27話「貴族街から貴族が消えましたわ」
ごきげんよう。ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアよ。
貴族街の上水道に私の血を流して貴族全員殺しましょうと提案してみたところ却下されましたわ。
けれどその代わり、狂言毒物混入を巻き起こして、より確実に貴族連中を皆殺しにする案がでましたの!
雷使いちゃんを助け出すまでの制限時間は明日の夜ですわ!全力で準備を進めますわよ!
……ということで。
私達はシャワーの音が止まってから話を切り上げ、そして、雷使いを客間に連れていって寝かせて……念のため、客間には外から鍵をかけましたわ。え?なんで外から鍵がかかるのか、ですって?そんなんうちの薬中がラリって暴れ始めた時に隔離するためでしてよ。
そうして雷使いをしっかり隔離したところで、早速、私の血を採りはじめましたわ。そしてその血を適当に希釈して、『血のようなかんじは無いけれど十分に死ぬ』ようなものを作りますわ。
そこに耐毒薬を加えますわ。具体的にはユニコーンの毛を粉にしたものですわね。これを加えることによって、毒の即効性を落としますわ。
はい。これで完成。
これが今回の『解毒剤』ですの。
貴族街の皆様は悪党ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアが上水道に毒を撒いたことによって、既に毒に侵されていますのよ。ですから、すぐにこの『解毒剤』を飲まなければならないのですわ。
ちなみにすぐには数がご用意できませんので、最初の配布は貴族を優先して行いますわ。これで無駄な犠牲は最小限(つまり貴族全員のみ)に抑えられますわね。おほほほほほ。
「はい。瓶はこっちの箱ね」
「……よくこんなに小瓶があったな」
「ミスティックルビーの瓶の試作品が大量に余ってたからね!」
そういえば瓶について私、相当駄目出ししましたわね。おほほほほほ。まあその結果ここにこうして小瓶が沢山あるんですもの。麻薬販売しておいてよかったですわね。
はい。徹夜ですわ。夜が明けましたわ。眠いですわ。チマチマチマチマと小瓶に毒を入れていく作業って、精神を削られますわね……。
でも頑張りましたわ。おかげで貴族街の貴族全員分の『解毒剤』は用意できましてよ。
「じゃあジョヴァン。そちらの情報収集はお願いしますわね」
「はいはい。あ、チェスタ借りてくぜ」
「どうぞどうぞ」
「え?俺の意思は?」
ジョヴァンは欠伸をしながらチェスタを引きずってアジトを出ていきましたわ。なんの為って、ある物を用意したら、そのまま店の方で寝るためですわね。ええ。
情報収集なんてブラフですわ。盗み聞きされていた時の対策ですわ。実際はもう寝るためですわ。それだけですわ。
「……じゃあ、私は早速行動開始、といきますわ。ドラン、見張りをよろしくね」
「ああ」
そして私も早速ですけれど、『行動開始』……もとい、寝ますわ!だって徹夜ですのよ!?眠いですわ!おやすみなさいませ!
明け方にベッドに潜って夕方にベッドから出るのって、背徳的な快感がありましてよ。
まあ何はともあれ、私はもう十分に睡眠を確保できましたから、アジトに戻りますわ。
「只今戻りましたわ」
中には全員揃っていましたわ。私が一番お寝坊だったということですわね……。
「お。やっと帰ってきた」
チェスタは薬が抜けているらしく、とりあえず正常らしいですわね。
「ドラン。そっちの調子はどうですの?」
「特に問題は無い。さっきと同じだ」
「あら、そう」
私は会話しつつアジトの奥へ進んで、ワインの棚(私の戦利品の棚、ということですわね!)の横の棚に向かいますわ。そこにはパンやチーズの塊、ピクルスやドライフルーツといった日持ちする食べ物が置いてありますの。そこから適当に遅めのお昼ごはん兼早めの晩ごはんを頂きますわね。
「……さて。そろそろ連中は騒ぎ始める頃か」
「どうかしら。遅効性ですもの。私は今日の深夜ごろだと見ていますわ」
……というような会話をしたところで。
私達はそんな会話をしつつ……ふわ、と欠伸をしますわ。
「少し眠くなってきたのだけれど、仮眠してもよろしくって?」
「ああ、いいぜお嬢さん。ここは俺が見とく」
「俺も寝る。何かあったら起こせ」
「はいはい」
ジョヴァンの返事を聞きつつ、私とドランと、それから黙ったまま席を立ったチェスタは……ジョヴァンが用意したものと『解毒剤』を持って、アジトを出ましたわ。
「こういうもの、ありますのねえ」
「あいつも手が広いからな」
さて。アジトを出たところで、私達が最初にすることは……着替えですわ!
これはごくごく普通の、王国の兵士の恰好ですわね。
兜を被ってしまえば顔はあまり見えませんし、それに加えて、兵士という『絶対悪いことしない人達』の制服の効果で色々誤魔化せるでしょうね。
「おーい。俺のこと忘れてない?」
「あ、正常ですわね。よかったですわ」
そしてチェスタも兵士の恰好にお着換えですわ。……ええ。今回はこいつも使いますわよ。残念ながら人手不足、ですわ!
「それでは、隊長!この町の平和を守るため!いざ貴族街へ向かいましょう!」
それでも、きっちり敬礼してみせるチェスタはそれなりに堂に入っていてよ。それに応えるドランも、ぼちぼち兵士に見えますわね。
あとは私ですが、俯きがちにしておけば多分大丈夫ですわ!多分!
そうして私達は貴族街に赴き……最初に向かったのは、警備隊の居所ですわ。
「緊急事態だ!手を貸してくれ!」
チェスタが緊迫感溢れる声で呼びかけると、なんだなんだ、というようにサボり警備共が出てきましたわね。
……そこでドランが重々しく、文書を見せながら言いますわ。
「この町の貴族街の上水道に、極悪人ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアが毒を撒いたらしい。遅効性の毒だが、明日の朝までには全員が発症して死に至る。恐らく、昨夜から今までに貴族街に居た者達は全員毒に侵されている」
あ、ちなみに見せている文書はパチモンですわ。当然ですわ!ただ、堂々と出して見せれば何か意味ありげなどこかの許可証みたいに見えますのよ!
「だが幸運にも、解毒剤の製法を暴くこともできた。今用意できた解毒剤は数が少ないが、貴族を優先して服用させろと指示が出ている。人数を把握したいので、全員を一か所に集めなければならない。協力を」
警備連中はとりあえず全員協力してくれることになりましたわ。ちなみに『協力への報酬といってはなんだが、もし貴族達に配布しても解毒剤が余ったら、次は君達を優先して解毒剤を配布しよう』と言ったらホイホイ言うこと聞いてくれましたわね。
……そうして私達は、貴族を貴族街の中央広場に集めることになったのですわ。
現場は大混乱ですわ。当然ですわね。何といっても『自分達は毒に侵されている。このままでは今晩から明日の朝にかけて全員が死ぬ』なんて聞かされたら、落ち着いていられないのが人間というものでしてよ。
「早く解毒剤を寄越せ!金なら出す!幾らほしい!」
「申し訳ありませんが、貴族街の貴族全員が集まったと確認できるまで服薬して頂くわけには参りませんので」
気が早い貴族が居ますけれど、まだ解毒剤は配りませんわ。当然ですわ。全員一斉に飲んで、全員一斉に死んでもらわなければ困りますもの。
「お願いします!私達にも薬を!」
「ご安心ください。第二部隊も応援に来ます。夜までには全員分の薬が届く予定ですので」
この場に居るのは貴族だけではありませんわ。使用人達だって当然、ここには居ます。
けれど解毒剤の配布は貴族優先ですから、彼らの分の薬はありませんの。彼らを殺すつもりは無くってよ。
「これで全員ですか?」
「ええ。間違いありません」
警備連中が案外役立ちましたわ。貴族街の住民票をもってきてくれていて、それに照らし合わせて、貴族が全員集まったかを確認してくれましたの。
……そして、貴族全員が集まった事を確認できたので、これよりお楽しみの時間、というわけですわ。
「それではこれより、解毒剤の配布を行いますが、その前に、この解毒剤の飲み方を説明します」
ドランに促されて、私が前に出ますわ。
「この薬はユニコーンの毛粉末を含みますので、瓶を開封する前に十分、転倒混和してください」
小瓶を貴族達に見えるよう掲げて、数回上下にひっくり返して中身を混ぜますわ。傾きかけた太陽の光に小瓶と小瓶の中のユニコーンの毛粉末が煌めいて、とても綺麗ですわね。
「また、この薬は非常に繊細な魔法薬です。魔法の干渉によって効果が消えてしまう場合が確認されています。もし魔除けや回復の魔法の道具などを身に着けている場合は、それらを外した上で薬を服用してください」
うっかり別の要素で毒が効かなくなっても困りますものね。或いは効きすぎてすぐに死なれても困りましてよ。
「最後に、飲む時は一息に飲み干すようにしてください。ユニコーンの毛粉末を瓶内部に残さないように、勢いよく。そして、瓶の中に薬ができるだけ残らないように服用するよう心掛けてください。貴重な薬ですので、瓶にはギリギリの分量しか入っていません。飲み終わったと思っても、瓶をしっかり確認するようお願いします」
そして最後に、私は瓶の中身を一気に呷りましたわ。
……まあ、ほぼほぼ無味無臭でしてよ。血だと思えない濃度まで薄めていますもの。
そして当然ですけれど、私がこれを飲んでも特に何ともありませんわね。そりゃそうですわ。私の体に流れてる物が原材料ですもの。
「……以上で服薬に際する説明を終了します。念のためもう一度確認しながら皆さんで一斉に服薬しますので、配布された後もすぐに服薬せずにお待ちください」
さて。
説明も終わりましたし、私は貴族達の前で実際に『解毒剤』を飲んでみせましたわ。要は、毒見はしてみせた、ということ。
貴族達はすっかり私達を信用していますわね。そもそも、私達は偽物の兵士ですけれど、警備兵達は本物の警備兵なのですから、信用しない方が難しいかもしれませんわね。
「では皆様、お手元に薬は行き届きましたか」
ドランはそう言って確認を取りつつ、貴族達を見まわして……頷きました。
「それでは、これより服薬します。ではまず、瓶の転倒混和から」
それから10分後。
貴族連中は全員、広場にぶっ倒れることになりましたわね。
もう、使用人や警備兵達の悲鳴と怒号で広場はいっぱいでしてよ。
「よし。逃げるぞ」
「勿論でしてよ!」
「案外上手くいったなあ」
そうして私達はその喧騒を背後に、さっさとトンズラこいていますわ。
ある程度症状が出てきたのを確認した時点で「本部に確認してきます!」とか何とか適当に言って逃げてまいりましたの。こういう時は逃げるが勝ち、ですわ。強盗には後で入りましょう。どうせ火事場泥棒し放題ですわ!
「雷使いちゃん!」
そして私達がアジトに戻った時。
「あ……お、お帰、り……」
震える声を発しながら私達を振り返った雷使いの首には……もう、首輪はありませんでしたわ!
やりましたわ!どこのどいつだったかは分かりませんけど、とりあえず標的を殺すことに成功しましてよーッ!おーっほっほっほっほ!




