4話「村を焼きますわよ」
ごきげんよう。ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアよ。
私は今、新鮮な葉っぱをたっぷりと食べて、優雅に採血を終えて……希釈した血をチマチマチマチマ瓶詰にしながら4人で作戦会議中ですわ。
「売人は?」
「小屋の中。こっちはこっちで相談。向こうは向こうで相談、ってことで一時休憩中」
彼らとジョヴァンの商談は概ね済んだみたいですの。
幾つか取り決めが成立したということで、まずはジョヴァンから報告がありましたわ。
「結構上手くいったぜ。うちが麻薬栽培するからそれをそのまま売るってことで商談成立。他にも魔法薬系の麻薬を売るってのも決めた。やっぱり葉っぱもまだまだ需要あるけど、魔法薬系の人気も出てきてるみたいね」
「あら。それはよかったですわ」
麻薬に関しては、葉っぱ系やキノコ系、一部の魔物素材由来の麻薬なんかが今までの主流……即ち、クラシカルな薬でしたけれど、最近になって魔法薬系の麻薬も開発されましたから、そちらの需要も伸びてきている……何なら、効果が高く不純物の少ない魔法薬系の方を試してみたいと思う人間は多い、というような力関係ですわね。
魔法薬系の麻薬は設備投資と技術料がとんでもなくかかりますから、その分お値段も高めですわ。葉っぱはほっときゃ生える上に碌な知識が無くても育てられますから、お値段は安めですわね。
……ただしうちでは両者の生産コストって完璧に逆転しますけど。
「お貴族様向けに新しい名前でお嬢さんの血を売ってもいいかもね。どうせ連中、瓶の見た目さえ違えば『ミスティックルビー』と同じだなんて分からないだろうよ」
「間違いないですわね」
貴族連中相手なら、付加価値をたっぷりつけた上で思いっきり値段吹っ掛けても大丈夫ですわ。私の血がいくらで買われるかしら。とても楽しみですわね!
「あと、連中にはこの麻薬農園を通報するってことは話した。それでいいのね?」
「勿論ですわ。フルーティエ家に打撃を与えるのが最優先事項でしてよ」
売人は大事な大事な金蔓ですから、彼らまで通報に巻き込むわけにはいかなくってよ。彼らには今後もご贔屓にしてもらって、貴族相手にバンバン麻薬を売ってもらわなければなりませんもの!
さて。ここまでは確認、ですわ。
そしてここからが本題ですわね。
「ところで、鞄の中に畑ってどれぐらい入るの?」
まずはここからですわ。
私達は早速、鞄の中に畑を入れてみますわ。
「鞄1つにつき村人2人、といったところかしら……?」
「内部容量の感覚が分からないからそこらへんも分かんないよね」
……ただ、畑をどういう風に入れたらいいか、結構迷いどころでしてよ。
何せ、鞄の中に畑を作ったことがある人間なんて今までに多分居なくってよ!この『生物用空間鞄』は違法改造の代物ですから、解説書などがあるわけでもありませんし!
……うーん!もう仕方ありませんわっ!
「駄目ですわ!私、一回中に入ってみますわ!」
ということで、キーブとジョヴァンには止められましたけれど、ドランに後を頼んで私、鞄の中に飛び込みましてよ!
……すると。
「あら……ここが鞄の中、ですの?」
そこは、滅茶苦茶に真っ暗な、ぽっかりとした空間でしたわ。
何も見えないのは問題がありますから、私、火の魔法であたりを照らしましたわ。すると、ここでようやく、鞄の中が見えましてよ。
……どうやらここは、王宮の大広間1個分程度の大きさの空間のようですわね。少しぎゅうぎゅう詰めれば、ドラゴン5体が十分に入る大きさですわ。
床も壁も、光を反射しないくらい黒い物体でできていて、何となくフワフワしていますわ。ちなみに、鞄の口は見えなくってよ。どうなってますの、これ。
まあよくってよ。
広さからして……1つの鞄につき、小ぶりな畑が2個は入る、かしら?人間1人でも十分に管理できるであろう広さですわね。
ふむ。これは……。
「暗いですわ!」
盲点でしたけれど!鞄の中ですからここ、暗いですわ!
「ドランー、ドランー!出してくださるー!?」
……そしてもう1つ、問題点がありましたわ。
「ちょ、ちょっと!聞こえてますのー!?」
そう。この鞄の中。一度入ってしまうと……。
「あっ駄目ですわこれ!聞こえてませんわ!」
外との連絡手段が無くってよ!
「ちらっとだけ死を覚悟しましてよ」
「怖っ!……僕は絶対に入らないからな!」
「……対策が必要だな」
結局助かりましたわ。元々、5分経っても連絡が無かったら私を鞄から引きずり出してくれるようにドランに言っておきましたの。ということで、5分したら無事に出してもらえましてよ。
あ、それと同時に、鞄の中と外とで時間の流れが違う、なんてことはないと証明されましたわね。多分5分でしたわ。真っ暗闇に閉じ込められた不安感のせいでもっと長く感じましたけれど、でもまあ多分、しっかり5分でしたわ。
「うーん、農夫を中に入れるとなると、連絡手段が欲しいですわねえ……」
さて。連絡手段、という事ですが……私、早速キーブと相談しますわ。
「鞄の中に出口を付けられないかしら?」
「また改造しろって?」
「そうですわね」
魔物の生け捕りなんかだと鞄の中に入れた魔物が勝手に外に出てきたら困りますけれど、今回ばかりはある程度自由に出入りできた方がよくってよ……。うっかり私達が鞄の中に入ってしまったら大惨事になりかねませんわ!
「鞄の中に入ってみたら、鞄の口が見えなかったんですの。ついでに、鞄の中に居た時は特に揺れなどは感じませんでしたわ。これ、何かのヒントになりませんこと?」
「要は、鞄を媒介にして完璧な異空間を作ってるってことでしょ?揺れについても、異空間の中では上下の感覚とかが無いってことなんじゃない?それ以上のことなんか分かるかよ」
あらそうですの。空間鞄については私も同じような知識しか持っていませんわ。
多分、空間鞄の中だと揺れを感じない、というのは……そうしないと、鞄の中に入っているものが、鞄の揺れと一緒にガッシャンガッシャン動きまくって中で破損するからだと思いますわ。
けれど……困りましたわねえ。
どうにかして、鞄の中から出られる方法、見つけられないかしら?
「……ところで、空間鞄って、逆さまにして降ったら中身が全部出てきますわよね?」
「うん」
ふと思い出しましたけれど、確かキーブはそうやってスライム大放流をやってきたはずですわね。私も、空間鞄に何を入れたか忘れてしまった時は鞄を逆さまにしてふりふりすることがありましてよ。
「あれって、どうして逆さまにしないと出てこないのかしら?」
「……そりゃ、鞄の口が下に向かないと鞄から出てこないってことじゃあないの?」
ですわよねえ。
……ということは、ですわよ?
「空間鞄を、横向きに置いておけばいいのではないかしら?」
はい。思いついたら実験ですわ。
「じゃあまた入ってみますわね」
「命知らずかよ」
令嬢たる者、探求あるのみ、ですわ!私、また鞄の中に飛び込みましてよーッ!
「できましたわね!」
できましたわ!今度は自力で鞄から外に出られましてよ!
……どうやらこの空間鞄って、『鞄』を結界にした異空間、らしいんですの。つまり、鞄の口って、異空間と外界が直接触れている部分、という事になりますわ。外界と直接触れている鞄の口からなら、外に出られる。逆に、鞄の口に留め金を掛けてしっかり閉めておけば、鞄の中から外には出られない。そういうことですわね。
それでいてその異空間の上下は鞄の上下に関わらず常に固定。なので鞄が逆さまにされると、急に床が抜けて落ちるような感覚ですわね。そして、鞄が開けっぱなしの状態で横向きになっていたならば……空間の壁のある一面に突っ込んでいくと、外に出られる、ということになるようですの!
これは大発見なんじゃなくって!?
……あっ。違法改造されていない空間鞄って、そもそも自力で外に出てくるようなものが鞄の中に入れられないんでしたわ……。
「常に空間鞄を横に向けておけば、農夫達も脱走し放題ですわね」
「それでいいの?」
キーブが首を傾げていますわね。
「僕はてっきり、農夫は鞄の中に入れて、入れたっきり二度と出さないのかと思ったけど」
それができれば話は簡単なのですけれどね。
「閉じ込めて働かせてもいいですけれど、それはそれで管理が面倒そうですし……何より、今の鞄の容量だと、どうしても畑1、2枚しか入りませんの。居住区は別に必要ですわ」
さて。鞄の出入りの謎が解けたところで、こういう問題も出てきましたわ。
要は、鞄の中に入れてしまった労働者達を入れっぱなしにしておくわけにはいかない、ということなんですの。難しい問題ですわね、これ。
「1つ質問なんだが」
「はい、何ですの?」
さて。ここでドランが挙手、ですわ。こいつの頭が中々切れるということはもう分かっていますから、ちょっぴり期待して聞いてしまいますわね。
「この鞄の容量は、大きくできないのか?」
……容量、ですか。
「一応、もっと大容量の空間鞄もあるぜ。軍用の奴とか」
あー。それなら私も見た事がありますわ。軍用の空間鞄って、要は隊の食糧や予備の武器、ついでに寝具や何かを全員分入れておくものだったり、或いは、何かの災害があった時、救援物資をうん百人うん千人分入れて運ぶものだったりしますのよ。
冒険者が使う個人用の空間鞄とは規模が違いますわね。ええ。
……あ。
「成程。鞄の容量がものすごく大きければ、そこら辺の問題は解決しますわね……!」
そうですわ!私、閃きましたわ!
「鞄の中に麻薬農園と一緒に、鞄村を作ればいいんですわ!」
それでもう、鞄の中に村人達を定住させればいいんですわーッ!
鞄の出入り口問題が解決したところで、もう1つ大事な事を忘れていましたわ。
「あ、それから、鞄の中に明かりが必要ですわ!真っ暗なんですの!火魔法を使ったら一応照らせましたけれど!」
「真っ暗だと葉っぱが育たないかも分からんから、何か丁度いい照明、用意した方がよさそうね。……あ、太陽の石とかいいんじゃない?うちに在庫あるぜ」
「それは……随分と高級な畑になりますわね……」
太陽の石、というのは、太陽の力を持った石ですわ。一欠片ランプの中に入れておくだけで、ものすごく明るくなりますの。しかもじんわり暖かくて、本物の太陽のようなのですわ。王宮の照明に使われていますわね。
……そして当然ながら、ものすごーくいいお値段しますわ。空間鞄に太陽の石の畑……とっても高級な畑でしてよ。
「鞄の中に村人を住まわせるってんなら、闇硝子の覆いも一緒にしておいて、村人達に自力で昼夜の切り替えしてもらえばいいんじゃない?ほら、物好きな貴族が時々、室内に箱庭作って遊んでるじゃない。あんなかんじで」
ああー、ありますわね、そういうの。
小さな世界を自分の屋敷の中に作り出して、そこに奴隷を住まわせておく、っていう。
大抵は中庭とか、ガラス張りの温室とか、そういう自然と太陽が見えるところでやるんですけれど、物好きな貴族達はより強く『作られた世界らしさ』を求めるみたいですの。その結果、室内に太陽の石を吊るして太陽代わりにして、それを段々闇硝子で覆っていって、自然と昼夜が生まれるように絡繰り仕掛けを作ったりしてますわね。私もそういう部屋、見た事がありますわ。
「あ、だったら異空間の内側に空も作りましょうか。ほら、昔流行った布がありましたでしょう?案外悪くないんじゃなくって?」
「あー、太陽光の量に応じて青空から夜空まで色が変わる布、あったね。昔流行った奴」
昔の流行ですけれど、太陽の光……要は、時刻に応じて色が変わる、という布がありましたの。一時期はそれはそれは大流行して、貴族の淑女達のドレスはこぞってソレだったらしいのですわ。
あ、ちなみに廃れた原因は、特定の魔法を使うと透明になるという破廉恥な発見をしてしまった輩が居たからですわ。その時の社交界は阿鼻叫喚の大騒ぎだったらしいですわね。おほほほほほ。
……ということで、私とジョヴァンが楽しく話している内に、鞄村の設計が終わりましたわ!
私、こういうの大好きですの!お気に入りの家具で部屋を彩るのも好きですけれど、村を設計するのも楽しいですわね!
「よし。じゃあ俺は店に戻って軍用のでかい空間鞄と小道具一式を準備したいね。お嬢さん達は……まあ、ここに居てもいいけど、労働者探しをしとくと便利なんじゃない?」
……あ。
そうでしたわ。
そういえばこの麻薬農園……労働者達に逃げられてたんですわーッ!
そう。
麻薬農園から逃げ出した労働者達の代わりの労働者を捕まえてこなければ、麻薬農園が使えませんの。
これには少々困りましたけれど……でももう、代案を考案済みですわ。
「焼き畑農業ならぬ焼き村農業……いえ、村焼き農業でいきますわ」
「何それ」
「俺は早速嫌な予感がしてきたんですがねお嬢さん」
「とりあえず言ってみろ」
3人の反応はイマイチですけれど、まあいいですわ。説明しましょう。
「まず、適当な村を焼きますわ」
「駄目だ、もう分からねえんだけど」
それは『もう』分からないのではなく、『まだ』分からないのですわ!
「村を焼けば人が焼け出されますわ。となると村人達は様々なものを失いますわね?家も、蓄えも、食料も、仕事も失って、燃える村を呆然と眺めながら今後の漠然とした、しかし確かな不安に晒されることでしょう」
「発想が悪魔のそれだな……」
賢者と言って頂きたいものですわね。
「そこへ、住み込みで働ける、給金の良い、食料も保障された職場を提供したら、彼らは喜んで飛びつくと思いませんこと?麻薬栽培だってやってくれるでしょうし、何ならド田舎の村人ならそもそも葉っぱの存在を知らないかもしれませんわ。それなら抵抗なくやってくれますわよ」
いかがですこと?完璧な作戦ですわ!労働者は確保できますし、村人達にとっても、より良い職に就けて最高の取引ですわね!
「それなら村を焼く必要はないんじゃあないか?村人により良い職を紹介する、という体で接触すればいい」
「あら。それなら焼かない必要もありませんわね。奴らに断る余地は必要なくてよ」
「それもそうか……」
ドランはしばらく悩んでいましたけれど……ま、決めてくれましたわ。
「分かった。どこか適当な村を見繕って焼くぞ」
話が早くて助かりますわ!
さあ!なら私達は早速、焼く村を探しに出発ですわー!




