04-04 会議の始まり(2)
会議も二日目になり、少しずつではあるけれど、前に進んでいるように思えた。
昨日と違ってキルナス王国側の人達が熱くなったり暴言を吐いたりすることもなく、ジュリアスと先方の大臣達のやりとりが淡々と続いていく。たまに向こうが内部で話し合ってから回答したいと言って通信を切り、しばらくしてから再開される。
ジュリアスは「人数が多いと立場上即答できないことも合意形成が必要なこともあるのでしょう。こちらは一人と気楽なものです。キルナス王国の法も複雑ですし」と言っていた。なんだか暗に戦力外通告を言い渡された気がしたけれど、戦力外なのは事実なので反論できなかった。
それにこの国の法が複雑だと言うけれど、じゃあその国の法律がスラスラ出てくるお前は一体何なんだ、と返したくなる。もちろん勉強が苦手だった私の嫉妬だということは自分でもわかっている。
今日は会議への参加を完全に諦め、フィオネから借りた本を堂々と二冊持ち込んでいる。うっかり笑い声が入ってしまわないよう、魔道具から遠い位置に席も移動した。いっそ退室してしまいたいけれど、さすがにそこまでの度胸はない。急に話を振られても困るし。
『失礼した。再開させて頂いてもよろしいでしょうか』
「はい。それで、ご回答はまとまりましたか?」
しばらく静かだった室内に声が響く。ジュリアスと話している声はいつも大人の男性ばかりだったけれど、唐突に女王陛下の声が割り込んだ。
『失礼。会議の途中に申し訳ない。私はそろそろ別の予定があって中座させて頂くのだが、その前に、そちらの王と会話させてもらうことは可能だろうか?』
通信の向こう側のざわつきが聞こえてきたけれど、『私が話をしている。黙れ』と女王陛下が言った瞬間ぴたりと止んだ。
私とジュリアスは顔を見合わせる。
「今ですか?」
『今が無理なら後で話ができるよう時間を調整してほしい』
「聞いてまいります。少々お待ち下さい」
ジュリアスが席を立ち、部屋の隅で小さな玉をポケットから取り出した。チカチカとそれが光ったのが見えたかと思うと、やや間があって、『ジュリアス、どうかしたか』とお父様の声が聞こえてきた。
フィオネたちの顔にさっと緊張の色が浮かぶ。私もさすがに気になって、開いていた本を閉じた。
「キルナス王国の女王陛下がグリード様とお話をされたいと……今ご都合はいかがですか?」
『問題ない。どうすればいい?』
「通信用の魔道具同士を寄せますので、少々お待ち下さい。向こう側は女王陛下と閣僚の皆様が揃っておられます」
『わかった』
ジュリアスが卓上の魔道具の横に、己の持っていた魔道具を置く。触れ合った大小二つの球体がそれぞれチカチカ光るのを、私も他の四人も固唾を呑んで見守った。
「準備できました。どうぞ」
ジュリアスに促され、先に口を開いたのは女王陛下の方だった。
『このような形の挨拶となり失礼する。はじめまして、魔族の王。私はキルナス王国第三十一代女王アドレイドと申す』
『はじめまして、アドレイド女王。第二百六十三代魔王グリードだ。今回は話し合いの場を設けていただけたこと、まことに感謝している』
『こちらの都合で申し訳ないが、時間が限られているゆえ単刀直入に伺いたい。グリード王、貴殿は王として、ナターシアをどうされたい?』
『ナターシアの有り様は、人間の言う国家とは異なると思うが』
『そちらの定義に沿って答えて頂いて構わない』
少し間を置いてお父様が答えた。
『私は、ナターシアに住まう者たちが穏やかに暮らせる世であれば良いと思っている。魔王が替われば様変わりするのがナターシアの常ではあるが、次の世代の平穏に繋がる何かを一つでも多く残せればと、そう願っているよ。……これで質問の答えになっているだろうか?』
女王陛下はすぐには答えない。魔道具越しでは表情も伺えず、彼女が何を考えているのかはわからなかった。
『――それは、人を滅ぼしても叶うのではないかな? 争う相手の種族がいなくなれば平和だぞ?』
女王陛下の声はどこか挑戦的だった。
私は目を見開いてジュリアスを見たけれど、ジュリアスは眉を少し動かしただけだった。フィオネは青い顔をしているし、さすがにヘイスやレオンの顔も強張っている。
――いや、いやいや、よく言ったな!?
今は五天魔将が三人しかいないとはいえ、ゲームでこの国を滅ぼしたのはディアドラとザークシード、それから多数の一般魔族たちだった。それくらいの戦力なら今でもある。
お父様がキルナス王国を滅ぼすとは思わないけれど、その気になれば可能ではあるのだ。お父様のことをよく知らない女王の台詞としてはいささか冒険がすぎるんじゃない? しかも話の持っていき方が若干強引だ。
『それはどうだろうか?』
返すお父様の声がいつもどおりの静かなものだったので、予想どおりとはいえ、ついほっと息を吐いてしまった。
『アドレイド女王、貴女は私に何か語らせたいのか? 意図が読めぬゆえそのままの言葉に返答するが、奪うだけでは豊かさは得られぬし、戦えば双方に被害が出る。手を取り合い、共栄できればそれが一番ではないか?』
『そんなことが可能だとお思いか?』
『容易とは思っていない。ただ、挑戦せずに諦める気もないな。……かつて友が語っていた。魔獣とは魔素によって変質した獣であるという。ならば魔族とは? それもまた、魔素によって変質した人間ではないのか――と。ただ魔素を多量に受けたか否かという違いのみであるのなら、人と魔族が別の種として争う意味はないのではないか、と私は考えている』
お父様が言葉を切ったので、しんと静寂が訪れる。
魔獣や魔族が何なのか、なんて考えたこともなかった。だから魔素の強いナターシアには強い魔獣が多く住み、魔族もナターシアでしか産まれないのだろうか?
『ふっ、ははははは!』
静けさを破ったのは女王陛下の笑い声だった。彼女はしばし笑っていたが、ふうと息を吐くと、楽しそうな弾んだ声で言った。
『試すような言い方をして申し訳なかった、グリード王。会談を開いたとはいえ年寄り共の偏見は根強く、私にも迷いはあった。それならば皆の前で直接王と話してみるのが手っ取り早いと思ってな』
『私も先代魔王の時代に育った身だ。当時を知る者が憎悪を忘れられぬというのは理解できる。……ただ、もし次があるなら、次はもう少し求められる回答がわかるように話を振って頂けると大変助かる』
『善処しよう。書簡を届けてくれた青年が、グリード王は理知的な王だと語っていたが、その通りで安心したよ』
『アドレイド女王は随分豪胆な方だな。正直面食らったよ』
『ははは! よく言われる。だが別に、ただの無謀でこんなことを言ったわけではないぞ。書簡を届けてくれた青年や大使の二人が語った貴殿の話を聞いて、挑発には乗らぬ男だろうと思ったのだ。……ではいずれまた』
魔道具から椅子を引くような音や他の大臣たちが女王陛下を呼ぶ声が複数聞こえてきたかと思うと、『いっ、一度通信を切らせて頂く!』という誰かの慌てた声と共に静かになった。
ジュリアスは小さい方の魔道具をひょいと持ち上げる。
「そちらはお変わりありませんか?」
『特には……いや、珍しく長く話して疲れたな。昼寝でもするか』
「平和そうで何よりですが、仕事はしてください。こちらは、まあこれからですね」
ジュリアスの席に駆け寄ると、彼から魔道具を取り上げた。一日ぶりにお父様の声を聞いた私の声はつい弾んでしまう。
「お父様!」
『ディアか。ジュリアスやそちらの方々にご迷惑はかけていないだろうな?』
「なっ、ないもん! 読書友達だってできたんだからね!」
『そうか。……さて、会議中ならもう切った方が良いか?』
「そうですね」
「えーっ」
もう少しお父様と話していたかったけれど、魔道具をジュリアスに取り上げられてしまってそれは叶わなかった。ジュリアスが魔道具を片付けたことで、フィオネがふうと息をついたのが目に入る。
「フィオネ、大丈夫?」
「あ、はい……少し緊張してしまいました」
「はは」
フィオネに笑顔を返してから、ジュリアスに視線を戻す。
「ねえジュリアス、この国に書簡を届けてくれたのって、誰なの?」
「さあ……カルラ様の伝手なのですが、それ以上のことは何も」
「うーん?」
カルラの伝手かあ。カルラなら人間の知り合いくらいいそうではあるけれど、お父様のことを理知的と表現してくれるような人間がいるんだろうか?
お父様のこともカルラのこともを知っている人間なんて一人しか思い浮かばない。でもあれだけ魔族を嫌っていたニコルが手紙を届けてくれるとも思えなかった。
そもそも女王陛下は〝青年〟と言った。ニコルは、いや確かに年齢的には青年だけれど、見た目は少年だ。手紙を持ってきたくらいで年なんて聞かないだろう。
首をひねってみたところでわかるはずもなく、私は考えることを諦めて、閉じた本を再び開くことにした。















