14話「また食べ損ねましたわ……」
ごきげんよう。ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアよ。
私は今、『黒金貨を入れた箱を納めておいて、その箱を奪う。後で箱は返すけれど鍵は返さない。しかもその箱に入れておくのは贋金』というとってもゴキゲンな案を思いついてウキウキしていますわ!
私を処刑台に登らせておいて金まで毟ろうなんてそんな強欲、許しませんわよ!精々鍵をこじ開けてから贋金を見つけてガッカリすればいいのですわ!
……さて。
「シャバの空気は美味ですわ!」
私は無事、アジトへ帰ってきたのですわ!
うふふ、王都の処刑台に登っておきながらこうして生きながらえている者なんて、他に居るかしら?現在の王都の動乱を想像するだけでワクワクして参りましてよ!
「シャバってか地下だけどね。ま、とりあえずお帰り。無事そうで何よりよ」
ジョヴァンは結構ヤキモキしてたみたいですわね。帰ってきた私達を見て、随分ほっとした顔ですわ。
……下手すれば彼以外全滅、ということもあり得ましたもの。今回はそれだけの大舞台でしたわ。
「……今後はもう少し慎重に動く。予定ならもうちょいのんびり事が運んで、地下牢破りできる予定だったんだが……悪かったね、お嬢さん。怖い思いさせて」
「よくってよ。多少の危険に身を曝すだけの成果は得てきたつもりですわ」
何と言っても、一演説ぶちかまして参りましたもの。王都の混乱が目に浮かびますわぁ……。
「流石に即日処刑の報せを聞いた時には肝が冷えたぜ。後悔した。ああこんなことやるんじゃなかった、ってな。……でもお嬢さんが楽しいコトして満足して、無事に来てくれた、ってんなら……ま、それはそれでよかったわ」
「ええ。よくってよ!」
まあ、終わりよければすべてよし、ですわ!
……ただし、私を処刑台に登らせておいて!ギルドからまだ黒金貨を毟ろうとしている王家は!許しませんわァーッ!
はい。では感動の再会も済ませて、いい加減シャバの空気も味わいつくしたところで、いよいよ本題に入りますわ。
「ということで、贋金を作っていただけますこと?」
「やっぱお嬢さん、ぶっ飛んでるわ」
当然ですわ。だって私、フォルテシアの娘ですもの。誰よりも高みへ行くために、積極的にぶっ飛んでいく所存でしてよ!
「贋金、ね。ま、できないこたぁ無いでしょう。材料さえあれば、伝手はある」
あら、それはよかったですわ!彼の人脈があってよかったですわね。
「ただ、材料は無い。こればっかりは中々、ね」
「……子供の雄のドラゴンの角、ですわね?」
「そ。できれば贋金発覚は遅い方がいいわけでしょ?なら、そこはこだわっていきたいところよね」
……黒金貨は、その名の通り黒い金貨、ですわ。
磨き上げられた黒いドラゴンの角のコインに彫り物があって、更にその周りを金がぐるりと囲んで装飾している。そういう硬貨ですの。
要は、黒金貨なんて普通に出回るものじゃありませんから、手の込んだ作りになっている、ということですわ。
「子供の雄ドラゴン、か。見つけるのが大変だな」
「そうですわねえ……市場に出回らない素材ですもの。これは大変ですわ」
黒金貨に使われるドラゴンの角は、子供のころの雄ドラゴンの角ですわ。ドラゴンって雌ドラゴンは白、雄ドラゴンは黒の角を持っていまして、それが生え変わっていきながら、それぞれの色になっていくのですわ。
そして子供ドラゴンの角は見つけ次第全部王家が買い上げることになっていますわ。何故かって、そりゃあ黒金貨の材料だからですわ!
……他にも、王家の装飾品にも使われますわね。子供ドラゴンの、黒い角。
元・婚約者のダクター様も、黒いドラゴンの角の柄の短剣を持ってらっしゃったわね。アレ、盗んでおけばよかったですわ。
「さて。無い素材はどうしようもない。大人ドラゴンの角で黒っぽいの探してみる?」
「とはいっても、子供のころのドラゴンの角と大人ドラゴンの角だと光沢も質感も違いますわよ」
子供ドラゴンの角の滑らかな質感と虹色を帯びたような光沢は、大人ドラゴンのそれにはないものですわ。どうにか、子供ドラゴンの角、手に入りませんかしら……。
と、考えていたらお腹が空いてきましたわ。
そういえば、鞄の中で軽食は摂りましたけれど、それ以外では特に何も食べていませんでしたわね。
いつも通り、パンにチーズに生ハムに……というのも悪くはありませんけれど、シャバに出て最初のご飯ですもの。何か少し特別なものを食べたい気分ですわね。
……あ。
「そうだ。ジョヴァン。まだドラゴンの卵ってあるかしら?」
「え?……ああっ!ある!」
あら。なら今日のディナーはドラゴンの卵焼きにしますわ。これならシャバに出て一発目のディナーとしても丁度良くってよ。
「じゃあ持ってきてくださる?」
「ああ、勿論!すぐに持ってくる!」
ジョヴァンも張り切ってますわね。ドラゴンの卵は絶品ですもの。大きさも鶏卵なんかとは比べ物になりませんし、アジトの全員で分けてもまあよくってよ!ああ、楽しみですわね!
……と、思ったのですけれど。
「では今日のディナーはドラゴンの卵ですわね!」
そう言った途端、ジョヴァンもドランも、チェスタまでもが固まったように動かなくなりましたわ。
「は?お嬢さん、今なんて?」
「ディナーはドラゴンの卵ですわ、と」
「……食べるの?」
「食べますわ」
「孵して角を採ろうってんじゃなくて!?」
「えええええ!?食べるんじゃあありませんの!?」
あんまりですわ!
……はい。
ということで私達、今、ドラゴンの卵を暖炉にくべていますわ。
これ、焼いてるんじゃありませんのよ。孵してるんですの。
ドラゴンの卵って、常温だと仮死状態になっていますの。まるで植物の種のように。
そして、ドラゴンが目覚める時……それは、生まれてから十分に時を置いて魔力をため込んで、それから、親ドラゴンの息吹……つまり、炎を浴びた時、なのですわ。
要は生まれてそれなりに時間が経った卵を適当に火にかけてりゃ、ドラゴンが生まれてきましてよ。
あーあ!折角ドラゴンの卵を食べられると思いましたのに!黒金貨なんかが必要なせいで!私!また!ドラゴンの卵を食べ損ねましたわーッ!こんなのあんまりですわーッ!
「あ、こりゃ雌だ」
しかも孵ったドラゴンは雌でしてよ!角も白くってよ!こんなのあんまりですわ!雌だと分かっていたら食べましたのにー!ムキーッ!
「女ドラゴンかー。……ちょっと似てるな」
「誰が何に似てるですって!?」
「ドラゴンが火ィ吹いてら」
「焼き殺してさしあげてもよくってよ!?」
この薬中、卵と一緒に暖炉にくべてやりましょうかしらーッ!
……結局。
手持ちのドラゴンの卵を全部孵してみたら、まあ、半分ぐらいは雄でしたわ。当然ですわね。
「はい、じゃあ角は貰うぜ」
「ほらほら、泣かないの。あなた、男の子でしょう?」
ということで早速、孵ったばかりのドラゴンの角を採りますわ。
孵ったばかりでもドラゴンはドラゴン。角も立派に美しい光沢を帯びて固く、硬貨にできる立派なものでしたわ。
これで贋金作りも捗りますわね!
……ただ、問題が発生しましたの。
「さて。じゃあ角も手に入りましたし、子ドラゴンは食べましょうか」
「お嬢さん。待って。大人のドラゴンの肉、お嬢さんが狩ってきたお嬢さんしか食べられない奴がまだあるからそっちにして」
「冗談ですわよ。流石にこんな可愛らしいドラゴン、食べられませんわ」
そう。孵してしまったドラゴン……どうしようかしら?
孵ったドラゴンは、全部で7匹!内、4匹が雌で3匹が雄でしたわ。
……ちっちゃいドラゴンがよちよち歩きながら足元に擦り寄ってくるのを見ていると……な、なんか可愛いですわ!なんて都合のいい生き物なのかしら!これが『食べちゃいたいくらい可愛い』ですのね!
「ドラゴンは小さい内から育てれば懐くぞ」
「懐かせてどうするんですの?こんなにいっぱい」
「まあ、懐けば脚にはなるぜ。ドラゴンは速い。馬よりも効率的かもよ。いざという時の為に、1体か2体、何なら人数分、飼っておいてもいいかもね」
まあ……そう、なんですのよねえ……。
ドラゴンは上手に育てれば、いい脚になりますわ。何と言っても空を飛びますもの。馬なんかよりずっと速いですわ。
けれど……育てるにあたって、餌が……場所が……ううーん、どうしようかしら……。
「面白そうじゃん。育てようぜ」
けれど、チェスタはあっさりそう言って、早速、子供ドラゴンの1匹を抱き上げていますわね。
「飼い始めて、後から面倒になったらどうするんですの」
「その時は食えばいいんじゃねえの?」
「あっそれもそうですわね」
まあ、今殺すのも、後から殺すのも変わらないといえば変わらないですわ。下手に生かしておいて面倒なことになるのは御免ですけれど、上手く生かしておけば役に立つのですから……まあ、やるだけやってみても、良いかもしれませんわね。身勝手は承知の上ですけれど、まあ、そんなの今更ですわ。
「場所なら空間鞄がある」
「この子達が大きくなるまで、当面はそこでいいかしらね。餌はスライムでいいかしら?」
「スライム……いや、適当な魔物でも獲ってくるか……」
……ということで。
私達、軽率にもドラゴンを飼い始めることにしましたわ。
まあ当面は、ペット兼非常食、ですわね。
これで贋金の材料は手に入りましたわ。その分、ドラゴンの卵は食べ損ねましたけれど。
後は……これを使って、ギルドにはヘーコラさせつつ、兵士を動かして、おちょくって、時間をかけさせて……その間に、準備しなくてはなりませんわね。
エルゼマリンの分裂の準備を。




