暴風の最期
迫りくる緑の刃を前に、セシルは堪らず目を瞑る。
(ファルコ様、ブレット…………ユリウス、ごめん!)
もう、駄目だ。そう思ったその時、
「セシル、足を前に投げ出して、転べ!」
「――っ!?」
前方からの声に反応して、セシルは自分の両足を前へ投げだして自分から後ろに倒れるようにする。
その動きは予想していなかったのか、セシルの四肢を押さえている兵士たちの連携が乱れ、セシルはその場に倒れることに成功する。
「んきゃっ!?」
碌に受け身も取れず、可愛らしい悲鳴を上げるセシルの僅かに上を、緑色の軌跡が通り過ぎる。
同時に、セシルを拘束していた敵兵の内、上半身を拘束していた二人の敵兵の体が真っ二つになり、傷口から噴水のように血が噴き出す。
「クッ……ペッペッペ」
敵兵の血を浴び、その一部が口に入ったセシルは、その血を吐き出しながら自由になった手で下半身に絡みつく敵兵を一人ずつ残った剣で刺し殺していく。
「このっ!」
最後に、死体となった敵兵の顔を蹴り飛ばして自由になったセシルは、再びやって来るであろうラファーガに注意しながら中腰になる。
するとそこへ、
「無様だな」
侮蔑するような容赦のない、だが、聞くと落ち着く声が聞こえてきて、セシルの顔に思わず笑顔が浮かぶ。
「うるさいわね……でも、正直助かったわ」
「うむ、素直なことは大事だぞ」
セシルが後ろを振り返ると、急いで回り込んできたのか、息も絶え絶えといった様子なのに、それでもニヒルに笑うユリウスがいた。
部隊を二つに分けた兵士長の作戦は、相手がユリウスという時点で、悪手でしかなかった。
残された兵士たちは、少しでも囮の役目を果たそうとさらに部隊を細かく分けたのだが、既に適正戦力として認識されていたユリウスの紋章兵器を前では、狩りをし易くするだけだった。
必要最小限の力で残存部隊を退けたユリウスたちは、森を抜けると、セシルたちを援護するために迅速に動き出した。
「先ずは戦力を削ぐ。ブレットたちは一人でも多くの敵を蹴散らすんだ」
「任せろ」
ユリウスはすぐさま応じると、得意の弓で残った敵兵を撃ち抜いていく。
残る部隊にも次々と指示を出し、これで残るはセシルと戦う兵士長だけとなったところで、
「あの、馬鹿……」
セシルが敵兵に組み伏せられているのを見て、ユリウスは慌てて彼女に向かって駆け出す。
左目の紋章兵器力で、兵士長がどのような攻撃手段を取るかを確認すると、最適な回避手段を咄嗟に叫んだのであった。
「…………はぁ」
必殺の一撃を避けられた兵士長は、大きく息を吐き出しながらラファーガの力を止める。
完璧に決まったと思った一撃だった。
だが、まさか咄嗟にかけられた声にすぐさま反応して、自分から地面に身を投げ出すとは思わなかった。
そんな芸当ができるということは、あの女騎士にとって声の主はそれだけ信頼できる相手ということだろう。
兵士長が女騎士の後ろに現れた声の主を見やると、それはまだ幼い、少年といっても差し支えない男だった。
女騎士に軽口を叩いていたが、まるで全てを見透かしたかのような冷たい眼差しは、それなりの修羅場をくぐって来た者が纏う凄みがあった。
あの少年に一体何があったのかわからないが、ミグラテール王国を、日和見を決め込んでいた弱者の集まりだと侮り、あのような人物がいるということを想定していなかったことが、自分たちがここまで追い込まれた要因だと兵士長は考えていた。
「…………どうしたのかしら?」
すぐさま次の攻撃が来ると思っていたのに、中々次の攻撃がないことにセシルは眉を顰めながらも、相手の攻撃が届かない位置まで下がる。
気が付けば、辺りは随分と静かになっていた。
さっきまで怒涛の如く響いていた人々の怒号も、鉄と鉄がぶつかり合う音も途絶え、辺りには物言わぬリーアン王国の兵士たちが死屍累々と転がっていた。
「い、いつの間に……」
「どうだ。これが僕の力だ」
ユリウスはセシルの隣に立つと、労うように肩を軽く叩いて武器を構えたまま微動だにしない兵士長へと話しかける。
「どうやら君で最後のようだね」
「……そのようだな」
四方をミグラテール王国軍の兵士たちに囲まれて尚、兵士長は降参する気がないようで、油断なく武器を構えながらユリウスへと話しかける。
「お前がこの国の軍師か?」
「そうだ。言っておくけど、投降しようとしても無駄だからな。お前も紋章兵器を持つ者なら、最後まで足掻いてみせてくれよ」
「……それはご忠告どうも。言われなくても、そのつもりだ」
「そうか、そいつは何よりだ」
ユリウスは満足そうに頷くと、右手をスッと上げる。
すると、この場にいるミグラテール王国軍の弓兵、全員が兵士長に狙いを定める。
「精々、紋章兵器の力を存分に使って抗ってくれよな」
そう言うと、ユリウスは無慈悲に仲間たちに攻撃を指示する。
次の瞬間、兵士長目掛けて矢が雨のように降り注ぐ。
その攻撃は、兵士長が人の姿を留めなくなるまで容赦なく続けられるのであった。




