6話「不安ですものね……」
ごきげんよう!ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアよ。
私は今、オーケスタ王国を出て隣国ウィンドリィ王国へ向かい、そこで魔物を大量に放出して町に火ィ吹かせて、船に帰ってきましたの。
武器も薬も在庫は全部、空間鞄に入れて船に積んでありますもの。しばらくは船を拠点にウィンドリィで活動することになりますわね。
翌朝になって、偵察に赴きましたわ。昨日、魔物を放った町はどうなったかしら。
「……燃えてますわねえ!」
「燃えてるな」
「なんで燃えてんの?燃える要素あったか?」
まあ、大方逃げ惑う民衆がうっかり燭台ひっくり返したとか、虫を焼き払おうとして町まで焼いたとかそんなところだとは思いますけれど、とりあえず燃えてますわ。町が燃えてますわ。
「兵士の姿も見えるな」
「王都から派遣されてきたのかしら?いえ、流石に早すぎますわね。ということは、この町の自警団かしら」
揃いの鎧兜に身を包んだ兵士達が大量の虫の魔物や、時々混じっているキマイラやらワイバーンやらゴーストやらと戦っていますわね。
虫は普通に倒せているようですけれど、消耗戦になったら数が多い方が勝ちますわ。今の時点でも既に、体力を削られた兵士達がちらほら、虫にやられて死んでいくのが見えますわ。
「この様子ならこの町、落ちますわね」
「むしろ一晩持ちこたえているだけでも相当だな」
それなりに大きい町のようでしたし、兵士も自前で持っている町だったわけですし、今も何とか持ちこたえていることには納得がいきましてよ。むしろ、すぐに滅びられたら困ってましたもの。これは好都合ですわ。
「これだけ派手にやり合ってくれるとは有り難いですわね。虫は頭数稼ぎのつもりでしたけれど……予想外の奮闘ですわ」
「こっちの大陸ってあんまり魔物いないんじゃなかったっけ?だからじゃねえの?」
成程。まあ、それも今は好都合でしかなくってよ。
「なら折角ですし、もう1つくらい町に魔物を撒いてきませんこと?うまくいけば国全体が一気に警戒してくれますわ」
『突然やってくる魔物の大群』を存分に警戒してくれれば、自然と武器や薬の需要が高まりますわ。そうすれば私達の抱えた在庫も一気に捌けますわね!
「分かった。このまま王都の近くまで遠征するぞ」
……ということで、私達は次なる街を目指して馬を駆るのですわ。
それからもう1つばかり町の近くに魔物を大量にばら撒きましたわ。
翌々日には更にもう1つ。その時にはドラゴンも放出しての大盤振る舞いでいきましたわ。
……そう。たった3日余りで、町3つが魔物の大群に襲われた、ということになりますわね。
民衆の不安は一気に高まり、王都も突然の危機に騒然とした様子。
となれば当然……私達にとって都合のいい状況がやってくる、ということですわ。
上陸から1週間。
私達は既に、販路を獲得していましたわ。
「傷薬と包帯?ええ、少なくなってはいますけれど、まだ在庫がありましてよ。大箱1つ金貨2枚でお譲りしておりますわ」
ウィンドリィの王都の大通りで、私達は露店を出しておりますの。勿論、許可も得ていますわ。
今、ウィンドリィの王家は少しでも薬や武器を入手しようと必死なようですわね。それはそうですわ。ある日突然、魔物の大群が襲ってくるかもしれないのですもの。襲われた町でも物資は必要ですし、これから襲われるかもしれない他の全ての場所でもやはり備えが必要でしてよ。
「買いましょう。ところで他に薬はありませんか?毒消しの類があれば……」
「毒消しは今、少なくなっていますのよ……やはりお求めになる方が多いのね。でも、少しでしたらお譲りできますわ。それから、聖水はいかが?こちらは精一杯お安くしておりますから是非、ゴースト対策にお持ちになって?」
……ということで、私達の店は大盛況ですわね。
私達から仕入れて転売しようとする商人も買いに来ていますし、何より、王家からの使いが沢山薬も武器も買っていきますの。
……特に、銀製の武器や聖水がよく売れていますわ。なんとこの国、ゴーストがあまり出ないものだから、そのあたりの対策が全くできていないらしいんですの。ですから、銀製の武器や聖水がよく売れますの。
ちなみに聖水は、銀のナイフを浸けておいた塩水にちょこっと私の血を混ぜただけの代物ですわ。要は、塩と銀で清めた水に魔力を添加したもの、とでも言えるかしら。
でもこんなのがゴーストにはある程度有効なんですのよねえ……。お陰で原価はほとんどゼロなのに飛ぶように売れて嬉しい限りですわ!
そうして露店を1日やると、薬は大分売れましたわ。
「そっちはどうでしたの?」
「よく売れた。チェスタの呼び込みが上手い」
「お、もっと褒めてくれていいぜ!ドランに褒められると悪い気はしねえよな」
あら。薬中も偶には役に立ちますのねえ。
「ジョヴァンとキーブには一度、仕入れに戻らせた方がいいかもしれない。4日もすれば在庫が消えるかもしれない」
「そんなに売れてますの?……ああ、王家の軍が買っていったら確かに一気に捌けますわね」
薬もそうですけれど、武器も王家のお買い上げが多いですわ。連中は軍へ配備するために一気に調達したりしますから、本当に一気に売れますのよね。
「この国の貴族の私設軍も武器を買っていくからか、とにかくよく売れる。……それに加えてただの住民も、不安だから、という理由で使えもしない武器を買っていく」
「あら」
貴族の私設軍、というのはまあ、分かりますわ。どの国でも大抵、貴族は独自に自分を守るための兵士を雇っていますもの。そこには当然、武器が必要ですわね。
けれど……民衆が武器を買っていく、というのは、少し意外でしたわね。
「無いよりはあった方がいいだろ、ってことだろうな。銀のナイフがよく売れてるんだぜ。面白いだろ」
「ナイフですの?確かにナイフって軽くて取り扱いやすいですけれど、実際にナイフ1本で戦うなんて、それこそ戦闘訓練を積んでいない素人には難しいんじゃなくって?」
「そうだな。まだ細身の剣の方が素人向きだろう」
魔物と碌に戦ったことが無い者がナイフを使って戦うなんて、無理ですわね。だってナイフって刃渡り、短いんですのよ?つまり魔物に接近しなければ攻撃が当たらない、ということですわ。
ナイフの類の正しい使い方って、思いっきり懐に潜り込んで一撃必殺、ブッスリ刺しにいくことですの。振り回して斬りつけるような戦い方じゃあナイフは役に立ちませんわ。
「……でも、使えもしない武器を買っていくくらい、この国の民衆は不安ですのね」
そう。結局言えることはやはり、『民衆は不安』ということですの。
不安だから薬も武器も買う。使えもしないだろうに、『不安だから』買うのですわ。
……ということは、ここに勝機が、そして商機がありますわ。
「不安を取り除けるものがあれば、それが売れますわよね」
私はドランとチェスタに聞いてみますわ。
「何か、不安を取り除けるものってありませんこと?例えば、現状でも聖水が売れているんですから、こう、神頼みのお守りとかで不安を解消できないかしら?」
「神、か。この国の宗教のことは知らないが、この国の連中も神を信じているのか?」
聖水は売れてますけれどねえ……確かに私、ウィンドリィ王国の宗教事情、あんまり詳しくなくってよ。
「聖水が売れているのは、ゴーストに効くからだろう。信仰心よりも実用性の方が高く評価されているんじゃあないか?」
うーん……多分、そう、ですわね。
となると、ゴーストや魔物を退散させるもの……あ、それ武器ですわね……。
「防具も売れるかと思うが、どうだ」
「そうですわね。確かに、不安を煽って買わせるのなら武器よりも防具の方が良さそうですわ」
防具も一応、そこそこには買い付けてありますけれど、もう少し多めに仕入れてもいいですわね。
「他は……毒は売れないかしら」
「魔物と戦うための毒を売るなら、まだ聖水として売った方がいいだろうな」
ですわねえ。
となると……新しい商品は……民衆の不安に付け込める隙は……。
「なあ、それやっぱ、酒なんじゃねえの?」
……。
「あ、それとも麻薬?」
……酔いどれ薬中の言うことですけれど。
一理、ありますわね……?




