8話「女の子にしますわよ」
ごきげんよう。ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアよ。
私は今、相も変わらずに麻薬入りのケーキ、通称『星空のケーキ』を量産していますわ。
色々な味のものを作って売りだしてみたら大好評ですの。売れて売れて困ってしまいますわね!
……ええ。勿論、いつまでもケーキ屋さんをやっているつもりはありませんわ。
私達、王国祭で開催されるという『仮面舞踏会』への参加を狙っていますの。
そこでクラリノ家やホーンボーン家、何なら王家の弱みの1つでも握れれば愉快ですし、折角ならそこらへんから1人2人攫ってきて売り捌きたいところですわね。
何にせよ、貴族ばっかり不用心に集まる場所があるなら、行ってみる価値は十分にありましてよ。
ということで。
私達はとにかく!急いで!稼がなければなりませんわ!
急いで稼いで貴族位を買って!そして10日後に迫った王国祭に間に合わせなければなりませんのよーッ!滅茶苦茶忙しいですわーッ!
「あなたが手伝ってくれて助かりますわ。案外器用ですのね」
「お褒めに与り恐悦至極。ま、ここの連中の中で一番器用な自信あるぜ。頭脳労働担当はこういうとこもできなきゃあね」
……私1人じゃあもう、『星空のケーキ』の量産が追い付きませんの。仕方が無いのでジョヴァンにも手伝ってもらっていますわ。
骸骨男がエプロンつけて粉をふるったり生地を混ぜたり型に入れて焼いたりしている様子はなんというか……いえ、本当に手際は良いですし、助かるのですけれど、なんというか……なんかアレですわ。ええ。
「キーブも巧くやってくれているでしょうし、私達はケーキ作りに専念しますわよ」
ちなみに私達は厨房に籠っていますけれど、ウィンドリィの王都の露店の薬屋には、代わりにキーブを置いてありますわ。
本当はあの子とジョヴァンとでケーキ作りをしてほしかったんですけれど……あの子、致命的に料理が駄目でしたわ。ええ。意外ですわね。でもまさか卵を割れないとは思いませんでしたわ……。
「……あのね。ちょいと気になったんだけど」
キーブは元気に店番しているかしら、なんて思いをはせていたところ、ジョヴァンが何とも言えない顔で聞いてきましてよ。
「キーブに女装させたのは、ちょいと酷だったんじゃあありませんかね、お嬢さん」
ええ。キーブを店番に据えるにあたって、可愛い恰好をしてもらいましたわ。
黒髪にぴったりの、清楚な黒いワンピースに薄いブルーのエプロンを着けさせたエプロンドレススタイルですの。頭に大きなおリボン着けさせて、ふんわりしたストールを巻かせて、ついでに少しお化粧してみたらもう本当にただの美少女になりましたわ。
「あの子にはこれからも表とこっちを行き来してもらいますもの。こんなところで顔を曝すのは得策ではなくってよ」
「ま、一理あるわな。で、本音は?」
「可愛いんだから可愛い恰好させたかったんですの!当然のことでしょう!?私に罪は無くってよ!」
ちなみにキーブは滅茶苦茶嫌がりましたけれど、『女装させない云々と命と復讐に関わるもの以外でならなんでも1つお願い聞いてあげますわ!』と言ってみたところ、なんとか押し通せましたわ。満足ですわ。悔いは無くってよ。
「さあ、さっさと手を動かして頂戴な!目標数にはまだまだ足りてませんわよ!」
一気に儲けるために、『星空のケーキ』を委託販売する予定ですの。『星空のケーキ』を売りたい、と言ってきた商人達に、少々安め、かつ大量に売ってやるのですわ。
これ、只のバターケーキとしては少し高いお値段ですし、只のバターケーキにしてはあり得ない人気ですもの。この販売形式を許しても十分に儲けられる、というわけですわ。
今はとにかく、一気に儲けたい時ですもの。多少は利益率が落ちたってかまいませんわ!一気に搾れるだけ搾りますわ!
……というか、この『星空のケーキ』。
あんまり長々と売っていたら、流石にちょっとヤバい気がしますもの。さっさと撤退するに限りますわ!
……ということで。
私とジョヴァンはケーキ製造機、ドランとチェスタは武具商人、そしてキーブは可愛い可愛い売り子さんをやって6日。
私達はそれなりのまとまったお金を手に入れることができましたのよ。
「とりあえずこれで数個は貴族位が買えますわね……」
ひとまずはこれで良しとしましょう。さあ、そうと決まったらさっさとオーケスタに戻って仮面舞踏会ですわ!そしてそこで憎きあん畜生共を鞄に詰めて売る準備をしなくてはなりませんわね!楽しみですわ!
「余った魔物はどうする」
……ただ、今すぐ撤退、となると、余った魔物をどうするかが悩みですの。
虫系の魔物はほとんど全部放出しましたけれど、まだ、卵の状態などで鞄にいくらか残してありますわ。だってそうしなければ、後からまた必要になった時にさっと用意できませんもの。
そして更には、スケルトンやリッチといった魔物はまだ温存しっぱなしですの。こいつらは勝手に増えない上、餓死するわけでもないですから、保存が楽なんですのよね……。
「スケルトンの類は持って帰りましょう。虫はもうこの際全部撒いていきましょうか。これ以上使うことも無いでしょうし」
「そうだな」
ということで。
私達が帰る直前。ウィンドリィ王国にはまた、魔物の群れが出現したわけですけれど……私達はもうオーケスタ王国へ帰りますから関係なくってよ!
はい。そういうわけで私達、無事にオーケスタ王国へ帰ってきましたわ。
エルゼマリンの風景が何となく懐かしいですわね。結局私達、一月近くウィンドリィ王国に居たんですものね。ちょっぴり久しぶりなエルゼマリンですわ。
「さあ、ここから手続き地獄ですわね……!」
「手伝ってもらえるところはギルドに手伝ってもらおうね」
「そうですわね。そうでもしないと終わりそうになくってよ」
さて。王国祭まで残り2日。私達はこれから貴族位を買いますわ!金は十分!気合も十分!面倒な手続きもあるでしょうけれど!それら全部我慢しながらなんとかやってみますわよ!
エルゼマリンのギルドで適当に書類を偽造してもらって、私達全員分の貴族位を買えましたわ……。本当に書類の手続きが面倒で仕方ありませんわね、ここらへん。どうしてお役所仕事ってこんなに書類の手続きが面倒なんですの?
まあ、終わったことはどうでもいいですわ。私達は晴れて下級貴族、ですのよ。
……下級貴族、というと、まあ、金を納めるだけで手に入る貴族位、ですわね。ええ。要は、国に金を多く納めることで得られる名誉、ですわ。この国は名誉を金で売っていますのよ。おほほほほ。
下級貴族でも一応貴族位ですけれど……とは言っても名ばかりで、領地が貰えるわけでもありませんし、ほとんど意味の無い称号ですわね。
ただし、『貴族のみ入場可』の札を掲げるような場所に入るには当然、下級でもなんでも貴族位を持っていなければなりませんわね。下級貴族の貴族位をわざわざ買う人の目的は大抵それですわ。
他にも、貴族の名目があればとりあえず『金を持っている』証明にはなりますわね。金が無ければ貴族になれませんもの。
今回、私達が貴族位を買った理由は2つですわ。
1つは、『金を持っている奴らが集まっている』ことを証明して、エルゼマリンに奴隷市場を開設したい、という狙い。
そしてもう1つは、『貴族位を持っていないと王国祭の仮面舞踏会に参加できないだろうから』ですの。
……ちなみに、この貴族位は身分証明にもなりますから、偽造した書類でうまいこと下級貴族位をとってしまいさえすれば、その後の身分証明は全部通れますわ。勿論、人相などでバレることだってありますけれど。でも逆に言えば、今後はフルフェイスの鎧兜でも着こんでいれば、身分証明は全部通れるということですわね。
貴族位が手に入ったところで、私達はさっさと王都へ向かいますわ。着替えやらなにやらを空間鞄に詰めたら、さっさと馬に乗って王都へ向かいますわ。
……そしてその道中で私達、相談しますのよ。
「仮面舞踏会って、パートナーは不要かしら……?」
今一番の不安について!
「パートナー、というと……どういうことだ」
「あー、はいはい、ドランは分かんないわな。ええとね、そういう場所って男女が一緒じゃないと入れなかったりもするってこと」
「何のために……?」
「男ばっか集まらないようにだろうよ」
ジョヴァンの答えに、ドランは真剣に悩み始めましたけれど……もしかしてドランって、舞踏会と武闘会を間違えたりしてませんこと……?
「まあ、男1匹でも入り込めないこたあないと思うけどね。怪しまれずに潜り込むんだったら、男女一緒の方がいいと思うけど」
「ですわよねえ……となると私達、半分も入り込めませんわよ?」
ええ。今一番の不安。それは……この5人の男女比の偏り、ですわ!
「あ、俺は別にいいや。会場の外に待機する係で」
と思ったら、早速チェスタが一抜けしましたわねえ!
「舞踏会とか行っても俺、やることねえし。分かんないから外に居る。いいだろ?」
ま、まあ、理に適ってはいますわ。チェスタはどう見ても舞踏会に違和感なく溶け込める性質じゃあなくってよ。だったら外から私達の補助をする係になった方が有用かもしれませんわね。
「……となると、会場の内部に入るのは俺とジョヴァンとヴァイオリアとキーブ、か」
「え、俺も入るの?戦闘できないけど?」
「貴族らしい振る舞いができれば結構よ。荒事は他でやりますもの。大体、中で暴れるとしても少しですわよ?本命は情報。人攫いはおまけですわ」
普段ジョヴァンは実働に回りませんものね。新鮮ですわ。
「……まあ、それならいいか。一応、そこら辺の振る舞いはそれなりにできるつもりだぜ。少なくともドランよりは」
「そうだな」
「まあお前さんは黙って突っ立ってるだけで十分だけどな!」
なんというかこう、ドランはそういうとこ、ありますわよね。何も考えてなくても黙って突っ立ってれば何か考えていそうに見える、というか。器用な振る舞いができなくても動じていないように見えるのでそれなりに見える、というか。狡いですわね!
「だったら僕がヴァイオリアと組む。そういうとこ、分からないわけじゃないけど不安だし」
「あら、キーブと私が組みますの?」
少し意外でしたわね。折角組むなら魔法が使える者がバラけた方がいいかと思ったのですけれど……。
……それと。
「キーブと私は駄目ですわ。だって女の子同士になってしまいますでしょ?」
「……は?」
「ですから、あなたは女の子になりますから、私とは組めませんわよ」
「ちょ、ちょっと待てよ。何?また僕に女装しろって?」
「そうですわねえ」
当たり前のことですわ。男3人女1人で会場に潜入するのなら、男1人が女の子になるしかなくってよ!
「べ、別に男が2人連れ立って入ったって」
「絶対に目立ちますわよ?だって私とキーブを除いてしまったら筋肉狼と骸骨男の2人組ですわよ?悲惨ですわ」
「筋肉狼……?」
「骸骨って……何よ、お嬢さん、俺のことそんなん思ってたの?」
思ってますわ!
「いや……いやいやいや!だったら僕だって目立つだろ!男が女装してるのなんて見つかったら絶対に酷いことになる!」
「大丈夫ですわ!そこは任せて頂戴!絶対に男だって分からないように可愛く女の子にしてあげますわ!」
そこのところは私、少し自信がありましてよ!キーブは元が可愛いんですもの!絶対に女の子にできますわ!
それからキーブの猛抗議が始まりましたわ。大体聞き流しましたわ。でも最後の1つだけは聞き流せなくってよ!
「ヴァイオリア!ウィンドリィで女装した時、言うことなんでも聞くっつったよね!?」
「言いましたわねえ」
そういえばそんなこともありましたわね。ええ。忘れていたわけではなくってよ。
「じゃあ拒否する!何が悲しくて女装して舞踏会なんか出なきゃならないんだよ!」
「女が足りないからですわねえ……」
あとは可愛く生まれた自分を呪ってくださいな。いえ、祝ってくださいな。
「キーブ。よくお聞きなさい。私、確かに『なんでも1つお願い聞いてあげますわ』と言いましたわ」
可愛い顔したキーブを目の前に、私、そっと語り掛けますわ。
「でも『女装させない云々と命と復讐に関わるもの以外でなら』とも言いましたわよ」
「ということで却下いたしますわ!あなたはドレスを着て舞踏会へ行くんですのよ!おほほほほほ!」
「嫌だ!絶対嫌だ!」
「一度の女装も二度の女装も同じことですわ!さあ、観念なさい!」
「なんでそんなに楽しそうなんだよ!」
「それはあなたが可愛いからでしてよ!」
ああ、舞踏会が楽しみになってきましたわ!キーブにはどんなドレスを着せようかしら?色々と持ってきていますから、宿に着いたら選びましょう!ああ楽しみですわ!




