25話「あなたの財産、よく燃えてますわね」
ごきげんよう。ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアよ。
私は今、王都の少し外れの方の、静かな宿の一室に居ますわ。
豪奢な部屋は、貴族のための宿であることをよく実感させてくれますわね。
……こんなところで何をしているのか、ですって?そんなの決まってますわ!
これから!フルーティエ家の倉庫が燃えるところを!フルーティエ家の連中と一緒に見学するんですのよ!
「興奮してきましたわぁ……」
「それ只のヤバい奴の台詞じゃん」
何とでも仰いなさいな。現に私は今!興奮していますわよ!
……既に、フルーティエをおびき出すための文書は送ってありますの。
『あなた達のワイナリーが壊滅的な被害を受けたと聞いている。黒金貨3枚の資金援助をしたい。その代わり、こちらが貴族界に進出した時には仲良くしていただきたい。詳しい話は直接会ってからの方が良い。王都郊外の宿で待つ』というような文面ですわね。
これ、フルーティエとしては『即決でこの話を捨てる』以外の選択を採りたい場合には何が何でも私達に会わなきゃいけませんの。そして出会えてしまえれば、あとは私達の違法改造空間鞄がありますから何も心配は無くってよ。
……そして。
私はこの宿でフルーティエの連中と一緒に、窓から見えるフルーティエ家の倉庫の方を眺めて……そこが爆発炎上するところを楽しみますのよ!そう!そうですわ!やるなら徹底的にやらなくてはね!
折角ですから、倉庫の爆発炎上を肴に、最大限、楽しませて頂きますわよ!おほほほほほ!
「チェスタがうらやましいですわねえ……火を着ける方もきっと楽しくてよ」
ちなみに今回、倉庫に火を着ける係はチェスタですわ。一応、避難経路としてジョヴァンが空間鞄を持って周辺をうろつく予定ですの。チェスタならまあ、大丈夫だと思いますわ。薬中もやる時はやるでしょう。
……特に今回はドランが痛手を負わされているからか、結構気合入ってるらしいですわね。チェスタも、ジョヴァンも。
まあ、気合があるのは良いことでしてよ。チェスタがやる気だったからこそ、私は放火役をチェスタに譲ったのですもの!
「遠くからフルーティエの連中と一緒に倉庫の爆発炎上を楽しむか、自分の手で爆発炎上する倉庫を間近で楽しむか……どちらも選び難かったですわ……」
こういう時は私が2人居たらいいのに、と思いますわね……。
……そうこうしている間に、フルーティエの連中が来ましたわね。宿の使用人が客人の到着を知らせてきましたわ。
「では、予定通りに。キーブ、よろしくね」
「はいはい」
キーブはフルーティエの連中を部屋の中へと呼び込む係ですわ。そのままチェスタに合図を送る係でもありますわね。
「ドラン。体調はいいかしら?」
「問題ない」
ドランは入ってきたフルーティエの連中を押さえ込んだり空間鞄に放り込んだりする係ですわね。
……そして、私は!
「はい、4名様、ご案内」
キーブがそう言って部屋の扉を開け、そこから部屋に入ってきたのはフルーティエ家の当主と息子ですわね。
そして……彼らは、目にすることになるのですわ。
「ようこそおいでくださいましたわね」
優雅にソファに腰かけて、彼らを待ち受ける私を!
そう!私の役目は!彼らを煽るだけ煽って!絶望させるだけ絶望させる!それだけの係!ですわーッ!
「なっ……き、貴様は……!」
「ご挨拶が遅れましたわね。私はヴァイオリア・ニコ・フォルテシア。……王城の玉座の間でお会いした時ぶりですわね?」
立ち上がって彼らを迎えると、フルーティエ家当主はびっくりするほど青ざめて、ガタガタ震え出しましたわ。
「あら、お帰りになるのはお待ちになってくださいな。お話はまだ始まってすらいなくってよ?」
フルーティエ当主とその長男はすぐに退出しようとしたものの、ドランに行く手を阻まれましたわね。
「そもそも、資金援助が欲しくてここへいらっしゃったのでしょう?手ぶらで帰るのは不本意なんじゃなくって?」
私がそう言ったため、というよりは、目の前に立ちはだかるドランが怖くて、だと思いますけれど、フルーティエ家当主達はまた、私の方へ向き直りましたわね。
「……さあ、どうぞお掛けになって?私、あんまり気は長くなくってよ」
私が向かいのソファを示すと、当主と長男はソファに腰かけ、そして護衛と思しき2人はその後ろに立ちましたわ。
……ふふふ、夢みたいですわね。
こうして私の目の前に、私の屋敷を燃やした野郎共が居るのですから。
勿論、私にとっては最高の夢ですけれど、フルーティエにとっては悪夢ですわね。ええ。
「まず資金援助についてですけれど、ここに黒金貨がございますの」
私は懐から黒金貨の贋金を取り出して、フルーティエの2人に見せましたわ。
途端、フルーティエの2人はぎょっとしたような顔で黒金貨に魅入りましたわね。
……2人の意識が黒金貨に行っている間に、キーブに合図を送りますわ。キーブは雷を空に走らせて、チェスタに合図を送ってくれるはずですわね。
「この黒金貨、欲しいかしら?欲しいでしょうね?」
私の言葉に、フルーティエの2人は何を感じとったかしら。流石に何も感じ取れない程愚鈍ではないようですわね。嫌な予感だけは感じつつ、それでも私の言葉の続きを待って……そして、絶望することになりますわよ。
「では差し上げますわ」
私は黒金貨を床に落としましたの。テーブルの下、這いつくばらなければ取れない位置に、ですわね。
「さあどうぞ?お取りになって?」
そう言って、私は満面の笑みを向けてやりましたわ。
「き、貴様、ふざけているのか!?」
「ふざけている?滅相も無いことでございますわね。ふざけているというのならあなた達の方なんじゃあなくって?」
私がそう凄めば、2人とも静かになってよ。
「タダで黒金貨が貰えると思いましたの?それに、あなた達が床に這いつくばるだけで黒金貨が手に入るというのなら、安いお話じゃあありませんこと?」
「安い、だと……?」
「安いものでしょう?没落寸前のあなた達のプライドなんて。まあよくってよ。なけなしのプライドにしがみついて没落したいというのならば止めやしませんわ」
畳みかけてやりますわよ。存分に。ああ楽しいですわねえ!これ、折角ですから衆人環視の前でやりたかったですわ!
それからしばらく、フルーティエ家の2人は迷っていましたわ。
でも、やがて諦めたようにため息を吐くと、後ろの護衛を振り返って言いましたわ。
「拾え。フルーティエ家の者が拾うわけにはいかん」
「あら。つまらないことを仰いますのね」
早速動き出した護衛を前に……私は、背中に隠していたものを出して構えましたわ。
「なっ……!」
「あら。ご存じでしょう?『これ』は元々、私達、フォルテシアのものですわ」
私が構えてみせたもの。……それは、銃、でしてよ。
「ああ、護衛のお方、動かないで頂戴ね。分かると思いますけれど、今、あなた達の心臓の裏側に突きつけられているものもこれと同じですわ」
私の言葉を聞くより前から、護衛2人は身を固くしていますわ。それもそのはず。後ろからキーブとドランが護衛の背中……心臓の位置に、ブツを押し付けていますもの。
「不安に思われなくても結構ですわよ。あなた方がつまらないことをしないなら、この銃が火を吹くこともありませんもの」
私は彼らを安心させるようににっこり笑って……。
「さあ、つまらない頓智は無しにしましょうね。フルーティエの当主様に次期当主様?さあ、どちらが黒金貨をお取りになるのかしら?」
私が銃を下げることなくそう尋ねると、いよいよ2人とも硬直しましたわ。
しばらく、2人ともずっと黙っていましたわ。長男の方はテーブルの下の黒金貨を見て思いつめたような表情をしていましたけれど……。
「……いや、いい。この話は無しだ」
やがて、フルーティエ当主がそう言いだしましたの。
「資金援助など要らん!貴様の手など借りずともワイナリーの分の損失程度、どうとでもなる!」
「あら、そうですの?残念ですわね」
そこまでプライドが大切なのかしら。まあ、構いませんけれど。
「……けれど、本当にそれは『どうとでもなる』のかしら?」
私はそう言って立ち上がると……窓のカーテンを開けましたわ。
「あなた方の資金源。これで全部、潰れましたわよ?」
私が示す先、王都の郊外の方では……フルーティエの倉庫がいよいよ、ド派手な炎を上げて燃え盛っていましてよ!
莫大な資金を投じて銃を開発して製造して、それが今、勢いよく燃えているのですもの。フルーティエ家2人の衝撃は計り知れないものでしょうね。
当主も長男も、窓に縋りつくようにして外を眺めて、その場に崩れ落ちましたわ。
ふふふ、これで連中は没落確定!秒読みで近づいてくる没落に、彼らは耐えられるかしら!?
「……あらあら。あれじゃあ、黒金貨2、3枚程度じゃフルーティエ家は立て直せませんわねえ?」
私の言葉は届いているのかしら。言うまでも無く彼らは分かっているはずですけれど、彼らの耳に言葉は届いていないかもしれませんわね。
「でもご安心なさって。私、まだまだ黒金貨を用意していますのよ。ほら」
そこで私はジャラリ、と音を立てる袋の中から黒金貨を1枚取り出してみせましたわ。途端、フルーティエの2人の顔色が変わりましたわねえ。だって、自分達の命と名誉を救う金が、今、私の手の中にあるのですから!
「……こちらも差し上げますわよ。私が言う通りに、書状を書いてくださったら、ね」
私がにっこり笑うと、いよいよフルーティエの2人は絶望の表情を浮かべて……救いを求めるように、護衛の方を振り返りましたわ。
でもそこにもう、護衛は居ませんの。
フルーティエ2人が窓の外に注目している間に、もう護衛は消えてしまいましたわ。
そう、空間鞄の中に、ね!
「あなた方を守ってくれる人はもういませんのよ。さあ、これですごすごお帰りになってみじめな没落貴族になり下がりますの?それともここで書状を書いて、黒金貨を拾ってお帰りになるのかしら?」
私が決断を迫れば……ようやく、彼らは動きましたわ。
「かくなる上は!」
そう。奴ら、銃を取り出しましたのよ。
「二度、同じ手は通用しない」
ドランはそう言って、振り抜いた鉄パイプをくるり、と回してみせましたわ。
唖然としたフルーティエ家当主の目には、弾き飛ばされて床を転がる銃が映っていますわね。
そしてその横では、フルーティエ家の長男がキーブの雷に打たれて崩れ落ちるところですわ。
「……私、申し上げましたわね?『あなた方がつまらないことをしないなら、この銃が火を吹くこともありません』と」
さて。私は私の手の中にある銃をフルーティエ家当主の額に突きつけて、にっこりと笑いましてよ。
「これが最後の確認ですわ。……あなたのご希望は?」




