08-02 トロノチアの王子(1)
トロノチア王国の首都には、思っていたよりすんなり入れた。
王都は高い外壁と堀に囲まれ、外壁の上には大きな弓矢のようなものが取り付けられている。今まで見た中で一番物々しい雰囲気の街だ。でも門のところでニコルが交渉に立ってくれたおかげで、厳しいチェックを受けずにすんだ。過去にニコルに助けられたという人が門番の中にいて、一緒にいた私たちもなんとなく信用してもらえたのだ。
「あんた、そういえば有名人やったな」
感心したような声を上げたカルラに、ニコルは複雑そうな表情を向ける。ゲームまでまだ時間はあるけれど、もうニコルは慈愛の聖者として名を馳せているらしい。そういえばそもそも、ニコルに出会った時点でルシアが「有名な人みたいだよ」と言っていた。
「もう破門された身ですし、こんな手はすぐに使えなくなると思ってくださいね。まあでも、僕とディアドラが兄妹だなんて変な設定はつけなくてよかったでしょう?」
「えー、似合いやと思ったのに」
「まだ言うか」
イラッとしたらしいニコルを眺めながら、私はこっそり苦笑する。設定というのは、人間に問われたときのために決めてある嘘のことだ。
カルラだけが商人で、ヤマトはカルラに雇われている護衛、ユラはヤマトの妹ということになっている。ユラにはヤマトしか家族がいないので、馬車に一緒に乗せてもらう代わりにカルラの仕事を少し手伝っている、という設定だ。ちなみに私はカルラの親戚の子供で、言いにくい事情でカルラが預かっている、ということにしている。
ニコルの設定をどうしようかという話になったとき、カルラが唐突に、
「お嬢と兄妹ってことにしよ! 見た目の年は近いし」
と楽しそうに言ったのを、ニコルが却下した。そしてちょっと考えた彼がふわっと笑って、
「カルラの恋人ということにしていただいてもいいですよ?」
と言ったけれど、間髪入れずにユラが「却下です!」と返していた。合流して以来、ニコルは変なスイッチが入ったのかたまにこんなことを言う。いいぞもっとやれ! と、私としては恋人案を推したかったけれど、カルラは固まってしまい、ヤマトにも反対され、これはだめだと思ったので諦めた。
結局ニコルとは旅の途中で何度か会ったことがあり、今回は目的地が同じだから一緒に来た、という無難なところに落ち着いて今に至る。
王都の中央には王宮があり、その形はゲームで見たままだった。トロノチア王国の王子であるアルバートが仲間だったから、ゲームでは何度か王宮の中に入っている。アルバートの部屋は東側の端っこだったな、と考えながら王宮を眺めてみたけれど、さすがに遠すぎて中の様子は伺えなかった。
宿をとってから、遅めの昼食をとるために五人で入ったカフェの中。泊まる宿でもらった王都の地図を眺めてから、カルラが私のほうを向いた。
「大きめの本屋がこことここ、で、図書館は逆側かー。今日は本屋だけにしとく? 図書館にする?」
「本屋にする」
「あいよ。ついでに小説買うてもええけど、一冊か二冊にしときや」
「う、わかってるよ」
料理が運ばれてきたのを見て、カルラが地図を折りたたむ。それぞれ好きに頼んだので、パスタだったりハンバーグだったりいろいろだ。皆でいただきますと言ってから自分の頼んだパスタを口に運ぶ。うん美味しい。ダンさんの料理のほうが好きだけれど、これはこれで悪くない。
食事を始めてすぐ、ユラがフォークを握りながらカルラを見た。
「長、やっぱり私も長と一緒に腕輪を探しに行きたいです」
「あんたも諦めん子やなー。却下。ユラはお嬢とヤマトと一緒に本屋行け」
「……」
不満げに口をへの字に曲げてから、ユラは食事を再開する。ヤマトがちらっとユラを見たけれど、特に何も言わなかった。
食事のあとは二手に分かれることを決めてある。ニコルとカルラは最新の魔力封じの腕輪を購入する方法がないか探しに行く予定だ。腕輪のことはニコルしか知らなかったし、お金を持っているのはカルラだから。
私は魔石の加工技術について書かれた本がないか調べるという仕事を任された。本ならお嬢やろ、という雑な理由で。魔石の加工なんて何もわからないし、そもそも私が好きなのは小説であって専門書じゃない。でも本屋にも図書館にも行きたかったので二つ返事で受けた。
子供一人で歩き回って警備の人間などに声をかけられると困るから、ヤマトが私と一緒に行くことになった。ユラは私が調べ物をする間、周囲の警戒をするようにとカルラに言われている。
ユラはたぶん、ニコルとカルラを二人にするのが嫌なんだろう。私はカルラとニコルには二人で行動してほしいので、「そんなこと言わないで、一緒に行こうよ」と笑顔でユラを見た。ちょっと睨まれた。
しばらく雑談しながら食事をしていると、不意にカランと音がしてカフェの扉が開く。入ってきた人たちをちらっと確認した私は、口の中にあったパスタをふきだしかけた。
――待って待ってなんでここで会う!?
店内に入ってきたのは見るからに騎士っぽい制服に身を包んだ少年二人と少女一人だった。扉が開いた瞬間にカルラたちも入り口のほうに目を向けていたけれど、聖職者ではなかったからかすぐに視線を外している。でも私は三人を、正確には三人の中の一人を目で追ってしまった。
外にはねた紫色の髪も、端正の取れた顔立ちも、ちょっと幼さが残っている程度で全部ゲームで見たままだ。ゲームのビジュアルとは違う服を着ていても、攻略までした人物を見間違えはしない。騎士の格好をしているのは変装のつもりなんだろうか。服だけ変えても顔を知っている人が見れば丸わかりなんだけど。
確かにトロノチア王国は彼の国だし、こんな店に入ってくる理由は彼の設定から想像できる。想像はついても、どうして一般のカフェで王子に遭遇するんだとは言いたかった。
――なんでアルバートがいるのかな!?
アルバートと連れの騎士二人が席に案内されていくのを見送ってからようやく顔を前に戻すと、隣でニコルがまだアルバートを呆然と見つめていた。
「ねえニコル、どうしたの?」
アルバートを知っているならこれ幸いと話を振ってみたけれど、
「その台詞はお嬢に言いたいわ。あの騎士さんたちがどしたん?」
とカルラからツッコミを受けて言葉に詰まる。初めてトロノチアの王都に来た私がこの国の王子を知っているなんて言えるはずもなく、「いやその、イケメンだなーって……」と苦しい言い訳をした。イケメンなのは嘘ではない。なにせ攻略対象だ。
ふうんと言いながらアルバートたちをちらっと見たカルラは、不思議そうな顔で私に視線を戻した。
「お嬢の好みは……紫頭なん?」
「は?」
紫頭? 紫ってなんだ? どうして顔とか雰囲気とかじゃなく、髪の色をピックアップした?? ちょっとだけ考えて、カルラが誰との共通点を探そうとしたかを察した。
「待ってカルラ、お父様の髪は紫じゃない。ちょっと紫も混じってるかもしれないけど、お父様の髪は夜空みたいな暗い青っていうか藍色っていうか紺色っていうか、とにかくすっっっごくきれいな深い青色なの! わかる!?」
「いやわからん……けど、わかったわかった。うちが悪かった」
苦笑したカルラは今度はニコルに視線を移し、「出る?」と小声で聞いた。ニコルは首を横に振って食事を再開する。「あとで説明します」と言いおいて。ユラとヤマトも顔を見合わせたけれど、気にしないことにしたようだった。
アルバートたちの席はちょっと遠くて、彼らの話はよく聞こえない。気にはなったけれど、聞こえないものは仕方がないので諦めよう。
食事を終えると、私とカルラが頼んだデザートが運ばれてきた。私はシフォンケーキで、カルラはパンケーキだ。シフォンケーキはふわっふわで、一口食べるだけでつい笑顔になってしまう。このお店は食事よりケーキ類に力を入れているのかもしれない。パンケーキを口にしたカルラの顔もゆるみまくっている。
「ユラはほんまにええの? 今からでも頼むか?」
「食べたいものがないからええです。甘味なら、長が作ってくれはる豆が食べたいです」
「豆かー。こっちやと見かけんけど、どっかで売ってたら作ろか」
「やった」
普段は無表情かしかめっ面をしてばかりのユラが、珍しく顔を輝かせた。もともと美人だと思っていたけれど、ユラは笑うと急に可愛く見える。ヤマトに視線を向けてみたら、ヤマトもユラを見ながら微笑を浮かべていた。彼女が笑ったのが嬉しいんだろうか。いいもの見たな。
「豆って何?」
「うちらの里で砂糖が手に入ったときだけ作るんやけど、豆を甘く煮るんよ。子供は喜ぶなあ」
甘く煮た豆って何だろう。ヤマトやユラの名前は和っぽいし、和菓子系かな? でも和食なら甘い豆はおかずに出てくることもある。
「餡ってこと? それとも金時豆? 黒豆?」
「知らん。アンとかナントカ豆とかそれ何? うちらは甘い豆って呼んどるな」
「ふうん……?」
豆の色や形を聞けばわかるかなあと口を開きかけたけれど、私たちのテーブルの前にやってきた人物が突然割り込んできたので止まってしまった。
「失礼。話が聞こえてしまったのだが、甘い豆とは何だろうか!?」
「は?」
さっきまで離れた席に座っていたはずのアルバートが、なぜか私たちのテーブルの前にいる。ニコルがむせたように咳き込んで、私はアルバートを見つめたまま固まってしまった。話が聞こえたって言うけれど、私からアルバートたちの話は全く聞こえなかった。どうして聞こえたんだろう。
一瞬しんとした直後、ばたばたと足音を立てて駆け寄ってきた別の少年が慌てたようにアルバートを後ろから羽交い締めにする。
「すっ、すみません! この料理バカは今すぐ連れて帰りますので!」
「待てこら離せ! 旅の方ですよね? 聞いたことのない料理ですので、ぜひレシピを教えていただけないでしょうか!?」
羽交い締めにされながらも鼻息荒くにじり寄ってくるアルバートにカルラがドン引きしている。なんやこの子、と顔に書いてある。
「レシピくれ言われても、うちいつも適当に作るし、書けへんわ。お嬢はさっき言うてたナントカ豆やっけ? わかる?」
「わかんない」
餡も金時豆も黒豆も、食べたことはあるけれど自分で作ったことはない。そもそもこの世界に材料があるかどうかすら謎だ。でもアルバートは諦める様子もなくさらににじり寄ってくる。
「では厨房をお貸ししますのでぜひ実演を!」
「いい加減にしてください!」
アルバートを後ろから羽交い締めにしている少年の顔が真っ赤になっている。彼なりに必死なんだろう。もう一人、アルバートたちと一緒にいた騎士の少女がアルバートの前に回って彼を押した。
「お騒がせして申し訳ありません。この人は気にしないでください。失礼します」
騎士二人に引きずられるようにして、アルバートが席に戻っていく。「おい離せ」とか「騒ぎを起こさんでください」とか「これ以上騒ぐようならもう付き合いませんよ」とかいろいろ聞こえてくるけれど、三人は離れていった。
カルラがニコルに顔を向ける。ニコルは己の額を押さえてうつむいていた。頭痛かな。わかる。でもたぶん、この国の宰相さんの胃痛と心痛よりはマシなはずだ。
「あの子、誰? 知り合い?」
「その情報は今すぐにでも忘れたいんですが……」
盛大にため息を吐き出したニコルを見ながら、まあそう言うなよと心の中で返した。ゲームでは暴走しがちなアルバートとルシアをよくなだめていたじゃないか……大変そうだったけど。
「この国の第一王子です」
ニコルが小声でそう告げると、カルラもヤマトもユラもさっとアルバートに目を向ける。
「……この国は大丈夫かいな」
カルラが呆然と呟いたので、そう思うよね、とやっぱり心の中でだけ返した。
まあ優秀な弟くんがいるから大丈夫だよ。















