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没落令嬢の悪党賛歌  作者: もちもち物質
第二章:幻覚死銃奏曲「死と乙女」
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18話「青空ムショ恐れるに足らず、ですわ」

 ごきげんよう!ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアよ!

 私は今、囮の方の黒金貨輸送隊に居た兵士2人と『お話し』していましたの!

 非常に楽しく有意義な『お話し』でしたわ。案外さっさと吐いてくれて助かりましてよ。おほほほほほ。




「……拷問の手際がよかったが、そういった訓練を受けた事があるのか?」

「いいえ?勘でしてよ。拷問だなんて言ったところで、結局は駆け引きですもの。人間相手のやり取りなのですから、それほど訓練が必要だとは思いませんけれど」

 はい。まあ、そういう『お話し』を兵士2人としたわけですけれど。このくらいはできて当然ですわね。拷問なんて、分かってりゃいいことはたったの2つだけですわ。

 1つ目は、相手が何をされたら嫌なのか。2つ目は、相手が死ぬ限界点。

 この2つだけ分かっていれば、情報を吐かせることは可能でしてよ。後は駆け引きの技術だけあれば簡単ですもの。


 ということで、兵士2人から得られた情報なのですけれど……まあ、大したことありませんでしたわね。

 元々が囮として使われていた連中ですもの。片方なんて酷いもので、自分達が囮だとも知らずに囮やってましたわ。そりゃあ演技がお上手なわけですわねえ。

 ……分かった事と言えば、今後王家がギルドをどうするつもりなのか、ということの断片的な情報と……あともう1つ。

『フルーティエが何かに莫大な投資をしている』という謎の情報だけですわ。




「まず、ギルドの処遇についてはまあ、分かりきっていたことですわね」

「王家の望みとしては、人員を入れ替えて完璧に王家側の組織にしたい、ということだったな。まあ、分かりきっていたことだが」

 得られた情報は、まあ、こちらの推測通りでしてよ。

 王家の望みは1つだけ。

 ギルドを潰して人員を総とっかえして、改めてこのエルゼマリンを王家の手中に収める、ということだけですわ。

 つまり、ギルドが歯向かってきたならば正面から叩き潰して新しいギルドを設立するつもりで、逆にギルドが擦り寄ってきたならば、それを盾にとりながらどんどん人員を入れ替えていく予定だったのでしょうね。

 ……そして今のところ、後者の道を辿っている、という事になりますわね。ギルドは一応、ちゃんと黒金貨を王家に納めましたもの。その途中で山賊に黒金貨を奪われたっていうのは王家側の落ち度であってギルド側の落ち度ではありませんものね。

「さて、この後ギルドが二分されたら、王家はどう動いてくれるかしら。流石にそれは予想していないようですけれど」

「王家からしてみれば、わざわざ反逆者が自ら名乗り出たようなものだろう。嬉々として潰しに来るはずだ」

「んで、残った奴らは信用しちゃう、ってことだろ?馬鹿みてえ。ははは」

 そうですわね。ま、概ねこちらの狙い通りに動いてくれそう、という程度かしら。今のところは。

 ……ただ。

「それで、フルーティエは一体今、何をしているのかしら……?」

 問題は、そっちですのよ。




 これは、兵士も詳しくは知りませんでしたわ。あくまでも城の中で立ち聞きした程度、ということらしいんですの。

 まあ、当然ですわね。只の兵士が貴族の内情を詳しく知ってたら、私はそいつをスパイだと疑いますわよ!

「何かに投資、だったか」

「そうですわ!麻薬関係の収入が途絶えて没落秒読みになったはずのフルーティエ家が投資、ですわよ!?おかしくありませんこと!?」

「まあ、そんな金どこから出したんだよ、ってなるよなあ……」

「傾いた家をより傾かせてまで投資する価値のある何かがある、ということだろうが……」

 それが分かりませんのよねえ……。

 フルーティエ家の資金源って、恐らくその大半が麻薬だったんだと思いますの。表向きはワイナリーをいくつかやっていましたけれど、ワイナリーはもうじきスライムに食われますし、そもそもそれだけで食っていけるような生活してませんもの。当然、潰れますわね。このままだと。

 ……なのに、投資?それも、莫大な?

 どう考えても不審ですわ。もう絶対これ何かありましてよ。裏で何が動いているのか、確かめないことにはなんとも気味が悪くって仕方ありませんわ!


「だが、今はギルドに集中するしかないだろうな」

「それは分かってますわよ。フルーティエの事はその後ですわ。ええ。エルゼマリンが私の物になってからが本番ですもの。まずは土台を整えなければなりませんものね」

 うーん、フルーティエ家の投資とやらも気になるのですけれど、今は只々、ギルド関係で手一杯、ですわね。

 何と言っても私達、これから『奪った黒金貨をもう一度奪い返させる』『王家に黒金貨が届いて少しの時間を置いて、エルゼマリンで内乱を起こす』『王家からの援軍が来る前にエルゼマリンの内乱を鎮める』という一連の茶番劇の最中ですもの。

 ……ただ、フルーティエの投資の事は、しっかり頭の片隅に置いておきますわ。どこでどう繋がってくるか、分かったものじゃあありませんもの。




 さて。

 私達はそのまま山賊のアジトに逗留して、兵士達が追ってくるのを待ちましたわ。

 暇でしたわ。正直ものすごく暇でしたわ。あまりに暇だったので待ち時間の間に山の魔物を狩っていたら相当な戦果が出てしまいましてよ。多分この山からキラーグリズリーは消えましたわ。

 ……ということで暇潰しをし過ぎた私達でしたけれど、その内やっと、兵士達がやってきてくれましたわ!


「王家の輸送隊を襲った罪!貴様らの命で償ってもらうぞ!」

 と、まあ、そんな台詞を吐きながらやって来た兵士達でしたけれど、私の命で償うには黒金貨は安すぎやしませんこと?

 私の疑問はさて置き、私達は……いよいよ、この茶番劇で一番難しいところを演じますわよ。


 ……ええ。正直なところ、今回、ここが一番難しいところですの。

 黒金貨を兵士達に奪い返される、という部分を、どう真実らしくみせるか。これが一番の難関なのですわ。

 こちらから思う存分犠牲を出せば、ここは乗り切れますわ。こちらが折角盗んだ黒金貨を諦めるだけの理由ができますもの。

 けれど、ここで犠牲を出してしまいますと、この後のエルゼマリン内乱の工作員が足りなくなりますの。ですから、ここはできれば犠牲ゼロで行きたいところですのよ。

 しかし、そうなると私達は『やられる前から逃げ出して黒金貨を諦める』という謎の集団にならざるを得ないのですわ。

 当然、そんなことをすれば兵士達に『何か裏があるんじゃないか』と疑われることは間違いありませんわね。

 では、私達はそこをどのように克服したか。

 どのように、『黒金貨を奪い返される』ことに説得力を生み出したか。

 ……簡単ですわ。




 私達は戦いましたわ。最初はこちらが優勢。アジトの周りに仕掛けておいた落とし穴に嵌まっていく兵士達を嘲笑いつつ、主に弓矢で応戦しましたわ。

 でも、『数に押されて撤退』という判断をしますの。

 ……それが許される程度に大勢の兵士が来てくれたことが幸いでしたわね。

「撤退だ!ブツはこっちにある!逃げきれば俺達の勝ちだ!」

 チェスタが声を上げて合図を出せば、すぐに山賊達も私達も、逃げに入りますわ。

 ……けれど、ここで逃げ切らない、というのが大切な点。

 逃げ切ってしまっては、黒金貨を奪い返されることなく終わってしまいますわ。けれど、ここで黒金貨を落としていく、なんてマヌケなことは許されませんわ。

 では、どうするか。


 ……チェスタは最初、馬に乗っていませんでしたわ。アジトの前に陣取って、弓で応戦する係でしたの。

 けれど、撤退の合図を出したのは彼ですわね。

 それから、周囲の者達がチェスタの前に馬を持ってきたり、チェスタが馬に乗るのを手伝ったりして、チェスタを逃がそうとし始めますわ。

 ……兵士の目にどう映ったかは分かりませんわ。

 単に、逃げ遅れているカモだと思われたのか、はたまた、『何故か周囲が逃がそうとしている。よってあいつは重要人物』と思われたのか。それは分かりませんが……事実だけ言うならば、チェスタはモタモタしている間に兵士に矢を射かけられましたわね。

 そこでチェスタは馬を盾にして矢を逃れ、代わりに馬を失いましたわ。

 そして!逃げ遅れたチェスタは!兵士数名に囲まれますわ!

「よし!捕らえたぞ!」

 ……はい。そうですわ。

 信憑性と説得力を高めるには!黒金貨の小箱を持った状態で!『重要人物っぽい誰か』が捕まればいいのですわーッ!




「チェスタは上手くやっているかしら」

「まあ、今は薬が抜けているから問題ないだろう」

 私とドランとその他山賊冒険者達は、大半が無事、撤退できましてよ。

 ……大半が、というのは、チェスタと一緒に捕まったらしい者達が数名居るからですわ。

 まあ、彼らも殺されはしないでしょう。兵士達としては、今回の事件の黒幕(まあつまり私ですけれど)への情報は少しでも欲しいはず。つまり、チェスタ達を殺すのではなく、拷問にでも掛けて情報を吐かせる道を選ぶはずでしてよ。

 それに……まあ、多分、扱いに困るはずですわ。

『黒金貨強奪事件の主犯』と思しき男が捕まったのですもの。護送するにしても、その場で拷問を始めるにしても、結構悩みどころだと思いますの。

 ……ということで。

「そろそろ行くか」

「拾ってくるだけなら簡単ですわねえ」

 私とドランは、空間鞄片手に、チェスタ達を救出しにまた引き返すことにしましたわ。




 チェスタを拾ってくるのは簡単ですわ。

 兵士達が固まっているところに馬でバーッと突っ込んでいって、チェスタ達とのすれ違いざまに空間鞄の中に彼らを放り込んで、そのまま走り去ればいいだけですわ。

 特に、今回なんて、チェスタ達を兵士達が囲んで警戒しているだけですもの。要は、言ってみれば青空ムショですわ。そんなの脱獄し放題でしてよ。


 兵士数名を轢き殺しながら、チェスタと山賊2名、そして冒険者1名を鞄に突っ込んで、私とドランはさっと青空ムショを駆け抜けていきましたわ。

「なっ……消えた!?」

「なんの魔法だ!?知らんぞ、あんな魔法は!」

「とにかく追え!追うんだ!」

 後ろの方で兵士達が困惑している声が聞こえますけれど、無駄でしてよ。

 私とドランはそのまま馬を飛ばして山の中に入って、無事に逃げおおせましたわ。逃げるだけならそう難しい事ではなくってよ!




 ……その後、兵士達がどうしたかは、私達には分かりませんわ。

 だって逃げてきましたもの。一応、拾ってきたチェスタ達の話も聞きましたけれど、『身体検査されて懐に入れていた黒金貨の小箱を没収された』以外はほとんど何の情報も得られませんでしたわ。

 黒金貨がその後無事に王家に届いたのかも分かりませんし、兵士達が私達を追っているかどうかも分かりませんわ。

 ……けれどそれらの結果はすぐに分かるでしょうね。

 大丈夫ですわ。先に動くのはこちらですもの。


「さあ!いよいよエルゼマリン内乱がはじまりますわよ野郎共!でも今夜はひと時の休息ですわ!今夜はよく食べよく飲みさっさと寝なさいっ!よろしいわね!?」

 私は貴族街で廃墟となった屋敷の1つで、山賊達と冒険者崩れ達を集めて盛大にパーティーと洒落込みますわ!

 今日中に王都に黒金貨が届くと考えて……鍵を紛失した小箱を開けるために連中が頑張っている途中で、エルゼマリン内乱は始まりますの!

 今日はその前々夜祭、といったところですわ!私もたっぷり飲ませて頂きますわよ!


 ……まあ、飲んでも酔えないんですけれども……。


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