22話「もう希釈は嫌ですわ」
ごきげんよう。ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアよ。
私は今、半分ヤケッパチになりながら、ひったすら血を薄めていますの。
……血1さじを水9さじで薄めたものが10倍希釈ですわね?
で、その10倍希釈血液をまた1さじ取って、それをまた水9さじと混ぜますわね?これで100倍ですわ。
で、それを更にこう、同じ要領で薄めていって……。
ちなみに、100倍希釈が駄目だったのでもういっそと思って1000倍希釈にしたのですけれどそれでも駄目で、1万倍希釈にしてもまだ駄目で、10万倍希釈も駄目!
ということで!次はもうヤケッパチもヤケッパチの100万倍希釈でしてよッ!
「はい。ゴブリン捕まえてきたぜ」
「行きますわよッ!」
チェスタが捕まえてきたゴブリンの口に、100万倍希釈血液を1さじ、入れますわよ!
……すると!
「あっ」
「おー」
なんと!ゴブリンが死にませんの!
やりましたわーッ!
「へー。ほんとにラリってんじゃん」
「ラリってますわねえ」
100万倍希釈血液を与えたゴブリンは、なんかいい感じにラリってますわ。私、ラリってるゴブリンとか初めて見ましたわ……。
「しかし、これで遂に目標達成、ですわね!ああよかった……またあの気の遠くなるような作業、またする羽目になるのかと思いましたわ……」
ゴブリン狩りとかならまだよくってよ。けれど、先の見えない希釈作業ってほんと精神に来ますわ!よかったですわ、本当に、この作業終わってよかったですわ……!
ラリラリゴブリンを観察しながらお昼ご飯ですわ。
「あ、チェスタ。あなたは一応離れたところで食べて下さる?あと、手はよーく洗って頂戴な。そっちに小川がありますの。そこで念のため、ね?」
「ん。分かった分かった」
うっかりほんの1滴でも私の血がチェスタについていたりして、それをチェスタが口に運んでしまったら、こいつも死にかねませんものね……。
恐るべし、ですわ!
それからしばらくラリラリゴブリンの観察してましたけれど、ゴブリンは3時間ぐらいである程度正常に戻ったみたいですわね。
……そして。
「これ、ねだってんのか?」
「常習性がありそうですわねえ」
ラリり終わったゴブリンが元気に私の所に来て懐いてきましたわ。次の薬を寄越せ、ということなのかしら?
折角だからもう一回、100万倍希釈血液を1さじ与えてラリらせてみましたわ。またラリりましたわ。
「……これ、何回か連続して使ったら死んだりとか、しねえ?」
するかもですわねえ……。
それから夜になってもう一度ゴブリンに血を与えてラリらせたところで、そのゴブリン殺して帰ることにしましたわ。
「とりあえず、どこかで何度か、人間相手にも実験してみたいですわね」
「どこかではやってもいいけど、最初の1人目に俺を使うのはやめろよ?」
あ、そこの理性はありますのね。まあいいですわ。実験相手なんていくらでもいますわ。
ということで帰宅もとい帰アジトですわ。
「只今戻りましたわー!」
「ああ、お帰り」
もうドランとジョヴァンも戻ってきていたようですわね。ということで私、早速、結果発表しますわよ!
「100万倍希釈したら麻薬になりましたわ!」
「……100万倍」
「100万倍ですわ!」
「つまりお前の血はそこまで強い毒物、ということか……」
そういうことになりますわねえ……。ちょっぴり自分でもびっくりしていましてよ。
「へー。もうここまで薄めると元が血かどうかなんて分かんないのね」
ジョヴァンが100万倍希釈血液の入った瓶を見て、「見た目は水ね」と漏らしましたわ。まあ、100万倍希釈ですもの。
「まあ、これで麻薬を安価かつ大量に仕入れることができましたわね!」
何と言っても、私の血が1さじあれば、100万回分の薬になりますもの!もうこれ実質無料ですわ!
「では早速これを売って……!」
けれど、1つ、盲点がありましてよ。
「ところでお嬢さん。これって日持ちするの?」
「え?」
日持ち。
……考えたこともありませんでしたわ!
「日持ちなんて考えたこともありませんでしたわね!」
「あ、やっぱり?」
「その場で新鮮な血を矢尻に付けられますもの。あ、でも、小瓶に血を取っておいて使うこともよくありますわ。そうね、今まで最長で1月くらいほっといた血を使ったことがありますわね……」
記憶を辿ると、採った血に血が固まらないようにスライム液を混ぜておいたものを1月ぐらい経ってから使ったことがありましたわね。
そう。大量に狩りたい時は一々傷を作るなんてしたくありませんもの。瓶に血液を入れておいて、それを使うようにしていますのよ。でもそれで今まで困った事って無いですわね。
「……俺、気になったんだけどさ。お前、うっかり出血して床とか汚したらどうしてんの?その床、少なくとも1月以上は呪いの床ってことじゃん?」
「失礼ですわね。拭いてますわよそのくらい」
「……拭いた程度だと、100万分の1さじ程度、残りそうだが」
あー、それもそうですわね……?
……私、今回100万倍希釈のために、6回程、10倍希釈を行ってますの。でも私、床だのなんだの汚してしまった時に、雑巾がけは精々2度拭きまでしかしてなくってよ!
「つまり私の部屋の床を舐めさせたら、コロコロと皆死んだのかしら……?」
まあもうその屋敷、無いんですけれどね!
「もし『原液のままならある程度日持ちする』けれど、『薄めたら効果が無くなる』なら、私としては心が安らかですわ」
「永遠に残り続けるとしたら、お前をどっか地面の上でぐっしゃぐしゃに潰したりしたらその土地、未来永劫呪いの大地だもんなー」
もし私がぐっしゃぐしゃにされることがあったとしたらそこら一帯呪いの大地にしてやることもやぶさかではありませんけど、それ以上にうっかりで流してしまった血によって、未来永劫そこで生き物が死に続けることの方が怖いですわね!例えば、海に私の血を流し続けたら海の生物全滅、とか、割とシャレにならなくってよ!
「……ま、そこらへんも実験してみるっきゃないだろうね」
「ええー……これまだ実験しますの?」
「するよ。何言ってんのお嬢さん。日持ちするかしないかってすごく意味が変わってくるんだぜ?」
まあそうですわよね。大事に大事に取っておいた高級麻薬、1年ぐらい寝かせておいたら効果が消えてた、とかになったらなんかこう、すっごい困りますものね……?
……ということでもうしばらく実験、ですわ。
原液と1万倍希釈と10万倍希釈と100万倍希釈と1000万倍希釈のものを用意しておいて、1日ごとにゴブリンの反応を見ますわ。
「この森のゴブリン、全滅しそうですわね」
実験動物はゴブリンと決めましたので、森の中のゴブリンは見つけたら即座に捕獲、そして実験、ということになりますわ。多分このままいくとこの森ではゴブリンが見られなくなりますわね。
……ということで実験10日目ですわ。もう飽きてきましたわ。
でも、成果がありましたのよ。
「あらっ?このゴブリン、あんまりラリりませんわね?あ、でもこっちはラリってますわ」
ラリり方が弱いのですけれど、それでも一応は、ラリったり、或いは全然ラリらなかったり。
……うーん、これはつまり……効くか効かないかのギリギリになった、ってこと、ですの?
とりあえず実験は15日で打ち切りましてよ。
何故かというと、そこらへんでもう、100万倍希釈の毒がどのゴブリンにも効かなくなったからですわ。どうやら完全に毒ではなくなってしまったようですわね。
……けれど1つ、面白いことも見つかりましたの。
「成程ね。要は、薬として使えるのは、『薄めてから』7日から10日、ってこと?」
「そう!そこなのですわ!私の血、薄めれば薄めるほど、効果が消えやすくなるようなんですの!」
面白いことに。
100万倍希釈にしたものを10日置いてゴブリンに与えると、ラリり方がマチマチですの。……でも、採取してから10日置いた原液を、10日目に初めて薄めて100万倍にすると……なんと!まだゴブリンはしっかりラリるのですわ!
「時間制限があるとなると、流通させるのには大変ですけれど、逆に言えば管理しやすい、ということになりますわね」
「そうね。転売しにくいって考えれば悪くない」
買った日から7日以内に使わないといけない薬、となれば、当然ですけど買い溜めができませんわ。
となると、転売しようとする輩はこの薬に手を出しにくい、ということになりますわ。
そして何より、何かが起きて100万倍希釈血液が駄々洩れになったりしても、15日もすれば毒は消えますわ!つまり、最初にとりあえず私の血を薄めておきさえすれば、不毛の大地は生まれませんの!万々歳、でしてよ!
「それから、お嬢さんに俺とドランからプレゼント」
そして更に!ジョヴァンがそう言うと、ドランが私の前に簀巻きにされた人間を3人ほど、下ろしましたわ!
「色気のないプレゼントだけど、必要でしょ?好きにしていいぜ」
「店を出たジョヴァンに襲い掛かったからな、生け捕りにしておいた」
「ありがとう!流石、気が利きますわ!好きにさせて頂きますわね!」
簀巻きにされて転がされたゴロツキはこれから何が起こるのか、戦々恐々としているようですけれど……何も、怖いことなんて無くってよ!
「じゃあ早速、感想を聞かせていただきましょう」
さあ、人体実験も済んだら、いよいよ麻薬でぼろ儲けする時間でしてよ!




