11話「全部吹っ飛びましたわ」
ゴキゲンですわ!ヴァイオリアですわ!
今、私の目の前にはお兄様が!お兄様がいらっしゃいましてよ!
「夢……ですの?」
「夢?おかしなことを言うじゃないか、ヴァイオリア」
お兄様はそう言って笑って、それからふと、周囲に視線をやりましたわ。
……ほんの少しばかり、視線を集めてしまったかしら?
「ふむ。……折角だ、ヴァイオリア。1曲踊ろうではないか」
早速、お兄様はそう言って私の手を取ると、さっと人の少ない方へと引っ張っていきましたわ。要は、踊るフリして自然にその場を離れる、という常套手段ですわ。
……とも思ったのですけれど、次に始まった曲が少し短めの曲でしたから、折角ですもの、そのまま1曲踊ることにしましたわ。
踊っている最中の連中というものは互いにパートナーの顔しか見えていないことが多いですから、身を隠すにはもってこいなんですのよねえ。
「アレンジは無しね?」
「勿論。我々が本気を出して踊ったらこのダンスホール中の視線を集めてしまうだろうからな」
また向こうの方でドランとキーブが大道芸さながらのダンスを繰り広げている気配を感じつつ、私達はいたって普通に踊りますわよ。
踊り出してしまえば、適当にステップを踏みながら移動もできますし、踊りながら話すこともできますわ。
「お兄様、どうしてここへ?今まで何をなさっていたの?」
「それを説明するにはいささか時間が足りんのだがな。まあ、あちこち動き回っていた、としか言いようがないな」
あちこち、ですのね?……その1つがエルゼマリンの港、ということなんでしょうけれど。
「……簡単に言ってしまえば、私は今、革命軍の人員を集めているところなのだ」
……なんだかロマンのあるお話ですわね?
「フォルテシアの屋敷に火が放たれたことは知っているな?」
「ええ。私、そこへ帰省しましたの」
あの時は……本当に、どうしたらいいのかまるで分かりませんでしたわ。『途方に暮れる』という言葉の意味を初めて理解したような気がしますわ。
「あの時、私と父上、母上は即座に屋敷を脱出した。火にまかれて死んだ、と思わせるために、いい加減火が回り切ってから屋敷の……ほら、暖炉の奥の隠し通路だ。アレを使って外に出たのだ」
ああ、やっぱりアレですのね。まあそんなことだろうとは思いましたわ。
「だが、その後、我々は死んだものと思わせておく必要があった。父上と母上は既に国外へ出ておいでだ。そして私は人知れず、この国を根本から覆すための準備を整えていた。……そのせいでお前を1人にしてしまった。すまなかったな」
「いいえ!とんでもない!こうしてまたお会いできただけで十分ですわ」
どうせ元々死んだなんて思っちゃあいませんでしたわ!屋敷が燃えた程度で死ぬようじゃあフォルテシア名乗ってませんわよ!
「ねえ、お兄様。私も今、色々とやっているんですのよ?」
「ああ、知っている。お前が処刑台に上がった時、私も見ていたぞ」
あら、見られていたんですの!?……ちょっぴり恥ずかしいですわ!
「それから、エルゼマリンの貴族大量殺害もお前だな?」
「ええ。そうですわ!それから、フルーティエの没落騒ぎも!……そうだわ、お兄様!是非、エルゼマリンへおいでになって!あそこ今、私の町ですの!」
「流石は我が妹。私はお前を誇りに思うぞ、ヴァイオリア」
ああ、嬉しいですわ!お褒めの言葉まで頂けるなんて!今日までコソコソ復讐生活していた甲斐がありましたわね!
「……それでね?お兄様」
「どうした?」
そろそろ曲も終盤、というところで、私、お兄様に伝えなければならないことを伝えますわよ。
「この会場、私達の撤退と共に消し飛びますの」
「奇遇だな!私も既に会場に火薬を仕掛けてある!」
……はい。
ということで、私、可能な限りの速さと不審にならない所作を両立させながら、会場を回っておりますのよ。
なんでこんなに急ぐ羽目になったかって!?それは当然、お兄様が『奇遇だな!』とか言い出すからですわ!
何でもお兄様のお話では!既にこの会場に火薬が仕掛けてあって!あとはお兄様の合図でボーンらしいんですのよ!
本当に用意周到なお兄様だわ!ちょいと火魔法で火ィ点けつつ筋肉狼に柱の数本でもぶっ壊させりゃあいいかと思っていた私とは大違いですわ!
「あ、お嬢さん!どこ行ってたの!」
「ちょっと踊ってましたわ!」
そして丁度良く、ジョヴァンが戻ってきていたみたいですわね!
「踊ってた?誰と?俺というものがありながら?」
「お兄様ですわ!」
冗談半分にじっとりした目を向けてきたジョヴァンに勿体ぶることもせず教えてやりましたわ!途端にジョヴァンの顔から冗談も笑顔も消えてただただびっくり顔になりましてよ!
「……お兄様?え?あの、笑いながら港で鉄パイプぶん回してたっていう?」
「そうですわ!そしてそのお兄様が!この会場を爆破するおつもりですのよ!あと30分で!」
「ちょっと待って。全然分かんない」
お兄様は『30分後に合図を出す。それまでに用事を終わらせて脱出しておけ』と仰いましたの!なんでも、お兄様の方はそこらが粘れるギリギリなんだそうですのよ!だったら私がそちらのお邪魔をするわけにはいきませんわ!キッカリ30分以内でカタつけてさっさと脱出しますわ!
「とにかく!私達もさっさと撤退ですわーッ!時間がありませんの!さっさと攫うモン攫って脱出しますわよ!」
もう説明の時間すら惜しいですわ!私、もう行きますわ!
狙うはスコーラ王女!フォーン・タート・ホーンボーンの婚約者にして!恰好の餌!ですわ!
後は野となれ山となれ、ついでに爆発して塵となれ、となってしまえば、なりふり構わず効率重視の人攫いを実行しますわよ!
スコーラ王女が取り巻きの貴族娘達と一緒に壁の近くに居る時を見計らって、ジョヴァンがウェイターにちょいとぶつかって盆の上からグラスを落とさせましたわ。
落ちたグラスは王女の取り巻き娘の1人のドレスへ。当然、飲み物が掛かって汚れますわね。
金切声を上げてドレスが汚れたことに憤慨する取り巻き娘と、それをさらに取り巻いて騒ぐご令嬢達。そんな中、スコーラ王女はおろおろしつつ、壁際で1人ぽつん、ですわ。
当然、周りの目は全部、金切声で騒ぎ立てる取り巻き連中にいっちゃってますもの。王女を鞄にサッと詰めるくらい、訳なくってよ!
王女を鞄に詰めたら、何事も無かったかのようにその場を去りますわ。スリのテクニックが役に立ちましたわね。あ、ちなみにこのスリのテクニック、お兄様に教えて頂きましたのよ。小さい頃にね。おほほほほ。
王女を鞄に入れましたけれど、まさか人間が鞄に入るなんて思っていない皆々様からすれば、王女がいきなり消えた、と思わざるを得ないわけですわね。
当然、離れたところに王女の護衛が居ましたけれど、突如として消えた王女に驚き、そしてすぐ王女の姿を探し始め……とやり始める間、私は完全にほっとかれましたので、さっさとその場を離れることができましてよ。
「お待たせしましたわ。目的の奴は捕まえましたわ」
「ん。お疲れ様。ま、かくいう俺もちょいちょいヤってるから、ま、後で鞄、確認しましょ」
あらぁ、こいつも中々やりますのねえ。……多分、ジョヴァンと話すことになったホーンボーンの分家の2人と、もしかするとフォーン・タート・ホーンボーンも今頃鞄の中、ですわねえ……。
「他に攫っておきたい奴、居る?」
「うーん……あ、あそこにカモが」
もののついでに、丁度攫いやすそうな位置に居た貴族をさっと鞄の中に入れましてよ。
「あ、そちらにも」
更に、壁際に居たカップルも鞄の中に入れましてよ。
「もしかしてバルコニーが狙いどころかしら?」
案の定、人目を忍んでバルコニーで一夜限りの愛を語り合う仮面のカップルがわんさかいましたので、適当につまみ食いするぐらいの気持ちでいくつか鞄に入れましてよ。
「……お嬢さん、結構やるねえ」
「どうせここ、爆破されますもの。ここに居た人間は全員消息不明になりますから攫い放題ですのよ」
死ぬんだったら売られて頂いた方がいいものね。勿体ないですから手あたり次第、バレない程度に鞄に人間を詰めていきますわよ!
……ということで、結構時間を使ってしまいましたわ。あと10分も無くってよ。
「うーん……結局、居ませんでしたわねえ」
でも、もう1つの目的が果たせませんでしたの。まあ、仕方ありませんけれど。
「何が?」
「クラリノ家の連中が居れば攫いたかったのですけれど、どうやら今日は来ていないようですのよ」
「あー、分家のお坊ちゃんの失踪騒ぎのとこ?なんか忙しそうだものね」
そうなんですの。ここでホーンボーンとクラリノ、一気に両方奴隷落ち、なんてなったら最高に楽しかったのですけれど……ま、流石にそうは簡単にいきませんわね。
元々クラリノ家の連中はお高くお堅く止まった連中ですもの。こういう俗っぽいところにはあまり来てくれませんのよねえ……。
ここに居るのは中級下級の貴族達が多いようですわね。今回に関して言えば、むしろ、ホーンボーンの跡継ぎがこんな所に来ている方がおかしいのですわね。
ということで、もう撤退を考えますわ。時間もありませんもの。ギリギリでしてよ。
「ま、いいですわ。狙うべきものは捕まえましたもの。あとは……一度ドラン達にも撤退の合図をしたいところですわねえ」
「そーね。……つっても、あいつらに近づくとなると、部屋のど真ん中だけど」
……恐ろしいことに。
あいつらの体力、無尽蔵らしいんですのよ。
まだ踊りまくってますわ、2人とも。それも、観客の視線を引っ張り続けるという使命を果たすべく、例のド派手な立ち回りで。
2人とも、途中では他のご令嬢や紳士の皆様方からも引っ張りだこだったのですけれど、2人とも普通のダンスはてんで駄目なものですから、当然行きつく先はまた元通り、2人の大道芸、なのですわ……。
「あれにノコノコ近づいていったら目立っちゃうんじゃない?」
「ですわね。なら、合図は諦めて……」
諦めて、爆発が起きた瞬間に対処してもらうことにしましょう、と。そう言うつもりだったのですけれど。
「いや。自然に近づく方法があるでしょうがお嬢さん。何のために俺が居ると思ってるの」
ジョヴァンったら、妙にニヤニヤ嬉しそうなんですのよねえ……。
「ホントはお兄ちゃんより先にお誘いしたかったんですがね。……1曲お相手願えますか?お嬢さん」
……。
まあ、よくってよ。
踊り始めてすぐ、不思議な感じがしましたわ。
ジョヴァンの動きが、踊り慣れていない庶民のものとは思えませんでしたの。
少し古典的なステップでしたけれど、アレンジを入れれば捌き返してくれますし、なんというか……こう、相手にとって不足なし、という奴ですわ。ええ。不思議なかんじですけれど。
「あなた、ダンスの経験が?」
「ま、ちょっとね。……はい、お嬢さん。もうちょいあっちね」
踊りつつ、私達は無事、ドランとキーブに近づくことに成功しましたわ。2人とも、私達が近づくのを見てからは大人しめの動きにしてくれていましたから(それでもキーブは宙を舞っていましたけれど)、近づくことも簡単でしたの。
「撤退しますわ。会場はお兄様が爆発炎上させますから、余裕をもって撤退して頂戴」
「兄?……まあいい。分かった」
詳細を説明できるほどの時間も余裕もありませんから、あとはまた自然に踊りつつ離れて……曲が終わった瞬間、さっさと退散、ですのよ!
お兄様への合図は、ごく簡単なものにしましたわ。
それは『シャンデリアの破壊』。シャンデリアが割れ砕けたら、それは私達が撤退した合図、という訳ですの。
ドランとキーブも離れたところでさりげなくバルコニーへ向かっていますわね。『ちょっと暑くなってきたから涼もうか』とでも言いたげな様子ですけれど、この後の2人はどうせ直後にバルコニーから飛び降りて、外で待機してるチェスタ拾ってそのまま大脱走ですのよ。ええ。
「もうよろしくって?時間がありませんわ」
「いつでもやっちゃって」
ジョヴァンの了承も出たところで、私はそっと、風の魔法でシャンデリアを煽りましたわ。
私が使える程度の魔法ですから、吹くのは弱い風ですけれど、それをリズミカルに、何度も何度も繰り返しますの。
……すると、シャンデリアの揺れは次第に大きくなって、貴族達も何人か、異変に気付き始めましたわね。
でももう遅くってよ。
シャンデリアを支える細い金属の支柱が、遂に耐えきれなくなってぽきり、といきましたわ。
……そうすれば当然、シャンデリアは落下して……けたたましい音と共に、床の上に飛び散りましたの。
下敷きになったノロマも居たかもしれませんけれどそれを確認している余裕は無くってよ!
「行きますわよ!」
「え、そんなに慌てる?」
もう、全速力でこの場を後にしますわ!ジョヴァンが戸惑い気味ですけれど、戸惑ってる余裕なんて無くってよ!
ダンスホールをさっさと出て、何事かと不審がる受付を通り抜けて、遠くへ、遠くへと走り続けて……。
……そして、いきなり。
背後から襲い掛かってきた熱風と衝撃、そして爆発音。
それに倒されながら、私……やっと振り返って、仮面舞踏会の会場を……いえ、仮面舞踏会の会場『だった』ものを、見ましたの。
……流石、お兄様ですわ!やっぱりやることの規模が違いますのね!




