12話「悲しい事故でしたわね!」
ごきげんようどころじゃないですわ。ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアよ。
今、私の後方では、轟々と炎を上げながら、仮面舞踏会の会場だったものが崩れていくところですの……。
……逃げきれてよかったですわ!
「うっわ……あれ、どうなってんの?」
「お兄様は、『火薬を仕込んだ』とは仰っておいででしたけれど」
「あれ『仕込んだ』って量?とんでもないことになってるけど」
ですのよねえ……。大規模ですわ。本当に大規模。
人々の悲鳴もあちこちから聞こえてきますけれど、恐らく、あの会場に居た中級下級の貴族達のほとんどはもう、悲鳴を上げることもできない状態になっているのではないかしら?
……エルゼマリンの時といい、今回といい、この国の貴族はごっそり消えていきますわねえ。まあ、元々下級貴族なんて、貴族の内に入らないようなものですけれど。
「こりゃ、騒ぎになる。さっさと逃げようぜ」
「ええ。どうせ逃げた先で合流できますわね」
私達は頷き合うと、空間鞄からさっさとフード付きのマントを取り出して羽織りましたわ。舞踏会帰りの恰好で町に下りると目立ちますもの。
逃げた先は、王都郊外の倉庫街ですわ。お祭りの日というだけあって、人はほとんどいませんわ。
……特に、燃え落ちたフルーティエ家の倉庫跡地なんか、まるっきり人が居なくてよ。
「すまん。待たせたか」
「いえ、お気になさら……ヒェッ」
そこへやってきたドランとキーブとチェスタは……なんかとんでもない恰好になってましたわ!
「どうしたんですの!?こんなに煤けて!」
「あんなに爆発するなんて思わないだろ!?これでも相当、距離とったつもりだったけど!?」
「お前の兄が仕組んだことだと聞いていなかったら命も危なかったかもしれない」
「俺、未だに事情が分からねえんだけど……?」
ああ……ま、まあ、命があるのだからよかったですわ。ええ。
「あーくそ!ほんとこの服邪魔!もう脱ぐから!」
「こんなところで!?ちゃんと人目のないところでお着換えなさい!女の子でしょう!はしたなくってよ!」
「男だよ!」
キーブが男の子に戻ってしまいましたわ。煤けたドレスを引き裂くように脱ぎ捨てて、なんとも勇ましいお着換えですわね……。ぐすん。
「……キーブが着替え終わったらさっさと出るか。王都に居残らない方がいいだろう」
「あ、それなのですけれど、もう少し待っていただけますこと?」
「何かあるのか」
帰還を促すドランを留めて、私は少し遠くへ目をやり……そこで、見つけましたわ!
「お兄様!こちらでしてよ!」
こちらへ駆けてくるお兄様の姿を!
「ご紹介しますわね。こちら、私のお兄様。コントラウス・ジーニ・フォルテシアですわ」
「コントラウスだ。ヴァイオリアが世話になったそうだな。感謝するぞ」
はい。お兄様ですわ。
コントラウス・ジーニ・フォルテシア。私の兄にして、フォルテシア家の長子。私からすると5歳年上の22歳ですわね。頭も良くて、お強くて、私の敬愛する兄ですのよ!
「……ドラン・パルクだ。聞いているだろうが、ヴァイオリアと組んでエルゼマリンで動いている」
「ああ、妹が世話になっている。よろしく」
早速、ドランが手を差し出せばお兄様はその手を取って握手、ですわね。
そしてそこでお兄様、ふと、ドランの顔を見て思い出したらしいんですの。
「……おや、君。もしかして、エルゼマリンの港で会わなかったか?」
「会った。あの時は助けられたことになるか。礼を言う」
「何、気にするな。君を助けることになったのは結果に過ぎない。……もし君があそこに居続けたなら、私は君も殺していただろうな。1人取り逃がしたと思っていたが。まあ、取り逃がして正解だったということだな。はっはっは」
ドランが何とも言えない顔をしていますけれど、まあ結果がよかったのですから考えないでもらうことにしましょう。
「ジョヴァン・バストーリン。どうも。お噂はかねがね」
次にジョヴァンも同じようにお兄様と握手して……そこで何とも不思議そうな顔でお兄様を見つめますわね。
「……ええと?あなたがお嬢さんのお兄ちゃん?港で高笑いしながら鉄パイプ振り回してフルーティエの連中を撲殺して回ってたっていう?……失礼だけど、とてもそうは見えないね」
「そうか?なら私も貴族らしい振る舞いが身についたということか」
ジョヴァンの言葉に、お兄様は少し嬉しそうに頷きましたわ。
……お兄様が貴族になられたのは12歳の時でしたわ。それまでお兄様は、少々裕福ながらも危うい経済状況のフォルテシア家で育つ傍ら、公共図書館や忍び込んだ先の学院などで学を修められ……ついでに暇潰しがてら、裏通りでカツアゲとスリにいそしんでおられましたのよ。おほほほほ。
ええ。ですから、『とてもそうは見えない』お兄様ですけれど……中身は12歳の時のものをそのまま育てたようなかんじでらっしゃいますのよ。ええと、つまり、高笑いしながら鉄パイプぶん回して撲殺、という……。
「……ま、お嬢さんも見た目と中身、だいぶ違うものね。お兄ちゃんもその類ってわけ」
「似たもの兄妹とよく言われていましたわ」
ついでに仲良し兄妹としても評判でしたのよ、私達。おほほほほ。
「チェスタ・トラペッタだ。よろしく。……へえ、あんたら、見た目も似てるよなぁ。兄さんの方も目、赤いじゃん」
「あ、お兄様。こちらのチェスタ・トラペッタは薬中ですわ。どうぞよろしく」
握手もそこそこにお兄様の目をじろじろ覗き込んだチェスタに、お兄様は動じることもなく笑って済ませましたわね。
「薬中、か。……まさかとは思うが、ヴァイオリアに手を出してはいないだろうな?」
「出してたら俺、死んでるんじゃねえかな……」
「はっはっは、確かに。違いないな」
チェスタは寒気を覚えたような顔をしつつ……ふと、思い出したようですわね。
「あ。でもヴァイオリアの血は飲んだぜ」
「何ッ!?それは一体どういうことだ!?何故生きている!?」
「100万倍希釈だったからですわねえ……」
……ということで、お兄様にはざっと、『ミスティックルビー』のことを話しましたわ。100万倍まで希釈しないと死ぬ、というくだりでお兄様は笑っておいででしたわ。笑い事じゃなくってよ!
「……キーブ・オルド。よろしく。ヴァイオリアに拾われた」
「拾いましたわ!ねえお兄様!ご覧になって!このサラサラの黒髪!瑠璃色のお目目!最高に可愛いでしょう!?」
最後はキーブですわ!ここはしっかりお兄様にキーブの可愛さを見せつけますわ!
……と思ったら、キーブはさっきまでの女装のせいでやさぐれてしまっているようですの!なんか目が据わってますし!可愛くない!可愛くないですわ!もっと可愛い顔して頂戴な!
「妹が失礼なことをしていないだろうか」
「してる」
「そうか。すまないな。これからも世話をかけるぞ」
「いや止めてよ!『これからも』じゃねえよっ!」
流石お兄様ですわ。分かってらっしゃいますわ。ええ。『これからも』ですのよ。おほほほほほ。
「仕方あるまい。君は確かに美しい。妹が惹かれる気持ちも分かるからな」
「惹かれ、って……」
「妹は常々『妹か女の子の友達が欲しいですわ』と言っていた」
「僕は女じゃないって何回言ったらいいんだよ!」
何回言おうが無駄でしてよ!おほほほほほ!
「……さて、妹ついでに、1つ頼みがある」
キーブが不貞腐れて大人しくなった頃、お兄様はこう切り出しましたの。
「いや、何。少しの間で構わないんだが、君達の所に匿っては貰えないか?」
「匿う、か。……何に追われている?」
「色々と、だな。いや、隠すつもりはないとも。だが、あまりにも色々なものだからな、一々言うのも面倒、といったところだ。筆頭は王家。他にも幾つかの貴族の私設兵団や冒険者からも追われている。それから、ごく個人的な理由でゴロツキ連中にも」
あ、ここでの『ごく個人的な理由』は、大体の場合、お兄様の昔のおイタ……つまり、スリやカツアゲの被害者、ステゴロでボコされた相手、恋人がお兄様に惚れてしまった故の逆恨み……などなどでしてよ。
「逃げ切ろうと思えば難しくもないが、そこまで大ごとでもない。多少、姿をくらませられればいい。それに今はできるだけ国内に居たい。情勢が分からなくなることは避けたいんだ。それに、妹がやろうとしていることにも興味がある。もし可能であれば是非、私にも一枚噛ませてもらいたいと思ってな。どうだろうか」
「そういうことですの。どうかしら?」
お兄様が居て下さると心強いですわよ。それに……お兄様が、私がしていることに興味津々なのと同じように、私達もお兄様が何をしていたのか、興味津々でしてよ。
「俺は構わない。他は」
「お嬢さんのお兄ちゃんだってんなら、反対する理由は……まあ、あるけど。けど、ドランがいいって言うなら俺が反対する理由にはならないね」
「俺も別にいいぜ。キーブは?」
「……こいつが居ると厄介ごとが増える気がするんだけど」
あら、勘が鋭いですわね。
お兄様が近くに居ると確かに厄介ごとは倍になりますわ。楽しさは4倍ぐらいになりますけれど。
「……けどいいよ、もう。僕が反対しても他は賛成してるわけだし。ガキじゃあるまいし、割り切るよ」
さて。なら決まりですわね!
「ふむ。話は決まったようだな。ならばしばらく私も妹共々世話になるとしよう」
「来るからには働かせるからな?」
「はっはっは。好きに使ってくれたまえ。厄介になる以上は期待以上の働きをしてみせようではないか!はっはっは!」
……ということで無事、お兄様もエルゼマリンのアジトに住むことになりましたわ!
嬉しいですわ!嬉しいですわー!
エルゼマリンに戻って数日。
ギルドには早くも、王都での情報が入ってきますわ。
「結局王国祭は中止だってさ。ま、仮面舞踏会の会場……あそこ王立のダンスホールでしょ?あんなん爆破されたら、王様だってひっこめざるを得ないわな」
ええ。何とも愉快なことに、王国祭は中止となったようですの!
ダンスホールをぶっ飛ばしただけで王国祭までぶっ飛ぶとは思っていませんでしたわ!嬉しい計算違いでしたわね!
「貴族の死傷者多数、行方不明者も多数。特に、第6王女スコーラ姫の行方が分かっていないために王城は大混乱、か。まあ、だろうな」
……今回の『悲しい事故』によって、多くの貴族達は嘆き悲しんでいますわ。
特に、王城では第6王女が行方不明……まあ、要は、遺体も見つからないくらいの非業の死、という事実に、嘆き悲しむばかりで全く身動きがとれていないようですの。
そのスコーラ王女ですけれど、今、私の鞄の中に入ってますわ。餌は入れてますから死んではいないはずでしてよ。ええ。
さて。王都がいよいよ不安の波に飲み込まれる中、私達は着々と事を進めていきましょうね!
「とりあえずさっさと奴隷市を開催したいですわね!」




