17話「あの女、何をしでかすか分かりませんわ……」
ごきげんよう!ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアよ!
私は今、キャロルの即位式を陰からそっと見守っていますの!
キャロルは、真っ白な聖衣を着て、白銀の冠を飾って、大聖堂のテラスで演説していますわ。
ああ、綺麗ですわ……。育てた甲斐がありましたわね……。
「私1人ができることはとても少ないです。ですからどうか皆さん、お力をお貸しください!そして、多くの人の力を束ねて、多くの人を救える世界を創っていきましょう!」
キャロルの演説を聞きに来た多くの人々は、キャロルの言葉に胸を打たれて、中には涙を流す者まで居ましたわ。
……恐らくキャロルは、史上最大に民衆の支持を得て即位した聖女ではないかしら。
今までのお飾り聖女はお飾りでしかありませんでしたわ。飾りを選んでいるだけの民衆としても、聖女の認識はそんなもの。重要に思う者なんて碌に居やしませんでしたのよ。
でも、キャロルは違いますわ。
明確に目的を持っていて、それに向かって民衆を動かそうとしている。それが民衆にも見えていて、民衆もキャロルに動かされるつもりでキャロルについているのですわ。
これは下手すれば王家なんかよりよっぽど大きな力ですわね。
こんな力の大きさ、王家の者が見たらどう思うかしら?
私は今、聖騎士のフルフェイス甲冑を身に着けて、他の聖騎士達と並んで大聖堂の警備にあたっていますの。勿論、一番いい場所でね。
……ですから、キャロルだけでなく、『一番いい場所』に居る連中のこともよーく見えますの。
私が見ているのは……国王陛下、ですわ。
私の義父になるはずだったお方ですから、見間違うこともありませんわ。あれはしっかり本人ですわね。
ここで暗殺してみても面白いのですけれど、流石に警備にガッチリ固められていますし、大体、キャロルの晴れの舞台ですから刃傷沙汰は止めておきますわよ。
……聖女の即位は今までお飾りの即位でしかなく、儀礼的な意味合いしか無かったわけですけれど、儀礼的な意味合いがあったからこそ、こうして国王が出席することが習わしだったわけですわね。
でも今の国王は、単なる習わしでここに居るわけではないでしょうね。
……狙っていますわ。
確実に、狙っていますわ。
今の王家の状況を考えると、王家はここで大聖堂との友好関係を強く望むはずですわ。
これほど強い聖女は史上初。そして、これほど弱い王家も史上初。(だと思いますわ!)
となれば、王家は大聖堂と手を結んで、自分達の地位を脅かされないようにしたいでしょうし、何なら大聖堂を通して民衆を操ることを望むでしょうね。
これは……十分に警戒する必要があってよ。
即位式が終わって、その日の夜。
民衆への炊き出しを兼ねた、大聖堂らしい慎ましやかで質素な祝賀会が開かれて、キャロルはあちこち引っ張りだこでしたわ。
案の定ですけれど、国王や貴族連中からも沢山声を掛けられていましたわね。まあ、大勢が居る中でですから、あんまり露骨なことはできなかったでしょうけれど。
でも、キャロルは慣れない貴族王族への対応で疲れたのでしょう。大聖堂のてっぺん、聖女のお部屋に辿り着いた時にはもうへとへとでしたわ。
「お疲れ様、キャロル。とても立派でしたわ」
「ありがとうございます、先生!私……私、きっと、これからは聖女として、先生のお役にたってみせます!それから……できれば、農村や、地方の人達の役にも」
つくづくこの子は聖女向きでしたわねえ。役作りを超えて、すっかり聖女として出来上がっていますわ。悪くなくってよ。
「ええ。是非、そうしてあげて頂戴な。聖女という立場になったのだもの。あなたが疲れすぎない程度に、大勢を助けてあげられたら素敵ですわね」
私はキャロルにお茶を出しながら、自分も兜を脱いでお茶を飲みますわ。
こういう日にはお酒もいいですけれど、お茶で静かに過ごすのもいいですわねえ……。
「……あの、先生」
「どうしたのかしら?」
そこでキャロルは、お茶のカップに視線を落としながら、不安そうにこう、言ったのですわ。
「国王陛下が、会談の機会を設けたい、と言ってきまして……正式な書状はまた今度送ってくるそうなのですが……」
……あら。
案外早く、動き始めましたわね。
ということで。
その日の夜の内に、私はアジトで会議ですのよ。
「キャロルに何を吹き込んだらいいかしら」
議題は、『キャロルを通じてどう王家を動かすか』ですわッ!
「最初から対立するつもりではないだろう?」
「そうね……迷いどころ、ではありますわね」
私が初っ端からそう答えると、ドランは少し目を見開いて驚いたような顔をしましたわ。
「王家と繋がっているのはエルゼマリンのギルドもそうですもの。勿論、ギルドからは王家を動かすことはできませんけれど、情報を得るだけなら十分でしてよ」
「そうか……。大聖堂まで王家に与しなくても、得られるものはある、か」
入ってくる情報も、その情報を使って王家を動かす力も、大聖堂の方が圧倒的に大きいでしょうけれど……まあ、エルゼマリンのギルドと同じ向きを向いている必要は無いと思いますわ。隠れ蓑はギルドだけでもなんとかなりましてよ。
「じゃあ、敵対するってこと?」
「そうですわねえ、それもアリだと思いますわ。ただ……不要な争いが生まれそうですから、私の意図したとおりには物事が進まなくなるでしょうね」
大聖堂が反王家の姿勢を押し出していけば、当然、この国は革命の流れに向くと思いますわ。元々、少しつつけば爆発するような情勢の上にこの国があるのですもの。
そうなったらまあ、面白いといえば面白いですわね。でも、思い通りにはならないかもしれませんわ。
下手をすれば、復讐する前に貴族や王家が亡命、なんてことにもなりかねませんもの。ちょっとそれはどうかとも思いますわね。
「……ってことは、どっちつかずの宙ぶらりん?ま、それもアリだとは思うけど」
「ええ。宙ぶらりん、ですわ。結局のところ、それが一番楽しいことになりそうですもの」
「王家としては、自分を好いていない相手は全員嫌いだと思いますわ。でも、大聖堂のことは多少嫌いでも、味方に付けざるを得ない。けれど、もし大聖堂が初っ端から反王家の道を貫くとしたら、王家としても初っ端から敵対する道を選ぶしかないでしょう。そうなると私が燃やすまえに城が燃えそうですし、私が殺す前に死にそうですわ!」
「ああ、お嬢さん、一度焼きたい屋敷を焼き損ねてるものね……」
ええ!あの時の屈辱、忘れませんわよ!私、今後は一切、焼き洩らし撃ち漏らしを無くしていく所存でしてよ!
「ですから、『王家に好意は持っておらず、敵意を持っている訳でもないが不信感はちょっと持っている』くらいの大聖堂が相手なら、王家は大聖堂を諦める訳にもいかず、かといって簡単に仲良くもなれませんから大聖堂に付きっ切りになると思いますの。そうなると他のことに力を割く余裕がなくなって、結果としてこの国は崩壊に向かってお行儀よくよちよち歩きしていくことになりますわね」
まあ、結局のところ、『傾くかもしれないし傾かないかもしれない』ぐらいのところの方が、王家が全力を尽くしてくれそうですから、大聖堂の方針はそんなところかしら。最終的にどっちにするかは、今後の情勢を見て決めていけばよくってよ。
……仲良しこよしをしておいて、いきなり手のひら180度回転も楽しそうではありますけれど、キャロルの負担を考えるとちょっとやりづらいんですのよねえ……。
ということで、大聖堂の方針は『どっちつかずで王家を惑わす』という方向になりそうですわ!
平和を願う大聖堂ならではの立ち居振る舞い!これなら民衆も王家も納得!そしてどちらも大聖堂で操れて、ちょうどいいかんじですわ!
王家を操ることもできますし、王家の情報も得られますし、王家を疲弊させることもできますの!最高ですわね!
「そういうことならいいんじゃない?僕は最初から敵対でも十分に王家を振り回せると思うけど」
「あ、王家をちょっと引っ張っておきたい理由がもう1つありますのよ」
キーブが首を傾げていますけれど、まあ、これはとっても重要なことでしてよ。
王家と敵対してしまうと逃す可能性が極めて高いもの。それは……。
「私としては、ピンハネ嬢も気になりますのよ」
ピンハネ嬢ですわ!
「ピンハネ嬢?愉快な名前の者が居るのだな!」
「お兄様。それはあだ名ですわ。本名はアマヴィレ・レント。私が今回、濡れ衣を着せて淫魔の毒を撒いた犯人に仕立て上げた者でしてよ」
そういえば、ピンハネ嬢にピンハネされたことって、ここの誰にも話したことは無かったですわね。
折角なのでギルドで冒険者をやっていた頃のお話をしておきましょうか。
ピンハネもそうですし、ギルドの意思に背いて私を通報したこともそうですし、私の空間鞄をネコババしていったこともそうですし!あー!思い出したら腹立ってきましたわーッ!
「……えーと?それでそのピンハネ嬢って子は今……地下牢?」
「まあ、ムショでしょうね!」
何せ、『ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアと手を組んでいたが裏切った』奴ですもの。情報を得るためにも、王家がピンハネ嬢を逃がす訳が無くってよ!
……ついでに王家も裏切ったことになっていますから、多分、彼女は……まあ、愉快なことになってると思いますわ。
「私としてはピンハネ嬢をムショにブチ込めただけでもそれなりに満足しているのですけれど、事情が事情だけに、今後の彼女の動き次第では王家が突拍子もない動き方をする可能性もありますのよねえ……」
「……というと、どういうことだ」
「例えば、死にたくない一心で有ること無いこと情報を垂れ流す、とか」
「……ふむ。それは十分にあり得るな。例えば、フォルテシア家の残党……つまり、私自身や父上、母上の所在などを嘘でもいいから王家へ漏らす、という可能性もある」
「ええ。その通りですわ。……彼女は今、王家にとって唯一、『ヴァイオリア・ニコ・フォルテシア』やその周辺についての情報を握っている人物ですの。つまり、ピンハネ嬢が何を言ったかによって、王家がとんでもないことをし始める可能性も、無いわけではないのですわ」
ピンハネ嬢だって大人しく死ぬとは思えませんから、多分、死にたくない一心で何か情報は吐くと思いますわ。
……あの太々しい雌猫が自分の無実と私の謀略だけを主張して死んでいく、なんてことは多分ありませんわね!
「虚偽の情報に王家が惑わされる可能性、か。……確かにそれは重要だな」
「そーいう奴に限って、嘘のつもりがホントのことを言い当てたりしてな!ははは」
本当にね!
……なんというか、私、王家がらみではいっつもいっつも『当てずっぽうで正解される』とか『嘘を信じて正解される』とかばっかりでしてよッ!今回もそうなりそうで嫌ですわッ!
「ピンハネ嬢が『ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアは大聖堂と手を組んでいる』とは言いにくいでしょうけれど、『ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアはエルゼマリンのギルドと組んでいる』と嘘を吐く可能性はありますわ。ですから、キャロル伝いにピンハネ嬢の情報を得たいんですのよ」
……という説明を終えて、キーブも納得した様子ですわ。キーブとしては平民に肩入れしたいようですから、王家を潰すのは早い方がいいのでしょうけれど……今は少し、我慢してもらうことになるかしらね。
「ということでキャロルに何を吹き込むか、なのですけれど」
「あの子だったら素でもそこそこやりそうじゃない?」
まあ、素が十分に聖女ですからね。キャロルは。
「だが、いきなり王城に呼ばれるとなると、平民上がりの者には少々負担が大きいだろう。ある程度、こちらで大聖堂の方針や王家への対応をまとめてやった方が良いと思うぞ」
「そうだな。彼女の補助役が居た方がいいだろう。高位の神官を早めに選んで付けさせた方がいい」
ですわよねえ……。
聖女になった、とはいっても、キャロルはただの女の子ですもの。不安も大きいでしょうし、あんまり複雑な事はさせられなくってよ。
できれば、彼女について、何人か王城へ行けるといいのですけれど……多分、神官については王家がものすごい勢いで王家側の人間を推してくると思いますの。今回、王家がキャロルに会談を申し入れているのの理由の1つは多分、『神官の推薦』ですわ。
それを全部断るにしても、『もう全員決まっていますから』で押し通すのは、昨日の今日ですからちょっと難しいですわね。できれば、『厳正な選考』の末にお断りしたいところですわ。
……となると。
「なら私が参りますわ」
聖騎士の甲冑を身に着けて、聖騎士として私がついて行くのが一番ですわね!




