7話「星空のケーキですわ!」
ごきげんよう!ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアよ。
今、武器と薬以外にもこの状況下で売れるものを見つけてしまったところでしてよ。
……麻薬。
魔物の襲撃に不安を抱える民衆の心を明るくするのにぴったりじゃありませんこと?
「ミスティックルビー、売ればいいじゃん。あれ、すっげえ幸せになれるぜ」
確かに理に適っていますのよ。民衆が不安なら、幸福感を呈する麻薬を売ればいい。正しいですわ。とっても正しいですわね。
「王都の大通りの露店で麻薬を売るのは危険だろう」
「ですわね。やるなら裏通りに限定することになるでしょうし……」
でもやっぱり危険は危険ですわね。ええ。
「いや、麻薬として売らなくてもいいじゃん。それこそ『不安を解消する酒』とか言って売ってもいいし、『飲む聖水』とかでもいいんじゃねえの?駄目?」
……ああー、な、なるほど。そうですわね。確かにそうですわ!
別に、麻薬だなんて言わなくても良くってよ。単なる『気付け薬』でもいいですし、酒に混ぜてお酒として売ってもいいですし……。
そう、ですわねえ……。
麻薬と言わずに麻薬を売るわけですわね?なら、何かに混ぜ込んでしまった方がよくってよ。
できれば、誰でも購入できるものがいいですわね。それでいて悪い印象が無くて、どちらかといえば素朴で明るい印象で、あくまでも『正しい』ものだと思わせるような。そんなものがいいですけれど……。
少し考えて、私、結論を出しましたわ。
「私、怪我をした人々へのお見舞いにケーキを焼きますわ!」
フォルテシア家のメイド長のネリーナはケーキを焼くのが上手でしたの。私もいくつか、レシピを教わりましたわ。
彼女のように繊細なケーキを上手に焼き上げることはできませんけれど、素朴なものをそれなりの出来にすることくらいはできましてよ。
ということで、仕入れの指示も兼ねて船に戻って、船の厨房で早速ケーキを焼きますわ!
作るのは、素朴なバターケーキですわ。焼き型は市場に可愛らしい星型のものがありましたからそれを使うことにしましたの。
生地にベリーのジャムを混ぜ込んで、ほんのりピンク色の可愛いケーキを目指しますわ。ええ。ピンクはベリーの色ですわ。血の色じゃなくってよ。
「そういえば、意中の殿方に差し上げるお菓子に自分の血を一滴混ぜ込むおまじないがありましたわねえ……」
「血を混ぜるって……何それ、死の呪いか何かかよ」
恋のおまじないですわよ!まあ私がやったら確かに死の呪いですわね!知ってますわ!
「血の量は……ケーキ1つあたり、ミスティックルビーの半分以下にしておきましょうか。食べ物ですから日持ちは元々しませんし、さっさと食べてくれるでしょうから、希釈と時間経過による効果の減衰はあまり考えなくてもよさそうですわね」
血の量はとっても減らしていきますわよ。だってこれを食べるのは薬ばっかりやってるジャンキー共ではなく、そこらに居るただの一般市民なんですもの。いきなり正規量のミスティックルビーなんて与えたら、それだけで死ぬ奴が出てきかねませんわよ!
さて。ということで早速焼きあがりましたわ。
私の血が少量入っている以外はただのベリー風味のバターケーキですもの。オーブンを開けたらふんわり甘酸っぱい香りが漂って、何とも幸せな気持ちになれますわね。
早速、型から外して冷ましたケーキを紙に包んでいきますわ。すぐ食べてもらうものですし、ラッピングはこだわりませんわよ。
「お嬢さんの手料理、ね。食べてみたくはあるけど、これ、食べたらラリっちゃうんだっけ?」
「そうね。ジョヴァン、あなたはやめておいた方がよくってよ。食べるならチェスタだけにしておきなさいな」
「え?俺は食っていいの?やった」
ジョヴァンが思案顔してる横からチェスタが手を伸ばして、まだ包んでいないケーキを1つ持っていって、早速齧ってますわね。
「お味はいかがかしら?」
「ん、美味い!これ何入ってんの?」
「ベリーのジャムですわね。隠し味にほんの少し、私が好きな銘柄の紅茶も入ってますわ」
意外とベリー類に特定の銘柄の紅茶の香りが合いますのよ。メイド長のネリーナに教えてもらったことですわ。
「これだったら売れるんじゃねえの?美味いもん。ただ今のところ、全然キマってないけどな」
あら。味はともかく、そっちに効果なしとなると本末転倒ですわねえ。流石に薬中には弱すぎたかしら?それとも私の血って、ケーキに混ぜて焼き上げたら流石に効果が失われたりしますの……?やったことが無いから分かりませんわねえ……。
少し不安に思っていたのですけれど、小一時間したら不安は解消されましたわ。
何故って、チェスタがやたらと上機嫌になってきたからですわ。これは確実にラリってますわね!
……まあ、薬中が今更多少ラリったところで誤差ですわ、誤差。
ということで、無事にチェスタがラリることも確認できましたから早速これを売り出しますわ。
「もし、よく売れるようでしたらどこかでオーブンを借りなければね」
「何なら郊外にでも家を買うか。その程度の余裕ならある」
「そうですわねえ……あ、ちょっと魔物けしかけておきますこと?そうしたら地価が暴落しないかしら?」
ちなみにジョヴァンとキーブには一度オーケスタ王国へ戻ってもらって、武器と薬の仕入れをお願いしていますの。もうぼちぼち在庫切れになってしまいますわ!案外売れますのね!びっくりしてますわよ、本当に!
「……まあ、全てはこれが売れれば、の話ですわね」
……武器も薬も売りますし、それだけでも十分な利益が生まれていますわ。けれど折角ですから、もう一段階上に行きたいんですの。
このケーキが売れるかどうかで、この国の麻薬販路が生まれるかどうかが決まりますわ。緊張しますわね。
「最初は試作ということで無料配布して、2回目以降はお金をとる方法で行こうと思いますわ。麻薬販売の常套手段ですけれど、よろしいかしら?」
「いいんじゃねーの?絶対引っかかる奴、居ると思う。あ、もし売れるようなら種類増やした方がいいな。味だけ変えるとか。全部の味、試そうとしてる間にハマるだろ?」
成程。麻薬に関してはチェスタの意見がありがたいですわね。流石、筋金入りの薬中ですわ。
「何味がいいかしら。オレンジの皮の砂糖漬けを入れたら爽やかでいいかもしれませんわね。あとは紅茶味ですとか……あ、グリーンティーの風味も面白いかもしれませんわね」
考えるだけでわくわくしますわねえ。あとは順調に売れればいいのですけれど……。
それからいつも通り、露店を開店しましたわ。私はそこで1人、薬を売る傍ら……例のケーキも、出しますわ。
「聖水2箱に傷薬と包帯が1箱、ですわね。……ああ、そうですわ。もしよろしければこちらもどうぞ」
薬を買い付けに来た商人に、ケーキの包みを出しますわ。
「これは?」
「魔除けの祈りを込めてケーキを焼きましたのよ。まだ試作ですけれど、近々これも売りに出そうと思って。もしよろしければ召し上がってくださいな。こんな情勢ですもの。甘いものがあった方が、落ち着くんじゃないかしら?」
適当なことを言いながらケーキの包みを差し出せば、まあ、断る人は居ませんわね。商人は無事、ケーキを持って帰りましたわ。
それからも薬を買いに来た人にはケーキの包みを添えましたわ。案外、転売目的の商人よりも個人個人で買いに来る町の人々が多かったですわね。
……ドランが言っていた通り、町の人々は不安なんですのね。優しく励ましの言葉をかけながらケーキを添えれば、皆笑顔になって帰っていきましたわ。
さて、あとはこれが流行ればいいのですけれど……。
「……まさか薬よりも薬が売れるようになるとは思いませんでしたわ」
はい。ということで、ケーキ配布から1週間。
無事、私は薬屋さんからケーキ屋さんに変わっていましたわ。
今、薬と同じくらいにはケーキが売れていますのよ。ええ。町の人々が笑顔でケーキを買っていくんですの。これ、ちょっと予想以上に早かったですわねえ……。
「この町、元々碌に娯楽が無かったんですのね。そこに魔物騒動で空気が張り詰めて……息抜きできるここのケーキが大流行……」
「急に必要になった薬と一緒に売ることで販路拡大に繋がった、ってのもありそうね。ま、上手くいってよかったじゃない」
そうなんですのよねえ。見事に上手くいってしまいましたわ。やっぱり麻薬は人々の不安を解消するのにぴったりということですのね……。
「『星ケーキ』だっけ?なんか可愛い名前、ついてたよな?」
「『星空のケーキ』ですわね。勝手に誰かが名前を付けたらしいんですのよ」
私が売るケーキはいつの間にか『星空のケーキ』と呼ばれるようになって、町の評判になっていますわね。なんでも、『星の形をしていて、食べると星空をふわふわ飛んでいるような気持ちになれる』から『星空のケーキ』なんだそうですわ。皆さん順調にラリっているようで何よりでしてよ。
「ところで、オーケスタ王国の方は変わりないかしら?」
さて、ケーキの話はここまでにして、ジョヴァンとキーブの方の話を聞きますわ。
彼ら2人には一度、オーケスタ王国へ戻ってもらっていますから、情勢を聞くには丁度良くってよ。
「あー……それがね」
……ただ、聞いた途端、ジョヴァンが複雑そうな顔をしましてよ。
「なんか王国祭、盛大に開催するらしいよ」
……あ、やっぱりですの?
「まさか本当にそんなアホなことがあるとは思いませんでしたわ」
脱獄した凶悪犯達がまだ全員捕まってもいないというのに、王国祭で国民のご機嫌取りですのね。まあ、政治のことも何も深く考えない愚民共には丁度いいかもしれませんけれど。
「これが国王から出た案だとしたらいよいよオーケスタ王国も終わりですわね。終わる前に終わらせたいですから急がなくてはなりませんわね」
死ぬより先に殺したいですわ。ええ。王家にはしっかり苦しんで死んでもらいますわ。そのためにも早くエルゼマリンに奴隷市場を設立したいところですわね。ええ。
「それで、お嬢さん。ここからが本題なんだけど」
「えっ王家がアホっていう以上の本題がありましたの!?」
びっくりですわ!話に続きがありましたのね!?
「……ま、その王国祭なんだけど」
「初日の夜に、上流階級集めて無礼講の仮面舞踏会、やるらしいよ」




