第8話 待ち構える者
エレナさんの作戦に従って俺は帝国から逃げてきた転移者の片倉春香を連れ森の中を走っている。
この迷いの森まで来る際使用した車まで最短で森の中を突っ切っている最中だ。
俺の後ろを一生懸命春香ちゃんが息を切らしつつも付いてくる。森を突っ切るなら俺が春香ちゃんを背負って走った方が早いのだが、彼女が頑なに背負われるの拒んだので仕方なく走ってもらっている。
後ろを走る春香ちゃんの事を考え少し、ほんの少しだけ走るスピードを落とす。今は追われている立場だし途中話してる時間が長かった為に帝国の転移者達が何処まで迫って来ているのかも分からない。
しかし車に着く前に春香ちゃんが疲れてダウンしてしまうかも知れない、その時は無理矢理でも抱っこして俺が走るしかないか……。
後で色々言われるかもしれないが逃げる事が先決なので形振り構ってはいられない、その時が来たら迷わず抱っこして走ろう。今は自分の足で走りたいと聞かない春香ちゃんの意見を尊重してやりたいようにやらせておく。
『ヤバイ状況になりました! 先程から視ていた帝国の転移者の数がドンドン少なくなっています!』
森を走っている俺の下にカイトの念話が届く。
届いたはいいが皆に向けられた念話越しにカイトの焦りが強く伝わって来る……転移者の数が減った事の何がヤバイのか俺には理解できない。エレナさんやマーガレット隊長、ましてやカナリア隊長が戦闘をして転移者達を倒してるんじゃないだろうか?
『我々は、まだ一度も敵と接触していませんが?』
『私達も先程の戦闘以来敵と遭遇してませんよ?』
カイトの念話を受け、エレナさんやマーガレット隊長から戦闘報告が上がってくる。
『やっぱりだ……帝国の転移者達の反応が消えていく! 敵に俺の存在がバレたんだ! 彼奴等、俺が身体から出ている魔力を視ている事に気付いたんだ。だから外に漏れ出す魔力を抑えたんだと思われます!』
俺も少し不思議に思っていたんだ、カイトは森に入る事無く帝国の転移者達の位置を俺達に教えてくれていた。
カイトは視る事に特化したスキル持ちとは聞いていたが何を視る事に特化したスキルなのか教えてもらってなかった……彼は魔力を視る事が出来るのか。
それなら森に入らずとも身体から漏れ出す魔力で敵の位置を知る事が出来る事に納得する。
だが、その視る事が出来る魔力を抑えられたら位置が分からなくなる。
俺自身魔力を持たないから身体から魔力が漏れ出すって事に理解が及ばないが、魔力を持っている人は抑え込まないと漏れてしまうもんなのかな魔力って?
『状況が変わりました。俺の目が使えなくなった今……転移者達の位置を特定する事が出来ません! いつ敵と遭遇するか分からないので気を付けてください!』
カイトというバックアップが無くなってしまってはエレナさんの作戦が無駄になってしまう可能性が出てくる。
森を走りながらエレナさんから伝えられた作戦を思い出す。
敵は子供達を標的にしている、そこでエレナさんはある作戦を考えた。
まず敵の優先する目標は子供達だ。敵の目を引きつけつつ忍君と春香ちゃんを逃がす為には囮が必要となる。
そこで今回の作戦ではテレサに囮になってもらう。忘れがちだが俺が初めて会った時のテレサは見た目が小さい女の子だった事を。そう身体封印をしたテレサをワザと敵の目に晒す事によって目標を見つけたと勘違いさせる作戦だ。
都合がいい事に身体封印をしたテレサの背格好は春香ちゃんと同じぐらいだった。
背格好がよく似た子供を王国の兵士が護衛していれば帝国の転移者達も目標と勘違いすると踏んでの行動なのに、敵の行動が読めなければワザと見つけてもらう事が出来ない。下手をすると身体封印をしたテレサを見つける前に本命を連れた俺達が先に発見されてしまう危険が出てくる。
これはある意味賭けに近い作戦になる……まだ希望があるとしたら帝国の転移者達が俺達を追いかけている事だけだ。
これも今はカイトが帝国の転移者達を視る事が出来ないので先回りされていたら終わりなのだが……。 しかし走る足を止める訳にはいかない。見つからない事、先回りされていない事を祈りつつ俺達は走るしかない。
後ろを走る春香ちゃんに気を回しつつも前方に向けるべき注意を怠る事はしない。注意を怠っていなかった為か、走りながらも迷いの森を抜けれるだろう残り大体100m付近で俺達を待ち構えているだろう人影を逸早く発見する事が出来た。
『一鬼闘殲』を使用していない状態の俺の裸眼で確認出来たって事は、当然前方で待ち構えているだろう相手にも俺達を発見している可能性が大だ。
いや……していると思った方がいいのかも? 俺は素早く近くの大木の裏に春香ちゃんを押しやり小声で隠れているように指示を出す。
大木の裏に隠れる際、不安げな目線を俺に向けてくるが俺が確認できた人影は一つ……油断しなければ何とか無力化出来る。春香ちゃんの不安を払拭する様に何度も何度も大丈夫だからと安心して隠れているようにと言い聞かせる。
俺は大木から離れ、俺達を待ち構えている人影の前に姿を晒す。
姿を晒さず逃げようかと思ったが俺達に向けられる濃厚な殺気と視線に気付き、既に俺達は相手に発見されていると確信出来てしまったので姿を晒さず逃げる事は無理と諦めた。
大木から離れ姿を晒した場所は森の中なのに不思議とポツンと開けた場所だった。
そして、それ程広くない開けた場所の反対側に待ち構えていたのは1人の男だった。
「先程振りだねアンチャン? 待ってたよ」
レンズが割れてフレームが酷く歪んだ眼鏡を掛け土埃やら汗やらで乱れた髪を気に留めず口角を歪に吊り上げ嬉しそうに声を掛けてくるのは、先程春香ちゃん達を助け出す際に俺と戦闘をした帝国の転移者だった。
俺達が戦った転移者集団の中では指示を周りに飛ばしていたのでリーダー格と思われる男。その男がカイトの目を掻い潜り俺達を待ち伏せていた。
「俺は待っていてほしくなかったよ」
男の軽い口調に合わせて俺の心境も軽く伝えてみる。俺達は車までの最短距離を突っ走ってきたんだ、追われる事はあっても待ち伏せされている事は少ないと思っていた。やっぱり無駄な会話をしている時間が長かったんだ……後悔しても後の祭り、逃げられないのなら戦うしかない!
俺はシュードスキル解放をして一気に『一鬼闘殲』で三段階強化をする。この状態なら予想外の事態にも対処できるはず……確証はないけど。
強化を終えて対峙している男に目線を向けると、男はレンズが割れフレームが歪んだ眼鏡を左手で外し横に捨て、初めて敵対した時は綺麗に7:3に別けられていたはずの髪……今は土埃や汗で乱れた髪を両手で掬い上げオールバックの様に撫で付けて俺に殺気を込めた目線を向けてくる。
初めて会った時はサラリーマン風だったのに、今俺と対峙している男は見た目が街中で合うヤクザの三下……チンピラ風に早変わりしてしまった。
見た目が変わると受ける印象がガラリと変わる、纏う雰囲気が威圧的になったと俺は感じた。
「眼鏡無くて、俺の事見えるのかよ?」
少しでも雰囲気に呑まれないように軽口を投げかけ、ビビってませんアピールをしてみたんだが男は動じず平坦な声色で俺の軽口に答えてくる。
「あ? 別に伊達眼鏡だから問題無い。今までの恰好は少しでも相手を油断させるためのカモフラージュだ」
平然と自分の恰好について“油断”させる為と言い放つ。エルドランドに住む人は見た目じゃ俺達の事を判断できないが、俺とか転生者や転移者は見た目サラリーマン風の人と会えば少しは油断するかもしれない。伊達眼鏡に7:3の髪型は同郷向けのカモフラージュね……って事は素はそっち?
「おー、おー、怖い怖い。チンピラか何かですか、お兄さん?」
「異世界じゃチンピラも何も関係ねぇだろ? 俺は転移者だ。ガストニア帝国に所属する転移者だ。おっと名前を名乗るを忘れたな。俺は葛木 源秀、帝国荒野方面守備隊『荒れた荒野』の隊長をしている。冥土の土産に覚えとけ」
俺に叩き付ける様な殺気と共に名乗りを上げる葛木源秀。向けられる覇気や殺気などで身体が竦みそうになるけど、相手が名前を名乗ったので負けじと俺も名乗りを上げる。
「ご親切にどーも、俺は西尾晴武。3番隊所属別働隊、別名『鴉隊』の隊員だ! 別に冥土の土産じゃねーから覚えなくてもいいぜ?」
名乗りと共に目の前の男を睨みつつ俺は拳を持ち上げ構えを取る。この男……葛木源秀とは一度戦っているから実力は知っている。最後の方は油断して反撃を許したが、次は油断せずに完全に無力化をしてみせる。元より高スペックの転移者と云えど『一鬼闘殲』の三段階強化をした今の俺なら勝てるはず。
相手の動きを見逃さないように注意深く観察していると葛木が口角を吊り上げた瞬間、俺の前に対峙していたはずの葛木の姿が消え、俺の左頬に凄い衝撃と共に激痛が走り真横に吹っ飛ばされる。
何が起きたか理解できないまま、吹っ飛ばされ地面に転がった状態で目線を彷徨わすと先程俺が立っていたであろう位置に右手を振り切ったまま立つ葛木が見えた。
俺は殴られたのか? しかも『一鬼闘殲』の三段階強化までして運動能力を……動体視力などが上がっている俺を殴った? 動きを見る事も出来ずに俺は殴られたのか?
「さっきの一発は返したぜ、ふぅー……少しは溜飲が下がった。ん? どうした、そんなに驚いた顔してよ?」
俺が葛木の動きを追う事も出来ずに殴られた事に動揺していた。
今葛木に指摘された様に驚いた顔を俺は向けているんだろう。そりゃそうだろう……俺の強化した視力で動きを追えないなんて在り得ないと思っていた。しかし俺は動きを見る事も出来ず殴られた……簡単な事実として葛木は俺の知覚できるスピードを越えた動きをした事になる。
先程の戦闘では見せてない力?実力を隠していた? 頭の中がこんがらがってしまう。
「おいおい、先程の戦闘で俺が本気で戦っていたと思ってんのか? ……もしかして縮地見るのも初めてなのか?」
俺に言葉を飛ばしてくる葛木は、またも俺が立っていた場所から一瞬で姿を掻き消し、一番最初に立っていた所に音も無く移動していた。
俺はまたしても葛木の動きを見る事が出来なかった、これが縮地……漫画やアニメの中では割とポピュラーな移動の奥義。まさか現実に使える奴がいるなんて思いもしなかった。
縮地……距離を縮めることで長距離を瞬時に移動する技能。
なんて厄介なスキルなんだ、強化した俺でも知覚できない速さで移動出来るなんて!内心で悪態をついてしまう。
「あぁ、初めて見るね……けど大した事ないね」
俺の焦り等を悟らせない為に軽口をワザと叩いてみたが上手い事隠し通せた自信が無い。実際、葛木には感付かれているだろう俺の焦りが。
無言で俺の軽口を受け止めた葛木は、またも縮地で自分の立っていた場所から背後の木々の近くまで一瞬で移動して一本の木に立て掛けてあった剣を手に取った。
いや、見た所先程まで使用していた剣ではない。あの形は刀か! 独特の反りや装飾を見る限り、異世界でお目に掛かる機会なんて存在しないものと思っていた。
葛木は手にした刀を左手で持ち直し、木を前に腰溜めの構えを取る。言うまでも無く居合で抜刀する構えだ。
左手親指でゆっくり鍔を押し上げ鯉口を切っていく。ハバキ部分が見えたと思った時には刀は振り抜かれていた。
なんて速さの抜刀だ! 先程の縮地や今俺に見せつけた抜刀の技術……葛木がただの転移者では無い事を知らせてくる。
葛木はチンッと金属音を鳴らしながら刀を納め、木に向けていた身体を俺の方に向け一歩足を踏み出すと今まで向かい合っていた木が遅れて斬り倒れた。
さっきの一振りで直径約50cmぐらいの木を斬り倒しやがった!
「さて、パフォーマンスは終わりだ。今し方俺が見せたのは、これからお前に振う力だ。縮地も居合も全てを使い、お前を殺す。言っている意味分かるな?」
俺に鋭い眼光を向けながら再度抜刀の構えを取る葛木。
「先程の戦いの際、お前は俺を殺そうとしなかった。ただ殴るだけ……殺す気がなかったんだろう? だが、俺はお前を殺す『覚悟』がある。命を懸けて戦う『覚悟』だ! 先程殺さず殴ったのは、ただの返礼だ。今からは本当の殺し合いだ、命を懸けろよ西尾? ……葛木源秀、推して参る!」
二人が対峙するこの場の雰囲気が剣呑になっていく。周りを包む纏わりつくような殺気。
俺は必死に葛木が放つ殺気に耐えながら立ち上がり拳を構える。
「何が推して参るだ! 時代錯誤も甚だしいんじゃボケ!」
今の俺が張れる精一杯の虚勢を乗せた言葉を葛木にぶつける。
俺は対人での命のやり取りをしたことが無い。見た事……いや、取られる側にまわった経験しかない。だけど今俺が倒れれば後ろに隠れている春香ちゃんが危ない。守るって約束したんだ……守ってみせるんだ俺が!
覚悟を決めろ俺! ビビってる場合じゃない! 何の為に手にした力なんだ!自分に色々言い聞かせ心を静めていく。
次第に落ち着いていく心と共に覚悟は決まった。
迷いの森の中二人向い合い対峙する。
今からの戦いは命を懸けたものとなる。だけど、そうしないと守れないモノもあるんだと俺は覚悟を決めた心と共に構えを取り直し葛木を睨みつけた。




