12話「処刑台ってほとんど演説台ですわ」
ごきげんよう!ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアよ!
私は今、牢に居ますわ!そして今朝の処刑までの時間稼ぎをするために、牢の鍵穴にパン詰めてやったところでしてよ!
これで私を牢の中から出して中央広場の公開処刑台に連れていくのは難しくなりましたわねーッ!精々頑張って鍵穴に詰まったパンほじってりゃいいのですわーッ!
はい。
ということで私。兵士達が頑張って牢の鍵穴につまったパンをほじくり出しているのを眺めていますわ。
鍵が複雑で細かな形をしているものだったことが不幸でしたわね。
柔らかなパンをギュムッと詰め込んで、それが一晩置かれてしまえば、鍵穴の細かなところに入り込んだパンが固くなって、鍵穴の用途をまるで失わせてしまいますのよ。
全く、変にこだわるからこういうことになるのですわ!単純な鍵にしておけば、私にこじ開けられて脱獄されるだけで済んでいましたのに!
……ええ。まあ、兵士が鍵穴ほじってるのは大変愉快な光景なのですけれど、残念ながらこれって根本的な解決にはなっていませんのよ。
結局は時間稼ぎであって、或いは兵士をバタバタさせて少々攪乱する程度であって……結局は、ドラン達の行動待ち、ですのよ。
けれどこれが無意味だとは思いませんわ!きっと、この時間稼ぎと嫌がらせ!役に立ってくれると信じていますわ!
……ということで、兵士達が無駄に頑張ること、3時間。やっと鍵穴からパンが除去されましたわ。
いえ、ほんと出来心でやってみたんですのよ?鍵穴にパン。でも、その割にはとんでもなく時間食いましたわね……。費用対効果としては最高でしたわね……。
「さて。これでようやく貴様を処刑できる、という訳だ。覚悟はいいか?」
「いえ……正直、あなた達が頑張ってパンほじってるの見てたら覚悟なんて、とてもそんな……」
「馬鹿にするのも大概にしろ!要らん手間をかけさせおって!」
兵士達はいよいよ牢の鍵を開けて、私を外へ連れ出しましたわ。
……結局、ドラン達は来ませんでしたわね。後は、処刑台に上がる前に、どうにかなれば……。
「さあ、歩け!」
ううーん、これ、本当に間に合うのかしら……?
地下を出れば、そこは眩しい世界。
王城の大広間を抜けて、城門を抜けて。
……そして私はいよいよ、処刑台が用意された、王城前の広場へと連れてこられたのですわ。
民衆の歓声が上がりますわね。今喜んでる奴ら後で全員皆殺しにしますわよコンチクショウ。
「静まれ!……これよりヴァイオリア・ニコ・フォルテシアの公開処刑を執り行う!」
ワクワク感を残しつつも静かに私の死を待つ民衆。彼らの視線が全て、私に注がれますわ。
手枷足枷付きの上で、断頭台へ登る私。視線に応えるべく、『これからも尚この国を混沌の底に叩き落とし続ける者』として気高く、まっすぐ歩きますわよ。
断頭台は急拵えのようですわね。木材を組んでなんとか作った、といったところかしら。けれど私と処刑人を乗せるくらい、訳の無いことですわね。
登ってみれば断頭台は思いの外、高い位置にありましたわね。これなら広場中から良く見えることでしょう。
「ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアは、王子ダクター・フィーラ・オーケスタ殿下を暗殺しようと目論んだ!また、その後、数々の凶悪犯罪者を伴って脱獄!この国を恐怖に陥れた張本人である!」
それもう褒め言葉ですわねえ……。私は讃えられている気分で断頭台の上、民衆からの視線を浴び続けますわ。
「そしてこの歴代稀に見る悪女こそ!エルゼマリンの貴族大量殺人の犯人である!」
一応否認したのですけれど、それも私の仕業ってことにしたいんですのね。まあ、ここで片付けた事にした方が、国としては体面保てていいんでしょうけれどね。
「以上の罪状から、情状酌量の余地は無い!悪魔に魂を売った女、ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアは処刑されるのだ!」
わあっ、と民衆から上がる歓声。状況が状況でなければ心地よいのかもしれませんわね。
……まあ、よくってよ。
どんな状況であろうと、今、民衆の前に居るのは私。民衆を沸かせているのも私、ですわ。
なら、私がこの場を取り仕切ってしまっても構いませんわね?
「静まりなさい!」
さっき兵士が『静まれ!』って言っただけでこいつら静かになったんだから私もやってみれば案外静かになるのかと思ったら、本当に静かになりましたわ。訓練されてますのねえ、ここの民衆共は。
「私はヴァイオリア・ニコ・フォルテシア!皆、私の言葉をお聞きなさい!」
私が朗々と声を張り上げれば、民衆はざわめきこそすれ、無用に騒ぎはしませんわね。困惑と怯えの色が強いですわ。
……公開処刑って、大罪人が無抵抗に殺されるからこそ、民衆は安心して見ていられますのよね。もしその大罪人が自分達に向けて言葉を放ってくるようなことがあれば……それって、彼らにとって、あまりにも予想外な事なんでしょうね。無関係だと思って見ていたのに、当事者にされていた。そういう気分だと思いますわ。
「私は王子暗殺など企んでいませんでしたわ!全ては王家と一部の貴族の仕組んだことですのよ!」
「おい、貴様、何を」
兵士が私の肩に手を掛けて、慌てながら止めようとしましたわ。でも私、止まりませんわよ。
「この国の財政は悪化の一途を辿っていますわ!それは王家と一部の貴族の豪遊三昧のせい!あなた達から奪った税は、王家と貴族の贅沢に使われていますの!そして、それでも駄目なら、王家はこうして罪の無い貴族に罪を被せて殺して、その財産を奪ってまた豪遊するのですわ!」
なんかそれっぽい事を言ってみれば、民衆は皆、私に釘づけですわ。存分に注目なさいまし。
「民衆よ!疑問をお持ちなさい!あなた達の暮らしを、真に脅かす者は誰なのか!それは私ではなく、数々の囚人でもない!そう!他でもない……この国の頂点!王家こそが、あなた達の真の敵でしてよ!」
「何をしている!さっさと処刑しろ!」
王の声に我に返った兵士が、いよいよ斬首用の剣を構えましたわ。
「私は腐った王家に復讐しますわ!私を陥れた、馬鹿な貴族共にも!その為なら悪魔に魂の1つや2つっくらいくれてやりますわよ!よろしくって!?皆、覚えておきなさい!」
静まり返った広場を見下ろして、その視界の端に、いよいよ振り下ろされる剣に眩く光が反射するのを見て……私は最後の言葉を、発するのですわ。
「王家も腐れ貴族も!皆殺しですわァーッ!」
その瞬間。
びかり、と強く煌めいた雷が、私に向けて振り下ろされかけた剣に落ちて、爆ぜましたわ。
鋭くも煌めいた雷が、兵士を焼いて殺しましたわ。
ざわつく広場。絶句する王。でも、愚かな彼らが注目するのは……犯人ではなく、あくまでも、私。
……ですので。
ぐらり、と足元が揺れ……数々の悲鳴の中、メキメキと木材が割れていく音が響き……。
……処刑台は、倒壊したのですわ!
倒れていく処刑台。その中に巻き込まれて落ちていく兵士達。そして、処刑台の傍に陣取っていた国王を守ろうとする兵士達に、そんな彼らを無情にも巻き込んで崩れていく処刑台。
民衆は悲鳴を上げて、我先にと逃げ出しますわ。そのせいで兵士達が動くのが難しそうですわね。
そんな中、私は倒壊していく処刑台を蹴って飛んで、そこらへんに着地しましたわ。足枷がついていてもこれくらいはできましてよ!
……そして、処刑台のすぐ傍に居たやたらとガタイのいい兵士の傍に降り立つと、彼がさっと私を横抱きにして走り出しましたわ。
「罪人が逃げるぞ!」
「追え!」
追いかけようとしてくる兵士も居ましたけれど、そこに雷が数発落ちて、彼らの行く手を阻みます。
……更に、一際大きな雷が処刑台の上に落ちて、処刑台がぱっと燃え上がりましたわ。油でも仕込んであったのか、轟轟と燃え盛る処刑台は、存分に兵士達の足止めになってくれましたわ。
さて。
「それでは皆様、ごきげんよう!」
これにて私はごめんあそばせ、ですわ!




