20話「掘りますわ」
ごきげんよう!ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアよ!
私はエルゼマリンの危機を救った謎の英雄として兵士達の記憶に残りつつ、颯爽と消え去ることに成功しましたわ!
その後のことをあまり考えていなかったせいで山賊のアジトで夜明かしする羽目になりましたけれど、まあそれは良くってよ。
これでエルゼマリン分裂騒動は見事終息。ギルドはまだまだこれから王家の介入があるでしょうけれど、ひとまずは荒れた町の復興が先ですもの。今のギルド所長のままギルドを運営することになるでしょうね。
……そう。
つまり、エルゼマリンは……遂に!私の思い通りに動く素晴らしい町になったのですわーッ!
清々しい気分でしてよ!おほほほほほ!
さて。私は結局、山賊のアジトで1泊半してから、深夜のエルゼマリンに戻りましたわ。
兵士達も居るんでしょうけれど、どうせ居るのはギルドのある港町と市街地の方面ですわ。貴族街の方から入ってくれば案外バレませんわね。
そして私達のアジトの出入り口は貴族街の端っこですから、案外出入りは簡単ですの。誰に見つかることも無く、無事にアジトへ戻れましたわ。
……しかし、ですわよ。
「あっこれ嫌な予感がしますわ」
アジトの近くの地下通路に、スライムが1匹、居ましたの。
草食の大人しいアオスライムですから、害はありませんけれど……。
「ああああああ!やっぱり漏れてますわ!」
「お帰りお嬢さん!見ての通りだ!スライム駆除、手伝ってくれ!」
案の定でしたわ!スライム漏れてましたわ!
そういや空間鞄に餌と一緒に放り込んだまま、フルーティエ家のワイナリーに放す計画を塩漬けにしてしまったものだから、中でスライムが増え放題だったんですわね!
「これ、最初に気づいたの誰でしたの……?」
「僕。戻ってきたら倉庫の床がスライムで見えなかった」
あらぁ……それはお気の毒でしたわね……。
「信じられる?僕が気づくまでドランもチェスタもジョヴァンも気づかなかったんだけど」
「ごめんごめん、俺もドランも酔ってたのよ」
「チェスタは?」
「お嬢さん。こいつが素面で居ると思った?」
思いませんわね。ええ。
……ということで、酔っ払い達が見逃したことで、スライムは増え続けていた、というわけですわね。
今のところ、スライムはぴょこ、ぴょこ、という程度の間隔で鞄から漏れてくるだけですから、1匹ずつ掬っては別の鞄にとりあえず放り込んでいますわ。
……スライムって駆除するのは簡単なんですけれど、室内でうっかりそれをやってしまうと、部屋の中が粘液だらけになって収拾がつきませんの。ですからこういう時はスライムを生け捕りにして、適切な場所で駆除するべきなのですわ!
「このスライムはどうする」
「もうフルーティエ家のワイナリーに放り込んできてしまいましょうか?」
「だが、連中は何か企んでいるらしかったな」
……そうなんですのよねえ。
このスライム、増えるだけ増えた奴でもうじき2つ目の空間鞄がいっぱいになりますけれど。これ、どう処分しましょう。
予定通り、フルーティエ家のワイナリーにぶち込んでくるのが良い気もしますけれど、それにしたって、空間鞄にたっぷり2個分、ですのよ?ちょっと持て余しますわね?
大体、ドランの言う通り、フルーティエは何かに『投資』しているらしい、という話はもう聞こえていますもの。よく分からないところを下手に突っつくのは少し怖いですわね。
……という具合に悩んでいたところ、
「あ。じゃあドラゴンの餌にするのはどうだ?ほら、あいつら雑食じゃん」
チェスタがそんなことを言い始めましたわ。
「え、本当にドラゴンってスライム食べるの?僕そんなの聞いたこと無いけど?」
「いや、食うらしいぜ。味の好き嫌いはあるみたいだから、食わねー奴も居るだろうけど」
あら、そうなんですの?ドラゴンに好き嫌いがあって?……まあ、いいですわ。物は試し、ですわね。
これでドラゴン達が本当にアオスライムを食べてくれるなら、これだけ増やしてしまったアオスライム、無駄にならないのですけれど……。
ということで、子ドラゴン達にスライムを与えてみましたわ。
当然、スライムの方はドラゴンを前にしても特にどうということはなくぷるぷるしているだけですわね。スライムって基本的には多産多死の生き物ですから、いざ食われる、という時にも潔いんですのよ……。
一方、ドラゴン達は生まれて初めて見るスライムを前に、興奮気味ですわね。
ぷるぷるのスライムを前足でガシガシやったり放り投げたり。……あっ、もうこれ餌じゃなくておもちゃですわね?
しばらく見ていたら、スライムを齧るドラゴンも居たのですけれど……口に合わなかったようですわ。進んで食べようとはしませんわね。
「あー、食うってかんじにはならねえかぁ」
「まあ、美味しそうではありませんものね」
アオスライムなんて特に、只の水ですもの。見るからに、水ですもの。多分、無味無臭ですわよこんなん。美味しくはなさそうですわ。
「味が気に食わないんだったら、味付けしたら食うかな?」
ドラゴン達がスライムを食べないと見るや否や、チェスタは……何をトチ狂ったのか、棚から甘いリキュールを取り出してスライムにぶっ掛け始めましたわ。
「ちょっと、チェスタ。あなたまさかラリってるんですの?お酒だけですわね?」
「ああ。酒飲み始めたら薬はまあいいかなって思ってさあ」
流石、筋金入りの薬中はやることが違いますわね……。ただのほろ酔いでこれですもの。びっくりですわよ。
まあ、エルゼマリン内乱も一段落しましたし、これくらいのおふざけは大目に見ても……。
「……あ。色変わった」
「えっ?」
……私達の目の前でプルプルしているスライムは、何故か……チェスタが注いだベリーのリキュールを内包して、体内に甘そうな赤色を漂わせながらぷるぷるしていましたわ。
それから私達はしばらく、スライムに何かをぶっ掛けてはドラゴンに食べさせる、という謎の実験を繰り返しましたわ。
いえ、ほんと何やってるのかしら、私達……。酔っ払いが集まると碌なことになりませんわね。まあ私、酔ってませんでしたけど……。
「やっぱ肉汁ぶっ掛けたスライムが美味いんだろうなぁ。食いつきいいもんな」
「この子は甘いのが好きみたいですわね。蜂蜜やお砂糖をかけたスライムをよく食べますわ」
「塩とレモンのスライムも割といけるみたいだな」
……当面はスライムを調味料漬けにしておいて、ドラゴンのおやつにすることにしますわ。
チェスタが「美味そうだから俺も食ってみる」と無謀にもスライム(のリキュール漬け)を食べて「割といけるじゃんこれ!」と喜んだ数分後、リキュールの酔いが回って酔い潰れましたけれどまあ、いつものことですわね。
その頃には床のスライムも粗方片付いていましたわ。数匹くらいなら、床の掃除をさせるために放し飼いにしておいてもいいかもしれませんわね。うっかり踏んで滑って転ぶようなことがあると悲惨ですけど。
「……ドラン。おい。ちょっと。お前までスライム肴にしだすと俺、ちょっとどうしていいか分かんないんですけど」
「お前も食うか」
「いやあ、流石にスライム食うのはちょっとね……」
一方、ドランはスライムのリキュール漬け、気に入ったみたいですわね。それをつまみに酒盛りしてますわ。要は酒を肴に酒を飲んでいるようなものでしてよ!
「キーブは何か飲みませんの?お酒は苦手かしら?」
「単に気分じゃないんだよ。っていうかヴァイオリアだって飲んでないだろ」
「私は飲んでますわよ?ただ、飲んでも飲んでも酔わないだけで」
こんな日くらいは盛大に飲んでもいいでしょう、ということで、私はもうさっきからものすごく飲んでますわ。まあ、飲んでも飲んでも酔いませんけれど!
私が自分のグラスに注いだお酒を飲み干して2杯目を注ぐのを見て、キーブは「化け物かよ……」と中々な評価を下してくれましたわ。こいつさては後で女の子にされたいようですわね?私はそれでもよくってよ?
「今回、ヴァイオリアが表に出る必要、あった?」
素面のキーブは、若干不機嫌そうに私に言いましたわ。
「『英雄』という分かりやすいシンボルがあれば、王家の目はそこへ行きますわ。他を誤魔化すには最適だったと思いますけれど」
「今、王家の方ではその『英雄』、探してるらしいけど」
あら、そうなんですの?……それは指名手配という意味で、かしら……?
「そういうのやらせるんだったら僕とかジョヴァンとか、せめてチェスタにしとけばいいじゃん。わざわざヴァイオリアが表に出なくってもいいだろ。処刑台に登って1か月もしない内に何やってんの」
まあ……多少、無謀だったかとも思いますけれど。でも、もし私の正体が露見していても、問題はなくってよ。
『ギルドが2つに分かれて内乱を起こしている』という情報が『ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアが現れた』という情報で掻き消されますもの。
私1人逃げるだけなら案外何とでもなりますから、そこはあまり気にしていませんわ。何なら4度目の脱獄に挑戦してもよくってよ!
「……どうせ今後、ギルドとのやりとりは僕がやるんだろ?だったら僕でよかったんじゃないの?」
「雷使いなんてめったに居ませんもの。兵士達の前であなたの能力を明かしたくなかっただけでしてよ」
キーブを使うことも考えましたわ。この子、美少女少年ですもの。『英雄』の肩書を与えるにはぴったりですわ。
でも、キーブが戦っているところを兵士達に見せたら……私の処刑台に雷を落としたのがキーブだって、バレそうですものね……。
「……雷以外の魔法も使えるようにする」
「向上心があるのは良いことでしてよ!応援しますわ!」
キーブも何か思うところがあったらしいですわね。そう言ってため息交じりにジュースの瓶を開けていましたわ。
さて。そうしてアジトの中で薬中がお酒で酔い潰れているのを部屋に運んだり、珍しくジョヴァンが寝てしまったのをベッドに運んだりして、私とドランとキーブだけが残りましたわね。
要は、酒を飲んでも酔っているように見えない奴と、酒を飲んでいない奴と、いくら飲んでも酔えない私の3名ですわ。ええ。
「私、明日からフルーティエの情報を探りに行こうと思いますわ」
とりあえず今日の内に明日の予定は立てておこうと思ってそう言った途端、ドランからもキーブからも何とも言えない顔をされてしまいましたわ。
「……いや、お前は動かない方がいい」
「そっちは僕がやるからヴァイオリアはもうちょっと別のことしてろよ」
あ、そうですの?まあそうですわね?私、処刑台に登った後、英雄としてエルゼマリンに現れてしまっていますし?確かにいい加減大人しくしておいた方がいいかもしれませんわね?
「分かりましたわ。じゃあフルーティエのワイナリーにスライムけしかけてきますわ」
「だから大人しくしてろって」
……分かってますわよ。フルーティエ家が何に投資しているのかが分かってからワイナリーを潰しに行った方がいいですわ。分かってますわよ。でも暇ですわ!折角ですからフルーティエ家を潰したいですわ!潰しに行きたい!ですわ!
「明日からはフルーティエの投資先とやらを調べることになる。ジョヴァンももう探っているだろうから、起きたら聞いてみるといい。俺も動く」
「僕はギルドの方回りながら聞いてくるから。くれぐれもヴァイオリアは外、出るなよ?いいね?」
「分かりましたわよ」
うーん、他の皆が動けるのに私1人だけ動けない、というのは何とも癪ですわねえ……。まあ、仕方ありませんけれど。
その夜、アジトのベッドが埋まってしまったせいで寝床が無くなってしまったドランはソファで寝ることになって、キーブはキーブの家に帰りましたわ。
……キーブの家も、地下道にあるんですの。要は私の真似ですわね。
貴族街の貴族の屋敷から火事場泥棒してきた家具で彩られた家ですから、それなりに居心地も良くってよ。まあ、私の城には劣りますけれど!
そして私も当然、私の家に帰って……そこでふと、思いましたわ。
「きっと今後も私、こうやって地上に出るのが憚られることが多くなりますのね……」
今回もしばらくは地下で息を潜めていた方がいいんでしょうし、うっかり町を歩いていて兵士に見つかったら大変ですわ。夜中ならまだしも、昼間には絶対に出歩かない方がよくってよ。
……でもそれって、息苦しいですわ。
どうにか、昼間でも外に出られる方法……せめて、町の中は難しくても、近所の森に行って魔物狩りを楽しむくらいの外出はできるようにする方法……ありませんかしら?
悩みながらもシャワーを浴びてすっきりしてベッドに入ってほっこりしたらすぐにぐっすりで朝でしたわ。しゃっきり目覚めましたわ。
起きて早々ですけれど、他にやることもありませんもの。アジトへ向かいますわよ。
「おはようございます」
「あー……おはよ」
アジトに着いたら如何にも二日酔いのジョヴァンが気だるげにソファに沈んでましたわね。こいつ今日働けますの?
「早いな」
一方、ドランは二日酔いのふの字もありませんわね。いつも通りですわ。チェスタは多分まだ寝室ですわね。昼過ぎまで起きてこないと見ましたわ。
「だって他にすることがありませんもの」
「暇つぶしに来た、ということか」
「そうですわね」
地上に出ずに過ごすとなったら、鞄村に行くか、ドラゴンかスライムと戯れるか、或いは読み終わってしまった本をもう一度読むか、薬中をつついて遊ぶかくらいしか無くってよ。暇ですわ。
「あーあ、私もどうにかして外に出られればいいのですけれど。顔を隠しても駄目かしら?」
「……やめておいた方がいいだろうな。少なくとも向こう10日程は」
ですわよねえ。私もそう思いますわ。流石に処刑台に上がった人間ですもの、私。
「でも暇は暇でしてよ。何か暇つぶし、ありませんこと?」
ドランは私の言葉に考え始めて……しばらく真剣に考えた挙句、こう言いましたわ。
「穴を掘って埋める作業を延々と繰り返す、というのはどうだ」
「あなたが真剣に考えた結果がそれ、というのが一番面白くてよ」
真顔で何言ってるんですのこいつ。
「俺が捕まっていた時、一時期やっていたが」
「それ拷問ですわよ」
ほんと何言ってるんですのこいつ。
「体を鍛えることはできる」
「だったら穴掘りじゃなくて別のことしますわよ……」
体を鍛えるために自分を拷問にかけるなんて流石に理解できませんわ!
……でも。
「穴掘り、良いかもしれませんわねえ……」
私、ちょっと考えなおしましてよ。
「地下から町の外へ直通で出られる穴があったら、とっても便利ですわよねえ……」




