9話「カチコミに行きますわよ!」
ごきげんよう。ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアよ!
私達は今、王都に到着しましたの。
王都では上流階級だけが参加できる……つまり、貴族達しか参加できない仮面舞踏会に参加しますのよ。
そしてそこでキーブが!ドレスを着て!女の子になりますわ!
楽しみでしてよ!
王国祭ということもあって、王都はもう賑わっていますわね。
王国祭、というのは、オーケスタ王国が誕生した日を7日前から盛大に祝う、1年の中でも一番大きな行事ですわ。だって、年始のお祭りよりも盛大ですもの。
王国祭の期間中は王都には出店が並び、花が飾られ、男女は恋に落ち、あちこちで踊り狂い……その一方、王都以外の村や町でもささやかながら祭りが催されていたり、はたまたエルゼマリンやそういった類の大きな町の裏通りでは薬中共が酔い潰れたり元気に喧嘩したりもしますわ。
……そして、貴族達。
そう。貴族達ですわ。この国の貴族達は、王国祭の最中、ずっと舞踏会だ夜会だ何だと姦しくやっていますのよ。今回は初日の夜から無礼講の仮面舞踏会、ということですから中々変わった趣向ですわね。
「盛大にやってますわねえ……」
「憂さ晴らしも兼ねているんだろうが……それでもお前が処刑台に上がってから小半年でこう、とはな」
さて。王都に着いた私達は、人混みに紛れながらのんびり王都を観光しますわ。
……祭りのあちこちには警備の兵士達が居ますけれど、この人混みですもの。堂々としていれば案外バレなくってよ。
「王家が祭りで民衆の機嫌取りをしようとしている、と聞いた時にはそんなはずがないと思ったが……この様子を見る限り、それも十分にあり得るな」
「そうですわね。まあ……楽しそうで何よりですわ」
人混みからも分かる通り、王国祭は初日にして大盛況ですわ。王都に住んでいる者達も、或いは近隣の町に住んでいる者達も。あちこちから集まってきた大量の人々が、それはまあ楽しそうにしていますわね。
「もっと荒れてるかと思ったんだけどな。つまんねー」
珍しくチェスタと同意見ですわ。
王家が主催した祭なんて、荒れに荒れてしまえばよくってよ!ついでに王城が民衆に取り囲まれて、火でもかけられて、ついでに国王が磔刑に処されでもしたら最高の見世物だと思いませんこと?
「……荒れる要素が無いわけではないだろうな。ただ、ここに居ないだけだ」
……今、このお祭りが平和な理由をよくよく考えたら、答えは案外すぐに出ますわね。
スライム被害だの山賊被害だのに遭った地方都市の連中は王都くんだりまでお祭り見物になんて来られませんもの。そりゃあ当然、お祭りに出ている連中は全員平和で浮かれポンチで元気いっぱいですわよ。ええ。
「こいつら馬鹿なんじゃないの?祭りだったら犯罪者が犯罪しないとでも思ってるのかよ」
そうですわね。むしろお祭りの時のような浮かれポンチな雰囲気と人混みの中でなら、スリし放題ですし、窃盗し放題ですし、何なら人混みに紛れてサックリ人を刺してみても捕まらない気がしますわね……。犯罪し放題ですわ!
「国の一部とはいえこれだけ盛り上がってるんだから、少なくともここに居る国民は現状を知らない上に危機感が無いってことなんだろうよ。はーやだやだ」
そしてこれだけ民衆が浮かれポンチなのはやっぱり……ここが『王都』だからなのだと思いますのよ。
まず、王都に住んでいる国民なんて、その時点で極貧農民とは訳が違いますわ。
生活にそこまで不自由しませんし、『犯罪者が怖い』『スライム大量発生が怖い』なんて言ってみても、所詮は街壁に囲まれた王都の中での危機感のない不満でしかありませんわ。
凶悪犯罪者が多数脱獄しただの、悪しきフォルテシア家の娘がまだ生きているだの、スライムが大量発生しているだの。そういったことにかこつけて王家への不平不満を愚痴るのは、ある種の娯楽なのですわ。
本気で王家を転覆させて革命を起こそうなんて考える国民、ほとんど居ませんわ。ただ、愚痴を言いたいから言っているだけ。文句を言って少々斜に構えてみせたいだけなのですわ。
最近は私達がスライムをぶちまける暇がなかったものですから、スライム大量発生のことも皆忘れてるんじゃあないかしら?何なら私のことも忘れているかもしれませんわね?
都合が悪い事は自分に関係ないと思い込みながら、それでいて不満だけは言う。そして、愚痴るよりも楽しいことが目の前にあったら、それに飛びついて楽しみ始める。それがこの王都の住民の大半の思想でしょうね。
……その方が生きやすいんだとは、思いますわ。
難しい事なんて何も考えず、楽しいことがあれば飛びつき、楽しくないことがあればかこつけて不平不満を言う。流されて、操られて、それを自覚しないまま、劇毒にも薬にもならず、ただ漫然とした微弱な毒に甘んじて、触れたもの全てを徐々にぐずぐずと腐らせていく。
ええ。それが一番、生きやすいんだとは、思いますのよ。
……でも、嫌いですわ。
さあ、郊外の宿に到着したら、早速お楽しみの時間ですわ!
「さあキーブ!可愛くしてあげますわ!お覚悟なさい!」
「だから!何で僕が……!ドラン!何とか言ってやってよ!」
「……すまん。諦めろ。その分お前の取り分は多くする」
「嘘でしょ!?」
「おほほほほほ!ドランの許可も出ましたもの!盛大に可愛くしてあげますわ!」
これで安心してキーブを可愛くできるというものですわね!早速服をひん剥きますわよ!
「会心の出来ですわ」
そうして出来上がったキーブは完璧に女の子でしたわ。
大人っぽい紺のドレスと、可愛らしい桃色のドレスとでものすごーく迷いましたのよ。でも結局、紺のドレスにしましたわ。
ものすごく女の子っぽい恰好をさせる、というのも手ですけれど、イメージに合った装いをすることで違和感は確実に減りますもの。今回は会場に溶け込むことを優先した装いですわね。
コッテコテの美少女を目指すのではなく、少し風変わりな美少年系美少女を目指しましたのよ。お陰で女装の違和感も見事に消えていますわね!シフォン地のストールと黒レースの手袋があれば、もう完璧ですわ!下手な小細工しなくても十分立派なレディでしてよ!
「上手く化かしたもんだね」
「元が良いのですもの。私、ほとんど何もしてなくってよ!」
かくして女の子一丁上がりですわ。いい仕事をしましたわ。素材の味を生かした極上の女の子ですわ。
「……ただやっぱり、ジョヴァンと並べちゃダメですわね……」
「ん?」
「ああ、僕がゴツく見えるって?」
ええ。そうですの。
ジョヴァンとキーブちゃんを並べると、どうしても少し、キーブが太めに見えますわね。なんでってジョヴァンが細すぎるからですけれど。
キーブがもっと曲線的な……そう、女の子の体をしていれば、特に問題ありませんのよ。鶏ガラ男と可愛い女の子の組み合わせになりますから。でも、キーブはやっぱりどうしても骨が男の子ですから……目立ちますわね、これ。
「ということは、キーブはドランと組んだ方がいいかしら。ちょっと隣に立って……あ、ぴったりですわ。すごいですわねこれ」
「どうせ僕はドランと比べたら貧相だよ」
筋肉狼と比べたら大体の人間は貧相ですわ。
……ドランは少々タッパがありすぎますし筋肉質な体つきですけれど、キーブの隣に立たせておくにはぴったりですわね。キーブが小柄で華奢な女の子に見えましてよ。
「ということはキーブとドラン、私とジョヴァンの組み合わせになるかしら」
「俺はいいよ。ドラン。お前は?」
「構わない。……キーブ。お前も構わないな?」
「はいはい。もういいよ。好きにして」
なら決まりですわね。舞踏会にはこの組み合わせでカチコミに行きますわよ!
「なら私とジョヴァンが潜入、ドランとキーブが陽動、ということになるかしら?」
「非戦闘員に優しい役割分担をありがとね」
ジョヴァンは戦えませんものね。なら、荒事はそっちの2人に任せてしまった方が良くってよ。
「こちらは情報収集に専念しますわ。今の王家の状況も、貴族界の情勢も、それからフルーティエについての世評も知っておきたいですもの。あ、あとそれからホーンボーン家やクラリノ家の弱みも探りたいですわね」
手に入れたい情報は山ほどありますわ。エルゼマリンのギルドからもある程度の情報は入ってきますけれど、やっぱり貴族達が集まる場所特有の情報というものもありますもの。できる限りはここで収穫を得たいところですわね。
「俺達は何をすればいい」
「何か起きてしまった時、視線を集めてくれればそれでよくってよ。まあ、美男美少女の組み合わせですからそこは自然とやってしまうでしょうけれど」
キーブが美形なのは言わずもがなですけれど、ドランもそこそこ整った容姿ですものね。タッパある分目立ちますし、折角ですから会場の注目を存分に集めてもらいますわ。
「キーブを目立たせていいのか?」
「ロングヘアのヅラ被せてますから多分大丈夫ですわよ」
髪の長さも性別も違うんですから、そうそうバレやしませんわ。ましてや仮面舞踏会ですもの。顔すら隠してしまうのですからそこは大丈夫だと思いますわよ。
「分かった。だが、大事になる前にキーブは途中で逃がす」
「じゃあ僕はドランが暴れ出したら適当に人攫って会場を出るから」
「そうして頂戴な。まあ、こちらもできるだけ人攫いできるように頑張ってはみますけれど、空間鞄の違法改造が露見しないようにだけ、気を付けてくださいな」
違法改造して生物が入るようになってしまったこの空間鞄、私達の最大の秘密かもしれませんわね……。これの存在がバレてしまったら、スライム大量発生が人為的なものだった可能性が浮上してしまいますもの。それは避けたいですわね。
「……というかね。お嬢さん。俺はキーブよりもお嬢さんが心配よ」
そうですわね。多分、誰よりも危険なのは私ですわね。ええ。分かってますわ。
「一応、仮面舞踏会ですもの。顔は分かりませんわ。それに、偽造書類で作った下級貴族位もありますし……そもそも私は今、外国に亡命して匿われていることになっていましてよ」
「そういやそうだったっけ」
ええ。そうですわ。……不発に終わった戦争の仕掛けのために、私、適当な国に匿われていることになっていますのよ!まあ、ここで役立ったのだからよくってよ!
「……それでも気を付けるに越したこた、無いと思うけどね。本当に行くの?お嬢さん」
「勿論ですわ!」
折角のお楽しみですもの!行かないという選択肢は端から存在しなくってよ!
概ね、やるべきことも決まったことですし、あとは乗り込むだけですわね。
「切り上げ時はどう見る?各自適当に解散ってことでいい?」
と思ったら、もう1つ大切なことを決め損ねていましてよ。
そうですわね。物事に始まりがあるのならば、終わりもまたあるのですわ。特に切り上げ時はうっかり逃すと大変なことになりますものねえ。全員撤退してしまったのに自分1人だけ会場に残って捕まる、なんてことは避けたいですわ。
「そうですわねえ……なら折角ですから、分かりやすい合図を入れましょうか」
私は少し考えて……すぐ、結論を出しましたわ。
「私、このお祭りが気に食わなくってよ。ということで引き上げる時、一緒にこのお祭りをぶち壊してやるのはどうかしら?」
「舞踏会の会場ごと破壊、か。分かった」
「悪かないね。俺もちょいと騒ぎたい気分よ」
「あ、雷はやめとくから。代わりに大雨降らすから覚悟しといて」
「えーと、じゃあ俺は会場の外で適当に放火でもするか……?うん、そうするわ」
さて。全員の合意も得られましたし、最後のお楽しみも決行、ですわね!
「では野郎共!乗り込みますわよ!」
さあ参りましょう!貴族共の巣窟へ!




