26話「殺しましたわ!」
ごきげんよう!ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアよ!
私は今、フルーティエ家の当主に愉快な書状を書かせていますの!
「そう。そうですわ。『フルーティエ家が所有する全ての銃と銃に関連する物品、そしてそれらの製造場所や原料の利権まで、銃に関わる全てをヴァイオリア・ニコ・フォルテシアに譲る』と書けばよいのですわ」
私が銃を突き付けなくとも、背後にドランとキーブが立っていて、更に目の前には私が立っている、というだけで、フルーティエの野郎は見事に言うことを聞きますわ。
まあ、奥の手であったはずの銃はもう遠く離れた床の上。自分の息子は昏倒していて、もう武器も味方も逃げ場も無い状態。それは当然、言うことを聞きますわね!
そうしてフルーティエの野郎に書かせたいものを書かせたら、最後のお楽しみですわ。
「さあ、約束のお金ですわ。どうぞ?」
私は黒金貨(ただし贋金ですわ。当然ですわ!)の袋を逆さにして、床に黒金貨をぶちまけましたわ。
フルーティエの野郎は最早、プライドとか言ってられないようですわね。床に散らばった硬貨をかき集め始めましたわ!
あの気位ばかり高い無能貴族が!床に這いつくばって金を集めていますのよ!いい気味ですこと!
「あなたの今の姿、他の貴族の皆様にも是非ご覧に入れたいですわね。とても面白くってよ」
そう言ってやれば、フルーティエの野郎は随分と憎々し気な顔をしますわね。
「人を脅しておいて、何を……!」
立場が分かっていないようですわね。ついでに、この後の自分の運命も分かっていない様子ですわ。まあ、よくってよ。
「あなたはご自分の命のためにこんなことをしているわけではありませんわよ。だって私、あなたがつまらないことをしなければ、危害なんて加えるつもりはありませんでしたもの。それに……」
私は少し屈んで視線を合わせてやって、フルーティエの野郎に見せてやりますわ。
「銃を持っているなんて、嘘ですわ」
「な……なんだと……」
私は手にしていた銃をフルーティエの野郎に投げ寄越してやりましたわ。
……それは銃でもなんでもない、只の玩具でしてよ。ただ、銃の見た目をなんとなく真似ただけのものですわ。
当然、弾は出ませんし、爆発もしませんの。けれど……馬鹿を騙してビビらせるにはこれで十分でしてよ。
「で、では、護衛達は……」
「彼らの背中に当たっていたもの?それならあなたももう見ましたわね?そこの彼が持っている鉄パイプですわよ」
ドランの手の中にある鉄パイプ。それが、護衛達の背後にあった銃の正体ですわ。
どうせ見えないものですから、こっちはもう本当に何でもよくってよ。ただ金属製の筒っぽいものが背中にぐりぐりやられていれば、『銃』を知る者達はそれだけでビビりますものね。
私達の『銃』の正体に呆然とするフルーティエの野郎ににっこりと微笑んで、私は言ってやりましたわ。
「ね?ですからあなたは脅されたからこうして床に這いつくばってコインを集めている訳じゃあなくってよ。あなたは金のために、自らそうして床に這いつくばっているのですわ」
呆然自失、といった様子でフルーティエの野郎は宿を出ていくことになりましたわね。
「ではごきげんよう。もう二度とお会いすることは無いと思いますけれど」
私の言葉も聞こえているのかいないのか。ただ黒金貨の贋金が入った袋を抱えて、表に停めてあった馬車に乗り込みましたわね。
……そして。
フルーティエの野郎が乗り込んだ馬車が!
炎上!
しましたわーッ!
馬車が燃えてますわね!あの野郎、結局死にましたわねえ!
当然ですわ!生かして帰すわけが無くってよ!
ああ、これでフォルテシアに仇為した愚か者を1人、粛清することができましたわ!とっても気分が良くってよ!おほほほほほ!
「よお。上手くいったみたいだな?」
「ええ。チェスタ。あなたもご苦労様。いい働きでしたわよ」
「はは。そいつは光栄だよ。……ってことで悪いけどジョヴァン。鞄に入れてくれねえ?俺、そろそろヤバいわ」
……ま、そうですわね。立て続けに2件も放火した放火魔ですものね、こいつ。
「はいはい。お嬢さんも入っとく?何ならドランも」
「そうだな。悪いが後は頼んだ」
ということで、燃え上がった馬車に人が集まってくるより先に、私達はジョヴァンの空間鞄に隠れることにしましたわ。
……あ、勿論、馬車の中の黒金貨は回収しましてよ!
こうして無事、王都ではフルーティエ家当主が失意の怪死を遂げて、後日、フルーティエ家は取り潰されることになりましたわ。
長男も行方不明のままですし、商品のあった倉庫もワイナリーも消えたのですから当然のことですわね。
屋敷に残された妻や他の子供達は路頭に迷うことになるのでしょうね。ま、そこは見逃してやってもよくってよ。フォルテシアを陥れたのは主に当主と長男でしたもの。
それに……ぬくぬく温室育ちの貴族連中には没落して尚生きながらえることの方が辛いかもしれませんわね。
さて。
かくして悪のフルーティエ家を華麗に没落させて王都から逃げ延びた私達ですけれど、そのままエルゼマリンに戻るわけにはいきませんわ。
向かう先は、エルゼマリンの東。
フルーティエ家が銃を製造していた場所が、恐らくそこにありますのよ。
王都から南東に向かっていった先。ポアリスの程近くに、鉱山がありますの。フォルテシア家の鉱山もこの辺りにありますわ。
そしてそれらの中から、フルーティエ家のものを探し出し……そこに向かいますわ。
この鉱山の権利は既に私のものですの。だってそういう風に書状を書かせましたもの。そしてこの鉱山にある銃の製造工場も私のものですわ!
「鞄村を思い出させますわね……」
フルーティエの鉱山にあったものは、私達の鞄村を想起させる光景でしたわ。ただし……私達の鞄村の方が、余程環境が良くってよ。
埃に塗れ、ただ淡々と銃身を作る工員達。全員目が死んでますわ。
そして一応、見張りも居るようですわね。見張りが工員達を監視して働かせているようですわ。
見張りの兵士達がフルーティエ家の護衛と同じ格好をしていますから、ここがフルーティエの銃工場なのは間違いないですわ。
……さて。
「ごきげんよう!」
私は工場へ堂々と入っていきましたわよ。
私達の侵入に気色ばんだ見張り達に向けて、書状を突き出しましたわ。
「この工場は本日この時をもって、私のものになりましたわ!分かったらとっとと全員集合なさい!」
工員達は大いに戸惑いながら全員集合しましたわね。
そして兵士達は……。
「貴様!一体何のつもりだ!」
「どういうことだ!ここはフルーティエ家が直々に運営する工場だぞ!?」
まあ、こういう頭の悪いことを言いながら全員寄ってきてくれましたわね。既に武器を構えているあたり、中々にやる気のようですわ。生きがいいのは嫌いじゃなくってよ。
「どうもこうも無くってよ。私はフルーティエ家当主より、正式にこの工場や鉱山、そしてあなた達の権利をも譲渡されましたの。よく聞きなさい!今日からここは!私のものですわ!」
それから私は説明してやりましたわ。フルーティエ家は没落したということ。もうここの兵士や工員の雇い主は居ないということ。そして何よりも、私がここの新たな主であるということを!
「ところであなた達、お給金はいくらもらってましたの?」
兵士達は一体何のことか、というような顔をしていましたけれど、もう一度同じことを質問してやってようやく答えましたわ。
「月に、金貨30枚ほどを、頂いていた、が……」
「そう。……なら、安心なさいな。あなた達の雇い主が死んだとしても、私が新たに雇って差し上げますから。……月に金貨50枚で」
兵士達がぎょっとしたのを見て、私はにっこりですわ。
「雇われるか雇われないかは今ここで決めてくださいな。勿論、フルーティエに義理立てするならそれはそれで構いませんわよ」
そう言ってやると、兵士達は互いに顔を見合わせて……そして全員が、私に雇われることを希望してきましたの!やっぱり給金の高さは魅力ですわよねえ!
兵士達を寝返らせたら、次は工員達ですわ。
「あなた達にも雇われてもらいますわよ。給金は幾らでしたの?さあ、言ってごらんなさい!」
……けど、ちょいと予想外な言葉が出てきましたわよ。
「給金は、頂いておりませんで……」
「私達は奴隷ですから……」
……あー、そういう?そういうことですの?
これはこれで……うーん。
困りましたわね。兵士達については、給金で釣ればよくってよ。裏切る奴が出てきたら適当に見せしめに殺して全員黙らせればいいですわ。
でも、工員については……彼ら、奴隷でしたのね?そして、フルーティエ家当主が死んだことによって、彼らは今、自由の身、ですのよね。
うーん……これ、どうしたものかしら。
色々考えましたわ。どうすれば一番効率よく、それでいてうまいこと秘密を保持しながら銃の製造ができるか。
考えに考えて……そして私は、結論を出しましたわ。
「分かりましたわ。もう面倒ですからエルゼマリンに工場を作りますわ!そしてあなた達全員、まとめてそこで雇いますわー!」
そう。私は第二の鞄村……いえ、鞄工場を造りますわ!
……それから、1か月。
エルゼマリンの貴族街(今は立派なゴーストタウンでしてよ)の一角を買って、そこに銃工場を作りましたわ。
ただし、当然ですけれど只の工場にはしませんでしたわ。
建物の入り口から入っていくと、自動的に空間鞄の中。……ええ。ここが鞄の中だと気づかれないようにしてありますの。
そして空間鞄の中には銃工場を完備しましたわ。……工場の設備ごと、丸ごと空間鞄の中に入れて運びましたの。おかげで移設がとても楽でしたわ。
一方で、鉱山を動かすわけにはいきませんから、鉱山にはきちんとした宿舎を建てて鉱夫を雇って、そこで手に入った鉄鉱石や火薬の原料をエルゼマリンへ輸送することにしましたの。
元々奴隷だった工員達は良く働きますわ。何と言っても、元々無給無休で働かされていたものが、有給有休になったんですもの。当然、作業効率は上がりますわね。
銃は精度が命ですわ。劣悪な労働環境で銃を作らせたりしたら、どんなバッタモンが出来上がるか分かったもんじゃあなくってよ。
エルゼマリンが命を預ける武器になるのですから、当然、最高の環境で最高の技術を揮わせますわ。
……そう。
私は今、とても良いことを考えていますの。
エルゼマリンをこの世界で初めての、銃で武装された武装集団にしますわ。




