13話「まずは贋金を作りますわ」
ごきげんよう!私、優雅に処刑台からの脱出に成功しましたヴァイオリア・ニコ・フォルテシアですわーッ!
最高!最高ですわね!私、今、最高に輝いていましてよッ!
最高に輝かしい私ですけれど、とりあえずはドランに抱えて走ってもらっている状態ですからね、あまり無茶はできませんわ。
「ドラン、今後の予定は?」
「俺とお前は鞄に入る」
「えっ?今なんて?」
……ドランは路地裏に飛び込むと、そこの塀にひっかけてあった空間鞄に飛び込みましたわ!
ああー!成程ー!空間鞄に人間が入れるなんて、知っているのは私達と鞄村の住民だけですわ!つまり、追っ手を撒くには最高の逃げ道でしてよ!
鞄の中に入ってすぐ、ドランは深々とため息を吐いて座り込みましたわね。
「この鞄はキーブが回収する手筈になっている」
「あらそう。なら安心ですわね」
何といっても、キーブは可愛いですもの。……残酷なようですけれど、可愛いものと美しいものは大抵のことを許されますし、許されなくても誤魔化せますのよ。その点キーブは可愛い顔してるだけでもう大丈夫ですわね。ええ。
「……すまない。待たせたな」
そして、一息ついたところでドランはそう言ってまたため息を吐きましたわ。
「予定よりも遥かに、処刑までの時間が短かった」
「ええ。助けに来ないんじゃないかと思いましたわ」
ここは嫌味の1つで許してやるとしましょう。処刑の進行があまりにも早かったのはドランのせいではなくってよ。
「ああ。俺も間に合わないかと思った」
けどそれを言われてしまうと結構シャレになってなくってよ?
「……いざとなったら用意も何もなく突っ込む気でいたが。ただ、直前になって兵士がごたついたらしくてな。おかげで諸々の準備をする時間がとれた」
「あ、それ多分、鍵穴に詰まったパンをほじってた時間ですわね」
「……鍵穴?パン?」
「あなた達があんまりにも来ないものですから、少しでも時間稼ぎを、と思って。私が閉じ込められていた地下牢の扉の鍵穴にパン詰めてやりましたの」
あの小細工もまあ、無駄ではなかったということですわね。やってよかったですわ。おほほほほほ。
さて。
一回、空間鞄の中に入ってしまうと外がどうなっているのか、まるで分らないのが難点ですわ。音は聞こえませんし、揺れもしませんし。
……キーブは無事にやってくれたかしら?
「ああ、無事に回収されたようだな」
と思ったら、何かが鞄の中に落ちてきましてよ。
それは紙片と……花、ですわね。花は花屋で買ったものかしら。1輪だけですけれど、綺麗ですわね。
そして紙片の方には、『回収完了』とだけ書いてありましたわ。……キーブの字ですわね。ええ。あの子、顔は可愛いクセして、字は全く可愛くないんですのよねえ……。
「俺達への連絡の際には、一緒に花を入れるように取り決めてある」
「ああ、万一、敵がこの鞄を奪ってもそれが分かるように、ってことですわね?」
「そういうことだ」
よくよく見ると、この鞄の中、結構色々用意されてますわね。
武器もありますし、食料も入っていますし。あ、ベッドも入ってますわね。最高ですわ。
「……キーブが予定通りこの鞄を回収したなら、当分は暇だ。寝ていていい」
「あら、それは助かりますわ。ムショではろくに眠れていなかったんですの」
「だろうな」
ここで頑張って起きているのも馬鹿らしいですわね。さっさと寝るに限りますわ。
「……ああ、そういえば、助けに来てもらったお礼、まだ言ってませんでしたわね。どうもありがとう。助かりましたわ」
「もともとそういう手筈だった」
アッサリしてますのねえ。公開処刑される直前の大罪人を攫って脱出成功、だなんて、もっと誇ってくれてもいいようなことだと思うのですけど。
……まあ、彼らしい、ですわね。
「ま、それもそうですわね。おやすみなさいまし」
「ああ」
ということで私、寝ますわ!ムショの中ではやっぱりずっと緊張していましたもの。ベッドに入ればすぐ、瞼が重くなりましてよ。
次に私が起きた時には、もう1つのベッドの中に人が入っていましたわ。覗きに行ってみたら、当然ですけどドランが寝ていましたわ。
「……何かあったか」
けれど、私が近づいたら起きましたわね、彼。流石ですわ。
「いえ。生きてるか確認に来ただけでしてよ」
ついでに寝顔でも覗いてみようかと思ったのですけれど、まあそれは言う必要はないですわね。おほほほほ。
「先程、キーブからまた連絡があった。見たか?」
「いいえ?」
「机の上に置いたが、宿場に着いたそうだ。明日の朝、また出発するらしい。エルゼマリン近くでチェスタと落ち合って、鞄を受け渡す予定だ。キーブは念のため、もう少し時間を置いてからエルゼマリンに戻る」
「分かりましたわ。ごめんなさいね、起こしてしまって。寝てていいですわよ」
「ああ」
ドランはそう言いつつ、目を閉じる気配がありませんわね。……多分、他人が傍にいると眠れない性質なんでしょうね。
「私ももうひと眠りしますわ」
彼が眠れないのもかわいそうですし、私ももうひと眠りすることにしますわ。
さて、明日にはエルゼマリンに到着しますわね。そうなったらいよいよ……私の町を、統治し始めますわよ!
途中でまた、メモが花と一緒に入ってきましたわ。『荷運び交代』とだけ書かれたメモからして、キーブはチェスタに無事、この鞄を渡したらしいですわね。
……薬中に荷運びさせて大丈夫かしら……?ま、まあ、チェスタも薬が抜けてさえいれば、真っ当に働きますものね。ええ。大丈夫だと思いますわ。思いたいですわ。
「あ、ところでドラン。結局、ギルドってどうなりましたの?私の身柄の引き渡しで無事、無罪放免となったのかしら?」
ということで、考えるべきはこれからのこと、ですわ!
私が統治する町、そこの要となるギルドが結局、黒金貨1枚を免除されたのかどうか。これは大きな問題でしてよ!
「ああ、そのことだが……」
……けれど、ドランが妙に、浮かない顔を、していましてよ……?
「どうやら、罰金は残ったらしい」
つまり、ギルドは私を国に提出したというのにもかかわらず、『私をかくまっていた罪』は減じられない、ということですの?
というか、私をほんの一時匿った罪よりも、私をそのまま提出した功績の方が遥かに大きいと思うのですけれど?
「私の首1つじゃ足りないって言いますのーッ!?あいつら欲張りですわ!がめついですわ!」
「まあそうだな」
「それじゃあ、ギルドを使ってエルゼマリンを私のものにする計画は!?」
「少なくとも今の状態だと難しいな。ギルド解体の危機はそのままだ」
……やっぱりあいつら皆殺しですわァーッ!
「どうにかして、ギルド解体を阻止できませんかしら……?」
「金を払えば見逃されるだろうな」
「それは分かってますわ!でも黒金貨なんてそうそう用意できなくってよ!」
第一、そこをケチりたいからこそ、私は身を危険に呈してまで処刑台に登ったのですわよ!?それなのに金も払わされるというのなら、私は一体何のためにわざわざムショ入りしたっていうんですのー!?
「全面抗争、という手もある。その場合は武力が圧倒的に不足するが」
「そうですわよねえ。防衛戦するにはあんまりにも心許ないですわぁ……」
真っ向から戦って勝てるなら、本当に何の問題もありませんのよ。何なら、『潰すなら王家側も痛手を負うことは必至』くらいでもいいですし、『潰すには惜しい』でもよくってよ。
……けれど、それをやるには、あまりにも……武力も財力も足りないのですわ!
私達に今ある強みと言ったら、麻薬くらいかしら?それも、フルーティエからすれば潰したい要因にしかならないでしょうし……せめて、この町を私のものにして動かして、武力と財力のどちらか片方でも手に入るくらいの時間稼ぎができればいいのですけれど……。
「時間稼ぎ、時間稼ぎ……鍵穴にパン詰める……」
そうですのよ。私が牢屋の鍵穴にパンを詰めただけで時間稼ぎができたように、何かこう……費用対効果の素晴らしい時間稼ぎが無いものかしら?
ギルドからの返事を遅らせる?納金を遅らせる?それらのどこかに『パン』を詰める『鍵穴』は無いかしら?
……ありましたわ。
閃きましたわ。
「黒金貨を入れる箱を作りましょう」
「箱、か?」
「ええ」
「その箱の鍵穴にパン詰めますわ」
そうですわね。時間稼ぎだけでいいなら、問題ありませんわね!
ギルドから王城へ出向くよりは、兵士を派遣させた方がいいですわ。そして、黒金貨の入った小箱を手渡しますのよ。
……その箱の鍵穴にパン詰めればよくってよ。そうすれば時間稼ぎになりますわ!
「……兵士はその場で箱を開けて中身を確認するだろうな」
「そうですわねえー、そこで時間稼ぎしてもしょうがないんですのよねえ……」
ただし、パン詰めて稼げる時間ってほんの数時間ですし、それじゃああんまりにも足りませんわ。大体、エルゼマリンに兵士がいる状態で時間稼ぎしたところで何にもなりませんわよッ!
「だがいい着眼点だ。例えば、黒金貨を箱に入れて兵士に渡した後、それを道中で盗んでやれば時間稼ぎになるとは思わないか?」
「あら。それはいい案ですわね」
と思ったらドランが早速代案を出してくれましたわ!そうですわねえ、黒金貨を奪ってしまうのならば、連中に渡すのも惜しくはありませんわ。どうせ奪うんですから。ええ。
……と、その方向で考えていったら、私、もっといい案を思いつきましてよ。
「まず、箱に黒金貨を入れて、中身も兵士に確認させた上で渡しますわ」
「ああ」
ついでにその時、ギルド側は『一部の反乱者が大罪人を匿っていたようだが自分達とは関係ない』とでも言って王家側からの心証を良くしておけばよくってよ。ヘーコラするのはギルド所長さんのお仕事ですわね。やってもらいますわ。
「一度、ギルド側からきちんと納金があった、という事実を確認させたら、兵士を出発させて、そこで半殺しにして黒金貨の箱を奪いますわ」
「皆殺しじゃあないのか」
「ええ。追いかけてきてもらわなければなりませんの」
私がそう言うと、ドランは少し首を傾げながらも黙って続きを促しましたわ。
「そこで、適当に追いかけっこした後、黒金貨の箱を発見させますのよ」
「返すのか」
「ええ。……ただし、鍵は返しませんわ!」
「連中には頑張って鍵をこじ開けてもらいますわ!」
「それは……成程な。時間稼ぎと嫌がらせとしては最高だ」
ドランが肩を震わせて笑うのを見て、私は堂々と胸を張りますわ!
「複雑な鍵なら、こじ開けるのにも大変ですし、何なら、うっかり鍵穴に泥でも入ってしまったら、永遠に開かない可能性もありますわねえ!」
パンほじって正規の鍵を突っ込んで開けるだけであれだけ時間が掛かったんですもの!もっと小さくてもっと複雑で緻密な鍵穴、それも、正規の鍵は失われた状態、ともなれば、さぞかしこじ開けるのは大変でしょうね!専門家にやらせるにしろ、数日は絶対に時間稼ぎできましてよ!
「……だが、それだけで時間稼ぎが足りるか?」
「ええ。勿論それだけじゃなくってよ」
私はまだまだ湧いてきた案を形にすべく、そこら辺にあった紙とペンを使って色々と書き出しつつ……まず、最初にやるべきことを、言っておきますわ。
「とりあえず、贋金を作るところから始めましょうか」




