24話「いいもの拾いましたわ!」
ごきげんよう。ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアよ。
私は今、エルゼマリンの路地裏で……小柄な雷使いの魔法使いと、向かい合っていますわ。
そしてその後ろから、ぞろぞろと7人の男達。皆、手には武器を持っていますわね。物量作戦で来たらしいですわ。
これは……楽しめそうですわね?
「一応聞いておきますけど、あなたの目的は?」
「答える義理は無い」
相手の魔法使いはそう言うといきなり、雷の魔法を打ち出してきましたわ。
けれど狙いが甘くってよ。
「あなたが来ることなんて予想していてよ!」
そう。
私達がミスティックルビーを売り出してから、いつかはこいつが現れると思っていましたの。
だって相手は明確にうちと対抗しようとしている組織ですわ。うちが目立った稼ぎ方をしていたら当然気に食わないでしょうし、あわよくば、私達からミスティックルビーを奪って売ろうとするだろうとも思っていましたわ!
……ということで私、ミスティックルビーの小瓶を一気にばら撒きましてよ。
「なっ」
予想していなかった動きだからでしょうね。相手に隙が生じましたわ。
だってそのはず。私がばら撒いたミスティックルビーの小瓶は全部で30本あまり。要は、金貨30枚をばらまいたのと変わりなくってよ。
雷は空中にばら撒かれたミスティックルビーの瓶の間を駆けることになって、私は見事、雷を抜けましたわ。
……そして私、ローブを脱ぎ捨てて、即座に『杖を』抜きますの。
「仕込み杖かっ!」
敵が気づいたようですが、もう遅いですわ。
そう。私がミスティックルビーの売人をする時、欠かさず所持していた杖。これ、仕込み杖ですの。杖の途中から引き抜くと、中から剣が出てきましてよ。
……そして私。
弓よりも、剣が得意なんですの。
「1人目!他愛ないことですわねえ!」
真っ先に、一番近くにいた男を斬りましたわ。これで1人。
「さあさあ、次に私の獲物になりたい奴はどいつですのっ!?」
「てめえ……!」
安い挑発に乗ってきた馬鹿が2人。けれど、2人までなら何とでもなりますわね。私は脱ぎ捨てて地面に落としたローブに爪先を引っ掛けてそのまま蹴り上げ、目くらましにしますわ。
そしてその間に、宙を舞うローブごと剣で刺し貫いて、もう1人。
ローブを斬り払ったら、その向こう側に居た3人目も一緒に斬り払いますわ。
「2人目と3人目もやりましたわよ!さあ、お次は……っと」
そこで雷が来ましたわね。これは身を低くしてやり過ごしますわ。そうすれば、さっき刺したばかりの雑魚2人が避雷針になってくれてよ。
「あら、中々やってくれますわね!」
そして、私が身を低くしたところで、4人目と5人目と6人目がまとめて突っ込んできましたわね。……流石にこの距離で3人同時は厳しくってよ。
なら、ここが切り札の使いどころですわね。出し惜しみして負けるなんて滑稽なこと、しませんわよ。
「今ですわ!」
私が大きく叫びつつ紐を引くと……屋根の上から、バケツが落ちてきましたわ。
そのバケツに入れられていた液体は見事、私と、私に襲い掛かってきた3人に掛かりましてよ!
じゅ、と嫌な音がして一瞬。男達の絶叫が響きましたわね。
それもそのはず。この液体、猛毒ですの。ミドリスライムの粘液に数種類の毒を混ぜてありますのよ。
スライムの粘液って、べったりしていて剥がれにくい上に獲物を溶かしていく性質がありますの。特にミドリスライムは普通のスライムよりもその力が強いですわ。
……そうして溶けた皮膚に叩き込まれる毒物!鉱毒と植物の毒とポイズンスネークの牙から採った毒との豪華3種盛りですのよ!普通の人間には耐え難い毒ですわね!まあ!私には!効かないんですけどーッ!おほほほほほほ!
「さあさあ残る雑魚は1人だけですわねーッ!」
「うわっ来るなっ!」
そして私、毒をしっかり被った状態から、最後の取り巻きに向かってタックル!からの組み付き!
全身毒塗れの私がこうして組み付いてやれば、当然、残る1人も毒にやられましてよ!スライムの粘液をたっぷりと塗り付けてやれば、最初に毒を被った雑魚3人と合わせて4人の狂乱雑魚の出来上がりですわーッ!
雑魚7人が片付いたところで、雷使いはしっかり切り札を切ってきましたわね。
……もしかすると、今までの7人は最初から時間稼ぎのつもりだったのかもしれませんわね。
雷使いの頭上に、バチバチと弾ける雷の玉。強く輝くそれに照らされて、深夜の裏通りが光と濃い影の陰影に彩られましてよ。
分かりますわ。あれ、私にはどうにもできませんわね。
小細工じゃあ避けられないでしょうし、真っ向から対決するには私の魔力は足りなすぎますわね。私の魔力は血にほとんど全部いっちゃってますもの。
「さーて。ここまであっという間でしたわね」
ですので私、ここで挨拶をしますわ。
「あなたもすぐに雑魚共と同じようにして差し上げましてよ!おほほほほほ!」
さて。
残るは雷使いだけ。最初と同じように、しっかりお互い見つめ合って……そして!
「……それとも、別のやられ方がいいかしら?」
雷使いが私に向けて雷の大魔法を放つ直前、雷使いの背後から現れたのは、ドランですわ。
「なっ」
私だけに注意していた雷使いは、見事、ドランにぶん殴られてその場に昏倒しましたわ。
「やりましたわ!私達の勝利でしてよ!」
「ああ。周囲に張っていた奴らも片付けた」
ドランはどう見ても返り血に汚れていますわね。どうやら雑魚は7人だけじゃなかったらしいですわ。でもまあ、片付いてしまえばもう何でもありませんわね!
「おう、お疲れ」
続いて屋根の上から顔を出したのはジョヴァンですわ。あ、さっきのバケツですけれど、当然ながら引っ張った紐はブラフですわ。ジョヴァンがバケツぶん投げただけでしてよ。
「ジョヴァン!水、お願いしますわね!」
「分かってる分かってる。ほい」
上から今度は水入りバケツがロープでするすると降りてきましたわ。私はそれを受け取って、頭から被ります。
ちなみにこの水、ちょっとワインビネガーが混ぜてありますの。スライム汚れにはお酢が効きますのよ。
……ということで、私の洗浄も無事に終わりましてよ。これをやらないと、周囲への被害が甚大ですものね。
「地面に落ちた毒は?」
「植物毒とヘビ毒に関しては、その内スライム粘液が分解しますわ。一晩もあればきっと十分でしてよ。そして鉱毒はもう知ったこっちゃー無いですわ。どうせほっときゃ雨に流れていきますわよ」
「そうか。なら早めに戻ろう。そろそろ警備が来てもおかしくない」
一応、エルゼマリンの治安を守る警備隊が居ることには居ますのよ。城から派遣されてくる兵士とは別に。
……ただ、基本的に裏通りでの喧嘩なんて日常茶飯事ですもの。もう警備なんて一々来なくってよ。大体、真面目に点数稼ぎしたいような警備員なら、同じエルゼマリンでも貴族街の方や港町の方に配属されているでしょうし。
けれどそんな警備の連中も、偶には働くことがありますものね。こんなところ、さっさとオサラバした方が良くってよ。
「これ、どうしましょう?」
「毒は……放っておけば回るか。刺した方は?」
「もう死んでますわよとっくに」
ええ。雑魚7人はもう虫の息か絶命済みかのどちらかでしてよ。
「そして……この雷使いは気絶しただけ、か」
そうですわね。残っているのはそいつだけですわ。
「じゃあ折っておくか」
あっけらかん、とそう言って、ドランは雷使いの首に手を掛けましたわ。え、折るってそういう?
ドランの大きな手が細めの首と頭部とを掴んで……その時。
雷使いのフードが外れましたわ。
「……あらっ」
現れた顔を見て、私、びっくりしました。
だって随分と可愛らしい顔立ちなんですもの!
チラッと見ただけでも美少女だと思いましたけれど、ちゃんと見ると本当に美少女ですわ!
さらりとした絹糸のような黒髪は肩に届かない長さで、とても艶やか。頭部の丸みに添って光沢が輪になって、まるで黒い林檎のよう。
透明感のある白い肌は滑らかで、頬をつつくとその手触りにうっとりさせられますわね。
そして気絶していますから目は閉じられていますけれど、睫毛が長くて濃くて、是非目が開いたところも見てみたいと思わされますわね。
……体は男にしては小柄ですけれど、少女としてはそこまで小柄でもないですわね。身長は私よりもほんの少し高いかしら?同じくらいかしら?
あ、ちなみに出るところ全く出てませんわね。つるんぺたんすとん、でしてよ。でももしかしたらローブ脱がせたらもしかするかもしれなくってよ!
「ドラン、待って!」
ミシミシ言い始めていた首を緩めて、ドランは『折る』のを待ってくれましたわ。
……そして私、それを確認して、言いますわ!
「その子、連れて帰りましょう!」




