22話「やられたらやり返しますわよ」
ごきげんようとか言ってる場合じゃなくってよ!ヴァイオリアですわ!
私……私、目の前ですっかり弱ったドランを見て、彼の言葉を聞いて……『銃』の存在に思い当たりましたの。
『銃』。
フォルテシア家で秘密裏に開発を進めていた、最新兵器の名前ですわ。
フォルテシア家は鉱山をいくつか持っていましたの。そしてそこで、面白い性質の石を見つけたのですわ。
それは、他の鉱石の粉末などと合わせることによって、一気に燃え上がり、一気にはじけ飛ぶ面白い性質を持つ石ですの。
それを使えば、鉱山で岩石を吹っ飛ばすのに大いに役立ちますから、フォルテシアの鉱山は一気に潤ったのですわ。
フォルテシア家の鉱山の秘伝のそれは、『火薬』と名付けられましたの。
……そしてフォルテシア家がその『火薬』を使った兵器の開発に乗り出したのも、すぐのことでしたわ。
『銃』。それがフォルテシアの開発していた兵器の名前。
詳しい仕組みは私には伝えられていませんでしたけれど、火薬の爆発を筒の中で起こして、その爆発によって金属の弾を飛ばす、という……そういう仕組みの武器だと聞いていましたわ。
本来なら帰省してすぐにそれについて知ることができるはずだったのですけれど、屋敷が燃えましたから、結局『銃』の開発については何も分からないままでしたの。
……その銃が、どうしてドランを傷つけるに至ったのかはこの際、置いておきますわ。
ドランを助けた誰かのことも、この際置いておきますわよ。
今……私に必要なこと。それは……。
「ねえ、ドラン。あなたの体の中、もしかしてまだ、銃弾が残っているんじゃなくって……?」
目の前の彼を救うこと。それだけでしてよ。
「お嬢さん!ドランは」
「ああ丁度良かったわジョヴァン!ドランを押さえておいてくださいますこと!?」
丁度良く帰ってきたジョヴァンにそう声をかけると……ジョヴァンは『もしかして自分は何か幻覚でも見ているのか?』みたいな顔をしましたわね。
ええ。たった今、ドランの両腕と両脚をベッドの枠に縛り付けたところでしてよ。
「腕の方、一応押さえておいてくださいな。縛っただけじゃあ振りほどかれそうですもの」
「は……お、おい、お嬢さん、あんた一体なにやってんの」
私はドランの太腿に跨って、よく研いだナイフを強い酒に浸しているところですわね。
「傷口に入ったままの銃弾を取り出しますわ。傷口を抉って、ね!」
ジョヴァンはぽかんとしてましたけれど、私がいよいよドランの脇腹の傷にナイフを近づけていくと、私が何をやろうとしているのか、大体察したらしいですわ。何も言わず、ドランの腕を押さえてくれましたわ。
「できるだけさっさと終わらせますから、耐えてくださいな」
……ということで、私は意を決してドランの傷口にナイフを突っ込みましてよ!
「死ぬかと思いましたわ……」
「そーね……」
……はい。なんとか、ドランの傷から銃弾を取り出すことができましたわ。
あとはちゃんと薬つけて(ジョヴァンの店にあった一番いい奴でしたわ)、ぎっちぎちに包帯巻いて、処置終了、ですのよ。
「……お嬢さんも俺も、血塗れね。お嬢さん、シャワー使う?」
「そうですわね……いえ、あなたが先に使えばよくってよ。私はそれほど血は浴びていませんわ」
私はただ、ドランをベッドに寝かせて止血して弾取り出したぐらいですから、浴びた血もそんなもんですわ。……まあ、弾取り出すときにドランが暴れましたから、そこでほんと私もドランも死ぬかと思いましたけれど……。
「……そーね。俺の方がヤバい恰好になってるか」
一方、ジョヴァンはドラン背負って引きずって持ち帰ってきたわけですから、背中から頭から血塗れでしてよ。肩甲骨くらいまである白髪の半分ぐらいが赤く染まっていて、なんというかほんと不気味ですわ。ほんと不気味でしてよ!
「あー、それじゃあ俺がお先に……いや」
けれどジョヴァンは深ーくため息を吐いて、床に座り込みましたわ。
「駄目だわ。落ち着かねえ。……先に、状況説明していい?」
「俺が見つけた時、ドランは水路沿いを這って歩いてた。……目を疑ったぜ。あのドランがまさか、ああなるなんざ、思っちゃいなかった」
「そう、ね」
ジョヴァンは結構これで動揺していたみたいですわね。話しながら、手が震えていてよ。
「店よりアジトの方が近いだろうと思って、ここに連れて帰った。あとはお嬢さんの知る限りだが……運んでくる途中で、ドランの奴が気になることを口走っててね」
ジョヴァンはそう言うと、じっと私を見つめましたわ。
「『ヴァイオリアみたいな奴が居た』って。……お嬢さん、あんたどこに居た?」
「どこ、と言われましても。地下で穴掘ってましたわ。証拠が必要ならその時捕まえてきたローパーを提出しますわ。或いはローパーを引っこ抜いたせいで落盤したらしい地面を見せてもよくってよ」
「ああ……いや、いい。疑ってるわけじゃあない」
ジョヴァンはやっぱり動揺しているらしく、そしてそれを自覚しているらしく、何とも気まずげな顔をしつつ唸りましたわ。
「『ヴァイオリアみたいな奴』って、つまり、滅茶苦茶に弓が巧い奴、ってことかと思ったんだけどね。でも武器は弓じゃあなかったんでしょ?」
「ええ。銃は弓とは全くの別物ですわ。まあ、弓と同じように、遠距離から敵を撃つ道具ではありますけれど」
私も詳しいものは知りませんわ。何せ私、春休みに帰省したらそこで初めて、銃の試作品を見る予定だったんですもの。
……ええ。そうなのですわ。
『銃』は、まだ完成していなかった、はずですの。
フォルテシアでも、まだ試作段階だったはずで……。
「……誰かが、フォルテシアから情報を盗んだ、という事かしら……?」
「え?」
「『銃』のことはフォルテシアしか知らないはずですもの」
「おいおいおい……お嬢さん。それ言われちゃうと、俺は本当にあんたを疑わなきゃいけなくなるぜ」
ジョヴァンが呆れたような焦ったような顔をしていますけれど、まあ、当然ですわね。ある意味自供したようなものですわ。
でも当然、犯人は私じゃなくってよ。というか私が『銃』なんて便利なもの持ってたら、とっくに何度もぶっぱなしてますわ。
「勿論、私は無実ですわ。ドランを襲ったことなんて無くってよ。……でも、これについて私、思い当たる事はありますのよ」
私が帰省したあの日、屋敷が燃えていましたけれど……メイドのネリーナに聞いた話では、誰かが訪ねてきていた、ということでしたわね。
ということは、その時訪ねてきていた誰かが、フォルテシアから銃の情報を奪っていった、ということは考えられないかしら?
そう……そうですわ!
ドランが襲われた、ということは、『フルーティエの情報を探っている時に襲われた』ということですもの!
なら謎は解けましたわ!
「きっと、フルーティエが投資しているのは、銃を作っている何処か、ですわ!そして、それを探っていたドランが今回、襲われたんですわ!」
色々と繋がってきましたわね!同時に色々と謎が増えましたけれど。
……フルーティエ家の投資先は、銃。
そして今回、ドランはその銃を持っていたフルーティエ家の手の者に襲われた、ということでしょうね。
相手はもう、私達が動いていることを知っているのかしら?ドランのことは殺すつもりだったんじゃなくて?でも逃がしてしまった、と知れたら……。
……うーん、これから私達、どう動けばいいのかしら……?
報告も終わりましたから、ジョヴァンにはさっさとシャワーを浴びてもらって、私はドランを見ていることにしますわ。
……先程よりは随分マシな顔になってますわね。血色も多少はマシになりましたし、表情が幾分顰め面、という程度にまで穏やかになっていますわ。
彼が人狼だからかもしれませんけれど、とりあえずこのまま死ぬことは無さそうですわね。大した生命力ですこと。
……彼の顔を見ていたら、何とも妙な気分になりますわね。眠るところすらあまり見せない彼ですもの。こうして傷を負って倒れて眠っているなんて……あんまりにも非現実的、でしてよ。
ドランを眺めながらぼんやりしていたら、キーブも帰ってきましたし、チェスタが夢の世界から帰ってきましたわ。ええ。アジトに居たのに全く役に立っていませんでしたわね、チェスタは……!
2人に事の顛末を報告すると、2人とも目ん玉飛び散るくらい驚きましてよ。特に、チェスタ。
「嘘だろ……!?あのドランが!?ドランが傷を負うって、一体どういうことだよ!」
「どうもこうも、そっちの部屋で寝てますわよ。気になるなら見てらっしゃいな」
「う……見たくねえ……」
チェスタはまるで二日酔いの酔っ払いみたいにぐったり倒れ込んでソファの上で蹲り始めましたわね。まあ気持ちは分かりますわ。勿論これから現実逃避したくてまた薬キメ始めたら流石にぶん殴りますけど。
「ドランが……って、そんなに『銃』ってヤバい奴なの?」
「うーん、私も詳しくは知りませんの。ただ、火薬の爆発によって金属の弾を撃ち出す仕組みで……矢より速く飛ぶ、とは聞いていますわね。それから、弓のように構える動作が必要ありませんの。懐から銃を出して引き金を引いたら即、攻撃になりますのよ」
特に、銃を知らない人からすれば、あまりにも驚異的な武器だと思いますわ。だって知らなければ対策のしようもありませんもの。
「むしろ、2発撃たれただけで生きて帰ってきたのだから、流石ドランですわね」
お腹に2発もぶち込まれて、それでも生きているのですから……人狼故なのか、ドランだからなのかは分かりませんけれど。でも、不幸中の幸い、でしたわね。
「……銃、ねえ。ドランだって敵わないってなると、随分怖いじゃない」
ジョヴァンが疲れたようにそう言って、ため息を吐き出しましたわ。
「どうする?このまま見逃してもらえるまで潜伏しとく?」
「それは腹立たしいので却下しますわ」
私も、『銃』の恐ろしさは分かりましたわよ。だってドランがやられたんですもの。警戒していたって、私でも避けられる自信は無くってよ。
……でも。
「でも、ドランを倒せる武器ですわよ?……気になりませんこと?」
強い武器、というのは、当然、脅威ですわ。
けれどそれは、『敵に回ったら』の話。
……つまり!
「銃を奪い返しますわ。フォルテシアから物を盗んだこと、深く深く後悔させてやりますの」




