28話(間奏:王城の会議室にて)
その日、王城は激震した。
古くから続く名家の1つ、フルーティエ家の当主が怪死を遂げたと知らせがあった。
更に、跡取りであったフルーティエ家の長男もまた、行方不明。
更にフルーティエの倉庫が炎上し、ワイナリーはスライムの大発生による被害が甚大。他にも、商船の乗組員が惨殺されたり、別荘が燃やされたり、召使いが行方不明になったり。……数々の不運の末、フルーティエ家は没落したのだ。
だが、立て続けに起こった一連の不運は、ただ『不運』で済ませられる類のものではないと皆に直感させた。
……そう。これらはその背後に、何者かの悪意を確かに感じさせたのだ。
そしてその悪意の主が居るとすれば……ただ1人。
処刑台にて王家を侮辱し、民衆を混乱させ、そしてあり得ないことに、処刑台から脱出してみせた。
『悪魔に魂を売った娘』こと、ヴァイオリア・ニコ・フォルテシア。
彼女こそがフルーティエ家に災禍をもたらした張本人ではないかと、王城ではまことしやかに囁かれている。
「……なんということだ」
フルーティエ家没落の報せを受けた王は嘆く。
ここ半年以上、良いことが何も無い。
フォルテシア家が没落してからというものの、国は徐々に、しかし着実に混沌の淵へ沈もうとしているのだ。
……無論、王家とて何もしなかったわけではない。ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアの手掛かりを得ようとエルゼマリンのギルドを吊るし上げてみたところ、そのギルドの協力でヴァイオリア・ニコ・フォルテシア本人を捕らえることができた。
エルゼマリンのギルドから黒金貨1枚の罰金を得られた他、エルゼマリンで起きたギルドの反乱分子による内乱も無事、謎の騎士によって鎮圧されて、今、エルゼマリンは元通りの平穏さと元以上の秩序をもって動いている。
そう。確かに成功も幾らかはあったのだ。
……だが、折角捕らえたヴァイオリア・ニコ・フォルテシアは大胆不敵にも処刑台の上で王家を侮辱し、呪いの言葉を吐き、遂には逃げて跡形もない。
ギルドから徴収した黒金貨は、途中で兵士達の手から奪われた際にすり替えられたらしく、鑑定の結果贋金であったことが分かった。
エルゼマリンのギルドは唯一残った成功であるが、どうして反乱分子が立ち上がったのか、また、反乱からエルゼマリンを救った謎の騎士は一体何者だったのかなど、謎は多く残っている。
そしてもう2つほど、王を悩ませているものがある。
1つは、特に地方における貴族の堕落である。
……どうも最近、貴族の間で麻薬が蔓延しているらしい。
碌に娯楽も無い地方である故に、麻薬という悪しき存在が蔓延ってしまうのも仕方ないのかもしれない。だが、麻薬が蔓延しているのならば、それを売る何者かが居るはずなのだ。違法な薬物を売り捌き暴利を貪る者が居るなら、国としてその者を捕え、罰せねばならない。
だが、どうにも見つからない。
麻薬を大規模に栽培しているのならば、どこかの土地に麻薬畑があるはずなのだ。なのに、それらしい目撃情報が何も見つからない。
更に、魔法薬を元にした麻薬も出回っているようなのだが、そちらの麻薬は解析することすらできていない。どこで誰がどのようにして製造しているのか、まるで分からないのだ。
植物の麻薬と魔法薬の麻薬。その2つが同じものとは思えないが、どちらも同様に見つからない。
これは由々しき事態だった。
そしてもう1つは、謎のスライム大量発生だ。
ポアリスの街全体を覆う程のスライムが発生したことも記憶に新しいが、それ以来、あちらこちらでスライムの大量発生が確認されている。今回、フルーティエ家のワイナリーが壊滅的な被害を受けたが、それも原因はスライムによる食害である。
……こちらも、原因の解明はまるで進んでいない。
元々、スライムはその生態がよく分かっていないのだ。弱く、資源にもならず、適当に増えては適当に死んでいくだけの生き物なのだ。粘液の利用法などは多少研究されているものの、まさかスライムの生態自体を研究しようなどという者は居ない。
よって、何故スライムが大量発生するのかについて、まるで原因が分からないのである。
原因が分からなければ、対策もできない。現状、王家ではスライム駆除剤を増産して、スライムが発生する都度その場へ向かって駆除剤を撒く、という、後手後手に回った対応を取らざるを得ない状況なのだ。
「民衆はスライム大量発生による被害に怒りを露わにしております。対策もできなければ、兵士達の対応も遅い、と。……さらに、ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアが処刑台で発した言葉によって、民衆は王家への反感を煽られたらしく……」
「黙れ。それ以上は王家への侮辱と見做すぞ!」
王が一喝すると、大臣は震えあがって黙った。
……王とて、大臣が悪いわけではないとも、大臣の言うことが真実だとも、理解している。
だが、募る焦燥と苛立ちは、どうにもし難かった。それほどまでに、王は追い詰められているのである。
「……スライムが思いの外、厄介だな。民衆の怒りもスライムの大量発生が無ければここまでではなかっただろうが……」
スライムの発生が人為的なものだとは思い難い。ある種の自然災害のようなものであるスライム大量発生については、誰にも責任を問えない。
となると……民衆の怒りは、『国』へ向く。
対策しないのは何故だ。何故原因が分からない。補償はどうする。
民衆からの声は皆、八つ当たりめいて国王の下へ届けられる。声は声を呼び、民衆の怒りはもはや無視できない程に高まっている。
「ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアさえ居なければ……!」
……民衆の怒りの原因は、間違いなくスライムだ。或いは、脱獄した凶悪犯罪者達や、彼らによって齎される事件の数々も怒りの原因だろう。
だが。
『声を上げ始めた』原因は……認めたくはないが、きっと、ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアなのだ。
ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアが処刑台の上で発した言葉は呪いのように広がって、この国全体を混沌へと導いている。
……そう。呪いである。
一向に改善しない状況も、数々の事件も、そしてフルーティエ家の没落も。
全てが、フォルテシアの呪いのように思えて仕方がなかった。
「……父上。まずはフォルテシアの娘よりも先に、民衆の怒りをどうにかしなければなりません」
王子の1人の発言に、王は頷く。
今はヴァイオリア・ニコ・フォルテシアのことなど考えたくない。そんな暇は無いのだ。何せ、民衆の怒りというものは随分と勝手気ままに膨れ上がって、気が付いたら取り返しがつかない程になっているのだろうから。
「そうだな。……皆。何か、良い案は無いか?」
王は王子の言葉を受けて、会議室を見渡す。
会議室に揃っているのは、王と王子王女達。そして大臣や側近達の他、有識者や城の関係者、有力貴族などだが……誰もが顔を見合わせてざわめくばかりである。
何せ、『良い案』など、あるはずがないのだ。
民衆の怒りを抑えるにも、まともな方法などありはしない。
……だが。
「気持ちが明るくなるようなお祭りとかがあったらいいんじゃないですかぁ?」
そんな呑気な事を言う者が現れた。
「……アマヴィレ・レント。それはどういうことだ」
「えぇ?だってぇ、皆いいことが無いから元気がないんじゃないですかぁ。だったら楽しい事したらいいんじゃないですかぁ?」
……何を呑気な、と思わざるを得ない。
場違いな発言をした彼女、アマヴィレ・レントはエルゼマリンのギルド職員だった。
ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアについての情報をもたらし、『エルゼマリンのギルドはヴァイオリア・ニコ・フォルテシアを庇っていたし、きっと今もつながりがある』との発言からエルゼマリンのギルドを捜査するに至り、その結果、ギルド職員を協力させ、一時的にとはいえヴァイオリア・ニコ・フォルテシアを捕らえることにも成功している。
……ただ、そのような情報をもたらした人物であるとはいえ、彼女は平民である。政治も碌に分からないらしく、これまでも会議での発言の度、会議室が妙な空気に包まれた。
だがそれでも彼女をここに置いているのには訳がある。
『ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアの情報をもたらした彼女がこのように王城に取り立てられ、平民にしては相当に良い暮らしをしている』という真実を平民達に流すためだ。
平民達はアマヴィレ・レントを見て、『ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアの情報を手に入れればよい暮らしができる』と思うだろう。そうして平民達をヴァイオリア・ニコ・フォルテシア捜索のために動かすのだ。
彼女はそのための人材、いわば、餌なのだ。だが……平民としての視点が、役に立つこともある。
「あれぇ?私、何か変なこと、言っちゃいましたぁ?」
「いや……良い意見だ」
祭り、か。
王はふと、考える。
民衆に娯楽を提供することで怒りを収めさせる、という手段はある種有効だ。
できればその娯楽は『ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアの公開処刑』にしたかったのだが……。
「今年の王国祭は盛大に開く。民衆達にも娯楽を与えるぞ」
王はそう、決断した。
王自身も気が滅入っている。血生臭い話は抜きにして、盛大に楽しめるようなことがあってもいいだろう。アマヴィレがこう言っているのだから、民衆も同じ気持ちであるはずだ。
……それに案外、ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアを誘き出す餌になるかもしれない。
王はそう淡い期待を抱きながら、現実逃避めいた祭りの計画を大雑把に立て始めるのだった。




