19話「私、英雄になりますわ」
ごきげんよう!ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアよ。
私は今、これから始まるエルゼマリン内乱を前にしてわくわくしているところですわ。
偽の黒金貨を奪い返させてから4日。
私達は頃合いとみて、行動を開始致しましたの。
最初にすべきは反王家派からの声明発表ですわね。こちらはギルド宛に送りつけておけば勝手に処理してくれますから問題ありませんわね。
内容としましては『碌でもない王家に従うギルドを破壊して、王家から切り離されたギルドを新しく作る』というようなものですわね。
それを受けてギルド所長は、『ギルドの現状をよく思わない連中がギルドから離反して暴れはじめた、応援を求む』というような文書を王家へ送っていますわ。
ちなみに文書を送る時は大体鳥文ですわね。ド田舎ならいざ知らず、エルゼマリンくらい大きな町にもなれば、王都との間の鳥文は確立されていますの。
……さて、ギルドから王家へ連絡がいくのに大体半日。そこから王家が出兵してくるとして1日。
その間1日半と少しの間に私達はドンパチやって、それから適当にムショに入っておくなり逃げるなりすればよくってよ!
「さあ参りますわよ野郎共!エルゼマリンを血で満たすくらいのつもりでかかりなさい!」
私の指揮で、ついに山賊共と冒険者崩れ達が動きますわ。
被害を大きく見せるため、狙うのは市街地、港町ですわ!
とりあえず町を荒らしましたわ!こういうのは得意でしてよ!
戦いの跡らしくみせるために、港の倉庫を一通り襲いましたわ。勿論、倉庫の中に興味があったという訳ではなくってよ。ただ破壊して回るのにとっても都合がよかっただけですわ。
だって倉庫ってひたすら並んでいるんですもの。適当にハンマー持って走り回れば、短時間で相当な『戦いの跡』を偽装できますわ。
……そして同時に、この辺りで王家派のギルド職員や冒険者なんかと戦いましてよ。
こちらは中々、大迫力ですわねえ。何せ、中には事情をよく分かっていないまま応戦に駆けつける奴とか居ますもの。そいつらは本気でかかってきますから、当然、こっちも本気でお相手しますわよ。
なのでどうしようもないことですけれど、ある程度は負傷者が出ますし、多分、死者も出てますわね。まあここまできたらなりふり構ってられなくてよ。
事情が分かっていない連中に一々説明している暇はありませんから、私は『事情が分かっていなさそうなやつ』を見つけ次第そいつを狩ることにしましたわ。これもハンマー持って走り回っていればできる仕事ですわね。後ろからでも正面からでも、頭ぶん殴っておけば大体の奴は黙りましてよ。
こうして『事情が分かっていなさそうな奴』だけ選んで沈めていくだけで、なんとなく『戦いの跡』は演出できますわね。やっぱり負傷者が多くなればその分、説得力が増しましてよ。
それからもギルドに火を放ったり倉庫に火を放ったり廃船に火を放ったりして、夜を迎えたエルゼマリンを明るく彩りつつ、ギルド討伐を目標に私達は暴れまわりましたわ。
戦いは一夜明けて更に激化。その頃にはエルゼマリンの市街地の住民は火を恐れて避難していたので大分やりやすかったですわね。
そうしてひたすら暴れまわったところで、兵士駐屯所の壁を破壊していた私の下へ、ギルド所長がやってきましたわ。
「ヴァイオリア様!王都より連絡が届きました!」
「あら、早いですわね」
「そ、それが……!」
ギルド所長が差し出してきた書状を見ると……こんなのでしたわ。
『派兵の要請を了解した。民衆の避難を優先させるように。火矢を放つ』。
……これはもしかすると、まとめて焼き払うつもりかしら……?
……ちょっと焼いたりちょっと燃やしたりちょっと壊したりする分には問題ありませんのよ。でも、町全体を焼き払われると流石に厄介が過ぎますわ!
というか、王家の連中はもしかして、『もうめんどくさいから親王家派も反王家派もまとめて全部焼いて更地にしよう』とか考えてるんですの!?
「面倒だから私の町を焼こう、だなんてとんだ傲慢ですわね!許しませんわよ!そうですわね!?所長さん!」
「ま、全く以てその通りです」
もしこの町を燃やしてもいい者が居るとするならばそれは私だけですわ!少なくとも王家の手は入れさせませんわよ!
「これより反王家軍は派兵されてきた王家の兵士達を消滅させますわ!いえ!焼滅させますわ!」
町が焼かれる前に、兵士を焼きますわ!応援に来た兵士を壊滅させる勢いで燃やしますわ!
……ただそうなると、反王家派撤退が難しくなりますわね。
要は、黒金貨を奪い返させたときと同じですわ。反王家派が優勢になったなら、撤退する理由がありませんもの。説得力が無いのですわ!
これが演技だなんて思われるとまた厄介ですわ。実際演技なのですから、常に説得力には気を遣わなければならなくってよ!
被害を最小限に、それでいて被害があったように見せて、実際に反王家派と親王家派が衝突した結果、親王家派が勝利し反王家派は滅された、というように見せて、それからエルゼマリンは王家に尻尾を振る犬のふりをしなければなりませんの。
エルゼマリンは戦いの果てに生まれ変わった、と見せなければならないのですわ!『反王家派と親王家派の争いは元々演技で、生まれ変わったように見えたエルゼマリンは実質反王家派に染まっている』なんて思わせてはいけないのですわ!
あああああ!こんなことに頭を使っている暇は無くってよ!この戦いが終わったら私、さっさとフルーティエ家を滅亡させるのですわ!
あっそういえばフルーティエ家が何か企んでいるんでしたわね!?そっちも考えなければならなくってよ!
謎だらけですわ!問題が山積みですわ!けれど今はまだ大人しくしているフルーティエを警戒するよりも、エルゼマリンを焼こうとしている兵士達をどうにかしなければならなくて……。
……あっ。
分かりましたわ。
そうですわ、私がこんなに困っているのですから、兵士達も困ればいいのですわ。
違和感を隠すのは、より大きな違和感。大きな謎と都合のいい嘘があれば、裏に本題があったとしても、とりあえず目の前の謎に飛びつかざるを得なくってよ。
……ということで私、決めましたわ!
「私、英雄になりますわーッ!」
はい。
味方の山賊共や冒険者共に連絡し終えたところで丁度、王家の兵士達が来ましたわ。まずはこいつらを燃やしますわ。
「さて、民衆の避難は済んでいるらしいな?それで、現状はどうなっている」
「確認できました。どうやら現在、反王家派の元ギルド員達が、正規のギルド員達と抗争中、正規のギルド員達はギルド内部に立てこもって籠城戦、ということであり……」
「つまり全員ギルド周辺に居る、ということか。なら簡単だな。ギルド周辺一帯に火をかけるぞ」
兵士達がそんなことを暢気に言っているのを町の外に隠れてそっと眺めつつ……兵士達が下馬し始めたのを見ながら、そこに火の魔法で着火ですわ!
「……兵士って案外よく燃えるんですのねえ」
兵士達がしっかり燃料を積んできていたんですもの。おかげで兵士がよく燃えましてよ。自分達が燃やされるための燃料を背負ってやってくるなんて、なんて健気な兵士達かしら。おほほほほほ。
流石にここで全員焼き殺すことはできませんわ。火が着いていたらそこに近づかないだけの理性が兵士の大半にはありますもの。
でも問題なくってよ。とりあえず私の町を焼かれないために、連中の燃料を全て駄目にできればそれで十分だったんですもの。
馬が暴れて油の壺が落ちて割れたり、火だるまになった兵士が他の兵士に引火させたり、後は勝手にやってくれますわね。
そうして兵士達を散り散りにしたところで山賊達が街門から飛び出してきて、兵士達に襲い掛かりましたわ。火にやられている兵士達に追い打ちをかける程度なら、山賊達にもできましてよ。
あ、ついでに山賊のアジトに居る間に拾っておいたキラーグリズリーを空間鞄から出して兵士にけしかけましたわ。
兵士としては、火にやられて混乱しているところに魔物まで現れてどうにもならない状況ですわね!
……さて。
こうして兵士達が愉快に大炎上大混乱しているところ。
馬に乗って颯爽と現れ、キラーグリズリーを剣の一撃のもとに屠り、兵士達の危機を救ったのは……。
「助けに来ましたわよ!」
凛として馬上で剣を振るう、全身鎧に身を包んだ謎の女騎士!
つまり!私!ですわーッ!
馬上で剣を振るうのは久しぶりですけれど、案外何とかなるものですわね。元々剣の方が弓より得意ですの。馬上でも同じことですわ。
私はキラーグリズリーを馬で蹴倒し、続いてもう1体の目玉を剣で刺し貫いて殺し、更に、兵士へ襲い掛かろうとしていた山賊達の前に躍り出ましたわ。
「なっ、き、貴様は一体」
「名乗る程の名ではなくってよ」
兵士達が唖然とする中、私は敢えて馬から降りず、地面にへたり込む兵士達を見下ろしましたわ。
こうすることで私の身長などを把握させないんですの。私はあくまでも『兵士達の危機に颯爽と現れた謎の騎士』なのですから。
「薬ですわ。お使いなさい」
そして私は馬の上から、薬の入った袋を兵士の1人に投げ渡しましたわ。兵士は袋の中を見て唖然としていますわね。
「あなた方はここで休んでらっしゃいな。反王家派の連中は私がやりますわ」
「ま、待て!」
兵士達の制止は聞かず、私は颯爽と、街門前の山賊達に向けて馬を突進させましてよ!
それから少しすると、私の姿を見た山賊達がすぐに逃げ出すようになりましたわ。ええ。連絡がよく行き届いていますわね。
逆に、事情が分かっていない連中は私を敵だと勘違いして攻撃してきましたけれど、それはなんとか全部避けながら『私は味方ですわよ!』と一々言って回る羽目になりましたわ。こいつらほんと邪魔ですわね!
……でも、『反王家派』の撤退は滞りなく行われましたの。
途中で私を追ってやってきた兵士達も参戦しましたけれど、その頃にはもう、山賊達は這う這うの体で逃げていくだけ。兵士達も無理に追いかけることはせず、一瞬でひっくり返ってしまった戦況に只々唖然とするばかりでしたわね。
……それから数時間後。
兵士達の下へ、報告が入りましたわ。
『反王家派は撤退。王家派の正規ギルド員達の勝利』と。
そして……圧倒的劣勢であった正規ギルドを救った『英雄』についても、しっかりと報じられましたの。
そう。『英雄』。
どこからともなく現れて、危機的状況であった兵士達を助け、エルゼマリンの町から反王家派を退散させた、謎の女騎士!
つまり!私!この私こそが『英雄』ですわーッ!
「この度はご協力ありがとうございました」
「よくってよ」
全て終わった後のエルゼマリン、その街門近くに戻ってきた私は、兵士達に揃って敬礼されていますわ。
なんというか、ここで兜を脱いだらきっと、途端にムショにぶち込もうとしてくるんですわよね、こいつら……。複雑な気持ちでしてよ。
「あの、あなたは一体何者ですか?何故、我々に協力を……?」
「さあ。私はただ、エルゼマリンの平和を守りたかっただけでしてよ」
兵士達の質問にそう答えつつ、私は馬の手綱を握り直しますわ。
「では、ごきげんよう」
「あっ、待って!待ってください!」
馬を走らせる後ろから兵士達の声が聞こえていましたけれど、私は構わず走り去りましたわ。こういう時は喋らない方がボロが出なくて丁度いいんですのよ。おほほほほほ。
……ちなみにうっかりそのまま走って去りましたけれど。
私、これからどこへ行けばいいのかしら……?
今、エルゼマリンに戻ったらちょっと、いくらなんでもあんまりですし……。
……しょうがないですわ。山賊のアジトで1晩過ごしますわ!




