10話「やっとお会いできましたわ!」
ごきげんよう!ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアよ!いい加減名乗りが鬱陶しいとか言うもんじゃなくってよ。ご挨拶は基本ですわ。裏通りでも農村でも王城でも……ダンスホールでも、ね。
まあ私、ダンスホールでご挨拶したらあっという間にお縄ですからしませんけど。おほほほほ。
そう。私達は今、仮面舞踏会の会場へやってきましたの。
……案の定、ザルですわ。ザルでしたわ。下級貴族位の勲章を見せただけで受付はアッサリ通れましてよ。
ドランとキーブの組とは少し離れて受付を通って、早速会場の中へと足を踏み入れますわ。
入った先は、敢えて少々明るさを落としてある会場。シャンデリアの光が煌びやかに煌めいて床に落ちて、それが人々の影をいくつも生んで、なんとも幻想的な光景ですわね。
「……さて。じゃあ参りましょうかお嬢さん。俺なんかで悪いけど、エスコートされてくれる?」
「ええ。よくってよ」
私は早速、ジョヴァンと一緒にダンスホールを進んでいきますわ。
少し遅れて入りましたから、会場の中は既に歓談と舞踏でいっぱいですわね。
楽し気にしている貴族連中の笑い声や話し声が交ざり合って、少しうるさいくらいですわ。
「隠れるには丁度いいですわね」
「ね。貴族連中も随分と暢気なもんだ」
危機感が無いというか何というか。少なくともここに居る貴族連中はしっかりこの舞踏会を楽しんでいるようですし、そこには社会情勢や王家への不満のようなものは見られなくってよ。
……大体、隣国であるウィンドリィ王国が魔物に襲われて大変なことになっているというのに、この国は暢気が過ぎますわね!明日は我が身、とは思わないのかしら?
「さて。いつまでも壁の花、って訳にはいかないね。早速動く?」
「そうですわねえ……あ、まずはコレですわ」
さて。この薄暗さと喧噪の具合って、とっても都合がいいんですの。
何の、って言ったら、そりゃあ……『幻覚の魔法の』ですわ!
薄暗ければ相手の顔なんてよく見えませんし、そもそもここは仮面舞踏会。よっぽど注意してみない限り、相手の顔は分かりにくい状態ですの。そこに幻覚の魔法をうまく組み合わせれば、正真正銘の正体不明になることもそう難しくは無くってよ!
「……器用ね」
「もっと褒めてくださっても良くってよ」
印象を曖昧にする幻覚と、『自分が知っているどうでもいい誰か』に錯覚する幻覚。この2つを組み合わせて使えば、面白いほど相手は騙せますわね。特に、こういう薄暗くて煌びやかで、相手が自分の表面しか見てこないような場では。
音楽が鳴り止んだのを機に、私はちら、と会場の中に視線を走らせましたわ。
丁度、曲が終わって踊り終わった貴族達が何か歓談し始めているようですわね。突っ込んでいくには良い機会ですわ。
「あそこ、行きましょうか。あそこで話してる2人組、確かホーンボーン家の分家ですわ。声に聞き覚えがありましてよ」
「うわ、お嬢さん地獄耳ね」
ええ。地獄耳ですわ。何と言ってもフォルテシアの娘ですもの。
腐った貴族連中の中で生きていこうと思ったら地獄耳にもならざるを得ませんのよ。
「……じゃあ俺が突っ込んでいきゃあいい?」
「そうですわね。あなたにお任せするのが手っ取り早くていいかしら?お手並み拝見といきますわね」
「そいつは緊張しちゃうね」
早速獲物を見つけた私達は、満面の笑みでカモに向かって優雅に歩いていきますわ!優雅に突撃ですわ!
「……にも困ったものだ。このままではいつか絶対に身を持ち崩す……」
私達が近づいていくと、歓談していた2人組はさっと黙ってしまいましたわね。聞かれたくない話だったのでしょうけれど、露骨に過ぎましてよ。
「ホーンボーンの一族のお方ですね?」
更に、ジョヴァンがそう切り出せば警戒は一気に高まりましてよ。……大丈夫ですの?これ。
「……ここは仮面舞踏会。そういった話はご法度だぞ」
相手の言うことは尤もなんですのよねえ……。ここってそういう場でしてよ。
たとえ、相手の正体が分かってしまっても、それを言わない。それがここでのルールなのですけれど……。
「いや、申し訳ない。少々急を要する事態でしてね」
ジョヴァンは一向に気にしないで、ずいずいいきますわね。商人っぽいですわ。というか私、こいつのことを今初めて商人っぽいと思いましてよ。
「急……?そちらは一体どちら様かな?どこかでお会いしたことが?」
「それがあればよかったのですがね。生憎、お目に掛るのは初めてですよ」
胡散臭いかんじを隠そうともせずに、ジョヴァンは優雅に一礼してみせますわね。私も揃って慎ましやかに一礼しておきますわ。
対するホーンボーンの分家野郎共は、もう明らかにこちらを不審げに見ていますけれど……。
「何、そう警戒しないで頂きたいもんですな。……1つ、有用な商談をお持ちしただけです。聞くだけでも聞いておいた方が、良いと思いますがね?」
語り掛け方といい、振る舞いといい、明らかに胡散臭いんですのよ?でも……同時に、それなりに品が良くて、ちゃんとしているようにも見えて……要は、『有用』に見えるのですわ。
「ほんの1曲分で構いません。……お時間を頂いても?」
駄目押しとばかりにジョヴァンの目が、じっとホーンボーンの分家野郎共を見つめると……結局、相手は戸惑いながらも頷いたのですわ。
「フルーティエ家のことはご存じですかな?」
ジョヴァン、しょっぱなからぶっ飛ばしていきますわねえ。当然、フルーティエの名を出した瞬間、相手は表情を強張らせましたわ。
「……それは、勿論」
「何が起こり、あのように没落してしまったのかも?」
……ホーンボーンの分家野郎達は、そこで顔を見合わせて困惑気味に黙りましたわね。まあ、そうでしょうね。詳しく何があったか知っていたら今ここで口封じのために殺さなければならないところでしてよ。
「……噂だけなら」
ジョヴァンは静かに笑いながら、何も言わずに黙りましたわ。……となると、相手が続きを喋らざるを得ませんわね。
「その……フォルテシアの呪いだ、と、聞いた」
「ああ、そこをご存じでしたか。そう。まさに『呪い』だ。商売は上手くいかなくなり、ワイナリーは原因不明のスライム大量発生で潰れ、そして、当主は悲劇的な死を遂げた!」
ジョヴァンはにこやかに笑って、少しばかり肩を震わせましたわ。ええ。あなたの背後に『呪い』の元凶が確かにおりましてよ。
「……そして私は今日、あなた方に『あの呪いはまだ終わりませんよ』とご忠告に馳せ参じた次第でして」
「まだ終わらない?どういうことだ」
「そのままの意味ですよ。フルーティエ家に訪れる悲劇はまだまだ終わらない。没落した後も。……そして、フルーティエだけがその標的になるわけではない」
ホーンボーンの2人は顔を見合わせて明らかに不安を表出しましたわね!ええ、そのはずですわ!だってこいつらにも身に覚えがあるでしょうから!
「それはあなた方もご存じですね?」
「いや……」
「それは……」
ええ。絶対に『ご存じ』もとい、『予感はあった』と思いますわ。腐れ貴族連中というものは常々、自分に降りかかりそうな火の粉には敏感でしてよ。尤も、一度『他人事』と思ってしまえばそれきりになるのも常ですけれど。
「そしてあなた方は今、お悩みをお抱えのようだ。『フォルテシアの呪い』とは直接関係ないように思えるでしょうが、罅というものは広がっていくものです。気づいた時には致命的な割れ目になっているかもしれない。そこから呪いが入り込むこともあるでしょうね?」
ジョヴァンはホーンボーンの2人に向かって少々身を屈めつつ、2人の視線に合わせてにやりと笑ってみせましたわ。
「お悩みをお聞かせ頂けませんかね?お力になれることがあると思いますよ」
……ということで、ジョヴァンはホーンボーンの2人と一緒にフロアの端の方へと移動していきましたわ。ここから先、私は少しの間だけ別行動ですわね。
なんで、と言ったら、ホーンボーンの2人がそれをお望みだったからですわ!『できるだけ人払いをした上で話を聞くだけ聞く』という条件での話し合いもとい情報カモられに応じたのですわ。
要は、できる限り相手の数は減らしておきたい、そして自分達が人数だけでも優位に立ちたい、という願望の現れでしてよ。なんてみみっちいのでしょうね!
……まあ良くってよ。ジョヴァンなら上手くやるでしょうし、戦闘力の無いモヤシ男がホイホイ人気のない方へ付いていくような不用心もしないでしょうし、そこは心配しませんわよ。
ええ。ですから私は私でしっかり働かなければね。
ダンスフロアの中央を見てみたら、そこでとんでもないカップルが居ましてよ。
言うまでも無くドランとキーブですわ。ええ。とんでもないんですのよ、2人とも。
「貴族の礼儀作法を一切知らない上に身体能力がとんでもないとダンスもとんでもないことになりますのねえ……」
もう、会場の視線は釘付け、ですわよ!なんですのあれ!
ドランは平気でキーブをポンポン投げますし、キーブはほん投げられて空中でくるくる回って綺麗に着地しますし、何ならドランの体を止まり木にした小鳥みたいに軽やかに動きますわ。時々ペチコートどころかパンツ見えてますわ。よかったですわ、パンツまでしっかり女性用にしておいて。
……ええ。すごく綺麗ですわ。2人のダンス。音楽にも合わせてありますし、何より動きがとても綺麗。……でもあれ、貴族のダンスじゃなくってよ!見ごたえはありますけれど!けれど何かが違ってよ!
華麗というよりは大胆に踊る2人は、それなりに楽しそうなのがまた何とも面白いですわね。完全に2人の世界に入っちゃってる風変わりなカップル、というようにも見えますわ。時折、踊りながらもにこやかに言葉を交わす様子も見えてますますそれっぽいですわ。
……まあ大方、「この後どうする?」「なんか予想以上に視線集まってるじゃん。逃げた方がいい?」みたいな会話してますのよあれ。
「すごい、あの殿方、片腕だけで女性の体重を支えていますわ……」
「ご覧になって?あのご令嬢の軽やかなステップ!きっとあの方、鳥の羽みたいに軽いんですわ!」
そんなドランとキーブの優雅な大道芸を見るご令嬢の目は、もうすっかり蕩けきっていますわね。ええ。キーブは最高に可愛いですし、ドランもあれで中々の男前ですものね。
……そしてそんなご令嬢達の一団から、面白そうな話が飛び出してきましたわ。
「素敵な殿方ね。逞しくて、どこか野性的で……」
「ええ、本当に……あら、でもあなた、そんなこと仰っていていいの?」
「そうよ!あなた、あの名家とご婚約が決まったと伺っていますわよ?」
名家。
その単語に反応して私がそちらを注視してみれば……ああ、確かに!なんかどっかで見たことあるご令嬢ですわ!
「あらやだ、もうお聞き及びでしたの?」
「ええ!だって元々、あなたとフォーン様のお噂は聞いていましたもの!」
……『フォーン様』というと……間違いありませんわ!『フォーン・タート・ホーンボーン』ですわ!
ホーンボーン家の長男でしてよ!
聞き耳を立てる能力は私、高いんですの。だってフォルテシアの娘ですもの。聞き耳立てまくってあちこち情報収集しなければ腐れ貴族界は渡っていけませんのよ!
「あなた、フォーン様と?……ああ、うらやましいですわ!」
「恋多きお方だとお噂を伺っていますけれど、遂にフォーン様も1人の女性をお選びになったのね!」
聞き耳の甲斐がありましたわね。ここでホーンボーンにつながる情報を2つも手に入れられるなんて!
最悪、ジョヴァンがしくじっていても問題なくってよ!あのご令嬢1人居れば、大きな武器になりますわ!
「ええ。でも……いえ。さあ、そろそろ次のダンスへ参りませんこと?」
ホーンボーンの婚約者らしいご令嬢は何か言いかけてすぐにっこりと笑ってそう言うと、周りのご令嬢を引き連れて踊りに行ってしまいましたわね。
……でももう遅くってよ。
私、あのご令嬢の顔と声と服装、覚えましたわ!
絶対に!あいつ!攫いますわよーッ!
勿論、まだ攫いませんわ。こういうのはしっかり機を見計らっていきますわ。まだ慌てるような時間でもありませんし、ドランとキーブは順調に視線を集めていますし、『闖入者』がこんなところにいるなんて、まだ気づかれていないはずですわ!
私はあちこちに動いては、貴族達の会話にそれとなく紛れ込んでみたり、はたまた立ち聞き盗み聞きをしてみたりしつつ、順調に情報をあちこちから集めましたわ。
やっぱりこの場に来た価値はありましたわね。生の情報というものには大きな価値がありましてよ。
たとえ小さな欠片のような情報だったとしても、私が持っている知識と組み合わせれば有用なものになりますわ。それに、私、この手の場所での情報収集は得意でしてよ。多分、他の誰よりも、私がここに来た意味というものは大きいのではないかしら?
……色々な話が聞けていますけれど、やはりとりわけフルーティエ家のことがあちこちで噂になっていますわね。
名家として名高かったころは貴族の全員が全員、ちやほやしていましたし、中身のない賞賛ばかりが聞こえていたものですけれど……没落した途端、掌を返すようにまあ出てくるわ出てくるわ、悪口三昧ですのねえ。
やれ、借金が多くて貴族らしからぬ品格の低さだっただの、傲慢で鼻につく態度だったの、不細工だったの、没落して当然だのなんだのかんだの、聞いているこっちが恥ずかしくなるような幼稚な悪口が飛び交っておりますわ。
……まあ、フルーティエがそれだけ下手を打ち続けていたということの証明でもありますし、『没落した貴族』がどういうものなのかの参考資料としても有用かもしれませんわね。
没落した途端、これですもの。逆に言えば、今、悪口を言っている貴族連中は皆、『没落したくない』と思っているはずですわ。だからこそ、『あんな奴らと自分は違う』『自分は没落するような人間じゃない』と表現したいがためのフルーティエに掌返しで悪口三昧フルコースなんでしょうから。
フルーティエの話は正直、聞いていてもまるで建設的ではないですわね。多分、彼らよりも私の方が色々知っていますわよ。
まあ、『没落したくない』と思っている貴族の多さは分かったかしら。でもその程度ですわね。
……ですから、より重要な情報としましてはやはり……『ホーンボーン家』と『クラリノ家』のことですわね。
クラリノ家について分かったことはそう多くありませんでしたわ。
まず、クラリノ家の本家の長男、つまり次期クラリノ家当主であるクリス・ベイ・クラリノについてですけれど、また何か武勲を立てただの、どこぞの武道大会で優勝しただの、次に出る武道大会でもまた優勝するだろうだの、まあそんなことが分かりましたわね。
要は順風満帆、ということですわよ。面白くありませんのね!
……ただ、クラリノ家の分家の1つであるエスクラン家については、少し不可解な話を聞きましたわ。
どうやら、そこのお坊ちゃまが行方不明なんだそうですの。あこがれの人に相応しくなるため、修行の旅に出るんだとかなんとか。どこぞのご令嬢達がこぞって噂話してましたわ。
ええと……『エスクラン家のお坊ちゃま』って、もしかすると、リタル・ピア・エスクラン、かしら?ほら、私が山賊から冒険者になった直後、ドラゴン狩りに連れていってやった、あの世間知らずのおチビちゃん……。
……ま、まあ、あまり深く考えないことにしますわ。ええ。
一方、ホーンボーン家については色々と面白いことが分かりましてよ。
まず、フォーン・タート・ホーンボーンのことですわね。婚約が決まったとかいう。
こいつに関してはまあ……出るわ出るわ、浮名の数々!
私もある程度は知っていましたわ。けれどねえ……まあ、そういう人もいますわよね、っていうかんじですわ。関わり合いになりたくない類の奴ですわねえ。
どうも、女遊びに入れ込んでいるらしいんですのよ。ええ。そう。婚約が決まってからも。
……婚約相手のことも分かりましたわ。ええ。あれ、誰かと思ったら、第6王女のスコーラ・シャフ・オーケスタ様だったみたいなんですのよ……。
王家との婚約だっていうのに、ホーンボーンの次期当主は女遊び。ま、当然、あちこちのひそひそ話に名前が出ていましたわよ。ええ。
このままだとホーンボーンの次男が家を継ぐことになるんじゃないかだの、王女様が可哀そうだだの、色々聞きますわね。まあ弱点が分かりやすくあちこちにあるって素敵ですわ。没落させる側としては、ね。
最近の流行や新参者の情報、はたまた『フォルテシア』の噂話等々、色々と聞いては一言も喋らないまま会話の中に入ってみたり、立ち聞きしたり。はたまた優雅に飲み物を傾けてみたり。
……けれど、やっぱり限界ってありますのよ。ええ。
具体的に、何の限界か、と言いますと……。
「おや、そこのお嬢さん。お一人ですか?」
こういう手合いから逃げ続けるのの限界、ですわ!
「いえ、パートナーがいますのよ」
しかし今は居ませんわ。そういえばジョヴァン大丈夫かしら?どこか密室に連れ込まれてタコ殴りとかになってなきゃあいいのですけれど!
「パートナー?……今は居ないようだ。どうです?それまでの間、僕と一曲」
大方、今の私達と同じ、下級貴族のボンボンですわね。こういう手合いって誰でもいいから貴族の令嬢引っ掛けて、上手い事婚姻関係を結んで、自分の家の強化につなげよう、なんて考えてますのよ!つまり手に負えない連中なのですわ!
「いえ、私は……」
「折角の舞踏会ですよ?いいじゃあありませんか」
よくないですわ!この野郎!私には情報収集という目的がありますの!ましてや1対1で見つめ合って踊るダンスなんて間違いなく悪手ですわ!
何故かって?……魔法が解けるからですわよ!
「ん?あなたは……失礼、どこかでお会いしたことが?」
アーッ!いけませんわ!顔面を注視しようとするんじゃーありませんわッ!んなことしたら幻覚の魔法が揺らぎますでしょ!?
幻覚の魔法ってのは!いろんなものを薄らぼんやりさせて!人のぼんやりした意識を誤魔化すためのものなんですの!まじまじと顔を見つめられたらそりゃー魔法の1つや2つ、ハゲますわーッ!
「あ、あの。ごめんあそばせ。私、行かなくては」
「もしやどこか上流貴族のご令嬢でしたか?」
おやめなさい!その『こんなに拒否してくるんだからさぞ名のある家のご令嬢!引っ掛ければ逆玉の輿!』みたいな顔はおやめなさい!
ついでに人の手首を掴むのもおやめなさい!振り払って逃げたらこっちが非力な乙女ではないとバレてしまいますのよ!?
あああああ!ここだと人目もありますから大事にはしたくありませんのに!あああああ!ああああああ!もうこいつ殺して会場を爆破するしかありませんのーッ!?
「おっと。悪いがそのご令嬢から手を放してくれたまえ」
そんな折、横からひょい、と割って入った手が、あっさりと私の手首を解放しましたわ。
誰が、と思って顔を上げてみれば……私の視線の先にあったのは、濃い栗色の髪。
「ついでに今すぐ消え失せろ。さもなくば私は貴様の目玉を抉り抜くことになるぞ」
逃げていった男の背を見送って、彼は、言いましたわ。
「久しいな、ヴァイオリア」
仮面の奥に見える瞳は私と同じルビーレッド。
お兄様ですわぁああああああーッ!?




