5話「村焼き一丁上がりですわ」
ごきげんよう。ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアよ。
私は今、キーブと一緒に村を探していますの。
探す村の条件は簡単ですわ。
まず、人里離れた場所であること。他に逃げる余地が無いような場所がよくってよ。
次に、人がそれなりに居つつ、そこまでの大人数でもないこと。扱いやすい人数が望ましくってよ。
そして……まあ、焼きやすそうな村がよくってよ!焼いたところで特に問題の無い、文化財も何も無い、本当にただ村があって村人が居るだけのどうでもいい村を選んで焼きますわ!
「僕はこっちが良いと思う。ほら、王都から主要な都市に向かう街道からは外れてるし、距離も遠いし。麦が良く育つ土地だから他で副産業やってるとも思えないし。なら畑を焼けばいいでしょ」
「そうですわねえ……丁度そろそろ麦の収穫期ですし。そこを燃やせば連中、無一文になりますわね。それでいきましょう!」
季節は初夏。麦の収穫期ですわ。思えば私、春休みの帰省で屋敷が燃えているのを目撃してから大変なことに巻き込まれて、気づいたらこんな事をしていますのね。屋敷を焼かれた私が村を焼くようになっているとは何とも因果な話でしてよ。
はい。概ね、焼く村も決まったところで出発ですわ。
馬に乗ってののどかな旅路。何とも優雅なことですわね。
「ところで村を焼くって言ってたけど、その手段は何?火矢?」
「そうですわねえ……火矢もいいですけれど、より良いのはキーブの雷ですわね」
雷が落ちて燃えた、というのであれば、私達のせいだなんて主張をされずに済みますわ。村を焼いた直後に村人達を雇わなきゃいけませんもの。『村を焼いたのは私達』という印象は与えないようにしたいですわね。
「ということは、僕達は偶々通りがかった旅人、って設定?」
「その設定でいきますわ。そうですわね……キーブ。あなたちょっとおめかしなさい。貴族の令息に見えるように。そこに護衛としてドランと私がついている、ということでいかがかしら?」
「……まあ別にいいけど。でもそれだったらヴァイオリアが貴族役やった方がそれらしいんじゃないの?」
「連中に『貴族の令嬢』という印象を与えない為ですわ。私の名前も顔も指名手配も知らないド田舎の連中でも、そいつらが何かあって他の連中と話した時、『貴族の令嬢に連れられて鞄村に入った』なんて話をしたら、勘のいい奴なら私と関連付けてしまうかもしれませんもの。できるだけ印象に残らないようにいきたいですわ」
そういう意味ではこの面子、本当にダメダメですのよ。何といっても全員が全員、印象が濃すぎるんですの。
私は麗しの令嬢ですし、ドランは筋肉狼ですし、ジョヴァンは骸骨男、チェスタは片腕が義手ですし薬中ですし、キーブは言わずもがなの美少女少年ですわ。印象が濃すぎますわ。この中で一番マシなのが多分『片腕を隠した、薬の抜けている状態のチェスタ』な時点で色々とお察しですわ!
……さて。
途中で数度の宿泊を挟みつつ、私達は丁度いい村を見つけましたわ。
王都からも離れた辺鄙な土地ですから、何かあっても問題にならなさそうですわね。
そこで私達は一度エルゼマリンの近くまで戻って……そこで、準備をして待っていてくれたドランとジョヴァンと合流。荷物を受け取ったら今度は私とドランとキーブの3人でまた村までとんぼ返りですわ。
「ジョヴァンってこういうセンスは中々よろしいですわね」
道中で彼が用意しておいてくれた服に着替えましたわ。私とドランは護衛に、キーブは少し遠出してお忍びの狩りにきた貴族の令息に化けますわよ。
「戦士の恰好をすれば十分戦士に見えるものだな」
「あら、そうですの?……まあ、女性は服装と髪型と振る舞い方で印象がガラっと変わるものですわ」
私は狩人のような恰好ですわね。ジョヴァンが選んだ物ですからあまり期待はしていなかったのですけれど、存外、私に似合いましてよ。それに、印象を変えるという点ではこれ以上を望めない程の出来栄えですわ。ついでに髪はポニーテールで活動的な印象にしておこうかしら。
「キーブ。あなたも『お忍びの貴族っぽい恰好』、似合ってましてよ」
「あっそ。……この格好、落ち着かないんだけど」
そしてキーブも無事、お忍びの貴族っぽく化けていますわね。こうしてみると本当に貴族を名乗っても許される見目の良さでしてよ。
「早速出発するぞ。今出れば夜中に目的地周辺に着く」
「了解しましたわ。では参りましょうか」
さあ!いよいよ出発ですわ!村をウェルダンに焼き上げましてよ!
そうして私達が辿り着いた村は、極々平凡な村でしたわ。特筆すべき事があるとすれば、『特筆すべき事が無い事』でしょうか。それくらい平々凡々でしてよ。ここまで何も無い村って逆に珍しいんじゃなくって?
「麦の収穫期のようだな」
「あっちの畑はもう収穫されているようですわね」
「ってことは倉とかに火をかければ中の穀物まで焼けるか」
「そうですわね。折角ですから倉の中にあるであろう麦を空間鞄に入れてから倉を焼きますわ」
どうせ燃やすなら貰ってしまっても変わらなくってよ。
「そして倉を燃やした後に村も燃やしますわ!」
ついでに倉だけ燃やしてもアレですから、全部燃やしますわよ!
そして深夜。
村が1つ、消えることになりましたわ。
「く、倉が……畑が……燃えて……」
「家にまで火が点いたぞ!?」
「早く、早く井戸の水を……!」
「駄目だ、間に合わない!逃げろ!火に巻かれるぞ!」
……と、まあ、村人達がてんやわんやしているのを、少し離れた場所の繁みから確認して、私達は成功を悟りましたわ。
夜だというのに明るい村。村全体を包む炎はいよいよ勢いを増して、まるで夜空を焦がさんばかり。のどかな風景に撒かれた、災禍というスパイス。炎の色と夜の色、そこに村人の悲鳴が溶け合い、それは1つの芸術を……とかなら良かったんですけれどねえ。
「燃えてますわねえ」
「燃えているな」
「……感想それだけかよ」
生憎、そこに芸術性を感じる程イッちゃってはないのですわ。
村が焼けている。それ以上でもそれ以下でもなくってよ!
……ちなみに、作戦はこんなかんじでしたわ。
まず、深夜。村人が寝静まってから、私とドランとで倉に侵入して、中にある備蓄食料を全て頂きましたの。
続いて、倉に火を放ちますわ。これは盛大に一気に燃やしますから、内部に油を撒いてから火を点けましたわ。
そして倉から火が上がったのを合図にして、キーブに雷を放って貰いますわ。これで畑も一気に焼きましてよ。
私とドランは倉を燃やしたら即撤退。その頃には畑と倉が燃えていることに気付いた村人達が外に出てきているでしょうから、それを確認しつつ家屋も雷で焼きますわ。余裕があったので私も火の魔法で援護しましたわ。
……とまあ、こんな具合に上手くいきましたわ。平和ボケした村人達でしたから、何の心配もありませんでしたわね。
「俺が見張りをしている。お前達は寝ていていい」
「そうですわね。起きたまま朝を待つなんて馬鹿げていますわ。お言葉に甘えて眠らせて頂きますわね。途中で起こしてくださいな」
ちなみに村が焼けたら後は朝を待つだけですわ。村人達が只々絶望しているのを遠くに感じつつ、私は空間鞄から取り出したベッドに入って眠りますわ!
適当に見張りを交代しながら寝ましたけれど、村人達はひとまず、燃える村の傍で野営することにしたようですわね。まあ、この辺りは街道がある訳でもありませんから夜のうちに移動するのは危険ですし、下手をすれば魔物に襲われる可能性がありますもの。火の傍で野営する、という選択は間違っていなくってよ。
そうして朝になりましたわ。
もう村の火はすっかり消えて、村人達は村の焼け跡を漁っているようですわね。焼け残った物が無いか、探しているのでしょう。
……屋敷の使用人達の姿を思い出しましたわ。皆、元気かしら。……いえ、間違いなく元気ですわね……。
「そろそろ出て行くか」
そこへ、私達は馬に乗ってぞろぞろと出ていくわけですわね。設定は『お忍びで狩りに出てきた貴族の子息と護衛2人』でしてよ。
キーブの馬を先頭に私達が近づいていくと、馬の蹄の音に村人達も気づいたようですわね。そこでキーブが声を掛けますわ。
「すみません、これは一体……何があったのですか?」
キーブが如何にもおろおろしながら村人に尋ねると、村人達は顔を見合わせながら……話し始めましたわ。
「実は昨夜、突然村が燃えてしまいまして……」
はい。ということで村人達の話を聞き終わりましたわ。
要は『村が焼けた』『畑も焼けた』『収穫したての麦も焼けた』『どうやって生きていけばいいのか分からない』というだけの話でしたわ。ただ、当事者の話ですからそれはもう、悲壮感に溢れていましたけれど。
「そうですか……それはさぞ、お困りでしょう」
キーブはそう言うと、少し離れて油断なく待っている護衛(つまり私とドランですわね)の方へと駆け戻って……そこでひそひそと、言う訳です。
そう。「村の人達を助けてあげたいんだけど」と。
「丁度僕らは仕事をしてくれる人達を探していたんです。もしよろしければ、うちに来て働きませんか?」
キーブがそう村人達に話すのを、私とドランは『まーたお坊ちゃまのお人よしが始まったよ』みたいな顔で眺めますわ。要は、村人達に好意的なのはキーブだけ、という状況ですわね。でも私とドランはキーブの護衛ですから、キーブの決定に文句は言いませんわ。
……ね?これ、全員でいきなり全面的に大歓迎するよりずっと説得力のあるやり方でしょう?
「ある場所に住みながらそこにある畑の世話をする仕事です。それほど手のかからない作物を育てながらのんびり生活してもらうだけなんですが……ただ、当面は住み込みで、という事になります」
キーブが少し申し訳なさそうにそう言うと、村人達はざわめきましたわ。だってこれ、彼らにとっては願ったり叶ったりの条件ですものね。
「勿論、食料も提供します。お給料も出します。けれど当面は住み込みで働いて頂くことになります。休暇は差し上げられないかもしれない。それでも良ければ……村の皆さん全員を、うちで雇いたいと思うのですが、如何でしょうか」
こういう時、キーブの顔面が役に立ちますわ。
美少女めいて、それでいてきりりとして確かな凛々しさを感じさせる整った容貌。これってもう、老若男女に印象の良い、最高の条件ですのよね。
ましてや、後ろの護衛2人を説得してまで村人達に手を差し伸べるような素晴らしいお貴族のお坊ちゃまなら、そりゃあもう、村人達の印象は最高でしてよ!
「そ、そんな良い話……よろしいのですか?」
「はい。皆さんさえよければ!」
キーブがほっとしたように微笑めば、村人達はもう、顔を見合わせて頷き合うばかり。
そして……。
「なら……あなたのお言葉に甘えさせて頂きます。是非、我らを雇って頂けないでしょうか」
村長らしい人がそう言って、村人一同全員、深々と頭を下げましたの。
「ではこちらへどうぞ!」
キーブが嬉々として村人を導く先は……謎の箱、ですわね。
ええ。これ、軍用の空間鞄ですの。ただ、見た目が鞄だと『これは空間鞄なのでは?』と感づく奴がいそうでしたから、見た目は少しカモフラージュしてもらっておきましたの。
如何にも古代の魔法の品らしい、大きな箱。頑丈な金属でできていて、複雑な文様が刻まれていますわ。ええ、勿論何の魔法の効果もありませんけど。
ドランが背負っていたそれを草原に下ろして蓋を開けると、箱の中の鞄の口と一緒に箱の蓋が開きますわ。
……そして、箱の中に広がる謎の空間に、村人達は少々怖気づきますわね。
「危ない事はありません。大丈夫ですよ」
でも、キーブが自ら先導して入っていくものですから、村人達もすぐ、意を決して箱の中に入っていってくれましたわね。
「では、後のことはよろしくね」
「ああ」
箱の外にはドランだけとりあえず残しておいて、私も箱の中に入りますわよ!
箱の中は、村ですわ。
……ええ。村ですの。本当に、村ですわ。
「えええ……ちょっと出来が良すぎやしませんこと……?」
ジョヴァンと色々内装について話し合いましたけれど、彼、本当にやってくれましたのね……。
空間鞄の内側は、空の布で巨大なテントのようになっていますわ。布が浮いているようにも見えますけれど、多分、ものを宙に浮かせるためのもの……空気の石とか、風ドラゴンの羽とか、そういうものを布の要所要所に縫い付けてあるんだと思いますわ。
それから、村の真ん中には少し高い柱があって、その先に大きな太陽の石が備えてありますわ。
……あれだけの大きさとなると、一体おいくらなのかしら……?
ちなみに太陽の石の柱には紐がついていて、その紐を引くと、闇硝子で太陽の石を覆ったり、逆に覆いを外したりできるようですわね。よくできてますわ……。
更に、鞄の外と繋げられるようになっているらしいパイプがあって、そこからは水が湧き水のように出ていたり。
ちゃんと家があったり。(後で聞いたら、適当な空き家を道中で探しては入れていたらしいですわ)
食糧備蓄庫にはぎっしりと食料が詰めてあったり。
……そして。
「こちらが皆さんに世話をして頂く畑です」
キーブが案内した先にあったのは、畑ですわ。
わさわさと生い茂る、葉っぱの畑ですわ。
村人達の反応は……。
「ほう……食べ物ではない、のですかな?」
「これは何だい?油をとるか繊維をとるかの為の作物かい?」
あっ、さてはこいつら無知ですわね!?
結局、『この謎の葉っぱは上流階級の衣類の原料です』という事にしましたわ。別に知らなくていい事は知らせませんわ。
……さて。村人達はそれぞれ住む家を決めたり、食糧庫を覗いて歓声を上げたりしていますわね。
では、ここらで私達はもうお暇しましょう。
「若様。そろそろお時間です」
私がそうキーブに言えば、キーブは慌てたように村人達に別れを告げました。村人達も、キーブが無理をして村人達に職と住む場所と食料とを提供した、ということは分かっているようですので、文句や不安の声はありませんわね。
「それでは皆さん、よろしくお願いします。しばらくは毎日様子を見に来ますから」
キーブがそう言って村人達に手を振るのを引っ張っていきつつ、私は鞄の外へ脱出ですわ!
私とキーブが出てすぐ、ドランは村の入った箱鞄を90度回転させて、横向きだった空け口を上に向けましたわ。これで村人達が自力で脱出することはほぼ不可能ですわね。ええ。
「箱の中に村がある、というのはなんとも変なかんじですわねえ」
「ジョヴァンに大分こき使われた」
「ああ、良い出来でしたわよ。村人にも好評でしたし、私も楽しめましたわ」
こう、箱庭、というのでしょうか。人工的に自然を再現する、という試み、私、嫌いじゃなくってよ!
「これで麻薬の原料は安定して確保できるな」
「時々忘れないように食料だの何だの差し入れしなくてはなりませんわね」
「いっそ麻薬の他に畑作らせて自給自足させれば?」
「ああ、それでもいいかもしれませんわね……」
私達は一仕事終えた達成感と開放感に思わず笑顔になりつつ、箱を馬に積み直して、また馬を進めますわ。
ひとまずはエルゼマリンに戻って……そうしたらいよいよ、フルーティエ家の麻薬農園を通報しますわ!
やっと通報ですわ!フルーティエ家の連中、どんな顔をするかしら!ああ、楽しみでしてよ!




