16話「盛大なる茶番劇、開幕ですわ」
ごきげんよう!ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアよ!
私は今、『お芝居』に必要な人員を上手く調達して回っているところですの。
こういう時、空間鞄って便利ですのね。とりあえずそこら辺の山賊は全部収穫しましたわ。
さて。山賊を適当に集めて帰ると、もう昼過ぎでしたわ。
……明日がギルドの黒金貨受け渡し、ということになりますわね。
「ヴァイオリア。居るぜ」
「ええ……分かってますわ」
だからでしょうね。街道を歩く、兵士達の列がありましたの。恐らく、今日の内にエルゼマリンに到着して夜を明かして、明日、黒金貨を回収、という手筈なのですわ。
「見つかると厄介だな。鞄、入っとく?」
「そうですわねえ……でも、ここで馬を捨てていくのは勿体なくってよ」
……あ。
「じゃあ、私、鞄の中に入りますわ。そして適当な山賊を1匹出してくださる?そいつに馬を任せればいいですわ!」
ついでに、チェスタが見つかっても、『見たことが無い謎の男が一緒に居た』ということになって情報が混乱しますわね!
はい。ということで私、今、鞄の中でしてよ。
ついでに山賊共に囲まれていましてよ。
「おうおう、お嬢ちゃん。こいつは一体どういうことだ?俺達をどうしてくれたんだ?え?」
「すぐに俺達をここから出せ。さもなくば」
「るっさいですわ。黙らっしゃい」
早速、詰め寄ってきた山賊を捻り上げて放り捨てましたわ。戦闘訓練を受けたわけでもない山賊程度なら、捻るのもそう難しくなくってよ。
途中で山賊のベルトから短剣をスッておきましたわ。太陽の石の欠片の光にぎらり、と輝く刃を見せつければ、山賊共は一歩、二歩と後ずさりましてよ。
「そうですわね。折角ですから、到着するまでの間、あなた達にもう一度きちんと説明して差し上げますわ。その上で、私に協力するかどうか、決めればよくってよ」
「……もし、協力しないって言ったらどうするつもりだ?」
「山に返してあげますわ。お望みならそこで土に還してあげますわ」
親切にそう言ってあげますと、山賊達はすっかり黙りましたわね。ええ、聞き分けの良い人間は嫌いじゃなくってよ。
「ではお話ししますわね。あなた達の仕事は主に2つ。1つはエルゼマリンで暴れまわること。もう1つは兵士の行列に突っ込んで、黒金貨を奪うことですわ」
……ということでしっかり説明して差し上げましてよ。
「よろしくて?あなた達はこれから山賊なんてやめて、エルゼマリンの裏通りのゴロツキになるのですわ!行儀よくしていれば、良い暮らしをさせてやりますわよ!」
ちなみに説明する間にもう2人ほど、話を聞かない山賊を捻りましたわ。全く、人の話は静かに聞くものでしてよ!
「如何かしら?」
「いかが、って……要は拒否権は無いんだろぉ?」
「ありますわよ。その時はお山に帰して差し上げますわ。それだけでしてよ」
「服従か、死か……とんでもねえ奴に捕まっちまった……」
失礼な奴らですわね。多少急ぎはしましたけれど、悪い話ではないはずでしてよ!文句を言われる筋合いは無くってよ!
「ま、まあいいや。俺達はお頭の人となりは知ってるからな。従う。ああ、文句なしだ」
「お頭!肉食いたい!」
「俺は新鮮な女が欲しいぜぇ!何ならお頭でもいい!」
「私に手を出したらちんたま腐ってもげますわよ」
……どうやら、元々私が従えていた山賊達は従う気満々のようですわね。私に従えばよい暮らしが待っている、と彼らは体験からも知っていますし?まあ当然のことですわ!
「残りの野郎共は如何いたしますの?どうぞお好きになさって?……ただ、できることなら協力してくださると嬉しいですわね。勿論その時は仲間として、あなた達を歓迎しますわよ。何なら、1人につき1つ、屋敷をくれてやってもよくってよ!」
さて。そうして残りの山賊達は困り顔を見合わせて……でも結局は、こう言うことになるのですわ!
「……お世話になりやす、お頭」
「よくってよ!」
これで役者は揃いましたわね!山へ死体を埋めに戻る手間は掛からなそうで何よりですわ!おほほほほほ!
そうこうしている間に、チェスタが無事、エルゼマリンに入り込めたようですわね。馬を町の外に繋いだ時点で、馬を運転していた山賊も鞄の中に戻ってきましたわ。
そしてアジトに戻ると、チェスタは鞄から私を取り出してくれましたので、揃って報告、ですわね。
「そっちはどうだった。人員を確保しに行ったと聞いたが」
「ええ。当然成功しましてよ。鞄の中に30人ほど入っていますわ」
こちらも戻ってきていたらしいドランに報告すると、ドランは鞄を見てにやり、と笑いましたわ。
「こっちも20人は確保できた。ギルド伝いの人員だ。それなりに信頼がおける」
「こちらは有象無象の山賊ですわ。でも頭が悪いですから、一度ご褒美を与えればそれ以降は従順に従いますわよ」
合わせて50人。まあ、ちょいと動かすには丁度いい人数かしら。
「仕込みは?」
「ギルドの連中に従わせればよくってよ。あとはお金で何とでもなりますわ」
山賊共の足りない知能は指導者役と餌で賄いますわ!
「ドラン。さっき兵士が居た。もうエルゼマリンに入るぜ、あれ」
「そうか。なら、ギルドへの伝達はキーブに任せることになるな」
ドランと同じく、こちらも帰ってきていたキーブにそうドランが言うと、キーブは如何にも面倒くさそうな顔をしましてよ。
「ああ、顔が割れてないの、僕だけなんだっけ?……別にこの程度ならジョヴァンでもいいんじゃないの?」
「お前の方が見目がいい。あいつは風貌が怪しすぎる」
ジョヴァンの顔の造形が悪いとは言いませんけれど、それにしたって可愛い顔した美少年と痩せぎす男じゃああんまりにも差がありすぎましてよ。やっぱり怪しまれない容姿って大切ですわ!美少女顔の美少年なんて、それだけで信用に値する要素ですもの!
「ま、やってやるけど。……で、贋金はいつできるの?」
「明日には間に合わせる、という話だった。今夜かそこらだろう」
「夜の内にそれ受け取って、ギルドに置いてくるってこと?」
「ものはジョヴァンが持ち帰ってくるだろう。それをギルドに持っていくのはお前だ。できるな?」
「まあ問題無いよ」
キーブは男にしては小柄な方ですし、夜闇に紛れて動くのにも向きますわね。元々は暗殺者なわけですし。こういう役回りにはぴったりですわ。
「ならジョヴァン待ち?俺の出番ある?もう一発キメてもいい?そろそろ辛いんだけど」
「酒にしておけ」
チェスタは相変わらずの薬中ぶりですわね……これでもまともな時があるのがすごいですわ。
「シャワールーム使うけどいいよね?」
「構わない」
チェスタが酒瓶の封を切る横を突っ切って、キーブはシャワールームにいくようですわね。……キーブが女の子だったら一緒に入りましたのにぃ!悔しいですわ!
私とドランもチェスタが開けたお酒のお相伴に与りつつ、そして誰よりも早く潰れたチェスタを見ながら結局は私とドランの2人でお酒を嗜む構図になりましたわね……。
……丁度いいかしら。昨日チェスタに聞いてみた時から……いいえ、その前からやっぱりずっと気になってはいますのよ。ただ、今まで聞く機会が無かった、というだけで。
なら、今がその機会、ですわね。
「ねえ、ドラン。1つ聞いてもいいかしら?」
「何だ」
相も変わらずお酒を飲んでいるとは思えない素面っぷりですわね、こいつ。もう少し酔っぱらってくれたらやりやすいんですけど。
……まあ、迷うようなことでもありませんわね。
「あなた、私と初めて会った時、どうしてムショに入ってたんですの?」
私が尋ねると、ドランは少し、動きを止めましたわ。
……けれどすぐ、何事も無かったかのようにまた、グラスを傾け始めましたわね。
「あなたの腕があれば、捕まらずに出ることもできたんじゃなくって?或いは、捕まってからだって、適当に壁ぶち抜くなり兵士蹴散らすなりして、いくらでも出られたんじゃあないかしら?」
「そうかもな。だが不確実だった。俺1人で兵士何十人と渡り合うのは、流石にな」
「なら、捕まるようなヘマをしなければよかっただけの話ですわね?それができなかったのは、何か理由があったんじゃなくって?」
「何故、それを聞きたい」
「そうね。強いて言うなら好奇心、かしら。知らないことがあるのならば知りたいと思うことは当たり前のことじゃなくって?」
私がそう答えれば、ドランは何というか……怒り、ではなくて、ただ、困惑、というか、虚を突かれたような、というか、そういう顔をしましたわ。
「たかが好奇心のために話したくないと仰るなら、別にそれでもよくってよ。聞いてみただけですもの。あなたが答える義理は無いでしょう?」
勿論、私もそこまで不躾ではないつもりですわ。相手が言いたくないならそこまでで結構ですの。それはドランだって、言うまでもなく分かっているはずですわ。
……でも、彼は話すことにしてくれたみたいですわね。
「仲間が……同族が、捕まったと聞いた。そいつの解放を条件に、俺は捕まった。それだけのことだ」
「……そのお仲間は?」
「死んだ」
ドランはそう言って皮肉気に笑って、何か言いかけて……代わりにお酒を一気に呷ってグラスを空にしますのね。
「生きてるなんて嘘だったわけだ。まあそうだろうな。王家としては、人狼を生かしておく理由が無い。……それを知ったのは、牢に入れられて魔封じの首枷をかけられてからだった」
魔封じの首枷……ああ、そういえば彼、何か枷のようなもの、着けてたかしら。
ということは、私が渡した鍵束の中に、それを外すものがあった、ということですわね。
「俺は同族の場所を吐かせるために生かしておいたらしい。だが口を割らないと判断された。適当な満月の夜に公開処刑する予定だったらしい。……人狼としての特徴が強く出ている時を選ぶため、俺は殺されずにあの牢の中に居た」
「ああ、それで私と会うことになった、というわけですのね」
「そういうことになる」
そう言ってため息を小さく吐いて、ドランはお酒の瓶をもう1本封切りましたわね。開いちゃったならしょうがないですわ。私ももう一杯頂きますわ。
「……好奇心は満たされたか?」
ドランは私のグラスにもお酒を注ぎながら、そう言って少し笑いましたわ。皮肉気でもなく、ちょっぴり諦めるような、ちょっぴり楽しむような、そんな笑い方で。
「ええ。とても」
新たに注がれたお酒は、香り高くも苦み走った、辛口のものでしたわ。
……今夜はこういうお酒がしみじみと美味しいですわね。
「ただいま。できたよ……って、チェスタは何?また潰れちゃってるの、これ」
「酒だ。薬じゃない」
「当然。薬キメてたってんならお前の監督不行き届きでぶん殴ってるぜ」
さて。少ししたらジョヴァンが帰ってきましたわね。ちなみに私はシャワーから出てきたキーブの髪の毛を拭いてますわ。サラッサラですのよ!サラッサラ!これほんとサラッサラ!サラッサラ!楽しいですわー!
「ってことで、キーブ。これよろしく」
「ん。任せろ」
ジョヴァンが渡した小箱をキーブが受け取って、そこで中身を確認、ですわね。
……小箱の中にあったのは……小箱!
「あっこれ知ってますわ!嫌がらせですわね!」
「そういうこと。1個鍵を開けたと思ったらもう1個あるっていうね!」
小箱の中の小箱を開けたら、ようやく黒金貨が出てきましたわ。シルクが敷いてある箱の中、燦然と光り輝く黒金貨。うーん、どう見ても本物に見えますわ。贋金職人さんは良い腕のようですわね!
「じゃ、これ、箱の鍵ね。まだ失くさないでね」
「分かってるっての」
キーブは箱と鍵を懐にしまうと、フード付きのローブを引っ掛けてアジトを出て行きましたわ。
……さて。
これからいよいよ、幕開けますわよ。盛大なる茶番劇が!




