7話「ギルドが大変ですわ」
ごきげんよう。ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアよ。
私は今、『憎きフルーティエ家は破産しそうになったら戦争に手を出すんじゃないか』という可能性に思い当たってしまったところでしてよ。
昔からこの国は金が足りなくなって首が回らなくなる度に近隣に戦争吹っ掛けては荒稼ぎしている国ですの。今回も今までと同じような手法をとる可能性は十分にありますわね……。
戦争を起こす前にフォルテシアを潰して金を巻き上げてくれやがりましたから、戦争までの猶予は延びたものと思われていましたけれど……追い詰められたフルーティエが戦争を仕掛けようとする可能性は十分にありますわ。
「ということは、対策は簡単ですわね。フルーティエのワイナリーにスライムを放り込むより先に、市場の武器を押さえておけばよくってよ」
戦争が起きれば武器が売れますわ。ですから、戦争が起こる要因が生まれる前、つまりフルーティエ家がまだ能天気で居る間に奴らが手を出せそうな位置の武器を全てこちらが買い占めておけば、フルーティエは私達から武器を買うしかありませんわね。
「そうすればフルーティエは俺達に金を渡すか、さもなくば破産するかのどちらか、か」
「落ち目の貴族に情けを掛ける王家ではありませんから、フルーティエもフォルテシアの二の舞になりますわね。多分適当な濡れ衣着せられて没落ですわ」
人を呪わば穴二つと言いますけれど、まさにそれですわね!おほほほほほ!
その日の内から、武器の収集が始まりましたわ。あくまでもバレないように、密やかに。そこら辺は全てジョヴァンの担当ですから、私はほとんど関わりませんわね。ただ、あまりうまくは行っていないようですわね。大々的に動けない、という事もありますけれど、やはり個人が大量の武器を仕入れるのって、相当難しいみたいですの。
まあ、そこは彼の手腕に期待するしかない、として……私が関わるのはスライムの飼育と麻薬栽培ぐらいですわ。
まず、『スライム大量発生』の信憑性を上げるために、あちこちでスライムを無駄に大量発生させておこうと思いますの。
そうすれば私達とスライム大量発生を関連付ける者は減るでしょうし、私達としてもスライム駆除剤を買い占めておいた甲斐がありますものね。何ならスライム駆除剤を作っている業者を買い取っておいてもいいかもしれませんわ。
それから麻薬ですけれど……ミスティックルビーの販売は相も変わらず続けるとして、貴族向けに流通させる麻薬も作っていますわ。
瓶のデザインを変えただけですけれど、ほんのちょっぴり葉っぱの成分と甘味料を足すことで差別化を図っていますわ。
こちらの商品名は『ハニーロワイヤル』。お値段はミスティックルビーの3倍ですわ。まあ貴族相手ならこれでも安いくらいですわね。
それから葉っぱ畑の方ですけれど、1日1回、キーブが鞄村の様子を見に行っては、食料を置いてきたり話を聞いたりしていますわね。村人達も少々不安そうではありますけれど、徐々に慣れてきているようですわ。元々、他所との交流も碌に無い人達ですから鞄村に入っていても特に問題はなさそうですわね。
……という具合に準備を進めておりましたの。
鞄村の方では元々畑に生えて十分育っていた葉っぱを刈り取って収穫し終えて、早速それが売人さん達の手に渡って売りさばかれ始め、同時に『ハニーロワイヤル』も出回り始め。
私達はもう、貴族位を買えるくらいにはお金を稼ぎましたの。
……ただ、ここで貴族位を買うような真似はしませんわよ。
私達、結構色々やってますもの。根回しも何も無しにいきなり貴族位を買って表舞台に出たところで、しょっ引かれて終了ですわ。
それに、貴族位が買える程度のお金だけで貴族になれるわけではありませんの。あくまでも、貴族位は通過点。それに加えて資金を持っていないと戦えませんわ。
……ということで、しばらくは表舞台に出ることなく、地下で取引を続けていく形になりますわね。ええ。
そうしてブドウの花の季節が終わって、実がつき始めた頃。
いよいよワイナリーにスライムを放すのに最適な時期になって、私達はスライムを抱えてワイナリーに直撃しようかと思っていたのですが。
……その前に、ちょっと大変なことになりましてよ。
それは、私とキーブが町を歩いていた時のこと。
「あ、兵士が居ますわね。どうせザル警備でしょうけれど、念のため道を変えませんこと?」
「そうだね。異議なし」
目的のお店(美味しいパン屋さんですわ)への道の途中に兵士が沢山居ましたの。兵士以外の人も集まっているようですわ。何かあったのかしら。
……最近、私達が余ったスライムを適当にあちこちに撒いているせいで、兵士達はその処理に追われてあまりエルゼマリンだけに留まって居ませんでしたの。まあ、エルゼマリンの貴族を皆殺しにした犯罪者がいつまでもエルゼマリンに留まっているとも思われていなかったようですし、仕方ありませんけど。
なので……今、こうして兵士が沢山居るのって、違和感がありますのよね。ましてや、そこに人が沢山集まっている、となると……。
「聞き耳、立ててもよろしくて?」
「だったらあっちの路地裏」
「あら、あなた頼りになりますわね」
「ずっとこの町で仕事してるんだから当然だろ、このくらい」
キーブの案内で、私達は兵士達の声が聞こえつつ、姿は見えない位置に陣取りに行きましたわ。何か面白い話でも聞けるか、と思って。
……そうしたら。
「このギルドは大罪人、ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアを庇った嫌疑が掛けられている!」
そう、兵士の声が聞こえましたのよ。
ギルド。ギルドですわ。そう。兵士達が集まっていたのって、ギルドですの。
エルゼマリンのギルドといえば、私が捕まった場所ですわね。ええ。
……そのギルドが何故、それも今更、私を庇った容疑、だなんて……。
「おかしいですわね……」
急にこんな事になるなんておかしいですわ。
『ギルドが私を庇った容疑』なんて、掛けるならば私を捕らえてすぐに掛ければ良かったのですわ。それが今頃になって始まるということは……。
「何かきっかけがあった、ってこと?」
「かもしれません、けれど……」
私とキーブは息を潜めて、兵士達の声を聞きますわ。
「ついては、罰金として黒金貨を納めるよう、国王より仰せつかっている!」
……そして、そんな衝撃的な言葉を聞いてしまいましてよ。
黒金貨……ですって?貴族位が十分買えますわね。その後の資金繰りもばっちりなかんじですわ。要は、町のギルドにいきなり科すにはあまりにも大きな罰金ですわね。
これは一体……どういうことかしら?
その後も兵士が色々言いながらギルドを糾弾している様子がうかがえましたけれど、適当なところで私とキーブは逃げ帰ってきましたわ。あんまり長居してとばっちりも御免ですもの。
「……ということでしたのよ」
アジトに戻ってすぐ、そこに居たドランとジョヴァンとチェスタに報告ですわ。あ、でもチェスタはラリってますから報告するだけ無駄ですわね。
「ギルドが標的にされた、ということか?民衆の不満の矛先にした、ということなら……納得はできるが」
「だとしたら今更過ぎない?公開処刑の前にやるべきだと思うけど」
「単に金が欲しかっただけかもしれない。ギルドからでも毟れればそれでいいと思ったとしてもおかしくはない」
うーん……でも、おかしな話でしてよ。
確かに、フォルテシアを潰したように、今度はギルドを潰して金をとる、ということなら納得できなくもないですわ。そうするだけの理由(つまり貧乏、ってことですわね)が王家にも貴族にもありますし、民衆の不満の矛先にしたかった、というのもまあ、分からなくはない、ですけれど……だとしたらギルドって、あまりにも非効率的ですわね。
だってギルドは多くの冒険者が利用していますわ。ギルドを敵に回すということは、そこに居る冒険者をも敵に回すということ。民衆対策として公共の敵に仕立て上げるには、あまりにも不向きでしてよ。
「……そういえばヴァイオリアさ。僕がギルドに通報しに行った時、受付嬢がどうとか、言ってたよね」
「言いましたわねえ」
「そいつ、事前にこうなる事を察知してギルド辞めて逃げた、って可能性は無い?そいつ追えば分かる事、あるんじゃない?」
ピンハネ嬢のことですわね?彼女が事前に察知して逃げた……とすると、彼女が何かした、ということになりますわね。
でも、たかがピンハネ嬢如きに兵士を動かす力があるとは思えませんわ。あ、でも、彼女ってほとんど唯一、公に私の情報を知っている人物、なんですのよね……。
……うーん。でも、決定打に欠けますわねえ……。
「ま、いいや。ギルドが困ってるってんなら、俺としてはありがたいね」
「え?」
そして突然、ジョヴァンがそう言って口笛でも吹き出しそうな上機嫌な顔をしましたわ。
「どういうことだ」
「何。ここで1つ、ギルドを助けておこうってことよ」
ギルドを、助ける?……それって……あ。
「ギルドと手ェ組んだら、武器集めも大分やりやすいぜ?」
……どうやらエルゼマリンのギルドも、こちら側に堕ちてくることになりそうですわねえ。




