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没落令嬢の悪党賛歌  作者: もちもち物質
第一章:裏世界より
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23話「来ると思っていましたわ」

 ごきげんよう。ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアよ。

 私は今、麻薬の売人、兼、原材料として日々生活しておりますの!


 私の血を薄めに薄めて作った100万倍希釈血液、通称『ミスティックルビー』は無事に裏世界に羽ばたいていきましたの。思い立ってから20日。実験しながら準備しておいた甲斐がありまして、割とすぐに売り出せましたわね!


『ミスティックルビー』は全く新しい、そしてこの世に他に無い新しい麻薬ですわ。

 ルビーレッドの硝子の小瓶の中に100万倍希釈血液を一さじ分だけ入れて、赤い封蝋で封をして、そこに使用期限の日付と紋章入りの封印を押したものですの。高級感のある見た目は女性受けも悪くないはずですわね。

 ……そしてその効果は、数々の実験台、そしてチェスタのお墨付きですわ!

 皆口を揃えて言うことには……『凄まじい多幸感』と。

 他にも、『世界一の美女と一夜を共にするような高揚感』だとか、『乾ききった喉に冷たく冷えた清らかな水を注ぎこんだ時のよう』だとか、『天国が見えた』だとか、ま、色々ありますけれど、全体的に好評でしてよ。

 ちなみにチェスタの感想は『お前とヤる奴はもげても本望かもしれねえ……』だそうですわ。そんなん知ったこっちゃーなくってよ!




「……で、俺が販売員なのよね」

「しょうがないですわ。あなたが一番窓口として相応しくってよ!というかあなたが売らないと、敵がうちに襲い掛かってきてくれなくってよ!」

 ちなみにこの『ミスティックルビー』。入手方法は今のところ、たったの2つだけでしてよ。

 1つは、偶に裏通りをふらついている、仮面にフード付きのローブ、そして杖を持った麻薬の売人……つまり私から買う、という手段。

 そしてもう1つが、ジョヴァンの店で買う、という手段ですわ。

「最初の客は私から買うにしても、2度目を買おうと思ったならば、いつ現れるか分からない私から買おうとするよりは、確実に買えるこの店に来る、という客は案外多いようですし。この判断、正解でしてよ」

 そして案の定と言うべきか、ミスティックルビーは結構好評ですわ。

 魔法毒系の麻薬、という、麻薬の中では相当高価な部類の物ですから、ちょっぴりボッたくった値段にしてありますの。1回分で金貨1枚ですわね。

 ……それでも馬鹿みたいに売れているのですから、ホント馬鹿みたいですわね。ここ数日だけで黄金貨1枚分ぐらい稼げちゃってましてよ……。

「あーあ、お嬢さんが来てから危ない橋ばっかりよ。全くもー……」

「でも嫌いじゃないでしょう?」

「……自分で自分が憎らしいほどに、ね!」

 それは何よりですわ。

 ……さて。

「ところで私、いい考えを思いついたんですけれど」




 はい。『良い考え』がジョヴァンから「へえ。いいね。中々悪魔的で」というお墨付きを頂きましたので、早速私、取りかかりますわ。

 すると、アジトにドランが戻ってきましたわ。ということは、今、ジョヴァンの店にはチェスタが行っていますのね。ここのところ、私達の内誰かが必ず、ジョヴァンと一緒に店番することになってますの。

「ん?その紙は?」

「回数券、ですわ」

 そして私がアジトでせっせと作っていたのは回数券、でしてよ。


 少し厚手の紙に、金と赤のインクで証明代わりのスタンプを押してありますの。そこに11個の枠があって、何回分利用したかが分かるようになっていますのよ。

 金のインクは色々と混ぜ込んだものですわ。要はフェイクですわ。偽装防止偽装、という奴ですわ。これを解析して再現しようとしたら滅茶苦茶大変だと思いますわよ。だって本当のデタラメですもの。おほほほほほ。

 そして、赤のインクはドラゴンの血。(あ、勿論ドランが仕留めたドラゴンの血ですわね。)同じドラゴンの鱗を翳せば、それが同じドラゴンの血かどうかが魔力の反応で分かりますの。

 こんなことができるのは、魔力の高いドラゴンだからこそ。普通の人間程度じゃ、血でスタンプを押しておいても、生体にしか反応しなくってよ。血が薄まってしまったら尚更反応なんてしませんわね。

 ……つまり。人間の血って、逆に言えば本人確認に使えますのよ。

 この仕組みを利用して、回数券は、回数券購入者でないと利用不可、ということにしますわ。転売防止策ですわね。購入者の血を取ってこちらの帳簿につけておけば、あとは帳簿に何回利用したかも記録しておくだけで転売防止策は完璧ですわよ!


「回数券?」

「ええ。ミスティックルビーを10回分の値段で11回分売りますの。お得ですわ。しかも、券の有効期限はありませんの。券を出されたらその都度、新鮮なミスティックルビーを渡しますわ」

「……それは、損をするのでは」

「そうでもありませんわよ?確かに回数券を売ると、1回分の値段、金貨1枚分、損をしますわね。……けれど、相手はその分、『一気に』金貨10枚分、買うことになりますわ。要はこれ、相手に『保証の無い未来』に金を出させる手段ですのよ」

 要は、薬中になるようなゴロツキなんて、明日の命の保証もありませんの。半年後、一年後なら尚更ですわね。

 そんな奴らですから、何人かに1人くらいは、回数券を使い切れない奴が出てくると踏んでいますわ。


「それに、一気に買ってしまったら、多分使用頻度が上がりますわよ」

「……券の使用期限は無く、券を出されたらその都度新しいミスティックルビーを出すんじゃあなかったのか?」

「あら。だって、考えてごらんなさいな。ドラン。……あなた、美味しいワインが目の前に1杯あって、飲んでいいよ、って言われたらどうします?」

「飲む」

「でしょうね。じゃあ、そのワインが『1本』あったら?」

 ……ここでドランは私が言いたいことに気付いたらしいですわね。

「成程。あればあるだけ飲んでしまう。『持っている』と、その分使用頻度が上がってしまう、ということか。成程な。……それに、回数券なら『得をした』という意識も相まって、余計に使用頻度が上がりそうだ」

 そういうことですわ。連中バカですし、『お得だったんだから1本多く使っちゃってもいいか』みたいなノリで消費を伸ばしてくれるはずですわ!


「どうせミスティックルビーの原価は瓶と封蝋代ぐらいなものでしてよ。なら、薄利多売に近づけていった方がよくってよ。値崩れすると厄介ですし、値段を下げ過ぎても稼ぎの効率が落ちますから、まあ、1回金貨1枚、というラインは守りますけれど」


「……お前はそんなに血を抜いていて、大丈夫なのか」

「大丈夫ですわよ?……だって私、1さじ分の血を取っておいたら、もうそれで100万本分作れますもの」

 勿論、『原液』は薄めないと、細かい調製ができませんから中々難しいところですわ。

 でも、100倍希釈ぐらいなら日を置いてもそれほど劣化しないみたいですの。100倍希釈液なら、10日くらいは平気で品質が安定していますわね。

 ですから今のところ私の出血は『100倍希釈液を10日に1回作る』ことを考えて、『1か月に3さじ分の血液をとっておく』だけで済んでいますわ。

 ……ちなみに。

 このミスティックルビー、1つ、素晴らしい点がありましたの。

 ……これ、瓶に入ってる時、見た目は本当にただの血なんですのよ。だって血ですもの。ええ。

 ですからこの小瓶がうっかり誰かの目に触れたとしても、これが麻薬『ミスティックルビー』の原液だなんて、誰も気づかないんですわ!

 あ、ちなみに私がミスティックルビー販売に出かける時に杖を持っているのは、いざとなった時に幻覚の魔法で逃げるためだけじゃなくて、魔法使いなら血を小瓶に入れて所有していてもおかしくないから、でしてよ。




 ということで、ミスティックルビーの販売を初めて1か月。回数券も無事に流通し始めましたわ。

 これがまた案外、売れ行きが良かったんですの。金貨10枚一気に支払うって、それなりに大きな出費になると思うのですけど……金を持った悪党が大量に居るんですのね、この町。

 ついでに喜ばしいことに、案の定狙い通り、稼いでいることに嫉妬した連中が私達から稼ぎと麻薬を奪おうと、襲ってきてくれましたわ。勿論、全部返り討ちですのよ。おほほほほほ。


 さて。

 今日も私は元気に麻薬の密売人、ですわ。

 ルビーレッドのガラスの小瓶を詰めた蓋つきバスケットと杖を持って、夜の裏通りをうろつきますわよ。

 ……すると。

「ねえ。『ミスティックルビー』欲しいんだけど」

「金貨1枚でしてよ」

 声を掛けられて振り向いた時、そこに居たのは。

「お久しぶりね。……来ると思っていましたわ」

 そこに立っていたのは、小柄な体。

 何時ぞやに出会った、雷使いの魔法使い、でしてよ。


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