取りに行きましたわ。
まず、適当な貴族位の購入手続き。それから、貴族が多い土地であることを引き合いに出した奴隷の首輪をつける機関である『奴隷申請所』の誘致。奴隷商業の許可。そういったところですわね。
……そしてそれらは全て、滞りなく受理されましたわ。金を積んだので当然といえば当然ですわね。ええ。
あ、ちなみに金の出所ですけれど、適当な貴族の1人を巣に帰して金を得ましたわ。身代金というものは何時の時代も良いものですわね。おほほほほ。
……ということで、そこらへんは何とかなりましたのよ。要は、紙ペラ1枚あれば事足りるものについては、何とかなりましたの。奴隷商業の許可証が届くのにはもう少しかかりそうですけれど……それよりももっと大きな問題がありましてよ。
「所長さん、ご相談があるのだけれど」
「おや、ヴァイオリア嬢。どうなさいましたかな?」
そう。私達が抱えている、目下の問題。それは……。
「奴隷の首輪の着脱を行える技師の人材にお心当たりはおありかしら?」
紙ペラについては何とでもなりますわ。でも、技術を持った人間、となると、偽造するわけにもいきませんし、金を積めば手に入る、というものでもなくってよ。
特に私が求める人材は、『腕が良くて、かつ、少々あくどいことにも目を瞑って黙って仕事をしてくれる方』ですもの。この国の王女様に容赦なく奴隷の首輪をかけられる方が必要なのですわ!
「ふむ。それについては1つだけ、心当たりがありますぞ!」
「あら、本当ですの!?」
「ええ、ええ!確かに覚えております。2年ほど前になりますが、あちこちの奴隷申請所やその関連機関に通達がありまして……とある技師の悪評がですなあ、舞い込んできましてなあ……」
……悪評?悪評、ですの?
それって、ええと……。
「その人物が確か、エルゼマリン在住だという話を聞いたことがありますぞ!少し探してみましょう!」
……問題があって辞めた方、って……それ、大丈夫ですの?いえ、まあ、脛に傷があった方が『こちら側』に馴染みやすくっていいかもしれませんけれど……。
「ヴァイオリア嬢。こちらが例の技師ですぞ!」
早速、ギルド所長が連れてきた人材を見て、私、少し驚きましたわ。
……咥え煙草。細身のパンツスタイル。長い黒髪は無造作な一つ括り。そんな長身の『美女』。……それが私を見下ろしながら立っていましたのよ。ええ。
「サキ・アルテアだ。よろしく」
なんというか、裏世界に馴染んでおいでのお方のようですわね……。奴隷の首輪の着脱って国の認可が無ければ行えませんから、当然、この方も公務員、ということになるはずなのですけれど……。
「サキ殿は2年ほど前に失職しておいででして。現在はエルゼマリンにお住まいです」
あ、そういう……?
「そういうわけだ。傷モノってことだから扱いには気を付けておくれよ。……けれど腕は衰えちゃあいない。そこは心配しなくていい」
「それは良かったですわ。腕が良ければ文句はありませんもの。けれど、一体何があったんですの?お聞かせ頂いてもよろしくって?」
「はっ。元々王都の奴隷申請所で働いてたんだけどね。そこの所長に『俺の女になれ』って言われたのを横っ面引っ叩いて辞表叩きつけてやっただけだよ。前歯の1本は折ってやったかな。……ま、そしたら働き口が無くなったってだけ。よくある話だろ?」
ああ、そういう……。
王都勤めの公務員って、元が貴族である場合が多いんですの。特に、『所長』とか『隊長』とかの役職持ちは。
そういう連中って無能でもプライドだけは一丁前ですものね。そこの所長は自分のプライドを傷つけた女に復讐するため、働き口が無くなるように各所に働きかけた、というところかしらね……。まあ、よくある話、でしてよ。
「……所長さん?ちなみにサキ様を登用することについて、国からは?」
「『良い評判は聞かないが』と少し不思議がられましたが、『人材不足につき』で押し通しましたぞ!」
あらそう。通ったなら問題はありませんわね。ええ。
「……確認なのですけれど、サキ様?」
「何だい?」
「あなた、御住まいは裏通りですの?」
私が念入りに確認してみますと、サキ様は突然笑いだしましてよ。
「あはは。そこも心配しなくていいよ。こっちはもう裏暮らしがすっかり身についてる。多少のあくどい事だってやってやるよ。金さえもらえるならね」
「素敵ですわ!」
話が早い上に素敵なお考えをお持ちのお方でしたわ!素敵なお姉様ですわね!
「……ってことで、お嬢。私は採用してもらえるのかい?」
「採用!採用ですわ!文句なんて何一つ無くってよ!」
「やった。これで当面、おまんまの食い上げは無いってことね。あはは、今日は久しぶりに酒でも飲むかなあ」
ああ、本当にいい人材が見つかってよかったですわ!国からの許可証が出次第、早速奴隷商人業を始めますわよ!
「奴隷オークションは盛大にやりたいですわね。となると会場が必要ですわ。かといって今から建てるなんて馬鹿馬鹿しいですから、既存の物件を使って……」
「なら船はどうだ?豪華客船の1つや2つ、エルゼマリンなのだからあるだろう?その方が足が付かなくていい」
「流石お兄様ですわ!では早速、豪華客船を1隻買い上げましょう。……あ、もしかしてフルーティエの奴があったりするかしら?」
「確認してみよう。確かそれなりに大きな船があったはずだ」
素敵ですわ!着々と準備が進んでまいりましてよ!
……豪華客船を奴隷オークション会場にする、というのは中々いい考えですわね。何と言っても、移動できますからどこにでも逃げ放題。更に、オークションの最中は沖にでも出ておけば、客や商品に逃げられる心配も無くってよ!
「スタッフはどうしましょう?私達が販売側に回るのは愚かですわよねえ……?」
「できるだけ関係なさそうな奴を仕入れてきた方がいいだろうね。ギルドを通じてそういう奴、探す?」
「適度に教養があって、こちらの事情をよく知らないなりに全く知らないわけではなくて、言うことを聞いて、貴族の事情をよく知っている人材……あっ、ではフルーティエの護衛2人!あれを使いましょう!それがいいですわ!適当に奴隷の首輪をかければ言うこと聞きますもの!」
「ならいっそ、船に乗せるのは全員奴隷、ってことにしておく?そうすれば絶対に足は付かないし言うことも聞かせられるし」
「そうですわね。船の運転ができる奴隷を探さなくてはなりませんわ!」
人材の確保は目下の課題ですけれど、まあ、それも何とかなりそうですわね!奴隷を自由に使えるようになったということが大きいですわ!
……そうしている間に奴隷商業の許可証も無事に届いて、エルゼマリンの片隅、貴族街だった街並みの1つに、小さな奴隷商店が開店しましたの。
そこは清く正しい奴隷商店ですわ。普通の奴隷を仕入れてきて売るだけでしてよ。まあ、要はカモフラージュ、という奴ですわね。今はただ転売したり、時々エルゼマリンで奴隷にした奴を混ぜて売ったりする程度ですけれど、いずれはここも規模を大きくしていくつもりですわ。
小さいながらも奴隷商店を開いていれば、『そういう』方々が大勢いらっしゃるようになりますわ。
そこで私は、彼らに『そっくり人間オークション』のお知らせを配りますのよ。ちなみにこのチラシは王都他、主要都市の奴隷商店のあちこちに置いてもらっていますので、ここから足がつく恐れは無くってよ。
……そう。『そっくり人間オークション』ですわ。
色々な方々に『そっくり』な奴隷を売る、大規模なオークションですの。国の許可も得た、立派な商売ですのよ。国の許可の下、本物の王女を売るなんて楽しくって仕方がありませんわねえ。おほほほほ。
『本人です!』と銘打って売るわけにはいきませんから、貴族共は全員『貴族のそっくりさん』として販売することにしましたのよ。
それに伴って、奴隷の首輪をつける時にはしっかり『自分の素性と私達のこと、奴隷オークションで購入されるまでのことについて一切を語れない』という永久制約をこっそりつけた上で奴隷にしていますわ。買われていった先で『自分は本物です!』なんて騒がれても厄介ですもの。彼らはあくまでも『限りなく本人にそっくりなだけの奴隷』ですのよ。まあ、そこは割り切ってお楽しみいただくしかありませんわね。
そうして王国祭から1か月半。
そろそろ冬の気配が近づいてきた今日この頃、寒風を存分に帆に受けて、『奴隷オークション号』は出帆しましたの。
勿論、エルゼマリンを出る時は夜中、人目につかないように、ですわ。
そしてこの奴隷オークション号、ここから北上していって、エルゼマリンから離れた港に入港しますの。そこでお客様を乗せたら沖へ出て、そこでいよいよ、オークション開催、というわけですわ。
……ちなみに私達は最初から乗船していますけれど、あくまでも客の1人として乗船しておりますわ。一応、様子を見るために、ね。まるきりの手放しというのも怖いですもの。
船が安定して走るようになったところで、私は船室の1つへと向かいましたわ。
そこは元々は倉庫や何やらだったのですけれど、現在は改造が終わって、牢屋が並ぶ物々しい景観となっておりますわね。
その牢の1つに、ちょっとお話ししたい相手がいますの。
「スコーラ姫『のそっくりさん』。ご機嫌いかが?」
牢の中、途方に暮れていたらしいスコーラ王女は、今日も淡雪のような美貌ですわ。
クリーム色に近い薄い金髪はふわふわとした巻き毛で、腰まで長く伸びて揺れていますわ。白磁のような肌はまるで雪のよう。そして少々あどけない顔立ちの中、これまた淡いブルーの瞳がなんとも儚げですわね。
……ええ。スコーラ王女をはじめとして、王家の連中というのは美形揃いですわ。
そりゃあそうですわよ。代々の王があちこちから美人を妾として攫ってきては繁殖を繰り返しているんですもの。美形の血が濃くなって美形ばっかり生まれてくるようになるに決まってますわね。
「お元気そうで何よりですわ。もうじきあなたもこの牢から出られますから、それまでの辛抱だと思って頂戴な」
「あう……」
スコーラ王女は恨みがまし気に私を見上げるばかりで一言も言葉を発しませんわね。まあ、色々制約を設けてありますもの。『自分の素性と私達のこと、奴隷オークションで購入されるまでのことについて一切を語れない』の永久制約以外にも、スコーラ王女には『人間の言葉を喋れない』という制約を設けてありますわ。こちらは永久制約ではありませんから、奴隷の所有者が正規の方法で代わった時に変更できますけれどね。
「ではごきげんよう。いい値段で買われることを祈っておりますわ」
「あうぅ!あっ、あんー!」
スコーラ王女の抗議らしい鳴き声を背後に聞きつつ、私は次の牢を見ることにしますわ。
一通り牢を見て回って、最後の牢はフルーティエ家の長男ですわ。
思えば、こいつを高く売り捌くために今までの苦労があったのですわね……。しみじみしますわ。でもそれも明日で終わりですわよ。
「き、貴様!覚えておけ!こんな目に遭わせて……絶対に許さないからな!」
「ええ、結構でしてよ。私だってあなたを許すつもりはありませんもの」
フォルテシアの屋敷を燃やし、銃の情報を盗み、私を玉座の間で晒し者にしてくれた罪。……決して許しませんわよ。
「あなたを買うのは誰かしら。フルーティエ家はもう没落しましたから、あなたの親類があなたを救うために買うということはないでしょうし……」
「ま、待て!没落!?何のことだ!フルーティエが没落だと!?」
あ、そういえばこいつ、知らなかったんですのね。ずっと空間鞄の中に居ましたものね。無理もないですわ。
「ええ。没落しましたわ。フルーティエ家当主は馬車が炎上して怪死。残されたのは借金ばかり。当然、没落しますわよねえ」
フォルテシアですら没落したんですもの。フルーティエだって没落しますわよ。当然ですわ!
「……ということで、楽しみにしておきますわ。あなたが一体誰に買われて、何を喚きながらステージを降りることになるのか。……今から考えておけばよろしくってよ」
フルーティエの長男はそれはそれはもう見事に絶望していましたけれど、それも余興の1つということですわね。
さて、彼らは一体いくらで売れるかしら……。
エルゼマリンから北に向かって1日。着岸したのは港町メアリランス。
『奴隷オークション号』改め『ブラッディクイーン号』はその優美な姿を夜闇に浮かび上がらせて控えめに誇示しつつ、明らかに金を持っていそうな連中を乗船させていくことになりましたわ。
……当然のように、乗船料を取りますわ。当然ですわね。ええ。とれるもんはとりますわ。
それに、乗船料を設けておくだけで、冷やかしの貧乏人の乗船を防ぐことができますのよ。ここに来るのは明確に高級奴隷を求める金持ちばかり、というわけですわね。
入場と同時に仮面の着用を義務付けますわ。これで私達も紛れやすくなる、というわけですわね。ええ。
乗船時刻を少し過ぎてやっと入場が終わりましたわ。結構な盛況のようですわね。
入場が終わったら、さっさと船のタラップを外して出航ですわ!
……あ、ちなみにこの船、表向きは単なる遊覧船ですの。1日かけて沖合をのんびり航行して、またメアリランスへ戻る、というだけにしてありますのよ。ええ。表向きは。
船が動き出してしばらくは大広間で軽食とお酒を出しつつ、貴族達がのんびりお話ししているのを聞くばかりとなりますわ。
でも、船がいよいよ沖に出ると……水の魔法で航行を安定させた船の、およそ船の中とは思えない程の快適な空間の中、薄暗い広間の正面が、急に眩しく照らされますの。
……そして、そこに現れたのは仮面と礼服でバッチリ身分を隠した奴隷ですのよ。
「皆々様、大変お待たせしました。それではこれよりオークションを開催いたします」
それからはもうどんどん、オークションが進んでいきますわ。
最初に出てきた貴族の令嬢からして、もう会場は大盛り上がりですのよ。
何と言っても貴族の令嬢ですもの。美しさを磨くことに心血注いだ連中は、そんじょそこらの女奴隷なんか目じゃない美しさを誇りますのよ?高級奴隷としてうってつけですわね!
……まあ、多少、気性がアレですけれど。でもまあ、そういうのを圧し折ってやるのがお好きな殿方も大勢いらっしゃるでしょうし問題ありませんわね!
時々、客からは歓声とは違うどよめきが漏れ聞こえますわね。それはつまり、『よく似ている』ということについて、ですわ。
下級貴族の連中なんて、一々顔を覚えているもんでもありませんけれど、少しばかり名の知れた中級貴族の若い男を出した時には何とも言えない空気が漂いましたわ。
まあ、その男に恨みだか執着だかがあったらしいご婦人の鬼気迫る勢いの入札によって問題なく競り落とされていましたけれど。
ちなみに、私も戯れに入札してみたりヤジを飛ばしてみたりと気ままにやっておりますわ。おほほほほほ。
……そして遂に、出ましたわ。本日のメインの1つ!
「さあさあ、いよいよ終わりも近づいてまいりましたが……お次はこちら!『ソフラ・コーロ・フルーティエ』のそっくりさんです!」
会場から上がるどよめきは、果たしてどういう意味合いのものでしょうねえ。
「初めは黄金貨8枚から!」
司会の合図と共に、次々と入札の声が上がりますわね。フルーティエの野郎の需要に驚きですわ。
……まあ、それなりに頭が良さそうで身目のいい奴隷って貴重といえば貴重ですわねえ。
あれよあれよという間に値はつり上がって、そして遂に。
「青金貨9枚!これ以上は居ませんか!?……では20番の方、落札です!」
フルーティエの野郎は買われていきましたわ。青金貨9枚……まあ、ぼちぼちのお値段でしてよ。お小遣いとしては申し分ありませんわね。
この先はいよいよ本日のメインですから、その前に一旦、休憩が入りますわ。
その間にちょっと裏手に近い方へ行ってみれば、奥で暴れているらしいフルーティエの野郎の様子が窺えますわね。
「離せ!何をする!」
「はいはい、黙ってくださいね。奴隷の分際で生意気ですよ。……20番様、こちらはどうしましょう?何かご希望の制約などがあれば今お付けしますが。ああ、自殺の禁止や他者を害する行為の禁止といった基本はもう入れてありますよ」
「そうですねえ……まあ、当面はこのままでいいですよ。この生意気な顔がどうなるのかが見物ですから。……いえね、こいつ、私を苦しめてくれた奴にとてもよく似ていましてね。これは楽しめそうだなあ」
……。
フルーティエの野郎はいいご主人様を手に入れたみたいですわね!良かったですわ!
休憩を挟んで、いよいよ本日のメイン1つ目ですわ。
「さあ!この顔に見覚えはありませんか?本日のメインの1つ、『フォーン・タート・ホーンボーン』にそっくりの奴隷です!」
会場はざわめきを通り越して歓声や奇声が上がっていますわね。よい事ですわ。
……そして、その観客の中に。
「な……フォーン……!?」
居ましたわ。やーっぱりいましたわ!
ホーンボーン家の現当主!愛人を何人囲ってるんだか分からない女好きの上級貴族!
フォーン・タート・ホーンボーンの父である彼が、案の定会場に居ましてよ!
「それでは開始は青金貨2枚からです!」
さあ……彼は一体、幾らまで出せるのかしらね?
精々大枚叩いて大事な息子を買い戻せば良くってよ!




