5話「さあ虫達よ、行ってらっしゃいまし」
ごきげんよう。ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアよ。
私は今、ダーツを投げて魔物をけしかける国を決めるところですの。
ところがダーツがありませんでしたわ。仕方ありませんから適当なナイフで代用しましたわ。
壁に地図を貼って、ナイフを投げて、刺さった位置は……。
「あ、ウィンドリィ王国ですわね」
はい。決まりですわ!海を挟んで1日半の向こう側にある小国が、今回の獲物ですわ!
「潮風が気持ちいいですわね」
港町エルゼマリンから船を出して、私達は私達の国オーケスタ王国から隣国ウィンドリィ王国へと向かっていますわ。
今日は快晴。絶好の侵攻日和ですわね。こういう日の船旅というのは中々悪くなくってよ。
「それにしてもこんなにいい船、よく手に入りましたわね」
そして何より、この船!
5人で乗るものですから小さなものですけれど、相当いい船ですわね。
小ぶりな外見からは考えられないほどしっかりとした船室があって、何なら厨房まで完備してあって、それでいて素晴らしく良く走る船ですわ。1人か2人で操縦できるのも素晴らしくってよ。
「この船は元々フルーティエ家のものだったのを頂いてきた」
「ああ、納得しましたわ」
こんな船どこで手に入れたのかと思ったら、どうやらフルーティエ家の船をかっぱらってきたみたいですわね。
まあ、没落した家の船なんていつまでも港にあったって仕方ありませんもの。頂けるものは頂きますわよ。おほほほほ。
甲板で日向ぼっこしたり、美しい青い海と青い空の境界を眺めたり、飛んできた海鳥を射落としてみたりと船旅を満喫しながら半日。
やがて日は高く昇って、傾いてきて……夕暮れてきますと、また海の風景は美しさを変えますの。
空には鮮やかな杏色の雲がたなびいて、海は赤い太陽の光を反射して煌めいて、それでいて夜の気配を感じさせる黒を覗かせて……。沈んでいく太陽と、暗くなっていく海。少し冷たい風に吹かれて海を走る船の上。見渡す限りの光と影、水と空。心が洗われるような、そんな光景。
……何とも贅沢な時間ですわね。
舵輪を握りながら前方にまだ見ぬウィンドリィ王国を見据えて、私は静かな興奮に浸りながら、海を往きますわ。
そうして太陽はいよいよ海の端へと消えていき、代わりに月が銀色に輝き始めますわね。
「お嬢さん。ぼちぼち交代の時間だぜ」
「あら。もうそんな時間?」
広がっていく宵闇の中、交代のジョヴァンがカンテラを提げてやってきましたわ。
「夜の間は俺が船走らせとくから、お嬢さんは寝てな。どうせ陸に着いたら俺は留守番で実働はそっち4人になるだろうしね」
あら。その申し出はありがたいですわね。
でも……心配でもありますわ。
「……もう陽が沈みますけれど、あなた、1人で大丈夫ですの?」
「ん?ああ、仮眠は摂らせてもらってるよ」
「いえ。じゃなくて。夜に船って動かせますの?」
「ああ、心配しなさんな。方角は星見ときゃ分かる。魔物が見えたら流石に全員叩き起こすことになるだろうけどね」
「魔物が『見えたら』って……見えますの?」
そう。もう辺りは真っ暗。海に明かりがある訳も無く、光をもたらしているのは空に浮かぶ月と、手元のカンテラだけですわ。
海にも魔物は居ますの。ですから、碌に何も見えない夜間こそ、慎重になるべきなのですけれど……。
「ああ、言ってなかったっけ?俺の目は片っぽニセモノでね」
ジョヴァンはそう言って、笑いましたわ。
「暗いところがよく見えるのよ」
「……ニセモノ?義眼ですの?」
「そ。特別製でね。ちょいとズルが利くようにできてる」
間近でじっと見てみても、義眼だって分かりませんわね。元々暗くてよく見えてませんけれど。
「だから俺は人狼以上に夜目が利くし、生き物の気配もある程度見える。戦闘員じゃあない分、逃げるための能力っくらいは持ってなきゃあならんでしょ」
夜目が利いて命の気配が見える……となると……まさか。
「まさかそれ、『夜の女王の心臓』ですの?」
「そのまさかよ」
あらぁ……それはまた随分なものを眼窩にぶち込んでありますのね!
『夜の女王の心臓』は、夜の女王と呼ばれる魔物の心臓の位置から採れるブルーグレーの宝石ですわ。
夜の女王というのは、リッチの亜種、と言えばよいのかしら。普通のリッチよりも魔力が強くて、それでいてゴーストのように実体も無いという厄介な魔物ですわ。死者の国の女王ですから生命の気配にとても敏感で、こちらが相手に気づかない間に向こうは攻撃してくる、という嫌らしい敵ですわね。
相当珍しい魔物ですし、その『心臓』となると、やっぱり相当珍しいですわ。『夜の女王の心臓』は、夜の女王が持つ魔力と暗視と生命探知の力をぎゅっと凝縮した呪物ですのよ。
……まあ、その効果ってほとんど呪いみたいなものですけれど。
だって、暗いところでもよく見えるということは、見たくないものも見えるということ。生命の気配が分かってしまうと、中々落ち着かないこともあるんじゃないかしら。
大抵、金持ちの軍が1個くらい持ってることがある、という程度なものですわ。偵察者が『夜の女王の心臓』を握り込んで、その力を使って夜間の偵察や見張りを行うためですわね。
……ええ。『握り込んで』ですわ。決して『目ン玉の代わりに入れとく』なんてことは普通、しなくってよ。
魔物由来の呪物ってそういうものですわ。長く触れ続けるべきではない、とよく言われますわね。魔物は人間の魔力を変質させてしまうことがあるんですのよ。
まあそれを言ってしまうと私は魔物由来のものを血の中に取り込み続けた結果がコレですからあんまり人のことは言えませんけれど。おほほほほ。
しかし……ジョヴァンはそれを、常時、眼窩に入れっぱなし、ということですわね。ええ。こいつ、割と気が狂ってるんじゃありませんこと……?
「……あのね、お嬢さん。お嬢さんはよく見えてないんだろうけど俺にはお嬢さん、よーく見えてるからね?あんまり見つめないでくれる?照れるから」
「あらごめんあそばせ」
色々考えていたら思わずまじまじと見つめ続けてしまいましたわ。
でも、まじまじと見てみると確かに義眼だって分かりましたわ。左目だけ、底が見えないんですの。微かな違和感もありますわ。ぞくり、とするような……やはり『人間じゃない』かんじなのかしらね。
「ま、そういうわけだから。夜の見張りに俺は最適って訳だ。いい?」
「分かりましたわ。そういうことならお任せしますわ」
まあ、義眼の是非は置いておくにしても、とりあえず夜の見張りは任せても大丈夫そうですわね。分かりましたわ。
……ついでに、ジョヴァンに幻覚の魔法を使っても効かなさそう、ということも分かりましたわ。こいつの目を誤魔化すのは難しそうですわね。特に今のところその予定はありませんけど。
「よし。じゃ、後は俺に任せてお嬢さんは夕食食べてきな。……あ、それからお嬢さん。寝る前にドランの様子、見てくれる?今夜は月が綺麗だから尻尾出してるかも」
「出てたら撫でておけばいいかしら!?」
「やめたげてね。あいつ、尻尾にも触覚あるんだから。……じゃなくて、尻尾が気になるみたいだったら、太陽の石か何かちょっと貸してあげて」
ああ、人狼って月で体が変化しますから、その逆で太陽の光を浴びれば戻る、ということですのね?成程、分かりましたわ。太陽の石なら寒い時のために一欠片持ってきていますから、それを貸してあげればいいですわね。
ジョヴァンと別れて船室に戻ると、他の3人は夕食を摂っていましたわ。とは言っても、船の上で調理できる技術がある者は居ませんから、用意してきた食事を食べるだけですわね。それでもやっぱり食事すると落ち着きますわね。
食後に飲み物の瓶を開けて飲みながら、ちらっとドランの背後に回ってみますと……。
「あ。聞いた通りですわ!」
「どうした」
ありましたわ!尻尾出てますわ!
「……ああ、尻尾か」
「ええ!出てるかもしれないってジョヴァンが言ってましたわ!ねえ、触ってもよろしくって?」
「……少しなら」
許可が出ましたわ!触りますわ!はー!ふかふかですわね!これ千切って襟巻きにしたいくらいでしてよ!
「ジョヴァンが、あなたが尻尾が気になる様子だったら太陽の石を貸してあげて、と言っていましたけれど。どうですの?使いますこと?」
「いや、今回はそんなに酷くない。大丈夫だ」
あら、そうですの?ならまあ、いいのですけど。
……ところで。
「あなたとジョヴァンって、仲良しですのね?」
「仲良し?……まあ、付き合いは一番長いか」
『仲良し』は否定したいらしいですわね……。まあ、確かに、こいつらが仲良しこよしでニコニコしてたらそれはそれで怖くってよ。
「……俺が『こっち側』に流れ着いた時、偶々あいつも『こっち側』に流れ着いていた。それだけの縁だが、まあ……腐れ縁だな」
ふーん?つまり悪い事するようになった時期が大体一緒だったからつるむようになった、ってことかしら。
ドランは大方、人狼狩りに遭って裏世界へやってきたのでしょうけど……ジョヴァンはどうしたのかしら。単にグレたのかしら?
まあよくってよ。それはまた暇な時にでも聞きましょう。
今はさっさと眠るべきですわ!そして明日への活力をしっかり備えて……明日はいよいよ、集めた魔物の放出ですわ!ああ、楽しみで夜眠れるか不安ですわ!
眠れましたわ。案外やればできるものですわね。
さて、気持ちよく目覚めてみたら、もう朝でしたわ。操舵はキーブに交代されてましたわね。
「ごきげんよう。気持ちのいい朝ですわね」
海の上の朝はこれもまた清々しいですわね。気分よく一日を始められますわ。
「おはよう。見えてきたよ。ほら」
そして……キーブの指差す方向を眺めてみますと、そこには確かに、陸地の陰が見えますわ!
「ああ、あそこが滅ぶ国ですわね!」
「別に滅ぼさなくてもいいだろ。適当に手加減した方が搾れるじゃん」
「まあ分かってますけれど、適当に弱ったら流石にオーケスタの王家が戦争吹っ掛けに行くと思いますわよ……?」
というか、今回、私達より先に王家が動かないこと自体がおかしいのですわ。流石に、いい具合に弱ったカモが周辺に居たら狙うとは思いますけれど……。
……まあ、そこらへんは私達の知ったこっちゃありませんわね!
朝が来て、昼が来て、そして夕方の気配が忍び寄り始めた頃。
「やっと着きましたわ!ウィンドリィ王国!」
私達はようやく、目的地に到着しましたのよ!
港に入るわけにはいきませんから、人気のない入り江を探して、そこに船を停めますわ。
念のため、ジョヴァンとキーブを船の留守番に残して上陸したら、私とドランとチェスタはそこから移動ですわね。
「まずは町を1つ潰すべきですわね」
「そうだな。ある程度実害が出てからでなければ、大規模な対策にはつながらないだろう」
「潰すのどこにする?適当に見つかったところとか?」
「そうですわねえ。案外、ウィンドリィの王都が近いんですのよ。ですからその近郊、それでいてすぐさま王都が狙われないような位置、かしら……?」
私達は地図を広げてああでもないこうでもないと相談しながら……決めましたわ!
「めんどくさいからダーツで決めますわ!」
ということで、地図に適当にナイフ投げて刺さったところにあった町に到着しましたわ。空間鞄に入れて持ってきた馬に乗って走ること2時間。私達の目の前には、賑やかな街の姿が見えていてよ。
そこで私達は少し観光などを楽しんで(まあ楽しむ程見るところがある町でもなかったのですけれど)、町のあちこちに魔物が好む匂い(人間には無臭に感じますわね)の香草を撒いて、撒きながら移動して……そして。
「では参りますわ」
私達は町の傍の小高い丘の上の木の上で、空間鞄を構えて……逆さまにして、振りましたわ!
「キーブは置いてきて正解だったな」
「あ、やっぱりそう思いましたのね?私もそう思いましたわ。今この目の前の光景を見て、確信に変わりましたわ」
キーブは連れてこなくて正解、ですわね。
だって今、私達の登った木の下……虫の魔物がうぞうぞうぞうぞしてるんですもの……。
……やっぱりちょっぴり、気持ち悪くてよ。
「さあさあ行ってらっしゃいましー」
やがて、大量の虫の魔物達は幻覚の魔法と香草の匂いにつられて移動を始めましたわ。一度、移動が始まってしまえば、町の方へ魔物達が動いていくのを見送るだけですわね。
「……さて、では適当に他の魔物も出したら帰ることにしましょうか」
「そうだな」
「これ、虫じゃない奴出していい?流石に虫ばっか見るの、もう嫌なんだけどさあ……」
「何言ってるんですの?虫が最優先ですわ!少なくともある程度は鞄の中から出しておかないと中であふれて大変なことになりますわよ!」
「うええ……それも嫌だなあ……」
私達はその後も引き続き適当に鞄の中身をぶちまけて、必要量をぶちまけ終わったら船に帰ることにしましたわ。
その頃にはもう、さっき観光していた町から火の手が上がっていましたわね。上手く行っているようで何よりですわ!




