19話「とりあえず潰せばよくってよ」
ごきげんよう。ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアよ。
私は今、アジトに戻ってきたジョヴァンが血みどろで滅茶苦茶ビビったところですわ。
こいつが血まみれって、相当ヤバい絵面でしてよ!
「な、何があったんですの!?」
「ん?すぐ聞きたい?なら俺と一緒にシャワー浴びる?……冗談よ」
色々と笑えない冗談ですわ!状況が状況ですもの、笑ってる場合じゃなくってよ!
「ジョヴァン。先に報告をしろ」
「あー……はいはい。シャワーはお預けってわけね」
お預けですわよ!当然ですわッ!
ということで、ジョヴァンを囲んで何があったか聞くことにしましてよ。
「まず、背中斬られたかな?見えてないけど多分切れてるでしょ。後で手ェ貸して。それから、ぶん殴られた時に頭どっかちょっと切ったんじゃない?それで、転んで膝打ったのと、その時に掌ついて落ちてた硝子か何かで切ったっくらい?」
「敵は」
「2人組。どっちも大柄だったからお嬢さんが出くわした奴じゃあなさそうね。片方はナイフ。もう片方は分からなかったけど多分、拳に何か着けてたな。金属製の奴。それで殴られた時に切れた」
ジョヴァンは顔面をべったり濡らす血を指で拭って、嫌そうな顔でため息を吐きましたわ。ため息で済みますの?それ。
「それで……そいつらは始末したか?」
ドランがそう尋ねると、ジョヴァンはちらり、と私を見ましたわ。それから、大仰に肩を竦めようとして、背中の切り傷が痛んだようですわね。何とも格好のつかない格好で、けれど皮肉気な笑顔だけは崩しませんわね。
「まさか。俺が非戦闘員なの知ってて言ってる?」
……と、ここまでジョヴァンの努力があったわけなんですけれども。
「ヴァイオリアは気にしなくていい」
ドランはその一言で全部切って捨てましたわね。
「……へえ。何。お前、お嬢さんを信用することにしたの」
「ああ」
ジョヴァンはまた私の方を見ると……へら、と笑って諦めたようにため息を吐いて、遂に言いましたわよ。
「……はいはい。わーったよ。殺した。殺しましたよ。水路に投げ込んでやった。酔っぱらって溺死した体で処理されるだろうさ」
「あなた、やっぱり戦えるんですのね」
「条件付きで、ちょっとだけ、ね。ドランだのチェスタだのと一緒にされちゃあ困るぜ」
それは分かりますわ。どう見ても強そうには見えなくってよ。
けれど……つまりその分、不意打ちだのなんだのには向きそうですわ。器用そうですし、手先の小細工ができればそれだけで殺せる相手も居るんじゃあないかしら。
ま、予想に過ぎませんけれど。
「敵の目星は?」
「はっきりは分からん。けどま、見当は付く。動機は嫉妬。そんなとこだ。だからま、とりあえず緊急性は無し。心配しなくてもヘーキ」
「嫉妬……というと?」
「んー、そこらへん、シャワー浴びて背中どうにかしてからでいい?」
あ、そうでしたわ。そういえばジョヴァン、負傷してますのよね。
……私はこういう時、何もできませんわ。うっかり私の指先に私の血がついてでもいたならば、他人の傷に触れた瞬間、殺しかねませんもの。
「分かった。薬と包帯を用意しておく」
「ついでに酒もよろしく。お前が好きな奴でいいぜ」
ジョヴァンはそう言って、さっさとシャワールームに入っていきましたわ。
……はあ、本当に、びっくりさせられましてよ。
それから少しして、ドランがお酒の準備をしてから救急箱を持って部屋を出て、恐らくそこでジョヴァンの傷の手当が行われましたのね。それからまた少ししたら、2人一緒に戻ってきましたわ。
「こりゃあ、随分お待たせしちまいましたかね、お嬢さん?」
「そうでもなくってよ」
私はというと、お先に一杯始めさせて頂いていますわ。どうせ酔えない代物ですけれど、味は好きなの。
「ついでにチェスタも起こしておきましたわ」
「起こして起きたのか。珍しいな」
そしてチェスタはしっかり目を覚ましていますわね。
「くそ、頭いてぇんだけどさあ……何かした?」
「いーえ?何も?」
とりあえずこれで全員揃いましたもの。安心して話を進められますわね。
「えーと、とりあえずまとめると、俺が店を出たところで、2人組の大柄な男に襲われた。片方はナイフ。もう片方は分からなかったがぶん殴って使うような奴だ。それで俺は背中斬られて頭ぶん殴られたけどその2人を返り討ち。2人分の死体が水路に浮いてる。ここまでいい?」
「そんなことあったのかよ」
「お前が寝てる間にね」
チェスタ向けの説明が終わると、ジョヴァンは自分でお酒をグラスに注いでそれをちびちびやりつつ、続きも話し始めましたわ。
「で。多分今回の奴は、俺達が最近稼いでることに対しての嫉妬で襲いに来たんだろう。だからドランやチェスタじゃなくて、店を出たばかりの俺の所に来た。そう踏んでる」
はあ、成程、ですわ。
「やっぱり裏の世界も一枚岩じゃあないんですの?」
「そりゃあね。嫉妬羨望は当たり前。元々、表の世界からはじき出されてきたロクデナシ共だ。ちょっと稼いでる奴らが居たら、勝手に嫉妬してくるってわけ」
案外、そういうものですのね。まあ、それは分かりますわ。
こいつらは少し特殊ですけれど、世の中、品性や知性を兼ね備えたゴロツキだけではありませんものね。
簡単に理の無いことをしますし、簡単に自滅する。それが世の中のゴロツキの大半ですわ。
「それに、特に俺らなんかは……ほら、甘い汁吸えりゃあいいっていうだけの善良な小悪党じゃあないもんだから。そこがバレたら裏の奴ら全員揃って殺しに来るぜ。間違いなく。だからそれはナイショね、お嬢さん」
ああ……王家を潰したい、っていうところ、ですわね。
確かにそうですわ。ただ甘い汁を吸いたいだけなら、貴族も王族も生かさず殺さずが一番ですわ。宿主が死んだら寄生虫も生きてはいけませんものね。
……ここで私、思いましたけれど。
私、これから憎きあん畜生こと王家オーケスタ家も皆殺しにしたいところですけれど……。
それをやると、貴族や王族、そこに居る兵士達だけじゃなくて、裏の世界の連中からも狙われる、ということではなくって?
あああ、考えが甘かったかもしれませんわね!そうですわ!だって、王家が生きていた方が都合がいい連中なんてごまんと居ましてよ!
……というか、現在の国自体、王族と一部の貴族達が暴利を貪る仕組みになっていますもの。国自体が『誰かに都合のいい』仕組みになっているのですから、こういう連鎖って当たり前に起こるのですわね……。
「そういうわけで……まあ、元々俺達を目の敵にしてる連中は居るんだ。それでも、お互い触らないでおくに越したことはない、っていう姿勢だったんだけどね。それが急に襲ってきた、ってのもおかしな話ではあるんだが……ま、最近急に稼いじゃったからだとは、思うのよ」
「最近急に稼いだ?どういうことですの?」
最近何か大きなことをやったのかしら。気になって聞いてみますと。
「そりゃ、お嬢さんが極上の魔物素材を大量にうちに流してくれましたからね。ここ最近、魔物素材はうちの寡占状態になってた、ってこと」
……あ。
「普通、あの頻度じゃ魔物狩りなんてしないし、したとしてもあそこまで状態のいいものはまず出てこない。ドラゴンをほぼ無傷で殺せるのなんて、この世探し回ってもお嬢さんぐらいでしょ。ドラゴン皮丸ごと一頭分、なんて、それこそ値段が付けられないようなもんだけど、そこんとこお嬢さん、分かってなかった?」
あああああああ!?
そ、そういうことでしたの!?そういうことでしたのね!?
確かに言われてみれば、普通の冒険者は魔物の素材を全部ギルドで売りますわ!それが正しいやり方ですものね!
でも、一部は私のような冒険者の手によって闇市に流れますわ。その方が高く売れますもの。……そして、その『闇市では希少な』魔物素材、それも、『傷の無い皮や鱗』となれば……。
当然、闇市価格は青天井ですわ!王家の買い上げになることもないでしょうし!
となると、莫大な利益になり……当然、目立ちますわね!
「つまり、嫉妬を買ったのって私のせいですのね!?」
「いや。調子に乗って売り捌いたジョヴァンのせいだな」
「そ。俺のせいだからそこは勘違いしないでねお嬢さん」
まあその通りですけれど!その通りですけれど……何とも言えない気持ちになりますわね、これ。
……さて。
ここでちょっと、考えますわ。
今回ジョヴァンが襲われたことと、私が戦った護衛についてです。
この2つが同一の組織によるものかそうではないかは分かりませんが、どちらもうちを潰したい明確な理由がある、ということになりますわね。
ジョヴァンを襲った連中は恐らく、こちらが稼いでいることへの嫉妬。
そしてカスターネ家で私が戦った護衛についても、明確にうちと対立する覚悟があった、ということになりますわ。
私達、というか、ドランとチェスタが制裁にくるだろう、ということは、代金踏み倒そうとしたカスターネ当主になら分かることですわね。つまり、カスターネ家から情報が洩れた、と考えられますわ。
あの護衛ですけれど、私を見て、『こんな奴が居るなんて聞いてない』と言っていましたわ。ということは、ドランやチェスタのことについては調べがついていたということでしてよ。
……つまり護衛側としては、ドランやチェスタと真っ向から対立する気満々だった、ということですわね。
そしてその動機を考えると……『稼いでいるから』以外に、無さそうなんですの。
よし。分かりましたわ!
「今回の解決方法、私、分かりましたわ!」
私が声を上げると、ジョヴァンもドランも、チェスタまでもが意外そうな顔をしましたわ。……その顔、私に大してものすごく失礼じゃなくって?
「解決方法、というと?」
「勿論、ジョヴァンを襲った連中も、私と戦った護衛も全部まとめて叩き潰す方法ですわ!」
「そんな方法思いついたのかよ!すげえじゃん!で、何?どんなの?」
期待に満ちた視線を存分に浴びて……私は、言ってやりましたわ!
「滅茶苦茶稼ぎますの!そして嫉妬に狂うようなアホを全員炙りだして皆殺しですわ!それが手っ取り早くてよろしくってよ!」




