第9話 知略走り他人を出し抜く者
森の中で対峙し合う事数秒……俺には長い時間に感じられた互いの睨み合いは終わりを告げる。
手にした刀の鯉口を先程と同じ様に切っていく葛木。
ゆっりとした動作だが先程、葛木がデモンストレーションといって見せた抜刀の速さは、俺が見た限りだとギリギリ知覚できるかどうかの速さだった。
俺と葛木は向かい合うように対峙しているが、二人の距離は目測で約15mも離れていないだろう。そんな遠くで鯉口を切って抜刀しても俺を斬る事は叶わないはず……だけど俺は瞬時にある事を思い出し両腕で首周りをガードする。
葛木は『縮地も居合も全てを使い、お前を殺す』と言っていた。
俺の予想だが、葛木は抜刀するギリギリで縮地を使い俺に接近して斬るつもりなんだろう。俺が葛木なら致命傷になる首や頭部、心臓を狙って攻撃した方が効率がいい……が、甘い! 葛木は俺に今から使うスキルを懇切丁寧教える事で、俺にガードする余地を与えた事を後悔させてやる。
刀のハバキ部分が見えた! 今から葛木が縮地で接近してくるはず。まずは葛木の初手を防ぐなり避けるなりして、再度縮地で離脱すだろう葛木に攻撃を当てる! 安易だが作戦は決まった……かかってこいや!!
しかし俺の予想は外れ縮地で葛木は接近して来ず対峙する二人の間に“チンッ”っと刀の納刀音が鳴った。
油断なく葛木の動きを見ていたのに納刀音が鳴ったと思った瞬間、身体に痛みが走り血飛沫が舞う。
何が起きたか理解できないまま、俺は痛みを感じた箇所に目線を向ける……俺の右肩から左横腹に刃物で切り裂いた様な線上の損傷が出来ていた。
葛木から目線を外していた訳じゃないのに斬られた? 俺は離れている葛木から攻撃されたのか? 攻撃する動きを見せていなかったのに? 混乱する頭のまま身体に走る切創から血が流れるのを呆然とみていた。
「ここから斬れないとは言ってないぜ?」
混乱している俺に葛木から声が掛かり、慌てて目線を向ける。
今は呆けている場合じゃない、戦闘の真っ最中なのだから……痛みを堪え気持ちを切り替えて葛木を睨む。
向い合った葛木は先程と同じ様に抜刀の構えを取っている。
さっきの攻撃は一切知覚出来なかった……納刀音が聞こえたと思ったら俺は斬られていた。そもそも抜刀したかも分からない上に、どうやって離れた位置から俺を攻撃したかは分からないが、もう一度今の攻撃をされたら俺に防ぐ手立ては無い。
何とかしなければ! 考えを巡らせ葛木に目線を向けていたら、葛木が一瞬驚いたような顔をしたのを見逃さなかった。
今奴は何に驚いた? 葛木が目線を向けていたであろう俺の身体を素早く確認する。目線を向けた先には先程斬られた傷口が、まるで映像を巻き戻ししているかのように塞がっていく。これは……シュードスキル『肉体再生』が傷口を再生してくれたのか!
「――厄介なスキル持ちか……。不死系のスキルは今の所、発見例が無いから再生系か? まぁ、再生系スキルだろうと、俺は再生系スキル持ちのモンスターと戦った経験があるから、どうとでも出来る」
俺は『肉体再生』スキルの事をすっかり忘れていた。『肉体再生』と『痛覚緩和』の二つは、常時発動しているとビックオ氏は言っていたではないか。
今の俺なら多少の怪我を無視してでも葛木に攻撃出来るんじゃないか? 攻撃を受けると危険な首や頭部、心臓を守りながらならば接近出来る。
俺は考えを纏め、葛木に向かって走る。『一鬼闘殲』で強化している今なら葛木と俺の間に存在する15mという距離なんて、直ぐに詰める事が可能だ。
俺が葛木に向かって一歩足を踏み出す度に納刀音が響き、葛木によって俺の身体に切創が刻まれていく。
クソッ! いいように攻撃しやがって! どんな攻撃してるかは知らないが間合いを詰めたら、お返しに沢山殴ってやる!
今も尚、絶え間無く俺の身体を襲ってくる痛みに堪え、葛木に後一歩の所まで近づけた。
この距離なら俺の攻撃が当たるぜ! 反撃とばかりに殴りかかろうとしたら、葛木は正体不明の攻撃では無く通常の居合による抜刀攻撃を繰り出してきた。俺は咄嗟に差し出した右手の手甲部にてギリギリ刀を防ぐ事に成功したが、追い討ちで繰り出された葛木の蹴りを避けられず、思い切り吹き飛ばされてしまう。
身体中から流れる血を気に留めず、直ぐに立ち上がり葛木に目線を向ける。
吹き飛ばさた為に、またもや葛木との間に距離ができてしまった。これでは怪我を承知で接近した意味がない。
「殺すと宣言した敵に注告をするみたいでアレだが、馬鹿みたいに突っ込んできても無駄に血を流すだけだぜ? 再生系スキルでも失った血は再生出来んだろ?」
立ち上がった俺に葛木から声が掛かる。不意に掛けられた言葉だが、俺は葛木が何を言いたいのか直ぐに分かった。
葛木は俺に出血によりショック状態に陥る事を指摘してきているのだろう……言われるまで俺は気付かなかった。これでは怪我を承知で葛木に接近出来ない、今の俺を見たら一目瞭然だ。
だって俺は血塗れなのだから……葛木から受けた傷は既に塞がり始めているが指摘された様に出血が多い為に、至る所が裂けた黒いツナギは俺の血を吸い更にドス黒く変色している。
自分の体重の約8%が血液で、その内の1/5を失うとショック症状が出てくるはず……俺も予想以上に怪我を負った今、どれだけ血を流しただろうか?
このままでは俺は倒れてしまう。なんとかして早く葛木を倒し春香ちゃんを安全な場所に連れていかなければ、確実に出血多量になり春香ちゃんを危険に晒してしまう。
しかし葛木の見えない・知覚出来ない攻撃方法が分からない状態で接近しても無駄に血を流して動けなくなるだけだ……どうするべきか? 頭の中で色々な考えが渦を巻き始める。
なんとか葛木に対応しようと思考を巡らす俺は足を止めてしまっていた。
足を止めた俺は、またも離れた場所から金属質な納刀音が鳴ったと思った瞬間に身体を斬られていた。
「肉体を傷付ける事が難しくとも動けなくする事は簡単だ。例えば出血によるショック状態してしまうとかな。俺の言葉を聞き、立ち止まったお前は“いい的”だよ西尾? そして今、お前は焦っているだろう? 俺がどんな攻撃をしているか理解出来ていない為に動けずにいる……違うか?」
厭らしく口角を吊り上げる葛木。
まったく葛木の言う通りだ、俺は焦っている。厭らしく口角を上げている葛木を殴り倒そうにも、不用意に近づない……見えない攻撃が俺を襲ってくるからだ。葛木に近づくには正体不明の攻撃を攻略しなければならないし、もし近づけても奴が放つ居合が牙を剥くだろう。
これ以上の出血は危険だ……せめて見えない攻撃を避ける事は出来ないのだろうか? 見えていたら避けれるのにと思った瞬間、俺は閃いた! 見えないなら……見える様にするまで!
まさに圧倒的な閃き、圧倒的な策略だと俺の勘が告げる。これで奴の見えない攻撃を攻略出来るかも? 出来ると思いたい……どうする? 迷うな……今は迷うな……今は行動する時! 迷っている時間にも失い続けているんだ……貴重な反撃の機会をっ!
「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
俺は自分の閃きを信じて『魔砲』を葛木に放つ。
放った『魔砲』は葛木の足元に直撃した。葛木は避けようともしていない……チャンスだ! 奴は俺の攻撃が当たらないと分かっているんだ。それもその筈、俺は葛木に直接『魔砲』を当てる気は無い……いや、当たったなら御の字ぐらいに考えて『魔砲』を放ったのだから。
「お? 接近が無理と分かった途端に、遠距離攻撃に討って出るか? しかし、どこを狙っている……的外れもいいとこだぞ?」
俺の攻撃を見て葛木が言葉を発しているが、今は律儀に返す気は無い! 奴は当たらない攻撃は避けない……この事が分かっただけでも俺の作戦が有効だと教えてくれている。
ならば本格的に行動開始だ! 俺は両手で『魔砲』を葛木を中心としながら周囲を囲むように放ち続ける……例えるなら某誇り高き戦闘民族の王子様の様に一心不乱にな! 何発放ったかは分からないが俺の予想道理の結果が起きている……何発も放った『魔砲』が地面に当たった事により土煙がモクモクと立ち上り葛木を包み込み姿を隠している。
俺からも葛木の姿は見え辛いが、この場合葛木も同じ状況のはず! 葛木は俺に知覚できない速さで攻撃を放ってきていると仮定しての行動だ。知覚出来ない攻撃……俺は葛木が高速で斬撃を飛ばして攻撃してきているんじゃないかと予想している。
奴は魔法を使った様な動きを殆んど見せていない。先の戦闘の際に戦線を離脱する俺達に一回魔法を放ってきたが、今回の戦闘では武器や身体を使っての攻撃しか見せていない。奴は魔術召喚では無く勇者召喚された転移者で、尚且つ魔法は得意では無く肉体戦闘が得意なんだと俺は考えた。
奴が使う正体不明の攻撃は肉体戦闘をフルに使った技ではないか? 実際、葛木は俺に見せつける様に縮地と居合を披露したていた。奴は間違いなく肉体戦闘特化だろう……そんな土煙に囲まれた葛木が俺に知覚できない攻撃を放ったらどうなる? 目の前を覆う土煙と云う名のカーテンが揺れる、又は土煙が突き破られる……俺はそれを見て攻撃を避けるって作戦だ。更に、この土煙のカーテンの恩恵は相手から見辛い事にある。
姿を見辛い俺に攻撃を当てるのは難しいだろう。このカーテンが有る内に葛木に接近すれば俺にも反撃の機会は巡って来るだろう……その時にスキル『突き通す者』を葛木に喰らわせてやる! 『肉体再生』や『痛覚緩和』を思い出した際に一緒に思い出した。
打撃特化のスキルで突き通す意志の強さで威力が変わる。今の『一鬼闘殲』で強化している俺の膂力に『突き通す者』を合わせれば葛木を倒せる! ここに来てビックオ氏が授けてくれた粋な計らいが生きてくる。俺は、俺に助けを求める人を守りたい! 救いの手を差し伸べる人を助けたい! 助ける……今の俺が曲げたくない意思だ! イスティの時の様に何も出来ない俺じゃ無く誰かを守れる俺に為る!
スキル『突き通す者』を右手で発動しながら俺は葛木に接近する。一歩一歩足を踏み出していく度に、俺の勝ちに近づいていく……俺は今度こそ誰かを……救いを求めた春香ちゃんを守ってあげられると思っていた。
そう思っていたんだ……。
「――ざぁ~んね~ん」
土煙のカーテン越しに葛木の笑いを堪えた様な声が聞こえたと思った瞬間に俺は身体中を幾重にも斬り刻まれ、その場に片膝を突く。
両腕や両足、胴体至る所に斬撃を受けた様な損傷が出来ている。それよりも今、音は鳴ったか? いや……一切納刀音は聞こえていない……聞こえてない! 俺は何の攻撃を受けた?
俺は土煙で出来たカーテンから目線を外していなかった。外していなかったんだ! カーテンは一切揺れていない……奴の放つ攻撃の何一つ通していないと俺が見ていたはずなのに!
「ははっ、小細工をここまで講じられると笑いが止まらんよ」
片膝を突きながら土煙を睨みつけていると、いきなり竜巻が起こした様な突風が俺と葛木の間を隔てていた土煙のカーテンを晴らす。
「本当残念だったね西尾くぅ~ん……土煙で姿隠して反撃にでも出るつもりだった? 俺が接近戦闘得意とか思っていた? 俺は魔術師なんだよ……魔術召喚された転移者だ。一番最初にも言ったが相手を油断させる為サラリーマン風の恰好をしているって。俺の行動は全て他人を欺き陥れる為のモノ! ヒヒッ、ヒャハハハハハハハ!!」
俺は……俺は初めから騙されていた? 葛木と会った時から、奴は布石を敷いていたって事なのか? 一番最初の戦闘から今までのやり取り全てが葛木の策略だと……罠に掛けられていたのは俺だったって事なのか?
「命を懸けた戦いで勝ち残るのは……知略走り他人を出し抜ける者。『勝つ』って事は具体的な勝算の彼方にある……しっかりとした現実なんだ。分かるか西尾くぅ~ん? 命のやり取りは軽くは無い……命だからな? 掛けてるモノが違う。生き死にに卑怯は存在しない! 戦いに卑怯云々言ってる奴は勝ちを知らずに消え逝く者! 命の重さを知り得ないバカだ!! ……俺は言ったぜ? 縮地も居合も全て使って殺すと。まぁ、俺が持ち得る全てだがな!!」
離れた場所に立っていた葛木は下衆な笑い声を上げながら俺に近づいて来る。葛木は片膝を突いている俺の前まで辿り着くと、下衆な笑顔を顔に張り付けたまま俺の顔面を何度も殴ってくる。俺が幾重にも斬り刻まれたが為に動けないと分かった上での行動だろう。クソッ! 早く肉体再生してくれ!
「本当に疲れるんだよ? 魔力で肉体強化した上で更に『アクセル』と『ウインドブースト』の二重強化しての縮地もどきの披露とか、納刀音と共に無詠唱で君に『ウインドスラッシュ』直撃させるとかね。俺が魔力を視れないとは言ってないよね? 小細工で土煙を上げようが視えるんだよ君が。私の『ウインドスラッシュ・フルシュート』は効いただろ? 御蔭様で魔力量殆んど空になったけど……まぁ、楽に死ねると思うなよ西尾くぅ~ん?」
葛木の渾身の力を込められたパンチを受け、俺はその場に倒れ込んでしまう。血を流し過ぎた為にショック症状が出始めている……今は軽い眩暈だが症状はドンドン悪化していくだろう。
地面に倒れ伏せる俺の頭を執拗に踏んづけてくる葛木。俺はグッと我慢をする……今はまだ動く時では無い。後少しすれば傷が塞がるはず! 葛木は言っていた『知略走り他人を出し抜ける者』が勝つと……それならば俺もお前を出し抜いて勝ちを掴み取らせて頂くとしよう! 奥の手『一鬼闘殲』の最終強化で俺は『勝ち』を、『生』を、『意志』を通させてもらう。
今は葛木が自ら勝ちを確信して俺に近づいてきている……命を懸けた戦いなんだろう? 卑怯とは言わないんだろ葛木 源秀! 俺は『勝つ』……『守る』為に最後の力を振り絞ろう。
踏まれながら俺は傷が塞がるまで必死に耐える。傷が回復してもショック症状の為、どれだけ動けるかは分からないが葛木を倒すぐらいの力はあるはず! 今、君の……春香ちゃんの安全を確保するから! 地面に伏せたまま俺は右手に力を込めていく。
毎度の如く更新遅くなりました。今回は特に更新まで時間が掛かってしまいまして読んでくれている方には迷惑をお掛けしてます。もっと早く更新したいと思います!でわでわ!!




